第28話:十歳児、師匠の過去の苦労話から「エルフの防衛本能」を深刻に学ぶ
『エルフの王女にフラれたので、辺境の荒れ地を最強の要塞都市にしてみる 〜日本刀と行政チートで始める他種族スローライフ〜』第28話をお届けします!
前話での盛大な「フラれ(勘違い)」を経て、さらなる紳士への道を歩み始めたアラン。今回は、ガロウ師匠から語られる「伝説のエルフの仲間」の苦労話と、それをアランがどう曲解して勝手に燃え上がるのかというコミカルな道中、そしていよいよ富と実力を証明するための「高難度ダンジョン攻略」への幕開けを描きます。
【年齢:10歳(少年期・ロードトリップ編)】
夕暮れ時の王国街道から少し外れた木陰。私たちは、赤々と燃え盛る焚き火を囲みながら、簡易的な野営の準備を進めていた。パチパチと薪が爆ぜる音が、静まり返った森の空気に心地よく響いている。
私の手元には、先日ドルフの工房で創り上げた最高傑作――漆黒の刀『霊刀・虚空』が置かれていた。その刀身の手入れを布で丁寧にしながら、私の脳裏には、数日前に起きたあの忘れられない出来事が鮮明に蘇っていた。
聖樹の森エルヴェールへと続く街道で遭遇した、高貴なエルフの王女シルフィリア・エルフリーデ。
あの時、絶体絶命のピンチから救い出した感動のあまり、私はついついオタク全開の早口で彼女の容姿や生態系を熱烈に讃えてしまった。その結果、彼女は顔を真っ赤にして激怒し、「変態!二度と私の前にその顔を見せないでちょうだいっ!」と言い放って走り去っていったのである。
(――あの時の彼女の怯えたような、そして怒りに満ちた表情……。思い出すだけでも、私の紳士としてのマナーと配慮の足りなさが身にしみて痛む……)
私は静かに目を閉じ、心の中で深く息をついた。
あの言葉は、単なる気まぐれな罵倒などではない。私のあまりにも無作法で、あまりにも配慮に欠けた突撃が、あの高貴なエルフの王女様にトラウマ級の恐怖と嫌悪感を与えてしまったのだ。
「――お前なぁ、さっきからずっとそんなしかめっ面をして、自分の刀ばかり磨いてやがるが……おい、聞いてるのか、アラン?」
目の前で燻製肉をかじりながら、ガロウ師匠が呆れたような鋭い視線を向けてきた。私はハッと意識を現実に引き戻し、涼やかな美少年の微笑みを崩さないまま師匠を見やった。
「申し訳ありません、師匠。少し、旅の道中で学ぶべき『紳士としての心得』について深く思考を巡らせておりました」
「心得ねぇ……。お前が真面目なのはいいが、どうもあの耳長のお姫様にフラれて以来、おかしな方向にエンジンがかかってやがる。人間、あまり自分を追い詰めるとロクなことにならねぇぞ」
ガロウはそう言って鼻を鳴らし、手元にあった酒の入った皮袋を軽く放り投げてきた。私はそれを華麗な手さばきで受け止め、礼を述べてから軽く口をつける。
「ご心配には及びません、師匠。私はただ、己の未熟さを痛感しているだけです。あのような高貴なエルフ族の方々に、人間の粗野なアプローチがどれほどの恐怖と不快感を与えるか……今回の件で骨身に染みて理解いたしました」
私のその真面目すぎる言葉を聞いて、ガロウはふっと息を吐き、どこか懐かしむような、それでいて苦い苦笑いを浮かべた。
「ふっ……エルフ族か。……お前、そんなにエルフってやつは隙がない高潔な生き物だと思ってやがるのか?」
「はい。聖樹の森に暮らす彼女たちは、魔導の極みに達し、人間などとは比較にならないほどの気高さと強い精神力を持った、完璧な種族であると認識しておりますが……何か違いでも?」
私の問いかけに、ガロウはガシガシと自分の銀髪混じりの頭を掻きむしりながら、やれやれといった様子で語り始めた。
「違いねぇよ……大ありだ。いいか、アラン。今だから言ってやるがな、俺が若い頃、かつての仲間たちとパーティーを組んで世界を駆け回っていた時も、面倒くさいエルフの女が一人いやがった……名前を『エルリィ』って言うんだがな」
「――なっ!? エルリィ様のお名前ですか、師匠! あの伝説の長寿の賢者にして、王国全土に名を轟かせた元・天才魔導士の――!」
私の胸が高鳴った。伝記のなかでしか聞いたことのない、あの伝説の冒険者パーティーのメンバー、エルフの天才魔導士エルリィの名前が、まさか師匠の口から直接語られるとは思ってもみなかったからだ。
「そうだ、その本人だ。あのクソ生意気でプライドの塊みたいな耳長女には、当時の俺も本当に手を焼かされた……。なにせ、こっちが命がけで戦って勝利したというのに、あいつは平然とした顔で『人間の戦い方は相変わらず非効率で野蛮ですわね。もう少し洗練された魔力運用をなさったらどうですか?』とか抜かしやがる。」
ガロウは当時の苦々しい思い出を思い出したのか、こめかみを押さえながらため息をついた。
「……ふむ。あのエルリィ様でさえ、若き日の師匠に対してそれほど手厳しくあたっていたのですね」
「ああ、そうだ。あいつらにとっちゃ、人間なんてのはどこまでいっても『ちょっと知恵の回る下等な生き物』程度にしか見えねぇのさ。どれだけこちらが敬意を払おうが、まともな会話すら成立しやしない。エルフってのはな、どいつもこいつもそういう鼻持ちならない連中なのさ」
ガロウはそう言って豪快に酒をあおり、焚き火の炎を見つめた。
しかし、その師匠の昔語りを聞いた私の脳内では、まったく別の方向へと論理がフル回転し、驚くべき結論(盛大な勘違い)へと到達していた。
(――なるほど……! つまりそういうことだったのか……!)
