第39話:高慢令嬢の突撃と、黒歴史ノートの実況採点
学園生活編第39話では、ついに高慢なお嬢様・クラリスと、その側近である冷静沈着なリアリスト・マリーが本格的に登場します。薄い赤色の軽い巻き髪を揺らしながら突っかかってくるクラリスに対し、アランが放つ圧倒的な「完璧な紳士対応」がどのような化学反応を起こすのか――そしてメガネなしのシャープな目元で黒歴史ノートにペンを走らせるマリーの実況をお届けします! ぜひ最後までお楽しみください。
【年齢:13歳(王立学園編)】
王立学園の広大な中庭を囲む大理石の回廊は、午前の柔らかな陽光に包まれ、心地よい静けさと活気が絶妙なバランスで共存していた。
特待生クラスでの講義を終えたアラン・クロフォードは、一糸乱れぬ特待生の制服に身を包み、優雅かつ無駄のない足取りで次の目的地へと歩を進めていた。彼の脳内では、すでに王都と辺境の地『エスペランサ』を結ぶ「超効率・定常転移魔方陣」の回路図と、先ほどトールと交わした魔力分散制御の議論、さらにはジュリアンが纏めた前月の税務最適化レポートが鮮やかに展開されている。
(――順調ですね。トール君の狂気的なまでの魔導回路への執着と、ジュリアン君の驚異的な事務処理能力。この二人が揃ったことで、我がエスペランサのインフラ基盤と内政組織は盤石のものとなりました。あとは、学園内での教養の深化を怠らず、平穏かつ優美な学生生活を貫くだけです)
アランは心の中で満足の微笑みを浮かべつつ、すれ違う一般生徒たちへ向けて、いつもの「誰に対しても分け隔てなく温かく、爽やかな美少年紳士の微笑み」を向けた。
その完璧な立ち居振る舞いは、周囲の女子生徒たちの心を次々と射抜き、あちこちから「キャアア、アラン様がこっちを見て微笑んでくださったわ……!」「なんて気高くて素敵なの……」という黄色い歓声や熱い視線が注がれていた。
しかし、そんな周囲の熱狂を完全にスルーし、ただ自分のやるべき行政的・実務的タスクの最適化だけに頭を使っていたアランの前に、突如として激しい足音が割って入った。
「――ちょっと、そこのあなた! そこをなさい、アラン・クロフォード!」
甲高く、それでいてどこか気品の隠しきれない少女の声が、回廊の空気を切り裂いた。
アランが穏やかに歩みを止め、音のした方へと視線を向けると、そこには鮮やかな特待生制服を着飾り、両手を腰に当ててぷりぷりと怒りを露わにしている一人の少女が立っていた。
彼女はクラリス・フォン・グランツ。王国内でも上位に数えられる名門貴族の令嬢であり、その容姿端麗さと家柄の良さから学園内でも一目置かれる存在だった。彼女の最大の特徴は、ダスティローズを思わせる薄い赤色の軽い巻き髪――毛先に向かってふんわりと空気を含んだエアリーな緩やかウェーブヘアであり、それが歩くたびに優雅に揺れていた。そして、彼女のサファイアブルーの瞳は、いまや怒りと不満で激しく燃え上がっていた。
その背後には、お付きの取り巻きと思われる女子生徒たちが数名、心配そうにおろおろとオロオロしながら控えている。
(――む? 確か彼女は、特待クラスの隣の組にいるクラリス殿だったか。私に何か、学術的な質問や行政上の相談でもおありなのだろうか? いや、しかしこの臨戦態勢は……どう見ても尋問のそれですね)
アランが内心で首を傾げている間にも、クラリスは一歩一歩とヒールを鳴らしながら猛然と詰め寄ってきた。彼女の顔立ちは整っているものの、今は怒りと恥ずかしさが入り混じったせいで、その美しい薄い赤色の巻き髪の毛先までがぴんっと逆立っているかのように見えた。
「な、なにを他人事みたいな顔をしてるのよ! あなたね、先日……講義のあとの廊下で、私とすれ違ったときのこと、忘れたとは言わせないわよ!」
