第4話:四歳児、積み木の配置で実家の財政危機を救う(ふりをする)
新作『エルフの王女にフラれたので、辺境の荒れ地を最強の要塞都市にしてみる 〜日本刀と行政チートで始める他種族スローライフ〜』第4話をお届けします!
今回は4〜6歳に成長したアランが、相変わらず深刻な借金に苦しむ男爵家を救うため、子どもらしい「隠し工作」を通じて密かに行政チートの片鱗を発揮するエピソードです。兄アルフレッドとの微笑ましい(そして勝手に感動される)すれ違いや、家族の温かい日常をお楽しみください!
【年齢:4〜6歳(幼少期)】
人間というものは、環境に適応する生き物らしい。
前世で役所の窓口対応や膨大な行政文書の処理、深夜に及ぶ予算編成のデスクワークに追われていた私が、今や辺境の貧乏男爵家の次男――それも四歳から六歳という、人生で最も無責任に遊び呆けていても許される年齢の幼児として生きている。
だが、私の精神構造は生憎と元・地方公務員のままだ。
周囲がどれほど「まだ子どもだから」と甘やかしてくれようとも、我がクロフォード男爵家の台所事情が火の車どころか、すでに灰すら残っていない更地状態であるという現実を知っている以上、のんびりと泥団子を作って遊んでいる余裕など微塵もなかった。
「ううむ……これでは、来期の領内舗装整備どころか、領民への最低限の配給すら危ういぞ……」
薄暗い執務室の窓際から、父・レイモンドの重苦しい溜息が聞こえてくる。
その机の上には、ボロボロに使い古された羊皮紙の帳簿と、無数の借用書が山のように積み上げられていた。
私が暮らすこのクロフォード領は、王都からはるか遠く離れた北方の辺境に位置している。
土地はやせ細り、冬ともなれば容赦ない吹雪が吹き荒れる。特産品と言えば、せいぜい固い岩塩や、流通の便が悪いために二束三文で買い叩かれる低質な木材くらいなものだ。
そんな土地で代々男爵位を維持してきた我が家だが、ここ数年の度重なる不作と、前領主(祖父)の代から引き継いだ悪質な商会からの借金によって、いよいよ物理的な意味で首が回らなくなっていた。
(父上の頭痛のタネは、主に二つ。一つは隣町の商会に対する今季の返済期限。そしてもう一つは、領内の北西部から中央市場へと物資を運ぶ際の『輸送コスト』の高さだ。あそこの街道は悪路の上、既存の商人組合が不当なマージンを中抜きしているせいで、生産者である領民の取り分がほとんどなくなっている)
前世の行政官としての冷徹な視点から見れば、原因もボトルネックもハッキリしている。
法律の適用範囲、流通ルートの最適化、中間マージンのカット、そして課税基準の是正。これらを上から順に叩き直せば、半年で黒字化への道筋は見えてくるはずだ。
だが、問題は「誰がそれを提案するか」だった。
今の私は、まだよちよちと歩き回るのがやっとの四歳児、数えでようやく六歳を迎えようかという子どもにすぎない。
もし私が大人のような流暢な口調で「お父様、流通網のミドルマンを排除して直販体制を敷くべきです」などと発言しようものなら、翌日には教会の異端審問官か、あるいは「頭がおかしくなった神童」としてどこかの奇術師に連れ去られてしまうだろう。
だからこそ、私はいつも「直接口出しするのではなく、自然な形で大人の勘違いを誘発する」という高度な情報誘導――すなわち、行政チートの偽装工作を行う必要があった。
「おにぃちゃん、あそぼ!」
ふと、足元から柔らかい衣擦れの音がして、甘ったるい声が飛んできた。
見下ろすと、そこにいたのはピンク色のボロボロのワンピースを着た、四歳の妹・ノエルだった。彼女はすっかり大きくなり、私のお手製の木製おもちゃを両手いっぱいに抱えて、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。
その後ろから、我が家の長男であり、連日の過労で完全に目の下にクマを作っている兄・アルフレッドが、青白い顔をしてフラフラと歩いてきた。
「ははっ……ノエル、アランの邪魔をしちゃダメだよ。兄さんは今、来期の税金の計算で頭が爆発しそうなんだから……」
アルフレッドはそう言いながら、居間のソファに倒れ込むように座り込んだ。
彼は今年で十四歳になり、貴族としての初等教育を受けつつ、実質的に父の補佐として領内の雑務を一手に引き受けている。
私はアルフレッドのその姿を横目で見ながら、そっと床の上に座り込み、手元にあった木製の積み木を並べ始めた。
(さて。今日のところは、少しだけ『神様の思し召し(偶然の閃き)』を演じてやるとしようか)
私は頭の中で計算した流通ルートの簡易的な図を、積み木を使って視覚的に再現することにした。
まず、大きな立方体の積み木を「中央市場」に見立て、少し離れた位置に小さな円柱の積み木を「北西部村落」として配置する。そして、その二つを繋ぐ蛇行した長いリボン(以前、母が使っていた端切れの布)を無造作に這わせた。
