第37話:事務処理の天才・ジュリアンのスカウトと、金髪メイドの容赦なき正論
いよいよ王立学園編が本格始動いたしました! 第36話での「衝撃の再会」を経て、アランは本来の目的である「優秀な人材のスカウト」と「自身の教養の深化」に向けて動き出します。
今回は、エスペランサの行政を支える最強の右腕となる少年・ジュリアンとの運命的な出会いと、その様子を遠くから目撃して「なんだか調子を狂わされてムカつく!」と小さなイライラを募らせるシルフィリア、そして彼女を金髪を揺らしながら冷ややかに見守る専属メイド・ルミアによる絶妙な掛け合いをお届けします。
アランの誰に対しても変わらぬ紳士的な振る舞いと、容赦ないツッコミが飛び交う学園ラブコメの模様を、ぜひ最後までお楽しみください!
【年齢:13歳(王立学園編)】
王立学園への入学から数日が経過した。
特待生クラスでの生活は、アランにとって予想以上に平穏かつ充実したものとなっていた。もちろん、周囲の貴族子息令嬢たちからの羨望のまなざしや、時には値踏みするような視線が向けられることもあったが、前世の公務員時代に窓口対応で鍛え上げた完璧なポーカーフェイスと、徹底的なボディコントロールによる優美な立ち居振る舞いの前では、誰もが気圧されて声をかけられずにいた。
(――ふむ、学園内の治安維持、ならびに人間関係のベクトルは極めて良好だ。シルフィリア殿に対する過去のトラウマのケア――つまり、恐怖心を与えないための『誰に対しても変わらぬ、温かく丁寧な紳士の礼節』も完璧に機能しているし、私の平穏な学園生活は何一つ曇りがない)
窓際の席で上品に紅茶のカップを傾けながら、アランは心の中で満足の笑みを浮かべていた。
彼の目的はあくまで「学園内での教養の深化」と、そして何よりも――将来の理想郷『エスペランサ』の国家基盤を支える「優秀なスタッフのスカウト」である。
どれほど強力な武力や高度なインフラ技術があっても、日々の行政運営、複雑な税務、予算の最適配分をこなす「優秀な実務官」がいなければ、国家はいずれ内部から崩壊する。前世で地方公務員として組織の悲惨な実態を嫌というほど見てきたアランだからこそ、その真理を痛いほど理解していた。
(さて、資料によると、今日の放課後、例の彼は資料室の奥で上級生から押し付けられた膨大な雑務処理に追われているはずだ。――行くとしよう)
アランは優雅に立ち上がると、誰にも気づかれないほどの神速かつ無音の足取りで教室を後にした。
◇
王立学園の資料室――その一角にある薄暗い小部屋で、一人の少年が絶望的な顔をしながら山積みの羊皮紙の束と格闘していた。
ジュリアン・ハワード。没落寸前の下級貴族の次男であり、この学園では「便利屋」のように扱われ、上級生たちから押し付けられた理不尽な予算管理や書類整理の山に押し潰されかけている苦労人学生である。
「はぁ……なんで私ばかりがこんな量の……。先月の収支報告の不備なんて、そもそも前提の計算式が間違っているのに、それを全部私の責任にされても……」
ジュリアンは青白い顔で羽ペンを走らせていたが、疲労のあまり手が痙攣し、インクを書類の上に盛大にこぼしてしまった。
「あっ……!」
絶望に満ちた声を上げ、ジュリアンが頭を抱えかけたその時だった。
「――そこは、項目の重複による転記ミスですね。さらに言えば、三行目の減価償却の係数に前年度の古いレートが混ざっています。これではいくら時間をかけても合算が合うはずがありませんよ」
「……え?」
突然聞こえた、誰に対しても分け隔てなく温かい、涼やかで気品のある声に、ジュリアンはびくりと肩を震わせて顔を上げた。
そこに立っていたのは、一糸乱れぬ特待生の制服をまとい、まるで絵画から抜け出してきたかのような端正な美少年――アラン・クロフォードだった。
「き、君は……特待クラスの……アラン・クロフォード君……?」
「ええ、初めましてジュリアン君。少し、失礼しますね」