「ほう。廊下でのすれ違い、ですか?」
アランは微塵も動じず、むしろ相手のプライドを傷つけないための極めて紳士的な角度で首を傾げ、柔らかな微笑みを崩さない。
その態度が、クラリスの逆鱗にさらに油を注ぐことになった。
「そうよ! あの時、他の生徒たちにはあんなに笑顔で挨拶して、手際よく荷物まで持ってあげていたくせに……! 私のことは、まるでそこに見えない空気のように、ただ会釈だけでスルーしていったじゃない! あれは一体どういうつもりよ!」
クラリスは憤然と拳を握りしめ、アランの胸元めがけて人差し指を突きつけた。サファイアブルーの瞳から、今にも涙ではなく火花が散りそうだった。
その言葉を聞いた瞬間、アランの脳内で前世の公務員時代における「窓口対応トラブル防止マニュアル第4条(特定個人に対する過剰反応の禁止と、全方位平等の原則)」の項目が鮮やかによみがえった。
(――なるほど。彼女は、私が他の生徒に対して見せた親切や挨拶を、自分だけが省かれた(=軽視された)と誤認し、高貴な身分としての承認欲求を刺激されてしまったわけですね。ふむ、高貴な身分の者特有の『特別扱いに慣れすぎたが故の不満の爆発』と分析できます。ここは刺激せず、いつもの『誰に対しても変わらぬ完璧な紳士の礼節』を以て、ソフトに着地させなければなりませんね)
アランは胸にそっと手を当て、これ以上ないほど優美で、まるで聖母のような包容力を含んだ笑顔を浮かべた。
「これはクラリス殿。失礼いたしました。私の配慮が行き届いていなかったこと、深くお詫び申し上げます。ただ、私は誰に対しても一定の距離を保つことで平等に接することを信条としておりましてね。決して貴女を軽んじたわけではありませんよ。むしろ、クラリス殿のその気高く素晴らしい、薄い赤色の髪を揺らす誇り高い姿勢は、いつも陰ながら見事だなと感服しておりました」
その言葉は、アランにとってはいつもの「誰に対しても誠実で角を立てない完璧な紳士の対応」のつもりだった。
しかし、クラリスにとってはそれが予想の斜め上を行く破壊力を持っていた。
「なっ……! なによそれ……! そんな、まるで子供をなだめるような、余裕綽々な笑顔を向けられて……! 私が怒っているのはそういうことじゃなくて……!」
高慢でプライドの高いクラリスは、もっと激しい罵倒や、あるいは慌てて言い訳をするアランの姿を想像していた。しかし、目の前の美少年は自分を怒るどころか、どこまでも優しく、慈愛に満ちた瞳で見つめ返し、さらに「誇り高い姿勢に感服している」などと真面目な顔で褒めちぎってきたのだ。
怒るための燃料を完全に奪われ、逆にその圧倒的な「格上の余裕と紳士的オーラ」を正面から浴びせられたクラリスは、脳内の処理回路が一瞬でショートした。
「ひっ……! な、なにを……わけのわからないことを……! あなたなんか、あなたなんかもう知らないんだからね……っ!!」
クラリスは顔面を真っ赤に、いや、もはや茹でダコのように全身を紅潮させ、耳の先から湯気を出しそうな勢いで両手で顔を覆った。彼女は怒号とも悲鳴ともつかない声を上げると、ふんわりとした薄い赤色の軽い巻き髪を激しく揺らしながら、持っていた高級日傘を落としそうになりながらも、凄まじいスピードでその場から全力ダッシュで逃走していった。
残された取り巻きの女子生徒たちも、「えっ、え、クラリス様!? 待ってくださいましーっ!」と慌ててその後を追いかけ、回廊は一瞬にして静寂を取り戻した。
取り残されたアランは、静かにまばたきを一つした。
