表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/15

邂逅はつつがなく、時を刻む

やがて、歌が途切れる。


最後の音が、部屋の中にわずかに残り、ゆっくりと消えていく。


静寂。


森の音が、戻ってくる。


少女は動かない。


石を抱いたまま、ただじっと立っている。


その布の奥で、何かを確かめているようだった。


やがて、ふっと息を吐く。


「……やっぱり」


小さく、そう呟いた。


何が、とは言わない。


僕も、聞かなかった。


しばらくの沈黙のあと——


少女が、少しだけ顔を上げる。


「あなたは」


言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。


「街に行ったこと、ある?」


少しだけ意外な問いだった。


「あるよ」


僕は頷く。


「あるよ。ここに来るまで、いくつもの街を越えてきた」


少女の肩が、わずかに動く。


「……そうなんだ」


その声には、わずかな熱が混じっていた。


押さえきれないものを、押しとどめているような。


「私は——」


少しだけ言葉に詰まる。


それから、小さく首を振る。


「行ったこと、ない」


はっきりとした否定だった。


けれど、その奥には、ただの事実以上のものがあった。


知らないことへの距離。


あるいは——踏み出せなかった理由。


少女は一歩、こちらへ近づく。


石を握ったまま。


「あなたは、外から来たんでしょう?」


「ああ、そうだよ」


短く答える。


その瞬間、少女の空気が変わる。


ほんのわずかに、前のめりになる。


「ねえ」


その声は、さっきまでよりも少しだけ速い。


「どんなところなの?」


間を置かず、続ける。


「音は? 人は? 色は?」


言葉が重なる。


「ここみたいに静かなの?」


「それとも——」


一度、息を吸う。


「ずっと、にぎやかなの?」


止まらない。


まるで、今まで閉じ込めていたものが、少しだけ溢れ出したみたいに。


少女は一歩、また一歩と近づく。


「話、聞かせて」


その声は、はっきりとした願いだった。


頼む、ではない。


引き寄せるような響き。


布の奥の視線が、まっすぐこちらに向いている。


「……もっと、知りたいの」

僕は少しだけ考えてから、口を開く。


「……どうして、行かないんだい」


問いは柔らかくしたつもりだったが、思ったよりも静かに響いた。


少女の動きが、わずかに止まる。


「話で済むことばかりじゃない」


少しだけ視線を落として、


「触れたときにしか、わからないものもある」


少しの沈黙。


少女は、石を握りしめる手にほんの少しだけ力を込める。


「……うん」


かすかな返事。


それから、ゆっくりと首を振る。


「でも」


言葉を探すように、間を置く。


「ここに、いなきゃいけない気がするの」


はっきりとはしていない。


けれど、確かにそこにある感覚だった。


理由ではなく、感触のようなもの。


「離れたら、何かが……」


そこまで言って、言葉を切る。


代わりに、小さく息を吐く。


「うまく言えないけど」


静かに続ける。


「ここにいないと、いけない気がするの」


僕は何も言わない。


少女は少しだけ俯く。


布に隠れた目元へ、無意識のように指先が触れる。


「それに……」


ほんの少しだけ、声が弱くなる。


「私」


間が空く。


言うか迷っているような沈黙。


「……みんなから見たら、変だったらって」


言葉が、途切れそうになる。


それでも、続ける。


「そう思うと、すくんでしまうの」


静かな告白だった。


風の音だけが、部屋に満ちる。


「話で済むことばかりじゃない」







少しだけ視線を落として、


「触れたときにしか、わからないものもある」


は実体験ですね

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