1.ニチジョウダヨリから
2月。節分が終わり、春が見え始めてきた日の朝早く。私は森桐高校受験会場へ来ていた。
「あ、チミナ。」
後ろから声が聞こえて振り返る。私がこの高校へ受験するきっかけになった人、ナズナだ。
胸下まである黒髪を三つ編みに結って、白の無地のカチューシャをつけている。手を振りながら私の方へと駆けつけてきた。
「おはよう、ナズナ。」
「おはよ。」
挨拶を交わすと、二人並んで歩き始める。
柔らかなそよ風が、私達の肌を優しく撫でる。
「よく寝れた?」
「うん。」
「だろうね、チミナらしい。」
しばらく歩いて中に入ると、そこには受験番号順に一直線にたくさんの椅子が並んでいた。
今年の応募人数はまさかの5000人以上。受験は必ず2日に分けて行われるので、1日に2500人以上の面接をしなくてはならない。
(面接官も大変だな。)
そんなことを思いつつ、ナズナと別れて自分の席へ。
明日に座り、バッグからスマホを取り出す。
そこには、同一人物から100件以上ものメッセージが来ていた。
『いよいよ今日が受験日か!』
『成長したなぁ…お姉ちゃんは感動して泣いてるよ。』
『理由はどうあれ、チミナが選んだ道だもの。お姉ちゃんは全力で応援するよ!』
『いくら募集人数が多いと言ったって、可愛くて、諦めないで最後までやり遂げることができる頑張り屋さんな私の妹が一番でしょ!!』
『合否発表の日には帰れると思うから、待っててね』
『帰ったらお姉ちゃんの手料理振る舞ってあげる!!』
『チミナが欲しいって言ってたスキンケア用品なんだっけ?あとで画像送っといて!』
『好きな人とかできた?もしできたら一番にお姉ちゃんに言ってね。チミナと付き合うには私の許可がいるからね!!』
『また朝昼晩カップラーメンとかにはなってないよね?お姉ちゃんにはすぐバレるんだからやめときなよー!』
『チミナにいっぱいお土産買ってくからね!』etc…
とまぁこんな感じに話の流れが見えない文が100件以上。私はそのメッセージを既読無視して、スマホを閉じた。
ふと、辺りを見渡すと、見覚えのある顔がちらほら見える。私が通っていた中学校からも沢山の人がここへ来るみたいだ。
皆冷静を装っているがどこか落ち着きがない。それに比べて私は緊張もしていないし焦りもしない。昔からそうだった。
見たことある顔がいるといっても顔見知り程度。私は中学3年間友達はナズナぐらいしかできなかった。私はなにもしていないのに、いつのまにかクラスで浮いていた。けど最初から友達をつくろうとも思っていなかったし、話しかけたら変な空気に鳴るだけだったので、自分から話しかけることはほとんどなかった。
(…理由は、いまだにわからないんだよなぁ…。)
外では雲の隙間から出ている太陽の光が、桜の木のてっぺんにある蕾だけを照らしていた。
***
それから2時間後。ついに私が呼ばれた。
「次の方どうぞ。」
「はい。」
ドアを開けて中に入ると、面接官が3人いた。
真ん中に座っているのは朗らかな雰囲気の小太りの中年男性。
そして私から見て左側に座っているのが眼鏡をかけた真面目そうな若い男性。
右側にいるのが綺麗な黒髪の女性の人。
「受験番号1970番、刺ノ芽チミナです。よろしくお願いします。」
「どうぞ、座ってください。」
綺麗な女性の方にそう言われて、私は静かに椅子に座る。
「こんにちは。まずは自己紹介からいくとしよう。この学校の校長を務めさせてもらっている、山田クラマスと言う者だよ。ハーフなんだ。」
にこりと微笑み、優しい口調で話す校長。
なかなかこう言う校長は見たことがないな。
「君から見て左側にいるのが、書記の蔵町くんだ。そして右側にいるのが静宮さんだよ。」
紹介をされて、それぞれぺこりと一礼をしてくれた。
「では早速面接に移ろう。君にはこれから様々な質問をする。それに答えてもらうよ。」
「はい。」
「よし、ではまず初めに、本校を志望した理由から_____」