(……ふむ。私の紳士としての礼節は、彼女の闘争心を鎮めるどころか、別の意味で強烈なパニックを引き起こしてしまったようですね。……やはり、人間の心理誘導と対人折衝の奥深さは、どれだけ勉強しても尽きることがありません。流石は王立学園、一筋縄ではいきませんね)
アランが一人で深くうなずきながら、新たな人間の心理データとして脳内にメモを書き留めていたその時だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――ほんの少し離れた、緑豊かな中庭の木陰。
その歴史を感じさせる大樹の陰から、先ほどの一部始終のすべてを、冷徹かつ的確な視線で観察し続けていた一人の人物がいた。
彼女の名前はマリー・フォン・ローゼン。クラリス・フォン・グランツの主席家庭教師であり、同時に彼女の行動のすべてを管理・サポートする筆頭側近である。
マリーはすっきりとしたシャープな目元を細めると、左手に抱えていた分厚い黒い表紙のハードカバーノート――通称『黒歴史ログ(心理分析ノート)』を開き、万年筆のペン先を滑らせてさらさらと文字を書き留めた。
「ふむ……特筆すべき興味深いデータがまた一つ増えましたね」
マリーの口元には、すっきりとした目元の奥で、しかし容赦のない光を宿した「面白がるような笑み」が浮かんでいた。
彼女が開いたそのノートのページには、すでにあらゆる項目がびっしりと書き込まれていた。
【件名:アラン・クロフォードに対するクラリス様の接近行動記録】
第1項:アラン様への接触を試みるも、全方位平等の紳士対応によって完全にペースを乱される(評価:惨敗)
第2項:怒りをぶつけるつもりが、逆に聖母のような慈愛の笑顔で包み込まれ、思考回路が完全停止(評価:自爆)
第3項:最終手段としての「捨て台詞からの全力ダッシュ逃走」――見事なまでの王道テンプレ披露(評価:総合評価・殿堂入りプライド粉砕)
「おやおや、クラリス様。あそこまで盛大に全方位へ向けて自爆をかましてくださっては、私の筆がいくらあっても足りませんよ。……それにしても、あの『アラン・クロフォード』という少年……噂に違わず、ただの品行方正な優等生ではなさそうですね」
マリーは万年筆をリズミカルに回しながら、遠くで相変わらず涼しい顔をしているアランの姿へと視線を戻した。
彼女はクラリスの忠実な側近でありながら、同時に「主人の空回りやツンデレ的自爆を一番近くで特等席観戦し、正確に記録し続けること」を密かな生きがいとしている、とてつもなく優秀で、かつ若干タチの悪いリアリストだった。
「ふふ、これほど上質なコメディと心理的ドラマが毎日のように見られるのであれば、主席家庭教師の仕事も案外悪くありませんね。……さて、そろそろ自爆から戻ってきて半泣きになっているであろうクラリス様のところへ戻り、次なる作戦の立案を手伝ってあげるとしましょうか」
マリーは「パタン」と心地よい音を立てて『黒歴史ノート』を閉じると、それを脇に抱え、クラリスが逃げ去った方向へと優雅に歩き出した。
王立学園の日常は、アランの知らないところで、着実に「予想外のラブコメ的燃料」を次々と蓄積しながら、次なる波乱のステージへと進んでいくのだった――。
第39話をお読みいただきありがとうございます!
薄い赤色の軽い巻き髪とサファイアブルーの瞳を持つ高慢なお嬢様・クラリスの初接近と、アランの圧倒的な「天然の紳士・聖母対応」の前に出鼻をくじかれて全力ダッシュで逃走するコミカルな回となりました。そして、容赦なく『黒歴史ノート』に実況・採点していく側近マリーも登場しました。
次回、第40話では、いよいよ学園内で孤立していたウサギ耳の亜人特待生・ミリアのスカウト回が描かれます。アランの優しさがミリアの心をどう救うのか、どうぞお楽しみに。