私は内心で激しく納得し、背筋がピンと伸びるような感覚を覚えた。
(ガロウ師匠ほどの歴戦の英雄、しかもかつて世界を救ったパーティーの一員であっても、あの伝説のエルフの天才魔導士エルリィ様からあれほど手厳しい言葉をぶつけられていた……。
ということは、エルフ族という生命体は、人間の接近やアプローチに対して極めて強固な『生物学的・種族的な防衛本能』を標準装備しているということだ……!
彼女たちは人間を信用していないのではない。人間という種族そのものが持つ粗野さや無神経さに対して、本能的な拒絶反応を示してしまう構造になっているのだ……!
あの日、シルフィリア様が私に向けて放った『二度と顔を見せないで』という言葉も、個人の好き嫌いなどではなく、高貴なエルフ王族としての正当な防衛本能の表れ……!
それなのに私は、あろうことかその防衛ラインを土足で踏み荒らし、一方的に熱烈な称賛を浴びせるという最悪の暴挙に出てしまった……! なんという無知、なんというマナー違反だ……!!)
私の内面で、これまでのすべてのパズルがカチリと音を立てて噛み合った。
シルフィリアが怒ったのは私のせいではない。エルフという種族の崇高な防衛本能が、私の未熟なアプローチによって過剰防衛モードに突入してしまったからなのだ。
(――素晴らしい……! 師匠の過去の苦労話のおかげで、エルフ族の本質が痛いほどによく理解できた。彼女たちのあのツンとした拒絶の裏には、人間に対する深い警戒心と、守るべき高貴なプライドがある。だからこそ、その防衛本能を完全に解除させ、安心して心を許してもらうためには、生半端な言葉や熱意など一切意味をなさない……!
必要なのは、息をするように自然で、一切の下心を感じさせない圧倒的な『不可侵の礼節』――すなわち、完全無欠の『完璧な紳士』としての振る舞いのみ……!!)
私のなかのストイックな紳士化計画は、この瞬間、さらに一段階上の狂気的な高みへと昇華された。
私は表面上の表情を微動だにさせず、涼やかな美少年の微笑みを浮かべたまま、ガロウに向かって深く一礼した。
「……師匠。貴重な生態学的データと、かつての戦友様に関する深いご指導、心より感謝いたします。お陰さまで、今後私が進むべき道のりが完全にクリアになりました」
「ん? ……おう、なんだか知らねぇが、分かったならいいさ。お前は頭がいいんだか悪いんだか分からんが、変に変な方向へ突っ走るのだけはやめろよ」
ガロウは苦笑しながら頭をポリポリと掻き、そのまま毛布に包まって寝息を立て始めた。
静まり返った野営地の中で、私は夜空を見上げながら、心の中で固く誓った。
(――待っていてください、シルフィリア様。あなたのその強固な防衛本能と高いプライドを脅かさず、むしろどんな嵐の中でも完全に守り抜けるような、誰よりもスマートで高潔な『完璧な紳士』に、この私が必ずやなってみせましょう……!)
そして、そのためにはまず、現実的な基盤――すなわち「圧倒的な富と経済力」が不可欠である。
実家へ錦を飾り、ボロボロの男爵家を救済し、さらには将来の要塞都市化を推し進めるための潤沢な資金。それを最短最速で稼ぎ出すために、私たちは翌朝早くから、次の目的地へと足を踏み出すことになった。
翌朝、私とガロウが到着したのは、王国街道の脇にひっそりと口を開けている、うす暗い洞窟の入り口だった。
「――おい、アラン。ここが周辺の冒険者たちが『死者の回廊』と呼んでいる高難度のダンジョンだ。奥には強力な魔物の群れと、厄介な罠がゴロゴロ転が転がっている。新しく作ったその『霊刀・虚空』の切れ味を試すには、格好の練習場だな」
ガロウが腕を組みながら、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて言った。
私は腰に差した漆黒の日本刀『霊刀・虚空』の柄にそっと手を添え、静かに頷いた。
「御意のままに、師匠。前世の地方公務員としての予算最適化と迅速な業務処理能力、そしてこの『霊刀・虚空』による全属性同時圧縮エンチャントの真価――このダンジョンを丸ごと、完璧に攻略して見せましょう」
「お、その意気だ。じゃあ、さっさと稼ぎに行くぞ」
ガロウの合図とともに、私たちは暗いダンジョンの中へと足を踏み入れた。
ここから始まるのは、ただのモンスター討伐ではない。私の完璧な紳士への進化と、そして未来の要塞都市化に向けた、記念すべき最初の「経済・武力チート無双」の幕開けであった。
第28話をお読みいただき、ありがとうございます!
ガロウから語られた伝説のエルフの天才魔導士「エルリィ」の苦労話。それを聞いたアランが、なぜか「エルフ族の強固な防衛本能と不可侵の礼節の必要性」として盛大に真面目へ曲解し、さらにストイックに「完璧な紳士」を目指して自分を追い込んでいくという展開をお届けしました。
アランの頭の中は相変わらず斜め上の大真面目ですが、その情熱と意志は本物。そしていよいよ、実家凱旋と領地開拓のための資金稼ぎとして「高難度ダンジョン攻略」へと突入します!
新相棒『霊刀・虚空』の圧倒的な初陣と、元・公務員チートが炸裂するダンジョン無双回、ぜひ次回の展開もお楽しみに!




