第22話「あんた、春まで居ないかい」
汁は薄かった。
薄いのは湯を足したからで、湯を足したのは客が三人増えたからだ。継ぎ場の宿というのはそういう作りになっている。馬を替える者が来れば、その日の汁は伸ばされる。文句を言う客は、次の便で先へ行くので、言わない。
椀の底に、薄く切った芋が二切れ沈んでいた。二切れというのは決まった数らしい。隣の男の椀にも、その隣にも、同じだけ入っていた。わざわざ数えてはいない。覗けば見える深さに浮いていた。
谷を下りて二日目の晩だった。道は雪から泥に変わり、泥は草に変わりかけている。低いところは春が早い。上の町がまだ薪の心配をしているころに、ここでは軒の下が乾いている。同じ冬を、高さの違いだけで別々に越している。
この土地には術を使う者がいない。宿の裏の井戸は綱で汲む。鍛冶の炉は炭で、火の落とし方は灰をかぶせるやつだ。宿の女将は日が落ちてから灯りを一つしか点けない。油が高いからで、それ以外の理由は無い。夜が長いのも、水が重いのも、この人たちには生まれる前からの条件で、誰かに奪われた覚えというものが無い。
置く気が無いわけではない。置けないのだ。街道の脇に術士を一人抱えるには、その一人を食わせる仕事が要る。ここには無い。だから昔から無く、無いままで回っている。
欠けてなどいない。最初から無いものは、欠けようがない。そういう土地に立ったのは、たぶん生まれて初めてだ。
「東のほうの町でさ、錠という錠がひと晩で開いたって話、聞いたかい」
荷を運ぶ男が、汁を啜りながら言った。継ぎ場の飯の席では、まず道の話が出て、道が尽きると人から聞いた話になる。
「聞いた聞いた。一晩でぜんぶだろ。町じゅうの戸が開きっぱなしで、それきり閉まらないって」
「嘘くさいねえ。錠が開くだけなら鍛冶を呼べばいい」
「それが、掛け直しても掛からないんだと。掛ける手順のほうが、誰にも出てこないって話だ」
女将が鍋を掻き混ぜながら、そのへんで口を挟んだ。
「しまい手だろ。使ったやつが持ってっちまうってやつ」
「あんた、そんなの信じてんの」
「信じちゃいないよ。話としちゃ面白いから覚えてるだけさ。汁、おかわりは一杯までだからね」
男たちが笑った。笑いのほうが、話より長く続いた。笑いが済むと、次はどこの橋が落ちたという話になった。話の種は一晩ぶん足りていればよく、足りているうちは前のには戻らない。
名前は通っていた。ただし道の脇で話の種になるくらいの通り方で、その名の者が椀を持ってすぐそこに座っている、という形では誰の頭にも入らない。話は面白いほうへ寄っていくので、面白くない本人のところへは寄ってこない。
黙っていた。ここで何か言うのは、汁を薄くする湯と同じことだ。誰の得にもならないし、次の便で先へ行く人たちの椀を、余計に薄くするだけになる。
トトはこっちを向きもしなかった。芋を先に平らげる質なので、いまはもう汁だけになった椀を両手で抱えている。
飯のあと、女将が椀を重ねはじめた。三人ぶん増えた椀は、重ねるとかなりの高さになる。この人は左の肩を先に落とす癖があって、それが痛みの出る側なのだと分かる。
「拭くよ」
「いいよ、客は。座ってな」
「銭を置いてないんだから、客じゃない」
布を取って、端から拭いた。右の二本は握るのに使えないので、椀は左で回す。回しながら拭けば、指が足りなくても間に合う。こういうのは、やり方のほうを変えれば済む話だった。手を治すより、持ち方を変えるほうが早い。冬のあいだ、寝床の板の上でさんざん考えたのがこれだ。
術で片づく仕事ではなかった。〈地下り汲みの手〉なら井戸の水は上がるが、この宿は水に困っていない。困っているのは手の数で、手の数を増やす術というのは、聞いたことが無い。
考えて、可笑しくなった。
名前さえ分かれば、何でも一度きり完璧にできる。その人間がこの土間でできることは、椀を拭くことだけだ。しかも椀のほうは、やれば明日もやれる。
薪も運んだ。裏の積み場から土間まで、四回。一度に抱えられる量が知れているので、回数のほうが増える。運ぶ順を間違えて、積んである上の段から先に取ったら、女将が来て並べ直した。
「そっちは濡れてる側。濡れてるのを上に積むんだよ。下に入れたら乾かないだろ」
「なるほどね。覚えとくよ」
「あんた、薪は割ったことないね」
「無いよ。割らずに済む暮らしをしてきた」
「そういう暮らしがあるってのが、あたしにはよく分からないね」
「わたしにも、だんだん分からなくなってきた」
その暮らしのぶんは、どこかの誰かが払っている。口には出さない。出してみても、この人の側に受け皿が無い。
女将は親切な人ではなかった。汁の芋は二切れと決まっていて、増やしてはくれない。トトが土間で転んで椀を割ったときは、その場で銅貨一枚と言った。まけるという言葉が出てこない人だ。炭焼きの爺さんが売りに来る炭の値も、この人は毎回同じだけ渋る。渋って、結局は同じ額で買う。爺さんのほうも慣れていて、渋られる時間のぶんだけ早く来る。二人とも、この手順を今年で何十回とやっている。
その人が、こちらの利かない指を見ても何ひとつ言わなかった。目には入っている。入ったところで、話を足す気が無いだけだ。
「おばさん、おれも拭く?」
「あんたは薪のほう。濡れてるのが上」
「濡れてるのが上。下に入れたら乾かない」
この子は言われたことを声に出して繰り返す癖がある。名前を覚えるときと同じやり方だ。頭の使い方は変わっていない。変わったのは、そこに入っていたもののほうだ。
「なあ、明日どこ行くの。ここ、居てもいいの。銭いるの」
「三つ聞いたね」
「二つにするから、どれか答えて」
笑った。この子の値切り方は、炭焼きの爺さんに似てきている。似るというのは、そこにいる時間の長さで決まる。冬をひとつ、同じ土地で越したからだ。
「明日は行くよ。銭は、たぶん要らない。拭いたぶんで足りる」
寝る前に、女将が井戸端でこちらを呼んだ。呼んで、綱を引かせた。井戸は深くて、水面が見えないほど下にある。
「この先の土地は、もっと深いよ。綱が倍は要る。冬のあいだに桶を落としたきり、引き上げずにいる家もある」
「落としたら、どうすんだい」
「隣から借りるのさ。貸すほうも、いつまでも貸してはくれないけどね」
綱の先の桶は重かった。引くのに要るのは力よりも、途中で止めないことのほうだ。止めると、上がってきたぶんが手の中で戻ってくる。左で引いて、右は綱に添えるだけにした。添えるだけでも、無いよりはいい。
水を移して、桶を戻して、綱を巻いた。女将は水甕に蓋をかぶせ、手を前掛けで拭いた。拭きながら、ついでの用事を足す調子で言った。
「あんた、春まで居ないかい。手が足りないんだよ」




