騎士の誉
少女は、しばらく騎士の背中を見つめていた。
やがて、小さく口を開く。
「……役目って」
騎士が振り返る。
少女は続けた。
「危ないって、わかってたよね」
声は小さい。
けれど、真剣だった。
「なのに、どうして立ち向かえるの?」
言葉の終わりが、わずかに震える。
少女は無意識に、自分の手を握りしめていた。
「私は……」
そこで言葉を探す。
「こんなに、手が震えてたのに」
騎士は答えない。
すぐには。
少しだけ目を伏せ、
まるで遠い記憶を辿るように沈黙する。
広場の喧騒が、遠く聞こえた。
やがて騎士は、自らの手を差し出した。
大きな手だった。
剣を握るために鍛えられた手。
その手を開く。
そして——
わずかに震えていた。
本当に、ほんのわずかだけ。
少女は息を呑む。
騎士は静かに言った。
「私も震えた」
その声に飾りはなかった。
「今も震えることはあります」
騎士は自分の手を見つめる。
「恐れは消えません」
穏やかに。
当たり前のことを話すように。
「けれど、それは恥ではないのです」
少女は黙って聞いている。
騎士は続けた。
「立ち向かえなかったことを悔いる日もありました」
少しだけ苦く笑う。
「ですが、それも恥ではありません」
風が外套を揺らす。
騎士はゆっくりと顔を上げた。
「本当の恥とは——」
その言葉は静かだった。
けれど、不思議と周囲の音が遠のいた気がした。
「自らを恥だと決めつけ」
「立ち上がることを忘れてしまうことです」
少女の指先が、わずかに動く。
胸元の石へ触れようとして、
途中で止まる。
騎士はそんな彼女を急かさない。
ただ、そこに立っていた。
少女はしばらく黙っていた。
布の奥の瞳が、
何を映していたのかはわからない。
けれど——
その足は動いた。
半歩。
ほんの半歩だけ。
それでも確かに前へ。
騎士の前へと進み出る。
騎士は少し驚いたように目を瞬かせた。
それから、
ふっと柔らかく笑う。
自分よりずっと背の低い少女に合わせるように、
膝を折り、
腰をかがめる。
視線の高さを合わせるために。
「その一歩は」
騎士は穏やかに言った。
「きっと、思っているより大きなものですよ」
その笑顔は、
勝者のものではなかった。
誰かの背を押すことを知っている人の、
静かな笑顔だった。




