第2話:一歳児、おむつを卒業して体幹を極める
新作『エルフの王女にフラれたので、辺境の荒れ地を最強の要塞都市にしてみる 〜日本刀と行政チートで始める他種族スローライフ〜』第2話をお届けします!
今回はアランが1〜2歳の幼児期に突入し、無理な筋トレの代わりに「体幹と重心移動の最適化」をこっそり研究する日常回です。赤ちゃんならではの苦難と、少しずつ広がる世界をぜひお楽しみください!
【年齢:1〜2歳(幼児期)】
――生後数ヶ月を過ぎ、私は人生の第二ステージ、すなわち「よちよち歩きへの道」へと足を踏み入れていた。
相変わらずクロフォード男爵家の台所事情は火の車であり、廊下の向こうからは父・レイモンドの「また今期の税の徴収が……!」という悲鳴が定期的に響き渡っている。だが、今の私にとってそれ以上に差し迫った問題があった。
それは、「肉体的な自由度の低さ」である。
赤ん坊の頃に比べれば、手足を動かす自由度は格段に上がった。しかし、所詮は一歳や二歳の幼児の肉体である。骨格は柔らかく、筋肉の繊維は未発達。大人のような筋力トレーニングなど行えば、一発で成長痛どころか筋肉や骨格の破壊につながりかねない。
(――だが、じっとしていてはいつまで経ってもこの泥船のような実家を救えない。では、どうするか)
私は畳の上(と言ってもボロボロの床板に敷かれた薄い敷物の上だが)で、うつ伏せになりながらじっと自分の小さな手のひらを見つめた。
筋力がダメなら、何が必要か。
答えは「効率」である。
元・行政の地方公務員として、限られた予算とリソースで最大の効果を発揮する「業務効率化」のノウハウを死ぬほど叩き込まれてきた私にとって、身体の運用もそれと全く同じだった。つまり、筋肉の総量が少ないのであれば、発生させるエネルギーロスを極限までゼロに近づけ、重心移動の最適化だけで最大の身体能力を引き出せばいいのだ。
(名付けて、極限省エネ型・インナーマッスル最適化計画、だ)
私は誰も見ていない隙を見計らい、まずは「ハイハイ」の動作から見直した。
一般的な幼児は、四つん這いになってただがむしゃらに手足をバタつかせて前進する。しかし私は、体幹の深部筋肉――いわゆるインナーマッスルを意識し、四肢の連動性をミリ単位で計算しながら這う動作を行った。
「あれ……? アラン、あなた、なんだか最近……はいはいの動きが、妙に洗練されていません……?」
すぐ近くで裁縫をしていた母・ソフィアが、首をかしげながら私を見つめた。
私は慌てて、わざと盛大にバランスを崩して「ばぶー」と適当な幼児語の鳴き声を上げ、ただの不器用な子供を演じてみせる。
「まあ、気のせいかしら。でも、転ぶ時ですら妙に体勢の受け身が綺麗というか……不思議な子ねえ」
母はふふっと笑いながら、再び針仕事に戻っていった。
(危ない危ない。賢さを出しすぎると、化け物扱いされて村の教会にでも連れていかれかねないからな。あくまで「運動神経の少し良い幼児」を装うのが、公務員としての処世術というものだ)
それから、つかまり立ち、そしてよちよち歩きへと移行する段階でも、私の「ボディコントロールの実験」は密かに続けられた。
柱につかまって立ち上がる際、足の裏のどこに体重のベクトルを集中させれば最も負荷が少ないか。廊下を歩くとき、床板のきしみ音を消すためにどう足音の周波数を殺すか。すべては、将来、この家を建て直すための気が遠くなるような下積みだった。
そんな私の密かな特訓の日々の中、クロフォード男爵家に一つの大きな(そしてさらに家計を圧迫する)出来事が起きた。
ある日の夜遅く、屋敷の廊下が慌ただしい足音で包まれた。
「おい、ソフィア! 産婆を呼んでくれ! いよいよだ!」
父・レイモンドが血相を変えて叫んでいる。
そう、我が家に新たな家族、つまり私の「妹」が誕生しようとしていたのだ。
数時間後、赤ん坊の産声が古びた屋敷の天井裏に響き渡った。
「おめでとうございます、旦那様、奥様! 健やかな女の子ですよ!」
リビングに集まった家族の顔には、深刻な借金や貧困の影が一時的に吹き飛び、心からの安堵と歓喜の笑みが浮かんでいた。
特に、長男である兄のアルフレッドは、「よかった……妹だ……我が家に新しい光が……!」と、なぜかハンカチで目頭を押さえながら感動に打ち震えている。
後日、その赤ん坊の名前が正式に決まった。
「ノエル・クロフォード」。
それが、我が家の末っ子となる女の子の名前だった。
まだ生まれたばかりで、ピンク色の小さな顔をしたノエルがゆりかごの中でスヤスヤと眠っている。
私は一歳半ほどのよちよち歩きでそのゆりかごに近づき、そっと中を覗き込んだ。
(――ふむ。これが、私の妹か)
私がじっと観察していると、ノエルはふと目を覚まし、視界に入った私を見上げて小さく「あう……」と声を漏らした。
そして、驚くべきことに、まだ物心もつかないはずの赤ん坊である彼女が、ふにゃりと柔らかい笑みを浮かべて、私の小さな服の裾をキュッと握ってきたのだ。
(おっと……?)
「あら、アラン。ノエルがあなたのお兄ちゃんとしての顔に気づいたのかしら。すごく懐いているみたいね」
母のソフィアが微笑ましそうに目を細める。
隣では、兄のアルフレッドが「おお……アラン、お前もお兄ちゃんになるんだぞ。しっかりしてくれよ」と、どこか誇らしそうな顔で私の頭をなでてくれた。
私は、自分の服の裾を掴んだまま離そうとしない小さな妹の手を見下ろしながら、複雑な、しかしどこか温かい感情を胸の内に覚えた。
前世では行政の窓口で冷徹に書類を処理するだけの人生だった私に、こんなにも無垢な家族の絆が与えられるとは。
(――いいだろう、ノエル。そして父上、母上、兄上。このクロフォード男爵家を破産から救い出し、誰もが笑顔で暮らせる理想郷を作るのは、この私に任せておきなさい)
私は心の中でそう力強く宣言し、妹の小さな手をそっと握り返した。
こうして、私の幼児期は、密かな身体操作の修練と、新しい家族の温もりに包まれながら、着実に次のステージへと進んでいくのだった。
――物語は、さらに成長したアランが直面する、領地の過酷な現実と、やがて訪れる旅立ちの足音へと続いていく。
第2話をお読みいただき、ありがとうございます!
今回は1〜2歳の幼児期に突入したアランが、無理な筋トレの代わりに「体幹と重心移動の最適化」をこっそり極める様子と、待望の妹・ノエルの誕生を描いてみました。
ギスギスした貧乏男爵家の中でも、少しずつ家族の絆やアランのチートの土台が築かれていく過程を楽しんでいただければ幸いです。




