考え始めたらワクワクしてきた
「リョクト!」
クロがガバッと僕を抱き上げる。
いやその嬉しくなると僕を抱き上げちゃうのはやめてください。
降ろしなさいって言おうとしたのに、嬉しそうなその顔を見ていると、僕まで嬉しくなってしまうんだよな。
「もう、……クロはしょうがないなぁ」
苦笑する僕に、クロは「ああ、懐かしい台詞だ」と目を細めた。
「私は、あの頃からずっとリョクトが好きだ。だから、リョクトが私と離れていた間も、私の事を時々思い出してくれていたのかと思うと、とても嬉しい」
「時々じゃないよ、僕は毎日クロの事思い出してたよ」
「毎日……」
金色の瞳が驚いたように見開かれる。
「うん、今何してるのかなって、元気にしてるといいなって。夢で会えるとすごく嬉しかったし、今日も一日頑張ろうって思えた」
「リョクト……」
「クロがずっと僕の心にいてくれたから、僕はひとりでも五年間我慢できたんだよ」
感謝を込めて微笑むと、クロがなんとも言えない顔になった。
「それ、は……嬉しい、のだが、しかし……。もっと早くにリョクトが限界を迎えていれば、もっと早く会えたのではとも思うし……、悩ましいな……」
なんだ、そんな事か。
それなら僕は正解を知っているよ。
「それだときっと、僕は助かっても、ジョシュア様は助からなかったと思うんだ」
僕の言葉に、クロは金色の瞳を瞬かせる。
「今だったからこそ、ヴェルデが儀式に出てて、僕と出会うことができて、こうやって、ジョシュア様と結ばれることができたんだから」
「……確かに……」
「だから、僕とクロが会えない間もずっとお互いを思い合って、頑張っていた時間は無駄じゃなかったんだよ」
「リョクト……」
クロは僕をそっと下ろすと、僕の前に跪いた。
今までは跪かれる度に「なんで?」って思ってたけど、今ならわかる。
これ僕の前にお行儀よくお座りしてるだけなんだよね。
そう思うと、変にドキドキすることもなく、僕はクロを見ていられた。
クロは僕の手を取ると、僕をじっと見つめて口を開いた。
「私は貴方のそういうところが好きだ。その前向きで、懸命で、諦めないところが大好きだ」
あ、ごめん。
お座りとお手までは許容範囲だったけど、口説かれるのはちょっと、流石にドキドキします……。
「あの大雨の日も、森の中でも、リョクトはヴェルデの命を諦めなかった。別邸の者達ですら、その子達ですら、貴方は一人も諦める事なく救いきった。その誰もが、貴方と深い関係ではないにもかかわらず、だ」
まあそう言われてみれば、クロもヴェルデも見ず知らずの竜ではあったけど……。
「貴方はあの時確かにあの鞭に怯えていたのに……、それなのに、その前へと飛び出した。その気高い心が、優しさが、何ものにも変え難く、美しいと思った」
……鞭にビビってたのは認めよう。
だってあれ全体がギザギザしてるんだよ?
あんなので怪我したら、いつまでも治らないよ……。
それに、飛び出したのは咄嗟の事で、僕はそんなに色々考えてないよ?
「貴方は私のような強靭な体も、貴族達のような権力や財産もない事を理解しているのに、自分よりも強い相手にも臆せず毅然と立ち向かう。リョクトこそが真の勇気を持った、心強い者なのだと私は思っている」
それはなんだか、ちょっと買い被りすぎじゃないかな?
「私はあの日雷に打たれて、身動きも取れず、もうダメだと思っていた。自分の役目も、その責任の重さも分かっていたはずなのに、それすらも手離して、もう私はこのまま死ぬんだと思った」
ああ、クロと出会った時の事だ。
「私ですらも諦めていた私の命を、リョクトだけが諦めないでいてくれた……」
僕はただ必死で、クロを死なせちゃダメだと思って夢中だっただけだけど。
「貴方は右も左も分からない場所に放り出されたばかりだったのに、それでも私をその腕で温め、雨から身を挺して守り、魔力を分け与えてくれた……」
そこまで言ってから、クロはちょっと気まずそうに目を伏せる。
「……いや、違う。魔力に関しては、私が……貴方の許可なく奪った」
僕はそんなクロの様子に苦笑して答える。
「もういいよそれは。気にしないことにするから。あれは僕の中ではキスのカウントには入れません」
「ゔ……。私のこういう部分がダメなのだと、ヴェルデも言っていた……」
「うん、まあクロも反省しているようなので、今回は大目に見るよ。でも、次はないからね?」
「はい……」
しゅんと尻尾と耳が垂れる様子が見えるかのような様子に、僕は小さく笑う。
クロは僕が笑うとホッとした顔をして、嬉しそうに微笑む。
可愛いな、と思っていると、クロが自身の右目を指した。
「この右目もそうだ……。里で何度も治療を受けたが、もう治らないと諦めていた。それなのに、リョクトだけが諦めずに治してくれた」
言われてみれば、諦めが悪くて、いつまでも悪足掻きをするのは昔からそうだったな、なんて、少年野球だとか水泳だとかの記憶がチラッと蘇る。
