7、等級保管庫の猫
軽快な声が響いた瞬間、横から作業員が遥斗の腕を掴んだ。
監視員が怒鳴りながら引きずろうとする。
遥斗は必死に足を踏ん張った。
その時――
カツン。
軽やかな音が響いた。
レーンの上部、細いパイプの上に、一匹の猫がいた。
長く美しい茶トラの毛並み。白い前足で金具をしっかり掴んでいる。
「……猫?」
猫は遥斗を一瞥し、ふさふさの尻尾を苛立たしげに振った。
次の瞬間、瞳孔がぶわりと広がり、金色の瞳が真っ黒に染まる。
冷たく、無機質な捕食者の目。
直後。作業員も監視員も、同時に床に沈んだ。
猫は前足を軽く振りながら、毛並みを整えた。
そしてあくびをひとつ。
「……ったく。面倒なことになったな」
文句を言っている割には、随分とのんきな声だ。
(さっきの声……君か?)
猫が遥斗を一瞥する。
猫の首元が光り、小さな声が漏れた。
「うるせえなぁ、ついでだ」
猫は短く答えて通信を切ると、遥斗に向き直った。
「で、お前どっから湧いた? 違法採取の現場に意識持ちが混ざってるなんて聞いてねーんだけど」
「……ぼ、僕は……」
「おいおい、マジか。喋れねータイプ?」
興味なさげだ。
「こんなん本来、俺の担当外なんだけど。しゃーねえ、ついてこい」」
遥斗は動けなかった。
猫は苛立たしげに尻尾を床に打ちつけた。
「あと数分で管理局がこの区画ごと接収する。残ってたら、不法投棄ゴミとまとめてリセットだ」
この猫が味方なのか、まだわからない。
しかも、レーンの人間たちには見向きもしない。
猫は深いため息をついた。
「……はい、時間切れ」
猫は肩をすくめるみたいに首を振った。
本来なら、その十倍は喋りたい顔をしていた。
猫は前を向いて、歩いていった。
角を曲がって、消えた。
あの猫は出口を知っている。
(僕には正解がわからない、でも)
だが遥斗の頭には協力を求めてきた会社員の顔があった。
(あの人だったら……)
等級保管庫の自動ドアを手で強引に押し開いた。
遥斗は最初の扉が並ぶ収容ホールへ戻った。
ホールには誰もいなかった。
「なん……で?」
床に靴が片方落ちていた。
それだけだった。
遥斗は残った人間を探すことは諦め、猫が曲がっていった角へと向かった。
その時、背後から聞いたこともない異音が響いた。
――メリ、メリメリッ!
振り返った遥斗の視界で、今しがた通り抜けてきた重厚な鉄扉が、まるで紙細工のようにひしゃげていた。
整然と並んでいたレーンも、白銀のフィルムに包まれた「製品」も、天井も柱も、外側から見えない何かに押し潰されていた。
「な……んだよ、これ」
空間そのものが、端から閉じていく。
死ですらない。
存在を“畳まれている”のだ。
(まとめてリセットって……こういう意味かよ)
背後で世界が軋む。
「くっ!」
遥斗は角の向こう、猫が消えた先へと飛び込んだ。
目の前に白い壁。
(行き止まり!)
絶望に膝が笑いかけたその時。
頭上から、再び「カツン」という音がした。
天井の扉から猫が不機嫌そうに遥斗を見下ろしている。
目が合った瞬間、スッと耳を伏せて顔を引っ込めた。
迷ってる暇はない。
遥斗は壁に向かって全力で駆け出した。




