第8話:八歳児、狼の獣人ガロウに弟子入りを直談判する
新作『エルフの王女にフラれたので、辺境の荒れ地を最強の要塞都市にしてみる 〜日本刀と行政チートで始める他種族スローライフ〜』第8話をお届けします!
辺境の森でシャドウ・ウルフの群れに囲まれ、絶体絶命のピンチに陥ったアランを救ったのは、伝説の狼の獣人・ガロウでした。恐怖に震えるどころか、「本物の獣人の戦士だ……!」と他種族オタクとしての情熱を爆発させたアランは、その場でまさかの弟子入り直談判を開始します。しっかりとお互いの名前を交わす自然なやり取りを加えつつ、常識外れな八歳児と百戦錬磨の老戦士が織りなす熱い出会いのワンシーンをお楽しみください!
【年齢:8歳(少年期・修行編)】
「静まれ」
その一言だけで、周囲の空気を支配していた凶暴な魔物たちがまるで小動物のように震え上がり、一目散に逃げ出していった。
圧倒的な格の違い。そして、頭上にそびえるフサフサとした狼の耳と、野生の気高さを宿した銀髪の獣人――目の前に立つ男の姿を間近で見た瞬間、私の胸のなかで沸き起こっていたのは、恐怖などではなかった。
(――す、すごい……っ!)
私の瞳は、恐怖の色など完全にどこかへ吹き飛び、純粋な「推し」を目の前にしたオタク特有の眩い光と、圧倒的なリスペクトの炎でギラギラと輝いていた。
前世の画面越しやイラスト集でしか拝めなかった「本物の狼の獣人戦士」が、今、まさに目の前に立っている。しかも、あの圧倒的な気迫のコントロールと、無駄な力を一切感じさせない完璧に鍛え上げられた筋肉の塊。これぞまさに、私が求めてやまなかった「異世界のロマンと実用性が最高に高まった最高峰の生物」ではないか!
私は思わず両手を胸の前でギュッと握りしめ、感動のあまりその場で小刻みに震えてしまった。
「おい、人間の子どもよ。耳が聞こえていなかったのか? ここは一歩間違えば命を失う危険な森だ。親はどこだ、お前のようなガキが一人でうろついていい場所じゃない」
ガロウは低く渋い声を響かせながら、鋭い琥珀色の瞳で私をじっと見下ろした。
その身体から放たれるプレッシャーは、普通の人間であれば足がすくんで一歩も動けなくなるほどのものだろう。しかし、私は前世で幾多の理不尽な住民クレームや、ブチ切れた上司の怒号を幾度となくやり過ごしてきた元・地方公務員である。さらに、これまで日々のボディコントロールで自身の精神と肉体の軸を徹底的に鍛え上げてきた。
だからこそ、ガロウの放つプレッシャーを「恐怖」ではなく「極上の心地よい緊張感」として正確に受け止めることができた。
私はすっと姿勢を正し、八歳児とは思えないほど落ち着き払った動作で、目の前の獣人に向かって深く一礼した。
「お気遣いありがとうございます。……ちなみに、あなた様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
私の物怖じしない態度に、獣人は眉をピクリと動かした。
「……ふん。俺の名はガロウだ。通りすがりの傭兵崩れよ」
――ガロウ師匠!
脳内で私のテンションが盛大に跳ね上がる。画面越し(前世のオタク知識)でしか知らなかった伝説の狼の獣人、そのご本人のお名前を直接聞けた感動に、危うく顔がにやけそうになるのを必死で理性で抑え込んだ。
私は居住まいを正し、改めてハッキリと告げた。
「ガロウ師匠ですね。私はアラン・クロフォードと言います。親元を離れ、自分の意志でこの世界を巡る旅に出た者です」
「……アラン、だと?」
ガロウは目の目にいる小柄な人間の子供を再びじっくりと観察した。
普通の八歳児であれば、この状況で泣き出すか、恐怖でまともに喋れないはずだ。それなのに、この少年は怯えるどころか、どこか誇らしげな笑みを浮かべ、まるで商談でもするかのように堂々としている。その奇妙なまでの肝の据わり方に、ガロウのなかにわずかな興味の色が宿った。
「ふっ……度胸だけは一人前のガキだな。だが、さっきの魔物の群れを見ただろ? 気まぐれで命拾いしたからといって、次も助けてもらえるとは思うなよ」
ガロウはフンと鼻を鳴らすと、背中を向けてその場を立ち去ろうとした。
――瞬間、私の脳内で緊急警報が激しく鳴り響いた。
(待ってくれ! ここでこの伝説の獣人戦士を逃したら、私の「理想郷へのロードマップ」と「他種族からの直接指導というチートイベント」が盛大に消滅してしまう! そんな致命的な行政ミス……いや人生の最大級の機会損失を起こしてなるものか!)
