第5話:六歳児、兄の激しい胃痛を遠目に眺めつつ、未来のモフモフ旅に思いを馳せる
新作『エルフの王女にフラれたので、辺境の荒れ地を最強の要塞都市にしてみる 〜日本刀と行政チートで始める他種族スローライフ〜』第5話をお届けします!
前回、積み木による「水運のヒント」で実家の致命的なキャッシュアウトを回避させたアラン。六歳に成長した今回は、少しだけ家計が持ち直した男爵家のドタバタな日常と、アランが心底楽しみにしている「他種族巡礼ツアー」への野望を描きます。元・公務員のシュールなツッコミと家族のコミカルな掛け合いをお楽しみください!
【年齢:6歳(幼少期)】
セレス川を使った水運改革――もとい、私が四歳の頃に仕掛けた「積み木による巧妙な誘導工作」のおかげで、我がクロフォード男爵家の財政状況は、文字通りの「完全崩壊」から「ギリギリで息をしている状態」へとランクアップを果たした。
以前までは、明日の朝食のパン代すら危ういというサバイバルホラー並みの緊迫感が屋敷中を漂っていたものだが、現在ではどうにかこうにか黒字のラインを行ったり来たりしている。
そのためか、最近の父・レイモンドの溜息の回数は、以前に比べて心持ち少なくなったように思える。
「ふむ……今月の北西部からの木材出荷量は先月比で一五パーセント増か。悪くない、実に悪くないぞ!」
自室兼用の狭い執務室で、父レイモンドは上機嫌に羊皮紙の帳簿を眺めていた。
その隣では、我が家の長男である兄・アルフレッドが、テーブルに突っ伏して虚ろな目をしている。
「お父様……今月の数字が少し良くなったからといって、気を抜いてはなりません。商人組合からの借入金の金利や、冬場に備えた備蓄食料の購入費を考慮すれば、我が家の貯金などスズメの涙ほどしか残らないのですから……」
アルフレッドの顔色は、相変わらず見事なまでに青白い。
彼を見ていると、前世の役所で深夜残業に明け暮れていた同期の職員たちの顔が次々と脳裏にフラッシュバックしてきて、妙な親近感と胃が痛くなるような連帯感を覚えてしまう。
(まあ、アルフレッド兄上のその真面目すぎるワーカホリック気質こそが、この家を支えている最大のセーフティネットなのだが……。とはいえ、いつまでも私がこっそり積み木や落書きで行政の方向性をコントロールするわけにもいかないしな)
私は部屋の隅のラグマットの上で、行儀よく足を崩して座りながら、そんな家族の様子を冷静に観察していた。
六歳になった私の肉体は、日々の地道なボディコントロールの成果もあり、同年代の子どもたちに比べて体幹の据わり方が一段と異なっていた。無駄な力みが一切なく、骨格と筋肉の連動がスムーズに行えるため、少し走ったくらいでは息切れ一つしない。
(――ふふっ、順調、順調。肉体の基礎スペックを着実に高めつつある今のうちに、将来の理想郷に向けたロードマップを完璧に固めておかなければならない)
そう、私の脳内は常に、借金まみれの男爵家の再建と、それ以上にプライオリティの高い「大好きな他種族たちとのふれあいライフ(妄想)」で満たされていた。
前世の私は筋金入りの「他種族好きオタク」だった。エルフの神秘的な美しさ、獣人たちのモフモフとした耳や尻尾、竜人たちの誇り高い武闘派の美しさ――それらを直接この目で見て、触れ合って、あわよくば心からリスペクトを捧げたいという情熱は、転生を経ても微塵も衰えていなかった。
むしろ、異世界にやってきてしまったがゆえに、その欲求は以前よりも何倍にも膨れ上がっている。
(――よし。実家がいずれ私を「食い扶持は自分で稼げ!」と放り出す日――いや、自ら喜んで「他種族巡礼の旅に出ます」と宣言して家を飛び出すその日に備えて、今のうちに旅の資金と装備、そして最低限の護身術を仕上げておかなければならないな)
「おにぃちゃんっ! またむずかしい顔して、ぼーっとしてる!」
そんな私の壮大なオタク的野望を、心地よい(そして力強い)衝撃が盛大に打ち砕いた。
振り返る間もなく、私の背中にドッと全体重を預けてきたのは、今年で四歳になった妹のノエルだった。彼女はすっかりお兄ちゃん子に成長し、私の姿を見つけるやいなや、子犬のように駆け寄ってきてこうして飛びついてくるのが定番になっていた。
「ノエル、危ないから背中に飛び乗るなと何度言ったら……」
「えへへー、おにぃちゃん、おそとにいこ! おてんきいいから、おさんぽしよっ!」
ノエルは私の服の袖をキュッと引っ張り、上目遣いでぴょんぴょんと跳ねる。
その頭の上では、栗色の柔らかい髪が太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。見ているだけで心が浄化されるような圧倒的なマスコット感だ。
拒絶する理由など、私の辞書には一文字たりとも存在しない。
「わかった、わかったよ。あまり遠くには行けないが、庭のあたりを少し歩こうか」
「やったぁ! おにぃちゃん、だいしゅき!」
ノエルは満面の笑みを浮かべ、私の小さな手をギュッと握りしめた。
その温かくて柔らかい手の感触を感じながら、私は彼女に手を引かれるがまま、屋敷の裏手にある荒れ果てた庭へと歩みを進めた。
