そんなに自慢しないでください
「へへへー、俺達結婚しましたー!!」
中庭に降り立ったヴェルデの元気いっぱいな結婚報告に、エトさんが倒れた。
いつもジョシュア様の後ろにいる侍従さんの、エトさんじゃない方の人がまるで予測していたかのようにエトさんの背中を受け止めた。
そのままエトさんはそっと地面に降ろされる。
……こんな草地にそのまま寝かせちゃうんだ?
まあでも、両手が塞がってたら何にも出来ないもんな……。
「ジョシュア様お帰りなさいませ。お身体のご様子は……いかがですか?」
エトさんより年上の銀髪の侍従さんが、ヴェルデの腕から降りたばかりのジョシュア様を気遣うように尋ねる。
「ただいま。心配をかけたね、待たせてすまなかった。体は……良好……とは言えないけれど、悪くないよ。いや、いつもに比べれば随分良いね」
ジョシュア様はそう言ってクスクスと笑う。
ピンと張り詰めていた糸が切れたジョシュア様は、今までよりもふわふわしていて、なんだか可愛らしく見えてしまう。
「それはようございました」
にこりと微笑んで答えた侍従さんが、ヴェルデに向き直ると姿勢を正して、深く礼をする。
「赤竜ヴェルデリド様、ジョシュア様をお救いいただき本当にありがとうございます。ジョシュア様の第一の侍従セザー、このご恩は生涯忘れません」
「ん、セザーな、覚えた」
ヴェルデの返事は短いけど、慌てる様子はまるでなくて、なんだか貫禄を感じてしまった。
そういえばヴェルデも族長候補なんだよな……。
里ではこんな風に使用人達に囲まれてるんだろうか。
……竜が……?
…………よく分からないな……。
「これより私セザーはヴェルデリド様にもジョシュア様と同じく誠心誠意お仕えする所存でございます。ご用がございましたら、何なりとお申し付けください」
「分かった、顔あげな」
言われてセザーさんが頭を上げる。
「これから、よろしく頼むな」
ニッと口端を上げてヴェルデがセザーさんの肩をポンと叩く。
優しい緑色の瞳を向けられて、セザーさんがヴェルデの笑顔に目を奪われる。
その時、エトさんがカッと目を開いた。
「ジョシュア様っ!」
ガバッと立ち上がると、エトさんはヴェルデに指を突きつける。
「ま、まさか……、まさかこんな軽い男と本当にご成婚なさったんですか……!?」
「エト、やめなさい」
セザーさんがグイとエトさんの指を下ろさせる。
「エト……、心配をかけてすまなかったね。私はもう大丈夫だよ」
ジョシュア様が苦笑まじりに微笑む。
「ああ……、ビリデクト様の契約は破棄されたんですね……。本当に……良かったです……っ」
ジョシュア様をうるうると見つめたエトさんは、キッと表情を引き締めて、ヴェルデに指を突きつける。
セザーさんが「やめないか」ともう一度エトさんの指を下ろさせている。
「ではジョシュア様のご無事が確認いただけたことですし、早速婚姻契約を破棄していただきましょうか!」
「えー、俺破棄したくねーんだけど?」
ヴェルデが面倒そうに答える。
「何を無責任なことをおっしゃるんですか! ジョシュア様にはアンデクトス侯爵家を受け継ぎ次代を育む大事なお役目がございます! どこからともなく湧いてきた竜と結ばれて良いはずがないんです!!」
ヴェルデは「湧いてきたとか酷くね?」とぼやきつつも、返事をする。
「そりゃまあジョシュアがどうしても破棄してくれって言うなら考えっけどさー」
というか、ヴェルデがその気になったらエトさんくらい一瞬で燃やせちゃうのに、エトさんは燃えるビリデクトを一緒に見てたはずなのに、なんというか……度胸があるよなぁ……。
「ジョシュア様! ガツンと言ってやってください!!」
エトさんに盛大に振られて、ジョシュア様が空色の瞳を揺らす。
「……っ、……それは……」
躊躇う様子のジョシュア様をヴェルデが引き寄せる。
肩じゃなくて腰を抱いているところが、なんか親密度とか密着度が高い……。
「ん? どした? 何でも言ってみ?」
俯くジョシュア様の頭にヴェルデが顔を寄せて優しく尋ねる。
ヴェルデの声って、ジョシュア様に対してだけは甘いよね!?
