26 自ら決めた指定席
バー・ヘルシードには既に十人ほどの客がいた。
パーティのオープニングまでまだ時間があるが、気の早い連中はもう飲み始めている。
エリアREFにあったときと同じように、店の入口で睨みを利かせている黒服。
エスコートされて、チョットマはカウンターの奥から二つ目のハイチェアに腰を落ち着けた。
見れば、奥のボックス席にトゥルワドゥルー、サスケイ、ゴーダ、ボニボニ、といった男性陣がミフューを囲んでいる。
「お姉さん! こんにちわ!」
「おはよう! チョットマ!」
ミフューはそのたった一つの目で、ウィンクを返してくる。
彼女のウィンクは何度見てもドギマギする。
なにしろ、顔に目はひとつだけ。それも特大の。
長い睫毛のその眼がパッチリ閉じられると、誰もが心の芯棒を揺さぶられてしまう。
「チョットマ、あなたにも今日は歌ってもらうわよ」
「ええっ」
チョットマにとって、ミフューは歌の先生である。
世の中に歌というものがあることさえ知らなかったチョットマに、少しずつ歌を教えてくれたお姉さんだ。
今も昔も、ヘルシードのホステス、いわばチーママ。
マトとして生き始める前にどんな暮らしをしていたのか、聞いたことはない。
再生のミスで一つ目となってから、ミフューはニューキーツの地下、スラムとも呼ばれたエリアREFで暮らしてきた。
きっとあったであろう苦悶や辛苦は、今のミフューからは微塵も感じられない。
強い人なんだ、とチョットマは思いながら、惹かれているのだった。
「チョットマ、その席はそろそろ卒業だな! ガハハハハハ!」
バーのマスター、イエロータドの丸太のような腕がカウンターの中から伸びて来て、強引に肩を揺すられた。
「止めてって! 痛いよ!」
「どうだ! そろそろお前もあっちに行ってみるか!」
チョットマの腕ほどもあるイエロータドの指が示したのは、ボックス席の中央。
そこに座ったタァーレルとキャンティ、そしてレイミと目があった。
「チョットマ! おいでよ!」
と、レイミが手を振ってくれる。
「後でね!」
カウンター席の奥から二つ目。
ここは、チョットマが自ら決めた指定席。