アランは返事も待たずに自然な足取りで机に歩み寄ると、ジュリアンが絶望していた書類の束を素早く手にとり、懐から取り出した特製の万年筆で迷いのない滑らかな筆致を走らせた。
シャッ、シャッ、と心地よい音が薄暗い小部屋に響く。わずか十数秒。アランが手を止め、書類をジュリアンの方へスッと押し戻した。
「ほら。これですべての帳尻が美しく合致し、かつ中間マージンの無駄なコストも最適化されました。これなら上級生の方々も、これ以上文句の付けようがないはずです」
「なっ……!?」
ジュリアンは差し出された書類を信じられない思いで見つめた。そこには、自分が数日かけても解けなかった複雑怪奇な予算の矛盾点が、完璧な複式簿記の論理に基づいて綺麗に整理され、誰が見ても一目で分かる理想的な財務諸表として完成していた。
「そ、そんな……馬鹿な……。君は一体、どうやってこの膨大な数字の罠を……一目見ただけで……っ!」
「なに、少しばかり『行政の仕組み』について人一倍勉強しただけさ」
アランは誰に対しても向けるのと変わらぬ、曇りのない爽やかな笑顔を浮かべると、ジュリアンの肩にそっと手を置いた。その瞳には、単なる気まぐれではない、強烈なまでの熱意と確信の色が宿っていた。
「ジュリアン君。君ほどの圧倒的な事務処理能力と数理的センスを持つ人材が、こんな薄暗い小部屋で雑務にすり潰されているのは、この世界の経済損失において最大の悪徳だ。――どうだい? 私と一緒に、誰もが不当な搾取に泣かない、完璧で美しい理想の都市『エスペランサ』のチーフ書記官として、その才能を発揮してみないか?」
「……え?」
ジュリアンは息を呑んだ。
目の前の少年は、自分のような没落貴族の次男に対して、身分や家柄の壁など最初から存在しないかのように、一人の「優秀なプロフェッショナル」として全幅の信頼を向けてくれている。その瞳に嘘偽りは一切なく、ただ純粋に自分の才能を求めてくれていた。
ジュリアンの胸の内で、くすぶっていた熱いものが一気にこみ上げてきた。
(――この人についていけば……私のこの事務仕事への執着も、誰かの役に立てるかもしれない……!)
「……行きます。私を、あなたの右腕として使ってください、アラン君!」
「素晴らしい返事だ、ジュリアン君。今日から君は、私の最高のビジネスパートナーだ」
こうして、アランはエスペランサの将来を支える最強の事務方長官――ジュリアン・ハワードのスカウトに、見事成功したのであった。
◇
その頃。
資料室から少し離れた中庭のテラスで、この一部始終を遠くから目撃していた一人の少女が、何とも言えないモヤモヤとした感情に包まれていた。
「なっ……! なんなのよあれは……」
シルフィリア・エルフリーデは、自分の席で手に持っていた高級な日傘の柄をわずかに指先で握りしめ、美しいエメラルドグリーンの瞳をどこか不満げな色で細めていた。
彼女の視線の先には、資料室のあたりから仲良く(シルフィリアの勝手な脳内変換による)並んで歩いてくるアランとジュリアンの姿があった。アランは相変わらず誰に対しても変わらぬ爽やかな笑顔を浮かべながらジュリアンに何か話しかけており、ジュリアンは感銘を受けたように何度も深く頷いている。
「またよ……! またあの男爵家の次男は、私以外にはあんなに優しく、爽やかで、まるで聖人のような笑顔を向けて……っ! しかも今度は男の生徒まで声をかけて、なにをあんなに楽しそうに書類を見せ合ってるわけよ!」
シルフィリアの胸にあるのは、まだ「恋心」や「激しい嫉妬」といった自覚的なものではない。しかし、かつて自分の前であんなに奇妙な熱量を放っていたはずの男が、今や学園中で誰からも好まれる爽やかな優等生として振る舞い、自分に対してだけは他の生徒たちと全く変わらない「当たり障りのない丁寧な礼節」しか向けてくれないという事実が、彼女のプライドを絶妙に、そして不快に逆撫でしていた。
(――なによ! 私に対してだけ特別な態度を取らないなんて、なんだか私がまるで『その他大勢の一人』みたいじゃない! 昔あんなに私のことを絶賛していたくせに、調子に乗ってるわよあの男爵家の次男……!)
