役目とは
露店の並ぶ通りを歩いていると——
どん、と。
不意に、肩へ強い衝撃がぶつかった。
少女の体が小さく揺れる。
僕は反射的にその腕を引き寄せた。
すぐ横を、影が駆け抜ける。
黒い外套。
軽い足音。
そして、その手には——
誰かの革袋。
「ひったくりだ!」
通行人の叫びが響く。
一瞬で、通りの空気が変わった。
ざわめきが広がる。
露店の店主が顔を上げ、人々が道を開ける。
逃げる男は、人混みの隙間を縫うように走っていく。
速い。
慣れている動きだった。
その瞬間——
別の足音が響いた。
硬い。
石畳を強く打つ音。
人混みの向こうから、一人の騎士が飛び出してくる。
銀色の胸当て。
深い藍色の外套。
腰には細身の剣。
駆ける姿は無駄がなく、
まるで一直線に風だけが突き抜けてきたみたいだった。
騎士は周囲を見るより先に、逃げる男へ視線を定める。
次の瞬間。
石畳を強く蹴った。
人々の間を滑るように抜け、
荷車を踏み台に飛び上がる。
「おおっ——」
誰かが歓声を上げる。
ひったくりが振り返る。
その顔に焦りが走った。
だが、遅い。
騎士は空中で身をひねり、そのまま男の進路へ落ちる。
着地と同時に、足払い。
鮮やかだった。
男の体が崩れ、革袋が石畳へ転がる。
騎士は素早く袋を拾い上げると、
静かに剣の柄へ手を添える。
それだけで、男は動きを止めた。
通りに、歓声が広がる。
少女は、その光景をじっと見ていた。
布で隠された目が、
今度は道化とは違う意味で、強く惹きつけられている気がした。
騎士はゆっくりと立ち上がる。
そして——
ふと、こちらを見た。
騎士はゆっくりと立ち上がる。
そして——
ふと、こちらを見た。
その視線が向いた瞬間、
少女の肩がわずかに強ばる。
繋いでいた手にも、小さく力が入った。
さっきまで街のすべてへ向いていた好奇心が、
今はどこか怯えるように揺れている。
人々の歓声。
騎士へ向けられる視線。
その中心に立つ存在。
少女は、そういうものに慣れていないのだとわかった。
僕は小さく息を吐く。
そして、半歩前へ出た。
自然に。
彼女を隠すように。
騎士はそれに気づいたらしく、
一瞬だけ目を細める。
けれど何も言わない。
ただ、静かに革袋を持ち主へ返し、
周囲の歓声に軽く手を上げるだけだった。
その姿に、また声が上がる。
少女は僕の後ろで、小さく息を潜めている。
僕は振り返らないまま、
少しだけ肩越しに言う。
「大丈夫」
短く。
それだけ。
すると、後ろで握られた手の力が、
ほんの少しだけ緩んだ。
騎士は革袋を持ち主へ返し、
歓声へ軽く手を上げる。
その動きには慣れがあった。
称賛されることにも、
見られることにも。
やがて、騎士はこちらへ歩み寄ってくる。
石畳を打つ足音は重いのに、不思議と威圧感はない。
少女の手に、また少し力が入る。
僕は半歩前へ出たまま、騎士を見る。
騎士は僕たちの前で立ち止まると、
一度だけ少女へ視線を向け、
それから静かに口を開いた。
「驚かせてしまったようだ」
落ち着いた声だった。
よく通るが、押しつける響きではない。
僕は肩をすくめる。
「派手だったからね」
その返しに、騎士はわずかに笑う。
ほんの少しだけ口元を緩める程度の笑み。
「そうでなければ、止められない者もいる」
そう言って、通りの先へ目を向ける。
逃げようとしていた男は、すでに衛兵へ引き渡されていた。
周囲では、まだ人々が騒いでいる。
騎士はその様子を静かに見て、
そして、ぽつりと言った。
「——それが、我らの役目です」