そうして、淡々と面接は進んでいった。
実際面接をしていた時間より長い時間面接を受けていたような気がする。
面接していた部屋を静かに出て、歩き出す。手には汗が滲んでいた。
(…手汗なんか、いつぶりだろう。)
なんとなく、あの面接には違和感があった。初めは普通の高校の面接でもあるような質問だったが、進むにつれて不思議な質問ばかり聞かれた。
始まりは『人間とはどう言う者だと思う?』という質問からだった。そこから段々と不思議な質問へ変わっていった。
『なぜ人間は存在すると思う?』
『なぜ人間は生きていると思う?』
『人間の存在意義は?』
『なぜ人間がらこの地球を支配していると思う?』
『なぜ他の生物は支配できないと思う?』
『地球が太陽に照らされてるのはなぜだと思う?』
『なぜ人間は感受性豊かなんだと思う?』
『なぜ人間だけが感受性豊かだと思う?』
『なぜ人間だけがこうして言葉を交わし、国を築き、世界を使ってているのだと思う?』
内心混乱していた。哲学的な質問ばかりだった。
とにかく答えるのに必死で、なんて答えたか記憶は曖昧。だが、あの…あの校長の視線だけは覚えている。
一見穏やかに私を見つめているようだが、そこにどこか商品を見定めるような、私の体が全て見透かされているような気持ち悪い、生ぬるい視線が。
今でも思い出すとゾッとする。さっさと帰ろう。
外は曇りで少し肌寒い。もう18:00だ。
私は静かに歩き出した。歩くにつれて、私の足が歩けないよう洗脳されている気がした。
***
家に帰ると、今朝と変わらない風景が広がる。
やっと足が軽くなり、解放されたような気分がした。
私はそのままソファへダイブした。
正直今日は疲れた。面接だけなのに、緊張もしていなかったはずなのに、なぜ疲れたんだろう。
(寝不足かな。)
ここ最近毎日夜遅くまで起きているし、疲れてるのかな。
今日は早めに寝よう。お姉ちゃんに疲れた姿なんて見せられない。
ソファから起き上がり、冷蔵庫へ向かう。冷蔵庫には、作り置きしておいたご飯が何個かある。けれど、とても食べる気にはなれなかった。
私は冷蔵庫の扉を閉めて、自分の部屋へ向かい、ベットに仰向けに寝転がった。
(今日はお腹も減ってないしもう寝よう。明日の朝お風呂入って、作り置きを食べよう。あ、作り置きのご飯補充しなきゃ。)
そんなことを思ってるうちに、私は浅い眠りについた。
***
《___番号197番との接続完了。脳波指数を読み取っています……完了。》
《脳波指数を197番と接続中…完了。》
《本人の感情及び感情指数を読み取っています……完了。》
《感情及び感情指数を197番と接続中…完了。》
《脳発達指数を読み取っています……完了。》
《脳波指数を197番と接続中…完了。》
《“特殊バージョンZZ”。始動開始。》
____そんな機械的な音が、夢の中で聞こえた気がした。
***
朝。スマホのアラーム音と共に目を覚ます。
頭が痛い。あまり眠れてないみたいだ。
アラームを止めようとスマホを取り出す。画面に映っていた一つのメッセージ。
『明日には帰れそう!待ってろ愛しの妹よ』
それをみて思わずため息が出る。朝からシスコンウザい。返信はせず既読だけして、ベッドから出る。
カーテンの隙間から太陽の光が差し込んでいる。よかった、今日は晴れみたいだ。久しぶりに洗濯物を外で干そう。
部屋のクローゼットから着替えを取り出し、洗面所へ。昨日は疲れててお風呂入ってないから入りたい。
「…なにこれ。」
服を脱いで風呂場へ行き、風呂場の中で鏡を見ると、一つ見覚えのない傷がが体に刻まれていた。
左耳の耳たぶに、バッテンの形で傷ができている。
寝ている間にでも怪我しちゃったのかな、と思った。だからそんなに気にしなかった。
風呂から出て、髪の毛を乾かした後、リビングで朝ごはんを食べる。
作り置きしておいたものを古い順から食べた。
「いただきます。」
窓からは鳥が木から飛び立つのが見えた。




