第6話:八歳児、実家の最終限界と『他種族巡礼ツアー』の開幕に歓喜する
新作『エルフの王女にフラれたので、辺境の荒れ地を最強の要塞都市にしてみる 〜日本刀と行政チートで始める他種族スローライフ〜』第6話をお届けします!
幼少期を抜け出し、いよいよ少年期を迎えたアラン。前世の行政チートや積み木による一時しのぎも限界を迎え、男爵家はいよいよ最終的なピンチに直面します。父から告げられた「自分の食い扶持は外で稼いでこい」という言葉を、アランは「待望の他種族巡礼ツアーのチケットだ!」と盛大に勘違いして大喜び。家族の涙と温かな見送りの裏で、本人の脳内がお花畑全開で飛び出していくコミカルな一幕を、今回もお楽しみください!
【年齢:8歳(少年期)】
歴史というものは、往々にして「構造的な欠陥」を放置したツケを、最も悪いタイミングで支払わせるものらしい。
前世において、数々の自治体の財政再建計画や、破綻寸前の第三セクターの尻拭いに関わってきた私――アラン・クロフォードは、今の我がクロフォード男爵家の台所事情を冷静に見つめながら、心の中で深々とため息をついていた。
四歳の時に私が仕掛けた「積み木によるセレス川の水運改革」のおかげで、当座の致命的なキャッシュアウト(現金枯渇)こそ免れたものの、それはあくまで「延命治療」にすぎなかった。
構造的な根本治療――すなわち、領内の税制の根本的な見直し、荒れ地の土壌改良、そして何より悪質な商人組合からの巨額の借金に対する債務整理を行わなければ、ジリ貧になるのは目に見えていた。
だが、現在の男爵家には、それを実行するための政治的影響力も、動かせる初期投資の資金も一切残されていない。
「ううむ……これ以上は、いよいよ一文無しを通り越して、我が家そのものがどこかの巨大商会の担保に差し押さえられてしまうぞ……!」
執務室の机にしがみつきながら、父・レイモンドは頭を抱えて呻いていた。
彼の髪の毛は、ここ数年で急激に白髪が増え、かつての威厳ある男爵の面影はどこへやら、すっかり疲弊しきった中年の苦労人へと変貌を遂げている。
その隣では、今年で十六歳になった兄・アルフレッドが、青白い顔で山積みの借用書を一枚ずつ見つめながら、震える手でペンを走らせていた。
「お父様……今期の税収も、北西部の木材出荷分だけでは、隣町の『ガルド商会』への利息の支払いで綺麗に消えてしまいます。元本の返済どころか、来月の小麦の買い付けすら危うい状態です……」
アルフレッドの声音には、もはや絶望の色が濃く滲んでいた。
真面目で責任感の強い彼は、家督を継ぐ立場として昼夜問わず奔走してきたが、いよいよ個人の努力や根性ではどうにもならないハードモードの壁にぶち当たっていた。
部屋の隅で、私は行儀よく膝を揃えて座りながら、そのやり取りを冷静に、しかし内心では別の意味でワクワクしながら聞いていた。
(――ふむ。ついに、来たか)
私の脳内では、あらかじめ描いていた「人生の既定路線」が音を立ててカウントダウンを始めていた。
貧乏男爵家の次男として転生した以上、いつかは家から自立しなければならない運命にある。もちろん、前世の公務員としての知識や、ここまで地道に鍛え上げてきたボディコントロールの成果があれば、この領地に留まって実務を支えるという選択肢も理論上は存在した。
だが、私の心と魂を捉えて離さないのは、別の強烈な情熱だった。
――他種族。
エルフの神秘的な森、獣人たちの暮らす広大な草原、竜人たちが集う険しい山々。前世の激務と限界突破の推し活の合間に画面越しでしか拝めなかった、あの麗しき異世界の住人たちと直接触れ合い、その文化をこの肌で体感したいという「他種族好きオタク」としての強烈な欲求が、私の全身の血を沸騰させていたのだ。
「……アラン」
ふと、重苦しい沈黙を破って、父レイモンドが私の方を振り返った。
その目は、申し訳なさとなんとも言えない切なさが入り混じった、複雑な父親の色を帯びていた。
「お父様、どうかしましたか?」
私はできる限りあどけない、しかし毅然とした少年の声を意識して問いかけた。
レイモンドはぐっと拳を握りしめ、意を決したように私を見据えた。
「アラン、お前も今年で八歳になった。我がクロフォード男爵家は今、お前を養う余裕すら残されていない……いや、これ以上お前の将来の足かせになるわけにはいかないのだ。……すまない、アラン。我が家を出て、自分の食い扶持は外で自分の力で稼いできてくれ!」
それは、貴族の家系における事実上の「勘当」であり、幼い子どもを放り出す無慈悲な宣告だった。
だが、その言葉を聞いた瞬間、私の脳内ではファンファーレが盛大に鳴り響いた。
(――きたあああああっ!!!!)
私は心の中でガッツポーズを激しくキメ、危うく顔のニヤけを抑え込むのに必死になった。
「食い扶持は自分で稼げ」――それはつまり、男爵家の縛りから解放され、公務員の義務感からも一時的に解き放たれ、身軽な身なりで広大な世界へ飛び出すことができるという、最高にして最強のフリーパスではないか!
