夢は覚めたらいけなくはない
少女はしばらく魚を見つめていたが、
やがて意を決したように、小さく口を開ける。
恐る恐る。
焼けた身を、少しだけ齧った。
その瞬間——
ぱち、と。
閉じ込められていた脂が弾ける。
熱と一緒に、濃い旨味が口の中へ広がった。
香ばしい皮。
柔らかな身。
塩気と油が混ざり合い、舌の上でほどけていく。
少女の肩が、わずかに震える。
驚いたのだと、すぐにわかった。
布に隠された目が、きっと大きく開かれている。
そんな気がした。
「……おいしい」
小さく漏れた声は、
自分でも抑えきれなかったみたいに零れていた。
もう一口。
今度は少しだけ迷いがない。
熱さに息を漏らしながら、それでも食べる。
僕はその様子を見て、少しだけ笑う。
「気に入ったみたいだな」
少女は小さく頷く。
口の中の熱を逃がすように、少しだけ息を吐きながら。
その姿が妙に真剣で、
僕は思わず肩を揺らした。
「……まだまだあるよ」
そう言って、露店の並ぶ通りへ視線を向ける。
甘い匂い。
香辛料。
果物を積み上げる声。
遠くで鳴る楽器の音。
街は、まだ終わらない。
「驚くことなんて、山ほどある」
少女はその言葉に、ゆっくりと顔を上げる。
布に隠された目が、こちらを向いた気がした。
「もっと?」
「もっと」
僕は頷く。
「食べ物も、景色も、人も」
少しだけ笑う。
「たぶん、君が思ってるよりずっと多い」
少女はしばらく黙っていた。
それから、胸元の石をそっと握る。
そして、小さく呟く。
「……見てみたい」
その声は、
森にいた頃より、ほんの少しだけ前を向いていた。




