第38話:天才魔導ギークと、王都をつなぐ超効率転移陣
学園生活編第38話をお届けします。今回は、エスペランサの発展に絶対不可欠な長距離移動インフラ「超効率転移魔方陣」の開発に向けて、天才魔導ギーク・トールがいよいよ本格的にアランの陣営に加わります。そして、そんなアランの動向を耳にしたシルフィリアとルミアの掛け合いにも、新たな変化が……? アランの行政チートと技術論の融合、そして王女様の新たな悶絶をお楽しみください!
【年齢:13歳(王立学園編)】
王立学園の敷地内、その最も奥まった一角に位置する「第一魔導工房」。
一般の生徒たちはその物騒な外観や、窓から時折立ち上る怪しげな煙を警戒して近寄らない場所なのだが、今日のそこは、かつてないほどの熱気と異様な興奮に包まれていた。
「――だから、そこだ。そこにある魔導回路の第4ノード、接続の直列抵抗が高すぎる。これでは魔力の伝達効率が落ちるだけでなく、わずか数秒の連続稼働で熱暴走を起こして爆ぜるぞ」
工房の中央、無数の歯車や魔導石の破片が散らばる作業台の前に立ち、涼しげな微笑みを浮かべながらそう指摘したのは、特待生制服を完璧に着こなす美少年――アラン・クロフォードであった。
その言葉を聞いた瞬間、作業台の向こう側でボサボサの髪を掻きむしりながら作業していた一人の少年が、ビクッと動きを止める。
彼はトール・ヴェンデル。この王立学園において「魔導工学の天才だが、研究が暴走しすぎて周囲から変人扱いされている」と言われる、生粋の魔導ギークだった。
トールは油まみれの顔を上げ、信じられないものを見るような目でアランを凝視した。
「な、なんだって……? 第4ノードの直列抵抗だと……? そんなバカな、この回路は王都の魔導学会でも最新の理論に基づいて――いや、待て……!」
トールは手元に転がっていた魔導放大鏡を掴み、アランが指し示した回路の微細な部分を覗き込む。次の瞬間、彼の瞳がこれでもかと見開かれた。
直列ではなく「並列の多重多層化回路」に組み替え、さらにアランがその場でサラサラと紙に描き殴った「動的リソース配分の補助式」を当てはめたとき、回路全体を覆っていた無駄な魔力の淀みが嘘のように消え去り、澄んだ青白い聖光がふわりと灯ったのだ。
「あ……あぁ……っ! なんだこれ、魔力のロスがゼロに等しい……! 熱が完全に分散されて、出力が三倍に跳ね上がったぞ……っ! こんな設計、俺の知るどの文献にも載っていなかった……! 君はいったい何者なんだ、アラン・クロフォード……っ!」
トールは感動のあまり、作業台を乗り出しそうな勢いでアランの両手をガシッと掴んだ。
アランは微塵も動じず、いつもの爽やかな「完璧な美少年紳士の笑み」を崩さない。
「なに、ちょっとした役所仕事――もとい、行政実務における効率化の応用さ。物は言い様、回路は組み方次第というわけだね」
(――ふふふ、素晴らしい。このトール君の狂気的なまでの魔導回路への執着、そして何よりこの技術者としての純粋な熱量は、我がエスペランサのインフラ開発に喉から手が出るほど欲しかった人材だ。よし、ここで完璧に懐柔して、我が領地の専属チーフエンジニアに引きずり込もう)
アランが内心でニヤニヤと黒い企み(最高の人材確保)を巡らせているとは露知らず、トールはすっかりアランの知性に脳を焼き切られていた。
そもそもアランがこのトールの存在を聞きつけ、わざわざ第一魔導工房に足を運んだのには、明確かつ極めて重要な目的があった。
それは、「王都と、辺境に築いた新都市『エスペランサ』を安全かつ瞬時に往復するための転移魔方陣」の構築および超効率化である。
現在、王都からエスペランサまでは馬車で数日を要する。いかに領内の内政が自動化されていようとも、学園生活と領地経営の二拠点ライフをスムーズに回すためには、長距離転移のインフラが不可欠だった。
しかし、既存の転移魔方陣は「莫大な魔力消費を食う」「一日に何度も使えない」「維持コストが高すぎる」という三重苦を抱えており、個人や小規模領地が気軽に運用できるものではなかったのだ。
「トール君。君のその素晴らしい魔導機関の圧縮技術と、僕が考案する『魔力リソースの動的分散制御理論』を掛け合わせればどうなると思う?」
アランの問いかけに、トールは息を呑んだ。
「魔力リソースの……分散制御……? それはつまり、転移陣起動時の瞬間最大負荷を多層の蓄魔石で分割し、ネットワーク状に分散させるってことか……!?」
「その通り。それにより、従来の数分の一の魔力消費でありながら、王都とエスペランサの間を安全かつ高頻度で繋ぐ『超高効率・定常転移魔方陣』が構築可能になる。どうだい、君のその天才的な回路構築力を、この国家インフラの刷新に使ってみないか?」
その提案に、トールは全身の血が沸騰するような衝撃を受けた。
「すげぇ……! そんな発想、独りよがりの研究者には絶対に思いつかない……! やる! やってやるぜ、アラン! すぐに図面を引くぜ! いや、今夜中に試作陣を焼き上げてみせる……っ!」