さらに、その街道の途中に、わざと「通行料」を表す小さなブロックを三つ、邪魔な位置に挟み込む。
「ん……? アラン、それはなんだい?」
疲労困憊だったはずのアルフレッドが、ふと足元に転がっている私の積み木細工に気づき、興味深そうに身を乗り出した。
彼は元来が非常に勉強熱心で、領地の地理や数字にも明るい。だからこそ、子どもの遊びに見えても、そこに隠された構造的な不自然さに敏感に反応したのだ。
「おや、これは……?」
アルフレッドはソファから床に膝をつき、私の作った積み木の配置をじっと覗き込んだ。
「北西部の村から、中央市場へ特産品を運ぶルート……。おいおい、この中央の曲がりくねった道は、まさか王道街道を通るルートか? 確かにこれだと、街道の関所で余分な通行税を取られる上に、距離も無駄に遠回りになっている……」
彼は自分の髪をくしゃくしゃとかきむしりながら、さらに分析を続けた。
「待てよ。もし、この街道を通らずに、村の脇を流れる『セレス川』の水運を使って、直接下流の船着場までイカダで流したとしたら……?」
アルフレッドの目が、カッと見開かれた。
彼はそのままパッと立ち上がり、部屋の隅に置いてあった白紙の巻物とインク壺に向かって走り出した。
「街道の通行税と、商人組合に払っていた中間マージンが丸ごと浮く……! 馬車を何台もチャーターする必要もないから、輸送コストはこれまでの三分の一以下に圧縮できるぞ……!」
ガリガリガリ、と激しくペンを走らせる音が執務室に響き渡る。
ソファの向こうで書類の山に埋もれていた父レイモンドも、息子の一人語りに驚いて顔を上げた。
「なんだアルフレッド、急に大声を出して……何があったというのだ?」
「お父様! これを見てください! アランが……アランが遊んでいた積み木の配置からヒントを得たのですが、北西部の木材と岩塩の輸送、川を使った水運に切り替えれば、今季の赤字の大半を相殺できるかもしれません!」
レイモンドは目を丸くし、息子が差し出したメモ用紙を凝視した。
数秒の静寂の後、父親は信じられないものを見るような目で、私のほうを振り返った。
「なっ……なんだと……!? 馬車ではなく、川を使う……? いや、しかし、あそ上の川は急流で、これまで誰も輸送に使おうなどと考えもしなかったはずだが……待て、水流の緩やかなワンド(入江)を利用して筏を組めば、確かに不可能ではない……!」
二人の大人が、たかが四歳児の積み木遊びの配置から、完璧すぎるコストカットの論理を勝手に汲み取り、みるみるうちに顔色を明るくさせていく。
私は心の中で「いや、川を使った水運の効率化なんて、前世の公共土木事業じゃ基礎の基礎ですよ」と思いつつ、表向きはあどけない顔で「きゅー?」と首を傾げてみせた。
「す、すごいぞアラン! お前、一体どこでこんな賢い並べ方を覚えたんだ! まるで熟練の行政官みたいな手際じゃないか!」
アルフレッドはしゃがみ込み、私の頭をぐしゃぐしゃと乱暴に、しかし最高に嬉しそうに撫で繰り回した。
「ふふ、アルフレッド、あまりアランを困らせてはダメよ。ねえ、アラン、すごいわねえ。うちの可愛い次男坊は、将来は大賢者様か、あるいは優秀な宰相様になるかもしれないわね」
タイミングよく部屋に入ってきた母・ソフィアが、私をふわりと抱き上げた。
(……いや、宰相というよりは、将来的に大好きな他種族たちと暮らすための最強の要塞都市を築く地方公務員なんですけどね)
私は心の中でそうツッコミを入れつつ、母の優しく温かい腕の中に身を任せた。
ギスギスとしていた男爵家の空気が、私のちょっとした(故意の)落書きと積み木によって、一時的にせよパッと明るい希望に包まれたのは確かだった。
しかし、これで根本的な借金がすべて帳消しになるわけではない。
我が家の財政難の根深さは、そんな簡単な一過性のコストカットだけで完全に救えるほど甘くはなかった。
この後も、父や兄は新たな問題――例えば、領内治安の悪化や、隣領の貴族からの不当な圧力といった、武力や政治力でしか解決できない壁に幾度となく直面することになる。
だからこそ、私の本当の戦いは、この温かい家族の日常の裏で、着実に進行しつつあった。
――こうして、幼少期のアランが密かに発揮した「行政チートの芽」は、男爵家に一筋の光をもたらしながら、やがて訪れる激動の少年期へと静かに繋がっていくのだった。
第4話をお読みいただき、ありがとうございます!
今回は4〜6歳に成長したアランが、子どもらしい「積み木の遊び」を装って、深刻な財政難に苦しむ父と兄に決定的なコストカットのヒント(水運の活用)を与えるエピソードを描いてみました。
前世の公務員脳を隠しながらも、家族を救いたいというアランの優しさと、それを勝手に天才的なひらめきとして受け取る家族の微笑ましいすれ違いを楽しんでいただけたなら幸いです。
次はいよいよ少年期への突入と、実家からの独立(待ちに待った他種族巡礼ツアーの始まり)が近づいてきます。




