第36話:十三歳児、王立学園に入学し、あの時の謝罪と爽やかすぎる紳士ぶりにツンデレ王女が少しだけ戸惑う
『エルフの王女にフラれたので、辺境の荒れ地を最強の要塞都市にしてみる 〜日本刀と行政チートで始める他種族スローライフ〜』第36話をお届けします!
エスペランサの初期開拓が軌道に乗り、リルやサナたち移住者が温かな生活基盤を手に入れたのも束の間、アランはさらなる国家運営と人材スカウトのために王立学園への入学を決意します。そこで待ち受けていたのは、かつて街道で救出したエルフの王女・シルフィリアとの再会でした。アランの爽やかな紳士ぶりとスマートな謝罪に対して、シルフィリアが「えっ……?」とほんの少しだけ調子を狂わせる心の機微を描く第36話。今回もお楽しみください!
【年齢:13歳(王立学園編・開幕)】
「ふむ、エスペランサの初期灌漑用水路の流量調整、および仮設魔導防壁の魔力充填率はともに安定しているな。サナさんやココナ、そしてリルたちの生活基盤は完全に軌道に乗ったと言っていいだろう」
エスペランサの真新しい執務室で、私は最後の行政書類にサラサラとペンを走らせ、ふうっと小さく息をついた。
窓の外を見やれば、ふさふさとしたウサギ耳をぴこぴこさせながらココナと楽しそうに薬草の選別を手伝うリルの姿や、防壁の外縁で悠然と気配を光らせるガロウ師匠の背中が目に入る。数日前まで不毛の荒れ地だったこの場所は、今や小さな、しかし確かな「希望の地」としての温かな息吹に満ちあふれていた。
(――だが、ここで歩みを止めてはならない。この街を真の意味での巨大都市、そしてすべての他種族が誇りを持って暮らせる国家へとスケールアップさせるためには、私一人の行政チートとガロウの武力だけでは不十分だ。ここから先は、圧倒的な実務能力を持つ『右腕』や、革新的な技術をもたらす『天才』たちの存在が不可欠になる)
前世の地方公務員時代に嫌というほど痛感した組織論。それは、いかに優れたビジョンがあっても、それを支える優秀な人材がいなければシステムは継続しないという現実だった。
そして、このアルトレイア王国において、将来のエスペランサを支える才能の原石たちが最も多く集まる場所といえば――言うまでもなく一つしかなかった。
王都の中央にそびえ立つ最高学府、「王立学園」である。
「よし、人材スカウトとさらなる教養のアップデートを兼ねて、予定通り王立学園へ入学するとしよう」
私が呟いてペンを置くと、執務室のドアがトントンと軽く叩かれ、ガロウが巨体を窮屈そうに折り曲げながら顔を覗かせた。
「おい、アラン。本当に王都のガキどもの学校へ行くのか? あんなお上品なところでお前が退屈しないか心配だが……まあ、お前がやると決めたなら止めはしないよ。留守中のエスペランサの治安と防衛は、この俺に任せておけ」
「ありがとうございます、ガロウ師匠。留守をよろしくお願いします。……それと、モフモフたちを必要以上にモフりすぎて怖がらせないように注意してくださいね」
「ふん、余計なお世話だ」
ガロウは鼻を鳴らしつつも、その口元にはどこか誇らしげな笑みが浮かんでいた。
こうして、私は13歳を迎えた春(飛び級特待生としての特例入学)、王立学園の門をくぐることになったのである。
◇ ◇ ◇
王都――アルトレイア。
石畳が美しく整備され、人間だけでなく、翼を持つ天翼族や、美しい耳を揺らすエルフ、上品な身なりのドワーフの商人たちが活発に行き交う大通り。その一角に位置する王立学園の敷地は、まるで一つの城塞都市のように広大で、白亜の校舎が気高くそびえ立っていた。
入学式の当日。
講堂へと続く大理石の廊下を歩く私の姿に、すれ違う貴族の子息や令嬢たちが、思わずといった様子で足を止め、息を呑んだ。
「ねえ、あの子……誰かしら? 今年に入ってきた新入生よね?」
「知らなかったのか? 辺境の没落男爵家の次男らしいが……なんだあの凛とした佇まいは。まるで本物の王族か、あるいはどこかの高名な剣士のようだぞ」
「すっごく端正な顔立ち……しかも、身につけている制服の着こなしから歩き方の重心に至るまで、一切の無駄がないわ……!」
周囲から向けられる驚嘆と羨望の視線に対し、私はあえて表情を崩さず、前世の公務員としての「窓口対応で培った完璧なポーカーフェイス」と、徹底的なボディコントロールによる優雅な歩行姿勢を維持した。
(――ふむ、視線のベクトルは良好だ。しかし、ここで調子に乗って目立ってはならない。私の目的はあくまで「静かなる人材スカウト」と「完璧な紳士としての教養の深化」、そしてエスペランサの未来を築くことだ)
脳裏によぎるのは、かつて街道で遭遇したエルフの王女の姿だ。
「変態! 二度と私の前にその顔を見せないで!」
あの時、彼女に投げつけられた衝撃的な一言。あれを真面目すぎる私は「自分の軽率なオタク的言動が、高貴な王女様にトラウマ級の嫌悪感を抱かせてしまった。これ以上彼女の平穏を脅かさないよう、今度こそ大人の紳士として礼節を尽くさねばならない」と受け止め、この数年間、心身ともに「誰に対しても分け隔てなく優しい爽やかな紳士」へと自分を磨いてきたのである。