――クロフォード男爵家の屋敷の裏手には、かつては美しかったであろう広大な庭園跡が広がっている。
もっとも、現在は予算不足で庭師を雇う余裕などないため、雑草は伸び放題になり、あちこちにゴツゴツとした石や奇妙な野草が群生している。普通の子供が遊ぶには少し危なっかしい場所なのだが、私にとっては絶好の「ボディコントロール練習場」だった。
「ねえ、おにぃちゃん、あれなあに?」
ノエルがピタッと足を止め、庭の隅にある古びた東屋の柱を指差した。
そこには、体長が人間の猫くらいある、鮮やかな青色の毛並みをした小動物――この辺境の森ではよく見かける「ルリリス」という小型の魔物が、器用に柱の上で丸まって昼寝をしていた。
ルリリスは基本的に人間を襲わない温和な草食性の魔物だが、近づきすぎると驚いて素早く飛び跳ね、鋭い爪で引っ掻いてくることがある。
「うわぁ、もふもふしてる……! ねぇ、おにぃちゃん、さわっていい?」
「待てノエル、あれは野生の魔物だ。急に触ると驚いて引っ掻かれるぞ」
私はノエルが不用意に近づかないよう、彼女の肩を優しく引き寄せつつ、自身の足の裏の重心をスッと落とした。
(よし、ちょうどいい。このルリリスの不意の動きを利用して、反射神経と重心移動のキレを確認してみるか)
私がルリリスに向かってほんの一歩、足を踏み出したその瞬間――。
気配を察知したルリリスが「きゅーっ!」と鋭い鳴き声を上げ、驚いた勢いでノエルのほうへめがけてピョンと飛びかかってきた。
「きゃっ!?」
ノエルが驚いて尻餅をつきそうになる。
だが、その速度は私にとって驚くほどスローモーションに見えていた。
前世の公務員時代、何百ページもの分厚い予算書をわずか数秒でめくり、自治体の複雑な条例の抜け穴を瞬時に見つけ出してきた私の「高速情報処理脳」は、今や戦闘における空間把握能力と完全にリンクしていた。
(――無駄な動作、一切なし)
私は右足の親指の付け根に体重を瞬間的に集中させ、膝と股関節のクッションを完全に同調させる。
空気抵抗を計算し尽くした最小限の軌道で手を伸ばし、飛びかかってきたルリリスの首根っこを、まるで日常のルーティン作業のようにガシッと正確無比に捕縛した。
「きゅ……?」
空中で突然捕らえられたルリリスは、何が起きたのか理解できていない様子で、前足をパタパタと空中で動かしているだけだった。
私は暴れるルリリスの力を全く殺さず、その回転のベクトルをそのまま受け流して、ふわりと庭の草むらの方へ優しく逃がしてやった。ルリリスは「ひゃあっ!」と慌てて森の奥へと走り去っていっていく。
一連の動き、コンマ数秒の出来事だった。
「……すごっ……」
後ろから、呆然とした声が聞こえた。
振り返ると、いつの間にか窓から庭の様子を覗き見していた兄・アルフレッドが、手元の書類を落としそうな勢いで目を見開いていた。
「いまの……アラン、お前……あんなに素早く動いたのか……!? ルリリスの飛びかかりを、まるで当然のように片手で掴み、傷一つつけずにいなしたぞ……っ!?」
アルフレッドは慌てて庭へと駆け込んできくると、私の両肩をガシッと掴み、信じられないものを見るような目で私の顔を覗き込んだ。
「お、おいアラン! お前、まだ六歳だよな!? なんだ今の身のこなしは! まるで熟練の武芸者みたいだったぞ……!」
(しまった、少し動きがキレすぎたか……!)
私は内心で冷汗をかきつつ、慌てて子どもらしい無垢な表情を取り繕った。
「えへへ……お兄ちゃん、ぼく、なんとなく……こう、パッと避けてパッと掴んだの!」
私は少し舌足らずな口調を演じ、頭をポリポリと掻いてみせる。
アルフレッドは私のあどけない笑顔を見て、しばらく呆然とした後、頭を抱えて深いため息をついた。
「はあ……本当に、我が家の次男はどこかネジが数本ぶっ飛んでいるというか、天才肌というか……。お父様に似て苦労性になるかと思いきや、とんでもない怪物に育つかもしれないな……」
彼はそう言いながらも、私の頭をポンポンと優しく撫でてくれた。
(怪物と言われても困るのだがね。まあ、自分の身を自分で守るくらいの武力がなければ、この先の他種族の理想郷への道は険しいからね)
私は安心したように微笑みつつ、心の中で小さくガッツポーズを作った。
男爵家の日常は相変わらず慌ただしく、借金の返済や領内の行政課題も山積みではあるものの、家族の絆は温かく、私の身体と精神は着実に理想郷への階段を登り始めている。
――物語は、いよいよアランの少年期への突入と、血沸き肉躍る「旅立ち」の瞬間へと加速していく。
第5話をお読みいただき、ありがとうございます!
今回は六歳に成長したアランの日常と、妹・ノエルとの微笑ましいお散歩シーン、そして思わず見せた「公務員脳×ボディコントロール」による華麗な魔物のいなしと、それを目撃してしまった兄・アルフレッドのコミカルな反応を描いてみました。
シリアスになりすぎず、アランのマイペースなオタク的野望と家族の温かい掛け合いが伝われば幸いです。
次はいよいよ少年期への移行と、アランが待ちに待った「他種族巡礼ツアー」の旅立ちへと物語が進んでいきます。