「……殿下。あの方々は真面目に書類仕事と、おそらくは人材のスカウトについて語り合っていらっしゃるのでしてよ。そこまでご立腹になられる理由が、私には少し理解しかねますが」
シルフィリアの背後で、美しい金髪の長髪を上品に揺らしたエルフの専属メイド――ルミアが、微塵も表情を崩さない冷徹な声で的確なツッコミを入れた。彼女は手元に持っていたスケジュール表から目を離さず、主人のささやかな動揺を冷ややかに見据えている。
「っ! べ、別に私は立腹なんかしてないわよ、ルミア! ただね、あの男爵家の次男が学園の中で変な調子に乗って変なことばかりしているんじゃないかって、王女としての危機感を抱いているだけよ!」
「危機感ですか。ちなみに、あの方の『エスペランサ』とやらの噂は私も耳にしておりますが、どうやら辺境の不毛な荒れ地をわずか数ヶ月で驚異的なインフラ地域に造り変え、身寄りのない亜人たちを次々と保護している、極めてまっとうで人道的な自治のある地域だそうですよ」
「なっ……! なんでルミアがそんなにあの男爵家の次男を褒めるのよ! あなたは私のメイドでしょ! 味方をする気!?」
ルミアはふうっと小さく息をつくと、やれやれと言った様子で首を横に振った。
「私は殿下の忠実なメイドです。味方云々よりも、毎日あの方の動向ばかりを遠くから観察し、あの方の何気ない振る舞いにいちいちイライラして眉間にしわを寄せていらっしゃる殿下を見ていると、側近として本当に心配になりますわ。……そこまで気になるのでしたら、直接お声をかけてお話しなさればよろしいのでは?」
「なっ……! ば、馬鹿なこと言わないでよ! 誰があんな男爵家の次男となんて話すものですか! そもそも、私に対していつも当たり障りのない、誰にでも見せるような薄っぺらい笑顔しか向けてこないじゃない! 昔あんなに私に執着していたくせに、急にそんな紳士面されても気味が悪いわよ!」
シルフィリアは両手で顔を覆い、中庭のベンチで身悶えするように足を鳴らした。その耳の先から首元まで、わずかに赤みを帯びている。
「……殿下。以前、あの方を『二度とその不敵な顔を私の前に見せないでちょうだい、この変態人間っ!』と全身全霊で拒絶なさったのは、どこのどなたでいらっしゃいましたっけ?」
「ぐっ……! それは……その時は、あまりの突然のことに反射で……っ!」
「あの方の現在の徹底した『誰に対しても変わらぬ紳士的な礼節』こそ、殿下のその拒絶の言葉を真面目に、かつ誠実に受け止めた結果の『最上級の配慮』なのでしてよ。あの方なりの優しさですのに、それを理解なさらずに毎日一人で勝手にムシャクシャしていらっしゃる殿下を見ていると、側近として本当に頭が痛くなります」
ルミアの放つ容赦ない正論のツヴァイハンダーは、シルフィリアの急所に的確に突き刺さった。
シルフィリアは言葉を失い、顔をわずかに赤らめたまま、ただプルプルと震えながら唇を噛み締めることしかできなかった。
「っ……もう知らない! あの男爵家の次男なんて……今に大きな失敗をして、私に泣きついてくればいいんだわ……っ!」
「残念ながら、あの方の今日のスカウト劇を見る限り、その可能性は限りなくゼロに等しいかと存じます。……さて、次の授業の時間が迫っておりますよ、殿下。お顔の赤みをお冷やしになってからお立ちになられた方がよろしいかと」
「ううう……ルミアのいじわるぅ……!」
王立学園の青空の下、優秀な右腕を手に入れてご機嫌なアランと、自分の拗らせたプライドと金髪メイドの正論に挟まれて小さなイライラを募らせるシルフィリアのすれ違いは、こうして少しずつ、しかし着実にギアを上げていくのであった。
第37話をお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、エスペランサの書記官となるジュリアン・ハワードのスカウト回をお届けしました。前世の行政チートを活かして相手の心を一撃で掴むアランのスマートさと、それを遠くから見て「なんだか調子を狂わされてムカつく!」と小さなイライラを募らせるシルフィリア、そして金髪を揺らしながらそこに容赦ない正論を叩き込む専属メイド・ルミアのコンビネーション、いかがでしたでしょうか?
ルミアの胃痛が今後どこまで悪化するのか、そしてアランが次にスカウトする「天才魔導ギーク」とは誰なのか――。
次話(第38話)の展開も、どうぞお楽しみに! 引き続き、アランの勘違いと最強の要塞都市建国ロードマップへの応援をよろしくお願いいたします!




