第33話「油が、あっちの倍の値だった」
町の大きさは、鐘の数で分かる。
一つなら、夜の番をひとりで回せる町だ。二つになると、端と端で時刻が合わなくなるので、二人ぶんの番がいる。三つある町は、もう番の話ではない。鐘ごとに用が違っていて、人が多すぎて、一つでは間に合わないというだけだ。
この町には三つあった。
三つとも別の場所で鳴り、朝と昼と夜で受け持ちが違う。どれがどれかは、二日もいれば覚える。覚えなくても暮らせるのが大きい町で、覚えないと暮らせないのが小さい土地だ。
川を渡って四日目だった。南へ下る道は、下るほど道幅が広がり、荷車の轍が深くなる。轍が深いというのは、重い物が何度も通ったということだ。重い物が通る先には、たいてい大きい町がある。
着いたのは昼で、門は開けっぱなしだった。門番はいたが、荷を見なかった。見ていたら日が暮れる。人の出入りがそれだけある。
荷の底に、焼き印のある木札はまだ入っている。出す場面が来なかったので、そのままだ。出さずに通れる門というのは、ありがたいような、拍子抜けするような感じがする。
大きい町は土鍋と似ていて、温まるのも冷めるのも遅い。昼の通りはもう十分に温まっていて、こちらが二人ぶん増えたところで、温度は動かなかった。
こちらを見る者がいなかった。
あの坂の町では、水汲みの女がこちらを見ると、桶を反対の手へ移して道を変えた。街道の土地では、名を聞かれる前に顔を覚えられた。ここでは、立ち止まっている者のほうがよけいに見える。人の流れは、味噌を漉すときの縁を回る粒に似ていて、動いているかぎり誰のことも気にしない。
楽だった。楽なので、少し落ち着かなかった。
見られないというのは、身の安全の話としては上等だ。ただ、こちらは二年半、見られる側にいた。讃えられたり、向きを変えられたり、顔を覚えられたりしてきた。急にどれも来なくなると、自分が薄くなったような気がする。
「おばさん、ここ広いよ。すごい広い」
「広いね。人も多い。鐘が三つある」
「宿、いっぱいあるじゃん。十軒はある。どこにする?」
「銭を数えてからだ。あんたが勘定しな。数えるのは得意だろ」
この子は道の端へ寄って、布を開いた。詰所を出るとき、こちらから言わずに、あの人の卓の上から銭は取らなかった。取らせなかったのではなく、この子が取らなかった。そういうところは、こちらが教えたことではない。
銅貨が、二人ぶんの飯で三日ぶんあった。宿に泊まれば一日で終わる。
「三日」
「そう。飯だけならね」
「宿に入ったら?」
「一日で終わる。二日目の朝には無い」
この子は銅貨を布にくるみ直し、帯の内へ納めた。しまい方が前より丁寧になっている。詰所で、物を戻す順番を教わったのだと思う。
「じゃあ、働くとこ探さないとね」
その通りだった。その通りなのが、こちらには少しこたえた。
通りを歩いた。
この町には、こちらの壊したものの跡が、そこらじゅうに残っていた。跡というのは、穴が開いているという意味ではない。埋めたぶんが、そこにあるという意味だ。
まず、通りの数が多かった。名前の付いた通りが四本あって、それぞれに店の並びが違う。鉄物の通り、布の通り、食い物の通り、それから何でも屋の通り。
骨接ぎの看板は一つも無く、代わりに添え木と布を売る店があった。売っているのは道具で、治すほうは売っていない。店の前に順番待ちの台が置いてあって、そこに三人座っていた。三人とも、腕か足に添え木を当てている。待っているのは治る順番ではなく、布を替えてもらう順番だ。治るほうは、待つしか無い。待って治る者と、待っただけで終わる者がいるのは、どこの土地でも同じになった。
鍛冶の並びでは、炉の火を落とすのに人を一人置いていた。落とす役の人間を雇うというのは、トゥーリでは冬に始まったことだが、この町ではもう職の名が付いている。「灰当て」と呼ばれていた。日に三度、決まった時刻に炉を見て回る。大きい鍛冶なら一人では回らないので、二人置いている店もあった。
職の名が付くというのは、根づいたということだ。
三年あれば、無いことは当たり前になる。当たり前になったものを、誰も誰かのせいだとは思わない。町は「昔からこうだ」と言って回っている。ここでは、それでもう正しい。
宿は、日が落ちる前に決めた。通りから一本入った、看板の字が剥げている家だ。
「二人で、銅貨三枚だよ」
「高いね。この通りで三枚かい。強気だね」
「よそは四枚だよ。うちは夜の灯りを出さないからね」
「じゃあ、三枚でいい。窓は」
「無いよ。無いほうが安いんだ。文句なら下の板の間にしな」
女将は板を指して、二階だと言った。上がると、部屋には窓が無かった。無いほうが油を食わないという理屈らしい。
「この町で、手の要る仕事はあるかい」
「あるよ。この町は人手がいくらでも要る。ただね」
女将はこちらの手へ目を落とし、そのあとで顔を見た。順番が逆の人のほうが多い。この人は慣れている。
「歳と、その手だと、選べる口は減るよ。若いのが毎日入ってくる町だから」
「だろうね。そんな気はしてた。歳は減らないしね」
「坊主のほうは、すぐ決まる。あの歳で口の回る子は、どこでも取る」
その通りになった。
夜になって、通りへ出た。
大きい町の夜は、思っていたよりも暗かった。人が多いぶん明るいものだと思っていたが、人の数と灯りの数は別々の勘定になっている。三つの鐘のうち、夜に鳴るのは一つだけで、あとの二つは昼の用だ。通りの店は、日が落ちると半分が戸を閉める。閉めない店は、戸口に一つだけ灯りを出している。
一つだけだ。どこも。
二つ出している店は、この通りに一軒も無い。出せないのではなく、出す家が無い。火吹き竹で吹いたみたいに、日が落ちると上がるのは油の値のほうで、店はそれを見て灯りの数を決めている。
油の店が開いていたので、値を聞いた。
「一合で、銅貨二枚だ」
「二枚」
「安くはないよ。でもね、うちのは薄めてない。薄いのを買うと、余計に食う」
あの坂の町では一枚だった。荷を上へ運ぶぶん、何でも高くつく土地なのに、油だけは安い。安い理由を、あの町の誰も言わなかったし、こちらも聞かなかった。
この町は平らで、川に近くて、荷が着きやすい。着きやすい町の油が、倍する。
油が要るのは、夜が長いからだ。夜が長いのは、灯りを保つ手がこの国から消えたからだ。消えたのは三年前で、消したのはわたしだ。
その一合ぶんを、いまこの町の家々が、毎晩、銅貨で払っている。
払っているという自覚は、誰にも無い。
店の主は、量りの皿を拭きながら、こちらが買うのを待っていた。買わなかった。買う銭が無いというのも本当だが、それだけではなかった。
「要らないのかい」
「見てただけだよ。値を覚えとこうと思ってね。悪かったね」
「覚えても安くならないよ」
「そうだろうね」
宿へ戻った。
この子はもう寝ていた。窓の無い部屋は、外の暗さと中の暗さの区別が付かない。
油が、あっちの倍の値だった。