母には「まったくアンタは諦めが悪いわねぇ」なんて叱られたりもしていたけど、これは僕の長所でもあったんだな……。
「私はそんなリョクトの強く優しく逞しい心を愛している」
そう言って、クロは昔と同じように、嬉しそうに微笑んだ。
僕のことが大好きだって、そんな目を、思えば昔から向けてくれていたよな。
「ありがとう、クロ。僕も強くてかっこよくて、甘えん坊のクロが大好きだよ」
ぶわっとクロから幸せオーラが溢れ出す。
「恋愛感情ではないけどね」
途端に、幸せな波動はしゅるるるると萎んでしまった。
「なんだよもう、好きなのは好きなんだからいいじゃないか。僕は大好きって言ってるのに!」
僕が怒ってみせると、クロは慌てて「そ、その通りだ! すまないリョクト!」と謝る。
あはは、クロは素直で可愛いな。
ああ……そうか……。
クロの目には初めから『何もできない僕』なんてものは映っていなかったんだ。
まさか僕がそんなに立派に見えてたなんて思わなかったけど。
……こんなに僕の事を大好きでいてくれるクロと、離れてしまうのは、やっぱり寂しいな……。
「クロ……。竜の里に行くんだよな?」
「ああ。報告だけだから、七日ほどで帰ってくる」
「七日……? あれ、そんなに……? ヴェルデは一日くらいで往復してなかった?」
「ヴェルデは今の竜族の中で一番速い。その上で、飲まず食わずで休みも取らずに全力で飛び続けたんだろう」
「ひぇぇ……すごい苦行……」
「それだけ、ジョシュアが大事だったんだろう」
「……そうだったんだ……」
「私はヴェルデより体も大きく重い分、速度があまり出ない。飲まず食わずで休まず飛ぶつもりではあるが、それでも里まで三日はかかる。流石に帰りを合わせて六日の無休憩飛行は命に関わるので、里で一泊だけするつもりだ」
「待って? それも十分強行軍だよ!?」
「……だが、七日以上リョクトと離れているなんて、私の心が耐えられない。できれば一泊もせずに戻りたいところだ」
いやだって、それやると命に関わるって言ったよな!?
「そんな危ない事させられないって!」
「……それなら……」
そう言ったクロの金の瞳には、たっぷりの期待が浮かんでいる。
「私と一緒に行かないか……? ジョシュアとの契約を破棄すれば、リョクトも里に入れる」
僕も一緒に……?
「っ、行く! 僕もクロと一緒に行く!!」
僕は即答していた。
そうだよ。僕も行けばよかっただけじゃないか。
もうジョシュア様は僕の生存情報に慰められるような生活を送ることはない。
ジョシュア様の隣にはいつでもヴェルデがいるし、ジョシュア様のことが大好きな侍従の人達もついている。
僕はすぐに広間に戻るとジョシュア様に話した。
ジョシュア様もすぐに許可をくれた。
「二人でゆっくり旅をしてくるといいよ。そして、いつでもここに帰っておいで」
「はいっ」
ジョシュア様が僕の頭を優しく撫でてくれる。
「リヨの帰る場所は、私が守っておくからね」
ああ、そう言ってくれるとすごく安心できるなぁ……。
ジョシュア様はやっぱり、優しい。
「いーなー、二人きりで旅行かー。なあシュア、俺達もいっぱいデートとかしよーな……?」
ジョシュア様はヴェルデに耳元で囁かれて、ちょっとだけ頬を赤くしながらコクコク頷いている。
可愛い。
「おい、お前の分の報告に行くんだぞ? 分かってるのか?」
クロがギロリとヴェルデを睨んでるけれど、ヴェルデは「分かってるよー、感謝してるってー」と気安く答えている。
エトさんが「そんな態度では次期侯爵家の……」とガミガミお説教を始めると、今度はセザーさんがそんなエトさんを止めにくる。
あまりに繰り返されているそのパターンに、ジョシュア様が「エト、もうその辺になさい」と止めている。
僕も、あんまりしつこくエトさんが喰ってかかると、そのうちヴェルデに燃やされてしまうんじゃないかとちょっと心配なんだけど。
「あはは、こいつおもしれーよなー」
当のヴェルデはまるきり気にしていないようなので、周りはホッと胸を撫で下ろしている。
ヴェルデって、悪い人には容赦がないのに、悪気のない人には寛容だよね。
自分に強く当たられてても、エトさんはジョシュア様のことを考えてるんだなってその気持ちを慮ってあげられるのはすごいと思う。
こういう部分が族長の器ってやつなんだろうか。
あ、そっか、僕も行くんだよね。竜の里。
親御さんに報告するなら族長さんとかにも会えたりするのかな。
だってヴェルデの親かその上くらいが族長なわけだよね?
あれ? 世襲制とは限らない? 実力主義だったりする?
竜の里にはやっぱり竜がいっぱいいるんだよね?
黒竜と赤竜がいるんだから、青いのとか緑のとか黄色いのとかもいるのかな?
一体どんな場所なんだろう。
ヤバイ。考え始めたらワクワクしてきた。
これは、今夜は寝られないかもしれないな……。
「リョクト……? 楽しそうだな」
「うんっ、クロと竜の里に行くのが楽しみだよっ」
僕が笑うと、クロは金色の瞳を瞬かせて、それから嬉しそうに微笑んでくれた。