「その……、私はまだ家の相続の問題もあるし、この屋敷の異界人達の事もあるので、すぐには動けません……」
「それは俺が待つって言ってんじゃん。俺がジョシュアの何倍寿命あると思ってんの? よゆーだよ」
「でも……、数年程度ではとても全ては解決できそうにないんです……。まだ若いヴェルデリド様を置いて、私だけが……老いてしまうなんて……」
「ヴェルデでいいって言ってんじゃん。リョクトもオーロアデルもヴェルデって呼んでんのに、俺の奥さんが遠慮すんなって。むしろ差をつけんならもっと短くしてヴェルって呼ぶか?」
ヴェルデの言葉に、ジョシュア様が空色の瞳をまんまるにする。
「……わ、私が……、貴方の……妻……?」
「そーだよ? 俺達結婚したんだからさ」
うわ、ヴェルデがめちゃくちゃ優しい顔で笑っている……。
あんな顔するんだなぁ。
「……っ、っ……っっ!」
ジョシュア様はヴェルデの笑顔から目を逸らせないまま、みるみる真っ赤になってしまった。
「うーわぁ真っ赤になっちゃって、かーわいいなぁ」
愛しさを隠そうとしないヴェルデの言葉に、ジョシュア様は唇を震わせる事しかできていない。
ジョシュア様よりヴェルデの方がずいぶん年下に見えるのに、ヴェルデの方がリードしてるよなぁ。
すごいなぁ。皆どこでそんなの覚えてくるんだろう。
「……で、ですが、貴方が美しいと言ってくださった私の容姿は、ほんの十年も保たないので……」
もじもじしているジョシュア様を見る限り、離婚したいなんて全然思ってなさそうだし、僕はそろそろ帰ってもいいかな。
後は二人でゆっくり話し合ってくれたらいい気がする。
「だーから、竜ってのは外見なんか気にしねーんだって、色が違うだけで体型も性質も全然違うしさ。俺はジョシュアの心が一番綺麗だと思ってるし、そこが好きなんだよ」
「っ……!」
「きっと、十年経っても五十年経っても、ジョシュアは綺麗だよ」
ついにジョシュア様は耳まで真っ赤になってしまった。
恥ずかしいからか嬉しいからか、ぎゅっとヴェルデに抱きついてしまうその仕草は昨日も見た気がする。
そろそろ部屋に戻ろうか、とクロに声をかけようとした時、クロが尋ねた。
「お前は……。リョクトに懸想してたんじゃないのか?」
懸想……ってなんだっけ?
ヴェルデはまずクロに「おお、その目治ったんだな、よかったな」と言って、僕にも「リョクトが頑張ったんだな、すげーじゃん」と笑いかけてから返事をした。
「オーロアデルはさ、好意をなんでもかんでも色恋にすんのやめた方がいーぜ?」
半眼で答えるヴェルデの言葉に、クロがぐっと息を詰まらせる。
「兄貴がそんなんだから、俺がいつまでもリョクトから目を離せなかったんだろ? もーちょい相手の気持とか考えてやれよな」
エトさんがヴェルデの言葉にくってかかろうとしたところを、後ろからセザーさんに両手で口を押さえられている。
クロが渋い顔をしているところを見るに、ヴェルデの言い分は正しいんだろうな。
「それに俺、リョクトのスッキリした魔力も好きだけどさ、ジョシュアのとろっとした魔力の方が好きだよ? 兄貴にはやんねーけどな。もう俺の奥さんだからな?」
「魔力も解放されたのですね!」
セザーさんが嬉しそうな声をあげている。
ということは、今までジョシュア様の魔力は封印されていたんだろうか。
僕はちょっと気になった事をクロに尋ねる。
「ヴェルデってクロの弟だったの?」
「いや、立場が近く家も近かったのでな、幼い頃から遊んでやっていたら、自然とそう呼ばれていた。血の繋がりはない」
そっか。僕とジョシュア様みたいなものなんだな。
僕はなんだか嬉しくなって、小さく笑う。
「クロってなにそれ、オーロアデルの事? めっちゃ仲良さそうじゃん」
ヴェルデに言われて、クロはふふんと胸をそらしてドヤ顔をする。
「良いだろう? 私にだけ許された、リョクトの国の言葉だ」
……そんなに自慢しないでください、僕が恥ずかしいので……。
「えー、いいなー。つか俺もジョシュアの事短く呼びてーんだけど、何て呼べばいい?」
「な、なんでも、貴方のお好きなように呼んでいただけたら……」
「ちっちゃい頃は何て呼ばれてたんだ?」
「母には……シュアと呼ばれていた頃がありましたが、幼い頃だけで……」
「シュアか、……可愛いなぁ。んじゃ俺もそう呼んでいいか?」
「……っ、う、嬉しい、です……」
見つめ合う二人の甘い会話は、もう完全に恋人同士のそれだ。
エトさんはまだまだ納得してなさそうだけど、僕はジョシュア様が嬉しそうだから二人の事は祝福したいと思う。
そんな僕達に、セザーさんが「今夜は身内だけでささやかな披露宴を行いましょう」と提案してくれた。
ビリデクトがいなくなった今、ジョシュア様はアンデクトス家の正式な後継者なので、結婚を発表するとなると色々と手順があるらしい。
なので、正式な発表には時間がかかるものの、ひとまず事情を知っている者達だけの秘密の宴との事だった。
「あー、俺も里に報告行かなきゃだよなぁ……。けどシュアと離れんのやだな……」
ヴェルデのぼやきに、クロが応えた。
「仕方ないな。里へ結婚の報告には私が行こう」
「へっ!? いーのか!? 助かるぅぅっ! オーロアデルもいーとこあんじゃん。あーんな自己中暴君が、丸くなったよなぁ」
「……前言撤回だ。お前が自分で行け」
「あああ悪かったって、兄貴ぃっ!」
ああ、そっか。
竜の婚姻契約は、近くにいると力が増えるけど、離れると弱っちゃうんだっけ。
だからクロがヴェルデの代わりに行こうとしているのか。
そうか……。
クロは行ってしまうんだ…………。
僕をまた、あの部屋に残して…………。
皆の明るい笑い声が、僕には遥か遠くに聞こえた。




