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茶筅の形・4人の形

 席替えから2週間もすれば座席の周りでのいつものグループも確立する。教室の隅になった俺の周りと言えば同じ部活で前の席の日下部、なぜか横の石上、なぜか石上と仲が良い楓月の3人である。俺や日下部はともかく、石上と楓月は反対側の隣の席もあるはずなのに、どうしてこの4人でグループのようになったのだろう。


「そういえばさっき北条先生と部長が話してるのを聞いたんだけど、茶筅が全然売ってなくて困ってるらしい」

「もう茶筅を国産にこだわれる時代なんてとっくに終わったよ。今や安価なmade in Chinaしか買えん」

「安いやつ、穂先も軸も太くて泡立てにくいんだよな…」

 2人で話していると、ちょうど教室に戻ってきた楓月が口をはさんできた。

「中国産でもいいじゃない。弘法筆を選ばずと言うでしょう?使い物にならない竹棒ならともかく、抹茶を点てられることが分かって売られているものでうまく点たないなら実力不足だわ」

「それはそうかもしれないけど、抹茶に直接関わるものくらい国産のものを使いたいじゃないか」

「そもそも、同じ竹製品の稽古用茶杓や柄杓にだって外国産の竹が使われているでしょう?同じく抹茶の粉や湯に触れるものは良くて茶筅だけ外国産は嫌だなんておかしいわ」

 楓月の指摘はいちいち正論だから困る。

「日本産が良いというのが気分の問題なのは認めるよ。ただ、それを言うなら茶碗や茶筅を伝統的な茶道の作法で清めるのも気分じゃないか。」

 石上は突然のことにおろおろしているが、日下部は苦い顔に、楓月は勝ち誇った顔になった。

「ならマナーは全て気分ね。守る価値のないものよ」

 正直なところ、楓月とレスバして勝てた試しがない。勝てない勝負を挑んでこないのもあるが、古都言葉も習熟している楓月は相手の意図に関わらず言葉が暗に含んでいることを瞬時に把握して言い返してくる。

 ただ、行動への文句とは違って言葉への文句は片が付いたらすぐに止めてくれる。非建設的な口論は嫌いらしい。

「ま、国産茶筅が良い気持ちもわかるわ。伝統というのはある意味で品質保証なのよ。」

 そこでようやく話についてこれた石上が、帰国子女らしく切り込んでくる。

「有名なオーケストラがいつも良い演奏をするようなものでしょうか?」

「そうね。芸事…ステージパフォーマンスは毎回一発勝負だから、安定した商品であることは大事だし、客も当然成功するものと思って見に来るわ。その分、パフォーマーとしてはプレッシャーがかかるのだけど。逆に波音にとってこの点では華道は気楽かもね。じっくり考える時間があるのだから」

「それは時間をかければ最低限できる人の言い分です。私では時間をかけても花が枯れるだけです。私より永海くんはすごいのですよ。少ない本数でしたが簡単に花を入れてしまうのですから」

 石上が漏らしたことに、日下部が目ざとく俺を見つめて訊いてくる。

「あれ?石上さんはいつの間にこいつの花を見たの?同じ部の俺でさえほとんど見る機会がないのに」

「日曜日に永海くんと一緒に華道体験に参加したのです。」

 その瞬間、クラスの何人かがこっちを見たのが分かった。俺と日下部の方を向いている石上は気づいていないようだが、教室の隅の席の俺に飛んでくる視線が痛い。

 ……いやいや、石上の言い方じゃあまるでデートじゃん。

 本人がどう思っているかはわからないが、客観的に石上は顔がいい。それに俺がいうのもなんだが、クラスメートは高校1年生の思春期真っ盛りな連中だ。このままでは逆恨みで刺されかねない気がする。

「四条でたまたま会ったから華道具店まで案内しただけだよ。そこでなぜか花を入れることになっただけだ。それ以上はない」

「四条なら茶道具店も併設だよな?お前も買い物か?」

 ……日下部は調子に乗って火に油を注ぐようなまねをするな。

 教室の様子から状況を察したらしい楓月がくすくすと笑いながら情報を付け足す。

「店内でもエスコートしたのでしょう?」

 ……楓月はわざと曲解して火遊びするな

「いえ、そのような大げさなものではありません。茶道具と華道具は分かれていましたし、花を生ける時も別でした」

 背中側から俺に注がれる視線に気づいていない石上のいい意味で周囲を気にしていない説明で、クラスの様子は多少落ち着いた。それでも何となく居心地が悪い気がする。

「私も言い過ぎて悪かったわ。貴方がエスコートできるほど器用なはずないもの」

 楓月の事実だが嫌味ったらしい言い方に、石上はどう反応していいか困っているようでおろおろと俺たちを交互に見るだけだった。楓月は石上の様子を見て、すかさず話を切り替える。

「茶筅の話に戻しましょう。国産かどうかはともかく、安価な茶筅は品質が安定しないと思わない?単品の形の悪さはしばらく使えば慣れる程度のものでも、穂先や軸の太さのばらつきが大きいことは問題よ。消耗品の形が一定じゃないと、型が定まらないもの」

 日本の伝統文化は、基本的に型の反復練習を重ねた上で応用へと進んでいく。分かりやすいのは能だろう。弓道もいい例かもしれない。茶道も基本となる点前を繰り返して体に動きを覚えさせる。

「型という共通認識があるから作法は成り立つし、美しい所作も決まるのよ。それなのに、大きさがばらばらの消耗品を使っていては上達は望めないわ」

 さすがに茶筅の形状に型を出すのは大げさだろう。ただ、少なくともある程度点てられるようになるまでは安定した品質のものを使うべき、ということ自体は正しい。

「弘法大師でもないのに使いにくい筆で稽古するな、ということか」

「華道部に同じ形の花器が何個もあるのも、同じ理由かもしれません」


 結論らしいものが出たところでちょうど次の授業のチャイムが鳴った。その音に紛れさせるように、日下部がぼそっと言った。

「茶筅が売ってない以上、何の解決にもなっていないんだけど」

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