進む理由
扉を開ける。
森の空気が、静かに流れ込んできた。
湿った土の匂いと、葉擦れの音。
さっきまでとは同じはずなのに、どこか違って感じられる。
少女は、扉の前で立ち止まる。
一歩を踏み出す、その手前で。
フードの奥で、わずかに息を整えているのがわかった。
「……行くよ」
僕が言うと、少女は小さく頷く。
そして——
一歩。
ゆっくりと、外へ足を出す。
地面を確かめるように、慎重に。
それでも、その足は確かに前へ出ていた。
外套の裾が、風に揺れる。
少女は立ち止まらない。
もう一歩。
また一歩。
ぎこちない。
けれど、止まらない。
まるで、初めて歩くみたいに。
すべてが新しいものに触れているように。
森の音が、彼女を包む。
鳥の声。枝の軋み。遠くの風。
少女はそれを、一つひとつ受け取るように歩いていく。
石を胸に抱いたまま。
不安は、消えていない。
それでも——
前へ進むということ自体が、どこか新鮮で。
怖さと、わずかな高鳴りが、同時にそこにあった。
僕は少し後ろから、その背中を見る。
無理に追い越さず、急かさず。
ただ、同じ道を歩く。
森の奥へと続く道は、まだ見えない。
それでも——
確かに、続いていた。
思案を、旅人は巡らせる。
なぜ彼女は、あれほど漠然とした不安を抱えているのか。
何年も——この場所で、足を止めたまま悩み続けてきた理由は。
言葉にはならない何か。
けれど、確かに彼女を縛っていたもの。
視線は自然と、彼女の胸元へ向かう。
歩くたびに、わずかに揺れる石。
あれが、始まりなのか。
それとも——
すべての答えへと繋がる鍵なのか。
街に出れば。
あの場所に行けば。
そのきっかけが、見えるかもしれない。
断言はできない。
だが、ここに留まるよりは、確かだ。
少女の背を追いながら、旅人は思う。
この旅は、ただの道行きではない。
何かを見つけるためのものだ。
あるいは——
すでに持っているものに、気づくための。




