僕の純情を返してほしい
広間で行われた立食形式のパーティーには、別邸の皆さんも大勢顔を出していた。
ジョシュア様はヴェルデに腰を抱かれたまま、にこやかに皆さんと話をしている。
ヴェルデもジョシュア様の夫として別邸の皆さんに顔合わせだ。
ヴェルデは子竜姿の時に遊んでくれた相手の顔と名前は覚えてるみたいだけど、相手はヴェルデの人の姿を初めて見るわけだからね。
あははと楽しそうな声が度々上がっている。
ヴェルデの隣にいるジョシュア様は、いつ見ても幸せそうに微笑んでいて、時々真っ赤になったりもしていて、なんだか幸せそうでいいな、と思う。
ジョシュア様の空色の瞳は、皆との話の合間合間にヴェルデの横顔をじっと見つめているし、ヴェルデはその度にジョシュア様に緑色の瞳を向けて、優しく微笑んでいる。
見つめ合う二人の間には、誰も入れないなって思える空気が流れていて、ああいうのが恋っていうのかな……? と僕はぼんやり思った。
まあ、エトさんは二人の甘い空気にも負けず、強引に割り込んでは甲斐甲斐しくジョシュア様のお世話をしているけど。
僕はワドナーさんやライラさんといった顔見知りの人達に挨拶も済ませて、お腹も膨れて、ちょっと夜風にでもあたろうかなとバルコニーに出ていた。
夜のひんやりした風が、ぽかぽかした頬に気持ちいい。
お酒は飲んでないんだけど、ちょっと人酔いしたかなぁ。
こんなに大勢の人がいる空間で過ごすのなんて、こちらに来て初めてだからな……。
空を見上げれば、そこにはクロの星座が昇っていた。
「あ『走るクロ』の星座だ」
気の緩みからか思わず零れた心の声に、隣のクロが聞き返した。
「セイザ……?」
あれ、この世界ってもしかして星座ってないの……?
え……? いや普通どの世界でもあるもんじゃないの!?
僕の元いた世界だと、世界各国にあったけど……!?
僕が星座という物の存在を説明すると、クロは金色の瞳で瞬いた。
ああ、綺麗だな……。
やっぱりクロの瞳はふたつ並んでると倍綺麗だ。
僕はなんだか嬉しい気持ちで、調子に乗って、たくさん作ったクロの星座についても話した。
「……では、リョクトは空を見上げて、私を思ってくれていたのか……」
え、あ。うん。そうなる……かなぁ……?
いやでもこんな大きなお兄さんのことを思ってたわけじゃないよ?
小さくて可愛いクロの事を……。
僕は、そこまで考えてから、ずっと聞けないままだったことを尋ねてみる。
「あのさ、僕ずっと気になってたんだけど……」
クロはまだ嬉しくてたまらないのか、緩む口元を隠すかのように口元を片手で覆っていたけど、僕の言葉に優しく向き直ってくれる。
「なんだろうか」
「クロって今何歳なの? 儀式をしてた頃は何歳だったの?」
ぎくり、とクロの肩が揺れる。
なにその『マズい』みたいな顔……。
クロは金色の瞳をしばらくうろうろと彷徨わせてから、観念したように息を吐いて、僕に説明してくれた。
儀式は十八歳を迎えた竜が行う物だとか、帰り道には能力が制限され、人化もできず魔法も使えず体力もない子竜の姿にされる事だとかを。
「……つまり、あの時クロは小さかったけど、あの頃十五歳だった僕よりは既に年上だったって事……?」
「ああ、私は今年二十三歳で、ヴェルデは十八歳だ。竜は三十代に入ると外見の老化がゆっくりになるが、それまでは人間と大差ない見た目で育つ」
僕は衝撃の事実に盛大にため息を溢しながらその場にしゃがみ込む。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
「リョ、リョクト……?」
クロがオロオロしてるけど、今の僕にはクロに構ってやれるほどの余裕がない。
だってそんな…………そんなのってないよ……。
僕が可愛い子竜だと思っていたのが、最初から僕より大きいお兄さんだったなんて……。
僕の純情を返してほしい。
いや、待って……?