私は一歩前に踏み出し、絞り出すような、しかし熱意の籠もった声で叫んだ。
「お待ちください、師匠!」
ガロウが足を止め、わずかに振り返る。その冷徹な視線が私を捉えた。
「なんだ? まだ何か用か」
私はまっすぐとガロウの黄金色の瞳を見据え、その場で深々と、頭が地面につくのではないかというほどの最敬礼を決めながら、ハッキリと言い放った。
「私を、あなたの弟子にしてください!」
……森の静寂が、再び戻ってきた。
風が木々の葉を揺らす音だけが、やけに大きく耳に響く。
ガロウはしばらくの間、ぽかんと口を開けたまま私を見つめていた。まるで「今この人間は何を言っているんだ?」と、自分の耳を疑っているかのような表情だった。
やがて、ガロウは深い溜息を吐き出すと、頭を抱えるようにして首を横に振った。
「……はぁ? 弟子、だと? お前、自分が何を言っているかわかっているのか? 俺は通りすがりの傭兵崩れだ。ガキの面倒を見ている暇なんてないし、ましてや人間を弟子にする気などさらさらない。おうちに帰りな、坊っちゃん」
ガロウは完全に呆れた様子で手をひらひらと振り、再び歩き出そうとした。
だが、私はここで引き下がるわけにはいかない。
「本気です! 私はただの甘ったれた子どもではありません。ガロウ師匠が放ったあの『気迫』――あれをこの身で学びたいのです! 剣術の基礎、そして魔力と肉体を極限まで同調させる技術を、どうしてもあなた様から教わりたいのです!」
私の言葉を聞いた瞬間、ガロウの足がピタリと止まった。
彼はゆっくりと振り返り、今度は先ほどまでとは明らかに違う、鋭く、そして底知れない真剣味を帯びた目で私を凝視した。
「……ほう。俺の『気迫』だと? さっきの一瞬の出来事で、俺が何をしたのかを見抜いたというのか」
「はい。ただ声を荒げたのではなく、精神力を物理的な圧力として空間に定着させ、相手の神経系を直接制圧する技術……あれこそ、私が求めていた『真の強さ』の形です」
前世で行政組織の構造改革や複雑な利害調整に関わってきた私にとって、「目に見えない力や権威、プレッシャーをいかにコントロールするか」の本質を見抜くことは、ある意味で得意分野だった。それを戦闘に応用したものがガロウの放つ気迫であると直感した私は、論理的なアプローチで彼の興味を引こうと試みたのだ。
ガロウはしばらく私をじっと見つめていたが、やがてふっと不敵な笑みを浮かべた。
「面白い。口だけならどんなガキでも達者なことを言うが……お前のその目、怯えの色が微塵もないな。いいだろう、そこまで言うなら、お前が本当に俺の弟子に値する器か、一つだけ試してやろう」
「――テスト、ですか!」
「そうだ。この森の奥にある俺の拠点まで、俺の足についてこられるか試す。ただし、手加減はしない。途中で泣き言を言ったら、その場で近くの村まで放り出してやるから覚悟しろ」
ガロウはそう言い残すと、驚異的なスピードで森の木々の間へと駆け出した。それは人間の子供はもちろん、並の大人でも追いつくことすら不可能なほどの猛烈な速さだった。
(――ふふっ、上等だ!)
私の胸の鼓動が高鳴る。
これこそが、待ちに待った理想郷を築き上げるための第一歩に他ならない。
私はこれまでの幼児期に毎日欠かさず磨き上げてきた「ボディコントロール」と「重心移動の最適化」の全出力を、一瞬にして自身の肉体に叩き込んだ。
余分な力みを一切排除し、地面を蹴る反発力を最小限のエネルギーで全身の推進力へと変換する。
私はガロウが走り去った残像を追いかけるように、一歩、また一歩と森の深部へと足を踏み入れた。
周囲の木々が飛ぶように後ろへ流れていく。
冷たい風が頬を切り裂くように吹き抜けるが、不思議と息切れはしない。前世の激務と徹夜の修羅場を乗り越えてきた精神力と、この世界で地道に培ってきた肉体の基礎スペックが、今、完全に一つに噛み合った。
「おや……?」
前方を走っていたガロウが、気配を察してふと振り返った。
彼の視線の先には、大きく離されるどころか、ぴったりと自分のすぐ背後――死角となる位置を正確な足取りで追従してくる少年の姿があった。
ガロウの琥珀色の瞳が、驚愕と、そして隠しきれない歓喜の色に大きく見開かれた。
「……やるじゃないか、アラン!」
ガロウの口元に、野性的で不敵な笑みが浮かんだ。
夕闇に包まれつつある辺境の森のなかで、老練な狼の獣人と、前世の記憶と狂おしいオタク情熱を胸に秘めた少年による、過酷にして最高に熱い修行の日々が、こうして静かに、そして盛大に幕を開けたのだった。
第8話をお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、絶体絶命のピンチを救ってくれた狼の獣人・ガロウに対して、アランがまさかの「弟子入り直談判」を叩きつける記念すべきエピソードを描いてみました。前世の公務員としての分析力とオタク全開の熱量が噛み合ったアランの交渉術と、ガロウの渋いリアクションの掛け合いを楽しんでいただけたなら幸いです。
いよいよ次回からは、ガロウ師匠のもとでの泥臭くも圧倒的なスパルタ修行が本格的にスタートします!
引き続き、アランの勘違いと成長の物語をどうぞよろしくお願いいたします!