待ちに待った、人生初の「他種族巡礼ツアー」の幕開けが、今、ここに正式に告げられたのだ。
「父上、母上、そして兄上」
私はごく自然に、しかし少しだけ感極まったような(ふりをした)真剣な面持ちで、父の前に一礼した。
「わかりました。我がクロフォード家の次男として、これ以上家族に負担をかけるわけにはいきません。私自身の力で、外の世界を見て、自分の生きる道を切り開いてきます!」
その言葉を聞いた瞬間、部屋の入口で話を聞いていた母・ソフィアが、たまらず両手で顔を覆い、小さくすすり泣き始めた。
「アラン……なんて健気な子なの……! まだたった八歳なのに、自分からこんな家を出て行くなんて……っ!」
ソフィアは駆け寄ってくると、私の小さな体をぎゅっと力強く抱きしめた。その胸元から、温かく優しい母親の香りと、苦しい家計をやり繰りしてきた生活の匂いがふわりと漂ってきた。
「アラン……本当にすまない。私が無能なばかりに……」
父レイモンドもまた、目を赤く腫らしながら私の肩をガシッと掴んだ。
さらに、居間の隅からは、我が家の小さなマスコットである妹のノエルが、目を真っ赤に腫らしながらトコトコと走ってきた。彼女は今年で六歳になり、すっかりお兄ちゃん子に育っていた。
「おにぃちゃん……いやっ! おにぃちゃん、どこいっちゃうの……!? ひとりにしないで、いかないでよぉ……っ!」
ノエルは私の服の裾を両手でしっかりと掴み、大粒の涙をぽろぽろとこぼしながらしがみついて離れなかった。
(うっ……可愛い妹にそこまで泣かれると、流石に少しだけ胸が痛むな……)
私はノエルの頭を優しく撫で、その柔らかい髪の感触を噛み締めた。
「大丈夫だよ、ノエル。お兄ちゃんは少し広い世界を見に行って、いつか絶対に戻ってくるから。その時は、美味しいお土産をたくさん持って帰ってあげるね」
「ほんと……? ぜったいだよ……?」
「ああ、約束するよ」
そのやり取りを、兄のアルフレッドが複雑な表情で見守っていた。
彼は私の肩にそっと手を置き、固い決意の込められた声で言った。
「アラン……お前が家を出るなんて、正直まだ信じられない。だが、お前が自分で選んだ道なら、兄として全力で応援する。……もし外の世界でどうしようもなくなったら、いつでもこの家に帰ってこい。泥水をすすってでも、お前の居場所くらいは俺が守ってやるからな」
(アルフレッド兄上……! あなたはなんて良いお兄ちゃんだ! その真面目すぎる優しさに免じて、将来この領地が一大リゾート都市になった暁には、あなたを最高幹部にして年間休日の上限をガッツリ保証してあげよう!)
私は心の中で兄の労働環境の改善を誓いながら、力強くうなずいてみせた。
こうして、家族全員の涙と温かい(そして少し切ない)見送りに包まれながら、私は最低限の着替えと、父から譲り受けた小さな旅立ち用の財布、そしてこれまでのボディコントロールで鍛え上げた己の肉体だけを携えて、クロフォード男爵家の屋敷の門を跨いだ。
周囲の深刻な空気や、家族が抱いている「幼い次男を路頭に迷わせてしまうのではないかという罪悪感」とは裏腹に、私の足取りは羽が生えたかのように軽やかだった。
(ひゃっホーイ! ついに始まったぞ、私の自由な他種族巡礼ツアーが! まずはどの部族の街に行こうか? やっぱり王道の美しいエルフの里か、それともモフモフを全身で堪能できる獣人の集落か……!)
胸の鼓動を高鳴らせ、私は後ろを振り返ることなく、辺境の荒野へと続く一本道へと言い知れぬ期待を胸に踏み出した。
もっとも、この時の私はまだ知らなかった。
――足を踏み入れたその辺境の森が、温和な観光地などではなく、一歩間違えば命を落とす容赦ない魔物たちの巣窟であるという現実を。
そして、その過酷な旅の果てで、私の運命を根本から叩き直してくれる「最強の師匠」との出会いが、すぐ目の前に迫っているということも――。
――こうして、盛大な勘違いと限りないオタク的野望を胸に抱いたアランの、波乱万丈にして痛快な「旅立ちの章」が、静かに、そして盛大に幕を開けたのだった。
第6話をお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、いよいよ家計の最終限界を迎えた男爵家から、アランが「他種族巡礼ツアー(と本人が勘違いしている家出・独立)」へと旅立つ記念すべきエピソードを描いてみました。
シリアスになりそうな「家族との別れ」のシーンも、アランの脳内オタク全開のポジティブ勘違いによって、すれ違いとコミカルさが爆発する展開になったかと思います。
家族の温かさと、主人公のマイペースすぎる熱量のギャップを楽しんでいただけたなら幸いです。
次回はいよいよ、旅の現実と、運命の師匠・狼の獣人との出会いへと突入します!