だとしたら、つまり……??
「確かにヴェルデは僕の口を舐めたりしなかったけど、クロは舐めてたよね? むしろ舐めまくってたよね?? あれはつまり、僕にキスしてたって事……?」
「うぐっ……、そ……、……そ……の、通り、だ……。っ……もっ、申し訳ないっ!」
ガバッと頭を下げられたような気配がするけど、僕は既にクロの方を見上げる気力を失っていた。
だって、ひどいよ……。
可愛い可愛い僕のクロだと思ってたのに……。
可愛がられていたのは、実は僕の方だったなんて……。
あんなに僕の事をペロペロ舐めていたクロが、下心ありありだったなんて、そんなの信じたくない……。
さらには旅の中では寝てる僕に触れようとしてたとか言ってたし……。
そりゃヴェルデも心配しちゃうよ。
むしろヴェルデがいてくれなかったら僕は今頃どうなっていた事やら……。
あとでヴェルデには、改めてちゃんとお礼を言おう。
ヴェルデは最初にジョシュア様に会った時から、ジョシュア様に血の匂いが纏わりついてて心配だったんだ……って話してたし。
早く儀式を終えて戻って来たかったヴェルデが、まさかクロの暴走が心配で僕のそばに残っててくれたなんて、なんだか僕の方が申し訳ないよ……。
「リョクト……、怒っているのか……?」
「……」
怒ってるっていうわけじゃないけど、愕然としてるっていうか……。
いや、ちょっとは怒ってるかな。うん。
クロだけ何でも分かってて、僕だけが知らずにいたっていうのはやっぱりムカつくよ。
いやでもクロは僕が「言葉が分かるの?」って聞いたら頷いてくれてたし、あの時にもし僕が「実は十八歳なの?」って聞いたら頷いてくれてたとは思う。
いや、聞かないけどね、普通は。
だからまあ……故意に黙ってたとか嘘をついてたとかではないんだよね。
少なくとも、あの時点では。
でも現時点では明らかに、言わずに済むなら言わずに済ませようって思ってたよね? この人は。
……まあそれでも、聞けば正直に答えてくれてはいるんだけど……。
それに、クロが黙ってる事の多くは僕のためだったりもするわけで……。
いやでも、今のは絶対、自分の非礼を隠したかったんだよな?
うんんんん、判断が難しい……。
一応、情状酌量の余地は……ある……?
「リョクト……」
うん?
なんだかとんでもなく情けない声がしたんだけど、今のってクロの声……?
どうやら、僕がひとりでうんうん考えている間に、クロはかなり不安になってしまったようだ。
仕方ない、顔を上げてあげるか……。
渋々、気力を振り絞って膝に伏せていた顔を上げると、僕のすぐ目の前に体格の良い黒髪の男性が小さくなって座り込んでいた。
金色の瞳が、必死に僕を見つめている。
「……お願いだ……、私を……嫌いにならないでくれ……」
……いや、待って。
何その可愛い台詞。
そんなの、机をひっくり返して僕に叱られてキューンキューンって鳴いて謝ってる時のクロと一緒だよ。
「クロ……」
僕は、僕に嫌われたんじゃないかと震えている、自分よりもずっと強くて大きくてかっこいい人を改めて見る。
そうか。
僕は別に騙されてたわけじゃないんだよな。
あの時からクロは変わらずクロだったんだから。
僕に叱られたらこの世の終わりみたいにしょんぼりしちゃうのも。
僕に撫でられたら嬉しくて尻尾が千切れそうなくらい振っちゃうのも。
今だって一緒じゃないか。
僕より体が大きくたって、僕より年上だって、実はちょっと偉い立場だったりしても。
今だって、クロは僕の可愛いクロなんだ。
「もう怒ってないよ」
思わず僕の口から出た言葉は、やっぱりあの頃と変わらなかった。




