第36話「昔から、こんなもんだよ」
銅貨十二枚を作る方法を、この町の人はみんな知っている。
知っている、というのは思いつけることではない。もう何度もやっていて、順番が体に入っているということだ。
暮らしの削り方には順がある。いちばん先に減るのは菜で、次が汁の実、そのあとが薪だ。薪を減らすと寒いが、寒いのは死なない。飯の量に手を付けるのはいちばん後で、そこまで来た家は、たいてい何かを売りに行く。
売る順番も決まっている。鍋、布、道具、それから寝床の上に掛けるもの。掛けるものを売った家は、次の冬に薪を余計に食う。余計に食うぶんは来年の話なので、今夜の勘定には乗らない。
この順番を、こちらは三日で覚えた。誰も教えてくれないが、並びのそばにいれば、話のほうから入ってくる。覚えたところで使い道は無い。売る鍋を持っていないからだ。
十一日目から、こちらは並びのそばに立つようになった。
毎日その店へ行っているわけではない。行かない日もある。行かない日の午後は、宿の板の間で膝を抱えていることになって、そっちのほうが体に悪かった。
仕事の口は相変わらず無い。朝の集まりに出て、外れて、昼には手が空く。空いた手で何をするかというと、何もしない。何もしない人間が町の中で立っていられる場所は、そう多くない。並びの端というのは、そのうちの一つだった。
座っている人たちは、こちらが毎日いても何も言わなかった。言う気力のある人は、そもそも座って待たない。立って待つか、よその町へ行くか、別の手を考えるかする。
ここに座っているのは、ほかの手を全部やってみた人たちだった。やってみて、駄目で、それでも今夜の灯りが要る。要る理由は家ごとに違って、違うわりに、並ぶと全部同じ形になる。
「あんた、買わないのに毎日来るね」
三日目に、膝に布を掛けた女がそう言った。歳は五十くらいで、足を投げ出して座っている。
「行くところが無くてね」
「そりゃ結構だ。うちは行くところがあるから困ってる」
「どこだい」
「家だよ。帰れば亭主がいる。目は開いてるけど、それだけの亭主がね」
「長いのかい」
「二年。転んで、頭を打って、それきりさ。継ぐ手がありゃ、あんなことにはならなかったって、みんな言うけどね」
「昔はあったって話かい」
「話だけだよ。見た者はいない」
この人の言い方には、こちらを責める色が無かった。責める色が無いぶんだけ、あとから効く。
責められれば、こちらにも受け取り方がある。去年の広場で死んだ者の名を並べられたときは、少なくとも受け取る形が用意されていた。ここには無い。
「十二枚、どうやって作るんだい」
「うちはね、鍋を一つ売った。二つあったやつの、大きいほう」
「それで足りたのかい」
「二晩ぶん。三晩ぶんにはならなかったよ。三十枚そろえりゃ得なのはみんな知ってる。そろう家は、そもそも並ばないのさ」
そのとおりだった。得な買い方のできる者は、得な買い方をしなくても困らない。値というのは、そういうふうに出来ている。
三十枚を一度に置ける家は、そもそも夜の灯りを気にしない。気にしないので、この店にも来ない。来るのは、一晩ぶんずつ削って払う家だけだ。
銭の話は、水に落とした油と同じで、混ざらないまま浮いている。この町では、誰もが同じ値を見ていて、見ているものの意味だけが家ごとに違う。
列の減り方は、杓子で鍋から掬うのに似ていた。掬われるのは上のぶんだけで、底に残った者は、そのまま次の日へ回る。
「昔は、こういうのは安かったのかね」
こちらが聞いたのではない。列の後ろにいた若い男が、相手を決めずに口に出した。
「昔って、いつだい」
「知らないよ。昔だよ」
「昔から、こんなもんだよ」
膝に布を掛けた女が言った。言うほうに、ためらいが一つも無い。
「あたしが子供のころから、灯りは高いもんだった。おまえさんの親だって、そう言ってたろ」
若い男は、言われて考えて、それから頷いた。頷いたのは、思い出したせいではない。言われてみればそうかもしれない、という頷き方だった。
三年だ。
こちらは数を数えないほうだが、年のほうは向こうから並んでくる。
三年前の冬まで、この町の家では、油の要らない灯りが当たり前についていた。ザンドの一族がそれを商いにしていて、消えた冬に職を失い、六人が凍えた。その名を一人ずつ並べられたのが、去年の広場だ。
この町の人たちは、その三年を、もう持っていない。
ザンドという名前も、この町では誰も出さない。あの一族がここで何を商っていたかを、いま覚えている者に、こちらは一人も会っていない。
持っていないのと、忘れたのとは違う。忘れた人は、忘れた場所に穴が空く。この人たちには穴が無い。昔からこうだった、というほうへ、記憶のほうが動いている。
誰が悪いという話には、決してならない。悪者がいないと分かっている話に、人は腹を立てないからだ。腹を立てる相手がいなければ、値は値のまま、天気と同じ扱いになる。今年は高い、去年も高かった、そういう並びに入る。
わたしだけが、そこにいた。
いるだけで、何もしていない。仕事の口が無いというのは本当だが、仮にあったとしても、昼のこの時刻にはここに来たと思う。
わたしだけが、三年前の冬に何があったかを持っている。持っていて、言わない。言えば届かないことは、去年の冬に一度試した。
昼を過ぎて、列が動いた。
その日ぶんの受け付けが締まる合図で、店の戸が半分閉まる。閉まる前に入れるのは、たいてい前の五人か六人だ。
入れる数が決まっているのは、点ける側が一人しかいないからだ。一人が一日に組める回数には限りがある。限りがあるから、値が保つ。
抱えられていた子供の母親は、四番目にいた。入った。
九番目に座っていた男が、そこで立ち上がった。
立ち上がって、荷を担いで、列から出た。前の者に断りもしなかったし、店のほうも見なかった。明日また来る者は、たいてい一言置いていく。この人は置かなかった。
「出すかい」
膝に布を掛けた女が、その背中に声をかけた。
男は振り向かなかった。手だけ上げて、それで返事にした。
手の上げ方に力が無い。断るときの手ではなく、もう話を続けたくないときの手だった。
「ありゃ、売るもんが無くなったね」
「そうかい」
「見てりゃ分かるよ。並ぶのをやめた人は、二度と来ない。来られるうちは、みんな来るんだから」
女は膝の布を掛け直して、また足を投げ出した。明日も来るつもりの座り方だった。
男の背中は、通りの人の中へ入って、すぐ見えなくなった。大きい町は、人を隠すのが速い。隠れたあとを追う者がいないので、なおさら速い。
その人がこれからどうするのかを、誰も聞かなかった。