こうして、学園の片隅で「天才魔導ギークの籠絡」は見事に大成功を収め、アランの頭の中にはすでに王都とエスペランサを直結する転移ネットワークの青写真が完璧に描き上げられているのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その頃。
王立学園の中庭を一望できるテラスにて、エルフの王女シルフィリア・エルフリーデは、優雅に紅茶のカップを傾けようとしていたが、その耳はピクピクと落ち着かない様子で微かに揺れていた。
「ねえ、ルミア……」
シルフィリアは手元のお茶菓子に視線を落としたまま、どこか歯痒そうな、それでいて探るような口調で切り出した。
「最近、学園内でまたあの男爵家の次男に関する変な噂を聞いたのだけれど……今度は学園の奇人と呼ばれていたトールとかいう変人の男子学生まで引っ張り出して、何やら王都と辺境を繋ぐ『転移魔方陣』とかいう大がかりな研究に没頭しているそうじゃない」
シルフィリアの背後に静かに控えていた専属メイド――ルミア・ブランシェは、美しい金髪の長髪を微かに揺らしながら、手元のスケジュール表からふっと顔を上げた。
その瞳には、主人のささやかな動揺を見逃さない、どこか楽しげな小悪魔的な光が宿っている。
「ええ、耳が早いですね殿下。なんでも、二人は連日第一魔導工房にこもりきりで、寝食を忘れて魔導回路の設計図を何枚も書いていらっしゃるそうですよ。……若い男性同士、非常に濃密な共同作業で、すっかり熱い友情で結ばれているとか」
「――は……? なによそれ……っ!」
ルミアのその冷静すぎる、しかし絶妙に引っかかる言い回しに、シルフィリアはガチャンと音を立ててティーカップをソーサーに叩きつけた。
「男同士で……共同作業……!? なによそれ、聞いてないわよ! あいつ、私のことに対してはあんなに事務的で、誰にでも向けるような薄っぺらい紳士の礼節しか見せないくせに、なんで変な平民の男子学生とはそんなにベッタリ仲良く新しい発明品を作ってるわけよ……っ!」
シルフィリアの胸中にあるのは、かつてのすれ違いに対する後悔や過去の蒸し返しではない。
「自分以外の人間――それも新しく引き入れた男友達と、アランが楽しそうに密着して偉大な成果を上げようとしている」という事実に対する、純粋で、かつ理不尽なまでの「強烈な嫉妬と焦り」だった。
「……あら。あの方が他の女性と親密にされているわけではないのですから、そこまでご立腹になられる必要はないのでは? もしかして殿下、あの方が自分以外の人間と親密に研究に没頭していらっしゃるご様子が、心のどこかで面白くないのでして?」
ルミアは上品に微笑みながら、さらに巧妙な言葉をトスする。
「なっ……! ば、馬鹿なこと言わないでよルミア! 誰があんな変態男の交友関係なんて気にするものですか! ただね、あの男が勝手に学園の施設を使って変な魔導実験ばかりしているのが、王女としての治安上の懸念として見過ごせないだけよ!」
シルフィリアは顔を真っ赤にし、両手で頬をペタペタと叩きながら言い訳を重ねる。その耳の先から首元まで、見事なまでに朱色に染まっていた。
「そうですか。では、今度トール様に直接『アラン様があまり調子に乗らないよう、ほどほどにしてくださいまし』と、王女殿下自ら工房へ忠告に行かれてはいかがですか? きっとあの方も、わざわざ殿下がご自分の動向を気にして足を運んでくださったら、それはそれは感激なさるでしょうね」
「ぜ、絶対にそんなことするものですかーーっ!!」
シルフィリアは椅子からガタッと飛び上がり、顔を背けて両耳を塞いだ。
「あんな男のところになんて、一生行かないわ! 勝手に工房ごと爆発でも何でもすればいいわよ……っ!」
そう言い残すと、シルフィリアはドタバタと足音を立てながらテラスから去って行ってしまった。
その背中を見送りながら、ルミアはふうっと優雅に息をつき、静かに微笑んだ。
「……さて、今日も殿下の素直になれない病は順調に悪化していらっしゃるようですね。次はいったいどのような『おちょくり甲斐のある反応』を見せてくださるか、側近として実に楽しみですわ」
王都と辺境を結ぶ超効率転移陣の歯車が回り出し、トールという強力な仲間を得たアランの計画は着実に前進していく。
それに伴い、シルフィリアの胸の内でくすぶる「独占欲の炎」もまた、誰も止められないスピードで燃え盛り始めていたのだった――。
第38話をお読みいただきありがとうございます!
トールが本格的に仲間に加わり、「王都〜エスペランサ間の超効率転移魔方陣」の開発がスタートしました。そして、シルフィリア王女の嫉妬が激しくなる展開になりました。
次回、第39話では、ついに高慢なお嬢様・クラリスと側近マリーが本格的に登場し、アランへの突撃と「黒歴史ノート」の初稼働が描かれます。どうぞお楽しみに!引き続き応援よろしくお願いいたします!




