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しまい手 ―― わたしが使った魔法は、世界から消える  作者: モリタ・ハク


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第34話「明日は昼に来て。並ぶから」

五軒目で、断り方が変わった。


 四軒目までは「いまは足りている」だった。五軒目は「うちは若いのしか使わない」で、そこから先はずっとこの形になった。断られ方というのは、急須の注ぎ口に似ている。細くて、決まった向きにしか出てこない。


 朝から回った。布の通りで三軒、食い物の通りで二軒、何でも屋の通りで四軒。


 回り方は覚えている。人の集まっているところへ行って、後ろに立ち、前が減るのを待つ。呼ばれたら前へ出る。出たら手を見せる。この町では、口上より先に手を見せるほうが早いと、二軒目で分かった。


 仕事のほうは、いくらでもあった。人手が足りない町だというのは本当で、どの店先にも板が出ている。板の字は店ごとに違うが、人が集まっているのを見れば、どこが今日の口かは分かる。集まって、順に何か言われて、半分が残り、半分が散る。


 散るほうに入った。九回とも。


 残るほうへ入った者たちは、そのまま店の奥へ消えていく。消えるまでが速い。一人ずつ選んでいる暇は、選ぶ側にも無いのだと思う。


 理由は三つある。歳と、手と、よそ者であることだ。三つとも直せない。


 歳は二十六で、この町の日雇いには年寄りの側に入る。手は右の二本が握れない。よそ者なのは、身元を言える相手がいないからだ。この町では、誰かの名前を出せる者から先に決まっていく。名前を出せない者は、その日の残りに回される。


 残りにも仕事はある。ただ、残りに回ってくるのは、たいてい重い物を運ぶやつだった。


 運べないことはない。運べるが、二日で体が止まる。止まったあとの三日を誰も面倒みてくれない町だというのは、通りを一度歩けば分かる。春先に、人の家の土間の上がりで三日寝ていられたのは、あれはあれで恵まれていた。


 昼を過ぎて、川べりまで下りた。銭は、あと二日ぶんある。宿を諦めれば三日になるが、諦めると次の日の口がもっと減る。眠った顔をしている者から先に外されるからだ。


 川から荷が着く。着いた荷は、四本の通りへ分けられる。鉄物は鉄物の通り、布は布の通り。分ける場所は広い土間になっていて、山が四つできていた。


 舟から土間へ、土間から荷車へ。人の手が三度入る。三度のうち、力が要るのは前と後ろで、真ん中だけは頭が要る。どこの山へ置くかを間違えると、あとの二度が全部やり直しになる。


 山は七輪の炭と同じで、上から取ると崩れる。崩さずに抜く順番があって、それを知っている者が横に立っている。


 トトが、そこにいた。


 朝に別れたきりだったので、足が止まった。この子は板を持っていなかった。持っていても、字のほうはまだ読めない。


 代わりに、口で言っていた。


「それ、布。三番の山。次のは食い物、こっちの端」


「小さいのは」


「小さいのも布。さっきの隣に置いて。二つ目の紐が赤いやつが布」


 この子は、荷の紐の色と、山の場所と、通りの名前を、ぜんぶ繋いで持っていた。菜箸で一本ずつ拾うみたいに、一度に一つずつ出す。出す速さは遅くない。


 運ぶ側の男たちは、この子の言うとおりに置いていた。置いてから確かめもしない。半日で、そこまで信用されている。


 こちらは土間の外の柱にもたれて、しばらく見ていた。見ているあいだ、誰もこちらに用を言いつけなかった。土間の中にいる者と、外に立っている者は、この町では別の生き物になる。


 夕方になって、向こうがこちらに気づいた。


「おばさん。おれ、決まったよ」


「見てた。柱んとこにいたよ。声はかけなかった」


「見てたの? 言ってよ」


「邪魔しちゃ悪いだろ」


 この子は少し得意そうな顔をして、それを隠そうとして、隠しきれていなかった。


「紐の色、覚えるだけなんだ。赤が布で、黒が鉄。縄が食い物。あとは通りの名前。おれ、半日で覚えた」


「そうかい。半日でか。呑み込みが早いね」


「ここの人、名前覚えるのすごい嫌がるんだって。だから、覚えられるやつがいると助かるって」


 この子の頭は、二年かけて、術の名前を入れるために使われてきた。入れた中身は、いま半分も役に立たない。使えない名前ばかりが詰まっている。


 ただ、入れる仕組みのほうは残っていた。


 残っていたものが、川べりの土間で銭になった。術とはまるきり関係のないところで、初めて。


 賃は、一日で銅貨四枚だと言った。二人の宿代が三枚だから、それで泊まれることになる。残る一枚が飯になり、飯の残りが明日になる。


 勘定がぴたりと合ってしまうのは、たちが悪い。合わなければ、二人で別のやり方を考える話になる。合っているので、考えなくていい。


 こちらは、その日、一枚も稼がなかった。


 稼げなかった日というのは、これまでにもあった。ただ、そういう日はたいてい、道の上か、山の中か、動けない体で寝ている最中だった。働き口のある町で、朝から回って、一枚も持たずに日が暮れるのは、これが初めてになる。


「おばさん、荷運びは? あれなら人が足りてないって」


「あれは二日で体が止まる。止まったら、あんたの賃でこっちが寝込むことになる」


「おれの賃でいいじゃん。四枚あるよ」


「よくないんだよ」


「おばさんのほうは」


「まだだ。九軒回って、九軒とも駄目。景気のいい話だろ」


「明日も回るの」


「回るよ。回るしかないだろ。座ってても腹は減る」


 宿へ戻る道で、この子は仕事の話をしなかった。持ち出さずにいるのは、こちらの顔を見て決めたからだろう。前はこの子のほうに、やめる理由を作る手がなかった。


 飯は、通りの端の煮売り屋で食った。板の上に鍋が四つ並んでいて、指せば椀に取ってくれる。どれを指しても同じ値なので、迷う者がいない。迷わない店は、客の回りが速い。


 この子が出した。布を開いて、銅貨を三枚数えて、二枚戻した。数え方は、詰所にいたころより速い。


 受け取るかどうかを迷う場面ではなかった。迷えるほどの手持ちが無い。


 ただ、椀を持ったときに、手の中の重さが前と違って感じられた。同じ椀で、同じ汁だ。誰の銭で買ったかというだけで、重さの出方が変わる。


 この子は先に食べ終わり、汁を飲みきって、椀を板へ返した。返してから、指を四本立てて、また畳む。明日の賃を勘定しているのだと思う。


 この子が銅貨を数えるようになったのは、去年の冬からだ。貯めはじめたときからで、貯める先は、当時はもっと別のところにあった。


「明日、おれ早いから。日の出の前」


「そうかい」


「おばさんは寝てていいよ。無理して起きても、行くとこ無いんでしょ」


 言い方に悪気は無かった。この子は思ったことをそのまま出す。出したものの重さを量る歳ではない。


 量れるようになってほしいとも、あまり思わない。量りはじめたら、こちらに気を遣うようになる。気を遣う相手といるのは、たいてい疲れる。二年、この子といて楽だったのは、そこが抜けていたからだ。


「行くとこは探すよ」


「うん。あのさ」


 この子は椀の縁を指でなぞり、そのあとで顔を上げた。


「おばさん、明日は昼に来て。並ぶから」

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