「私のクラスは……ここですね」
指定された特別特待クラスの重厚な扉を開け、私は静かに教室へと足を踏み入れた。
教室内は、王国の名だたる名門貴族の子息令嬢たちがグループを組んで談笑していた。しかし、私が扉を開けた瞬間、室内の空気がふっと一変した。
誰もが私の姿に目を奪われ、静まり返る。私は喧騒を気にすることなく、完璧なまでの優美な一礼を披露しつつ、窓際の空いている席へと歩み寄った。
だが――その時だった。
窓から差す光の中で、クラスの反対側の席に座っていた一人の少女と、視線がバッチリとかみ合った。
銀糸のように美しい長髪、透き通るようなエメラルドグリーンの瞳、そして誰が見ても一目でそれと分かる気高いエルフの特徴である長い耳。
――シルフィリア・エルフリーデ。
彼女の目が、驚愕で見開かれた。
「っ……! あなたは……あの時の……っ!?」
シルフィリアは自分の席からガタッと勢いよく立ち上がった。周囲の生徒たちが「え、王女殿下を知っているのか?」とざわめく中、彼女の顔に浮かんだのは、かつての屈辱と恐怖、そして何故か言い知れぬ激しい動揺の色だった。
彼女は、かつての街道で自分のプライドをズタズタにし、早口でまくしたてて去っていった「あの変な少年」が、まさか同じ学年の、しかも同じ特待クラスにいるとは夢にも思っていなかったのだ。
(――きたっ……! エルフの王女殿下だ……! あの時は少し熱くなりすぎて驚かせてしまったから、ここで紳士として、きちんと以前の非礼を軽くお詫びしておこう)
私の胸の内で、ごく自然な紳士的配慮が働く。
私は敵意のない穏やかな笑みを浮かべると、シルフィリアの席へと歩み寄り、上品に頭を下げた。
「やあ、シルフィリア殿。以前は少し熱くなりすぎて君を驚かせてしまいましたね。あの時は失礼しました。まさか同じ学舎、同じクラスで学べるとは思っていませんでしたが……これから約ニ年間、どうぞよろしくお願いしますね」
それは、トゲのまったくない、あまりにも爽やかで紳士的な謝罪の言葉だった。
……教室中が、再び完全な静寂に包まれた。
数秒後。
シルフィリアの頭の中で、盛大な「……え?」という間の抜けた音が響き渡った。
(――え……? すまなかった、って……えっ……?)
シルフィリアは自分の耳と目を疑った。
目の前にいるのは、かつて自分の前で目を輝かせ、早口でオタク全開の賛辞をまくしたてていた、あの変な少年の面影を残す美少年――のはずだった。
しかし、その中身は、周囲の生徒たちがうっとりと見惚れるほどの圧倒的な気品と、誰に対しても平等に温かい「爽やかな美少年紳士」に変貌を遂げており、しかも本人は過去の失礼をサラッと、それも実に自然な笑顔で謝罪してきたのだ。
シルフィリアは、怒るタイミングを完全に逃していた。
「え、あ……う、うん……? 別に、私は気にしてないけど……って、なんでよ!?」
彼女の脳内で、小さな混乱の波がふわりと広がった。
(――なによそれ……っ! 私が身構えていたのは、もっとこう……気味の悪い視線を向けられるか、あるいは怯えながら逃げ出していく姿だったはずなのに……! なんであんなに爽やかに、堂々と謝ってくるわけ!? え、待って……私の知ってるあの変な男はどこに行ったのよ……!? なんか、普通にカッコいいクラスメイトみたいになってるじゃない……っ!)
激しい怒りや嫉妬というほどではない。だが、予想していた展開とあまりにも違う方向に事が進んだせいで、シルフィリアの胸にはなんとも言えない「拍子抜けしたような、少しだけ調子を狂わされるモヤモヤ」が残された。
彼女は自分の席に座り直し、チラリとアランの横顔を盗み見ながら、小さく唇を尖らせた。
(――ふん、どうせ表向きだけ紳士ぶってるのよ。すぐにボロが出るんだから……!)
一方のアラン自身は、そんな彼女の内心など知る由もなく、
(ふむ、王女殿下に対する過去の謝罪も無事に済んだし、これでわだかまりは解消されたな。よし、次は学園内の優秀な人材をスカウトしよう)
と、自分の本来の目的(スカウト計画)に向けて、涼やかな笑顔のまま早くも意識を切り替えていた。
こうして、波乱というよりも、ほんの少しの違和感と拍子抜けから始まった王立学園での生活。
だが、この「アランのマイペースな爽やかさ」と「シルフィリアの地味な戸惑い」の積み重ねこそが、やがて彼女の心を大きく揺さぶっていく長い物語の、確かな序章にすぎなかった――。
第36話をお読みいただき、ありがとうございます!
王立学園へと舞台を移し、13歳となったアランとシルフィリアの再会を描いたエピソードをお届けしました。
アランの爽やかな紳士ぶりとスマートな謝罪に対して、シルフィリアが「えっ……?」と拍子抜けし、少しだけ調子を狂わされる心の機微を楽しんでいただけたなら幸いです。
次話(第37話)では、いよいよアランによる最初の優秀な人材スカウトへと物語が動き出します!
引き続き、アランの爽やかな紳士ライフとエスペランサの建国ロードマップをどうぞよろしくお願いいたします!




