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視線を絞って・視野を広げて

 このまま石上を置いて帰るわけにもいかないし、せっかくの機会なので俺も花材の試し切りに付き合うことにした。別に、このまま帰ったら明日学校で楓月にねちねちと詰められる気がするからではない。

 会場ではテーブルクロスがかかった大きな机の隅に花器が並べられ、その横に花材が積まれていた。奥に40代くらいの男性が花器の水をバケツに捨てているのが見えた。こちらに気づいた男性にスタッフが声をかける。

「関口さん、本日の体験会もありがとうございました。撤収中申し訳ないのですが、こちらの方に試し切りだけさせていただけませんか。」

「若いのに華道に興味をお持ちの方々ですか。せっかくなら生けてみますか?」

「体験会が終わったのに関口さんに時間を取らせられません。使った花材で試すだけで十分ですので」

「いやいや、若い方が興味を持っているのに逃すと、身内での肩身が狭くなりますから」

 俺は石上の試し切りを見ているだけのつもりだったが、一緒に花を生けさせてもらうことになった。茶道でも若いと優遇してもらえることは多々ある。やはりどこも文化の後継者が少ないのだろう。若者側としては優遇を受けるのも良くないことだと思うが、今回は他に迷惑被る参加者もいないことなので、ご厚意に甘えたいと思う。

「本日の花材はススキ、コスモス、菊などの秋らしいものでした。花器はここから好きなものを選んでください」

 関口の示す机の上には、小ぶりなものから大型の壺まで様々な花器がある。俺は高さ15cmほどで、水滴の上端を真っすぐ横に切り取って口にしたような青磁風のものを選んだ。華道用だけあってどれも特徴的な形をしているが、その中で最も茶道の花入に近いと思ったからだ。


 まずはピンクのコスモスと小ぶりの黄色い菊を花の高さが同じくらいになるように持って、薄水色の花器の前で構えてみる。このように花と花器を並べて色合いや大きさのバランスを考えることを茶道では花づもりという。選んだ花をどう入れるかの心づもりの過程だ。低めの花器を選んだからか、花器と比べて茎の長さが長い気がする。ここではさみの出番である。茎の下の方を切って花器にちょうど良い長さにする。

……確かに、はさみだと切りやすいな。

 室町時代ならともかく、令和の現代人には小刀よりはさみの方が使い慣れている。現代化のメリットを感じつつも、伝統を守ったやり方でいたい気持ちになる。

 はさみを置いて花を入れる。やはり小ぶりの花だけでは寂しいので、奥にススキを1本入れてみる。花器の正面でもある自分側に傾くようにすすきを曲げて、花の真上に垂れるようにする。茶道なら花入の下に薄板という厚さ1cm前後の板を敷くが、今日はこれで完成でいいだろう。


「永海くんはとても簡単そうに生けますね」

 感嘆した石上の声に机の向かい側を見てみれば、ようやく花器を選んだところだった。花器は高さが30cmくらいの細長い壺で、白地の壁面に大きく金彩の鳥が2羽絵付けされたものだ。この時点で茶道ではありえない選択なので、どう生けるのかが楽しみになる。

 石上はすすきを数本手に取ると、茎の根元を斜めに切っていく。壺の口には短い棒が十文字に渡されており、そこへすすきの茎の切断面と壺の壁面を合わせつつ、すすきを斜めに立てかけて安定させていく。上に伸ばしたり、左右に傾けたり、奥向き、つまり俺の方に傾けたり、すすきだけで壺の上空に壺と同じくらいの空間を作り出していく。さらに、大きめの菊やコスモスと壺とを見比べると、俺からは隠れた手前側に外へ広がるように入れていく。

 裏側から見ている俺でも華やかな雰囲気を感じるくらいだから、正面からはもっと美しいだろうと思い机を周って石上の後ろからのぞき込む。そこで正面から鑑賞すると意外と花が散らかって見えることに気づいた。

「花で彩ることはとても難しいです」

 花を野にあるように自然と生けるべきなのだとしたら、石上の花は不自然にまばらに並んでいるような気がする。

「花が図形に並んでいるようで、おかしいでしょう?」

「なんとなく言いたいことはわかるけど、日本語で説明することが難しい……。花を見て目が泳ぐような、目が滑るような」

「永海くんに説明できないなら私にも説明できないです」


 二人して頭を抱えていると、一通り片付け終えた関口が様子見にきた。

「花を見て目が滑るとは面白い表現ですね。例えば草原で一面に咲く花は大きな塊として目に付くのに対し、この壺のような限られた空間では均等に分散すると注目する場所がなくて見にくいのです。そちらの青磁は花数を抑えた入れ方なので注目点が分かりやすい。この大きさの壺に多くの花を入れるなら、一部の花を寄せて視線を集める場所を作る方が良いですよ」

 関口は手前の3輪を寄せつつ、2輪をまとめて奥に傾ける。

「こうすれば横や後ろからも多少の見ごたえが出ます。多くの花を使う強みですが、ここに残っている花の量ではこれが限界でしょう」

 関口が整えた花を見れば、最初に石上が生けたものとの違いは歴然としている。手前に集められた菊とコスモスの花、奥の花、周囲に広がるすすき、最後に壺の鳥の絵という順に目線がゆく。俺のが花を減らして視線を絞る引き算の花なら、多くの花と枝もの、花器で華やがせる石上のやり方は足し算の花と言えるだろう。花をはさんだだけでも、好みの違いがはっきりと感じられた。

 石上ははさみに満足したようでそのまま購入していた。関口とスタッフにお礼を言い、店を出た頃にはもう夕方だった。結局菓子も買うという石上と別れ、俺は抹茶と懐紙を持って帰った。


 後日の茶道部の活動日に、用意されていた花を試しに全て花入に入れてみた。花束のようになったのを見て、隙間のない花の塊なら一応注目できることと、足し算にも限界があることを学んだ。


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