秋日和・花はさみ
ここ数年の世界的な抹茶ブームを受けて、抹茶の値段は異常な高騰を見せている。茶屋によってはある日突然価格改定のお知らせ1枚で単価が倍以上になったりする。日本に茶が伝来した奈良時代や、茶道が確立した安土桃山時代と変わらず、現代においても茶は嗜好品である。一方現代は無料・サブスクサービス全盛期だ。多くのソシャゲは基本プレイ無料で、動画サイトも広告を見るか、月2000円程度で見放題である。
こんな時代に高校生が親の金とは言え古都で一人暮らししつつ、茶道趣味を続けるのは簡単ではない。抹茶1碗を点てるのに必要な抹茶の粉は2g。抹茶を飲み続けて肥えた舌で飲める下限は1gあたり80円。小学生の頃はたしか茶会用の良い抹茶がこの値段だったことを思うと、いかに高騰しているかが良くわかる。1回点てて菓子なしで飲むならともかく、継続的に点てるとそれなりの出費だ。それでも仕方なく、俺は今日も抹茶を買いに古都を下っていた。
古都で抹茶を買うなら中条区から下条区の東側が買いやすい。2ヶ月分の抹茶を買った帰りに、せっかく新しい抹茶の缶を開けるのだからついでに和菓子でも買って帰ろうと四条まで足を伸ばした。すると、何故かいつもの和菓子屋の店内を外からのぞき込んでいる石上が見えた。
「あっ…」
「偶然ですね。永海くんも買い物ですか?」
「そう。たまには和菓子でも買って帰ろうかと」
「そうですか。それではまた月曜日に」
石上はそう言って、羽織っていたカーディガンの裾を揺らして去っていこうとする。
「待って、買い物に来たんじゃないの?」
「今日は華道具を買うことが目的であって、スイーツは目的ではありません。店に入りにくくて近くのスイーツ店を見ていただけです」
茶道でも時々感じる敷居の高さに共通する石上の主張に、俺は内心深く頷いた。茶道茶碗のような陶器の窯元でも、店頭のショーケースに何十万の壺が置いてあったりすると何となく入りにくい。石上もそういう店の前でうろうろしてしまうタイプなのだろう。
「近くに華道具を売ってる入りやすい所があるよ。」
見かねた俺は石上にそう言って、徒歩数分の茶道具華道具店に連れてきた。一見営業中に見えないが、中は比較的安価な新品の販売店で、古物商のような入りにくさもない。今の石上にはちょうどいい店だろう。日曜日のお昼時だからか、数人の客が茶碗や花器を見ていた。
「こっち半分が茶道具で、あっち半分が華道具だから、好きにみるといいよ」
それだけ石上に伝えると、俺は茶道の消耗品を見に行く。茶道で一番の消耗品は懐紙だ。懐紙は20cm×16cmくらいの和紙で、菓子器からお菓子を取る皿替わりや、懐石料理の器を清める時に使う。半年で30枚入りを5帖近く使ったから、補充しておきたい。
茶筅も買い換えておきたい。茶会では毎回新品を使うことになっているが、自宅用や稽古用では使いまわす。ただ、茶筅は細い竹の1周を100本程度に細く割いてから曲げて作られているため、長く使うと先端が折れたり、曲がりが戻ったりする。そろそろ茶が点ちにくい気がしてきたので、新品が欲しい。そう思っていたが、茶筅は品切れのようだった。特にここ2年ほどの抹茶ブームで、茶筅も海外需要が高まっているそうだ。諦めて通販サイトで買うことに決めた。
石上の方を見ると華道エリアの隅の消耗品を眺めていた。スタッフ不足だからか、一人でショーケースの中を眺めている。会計を済ませた俺は仕方なくそのまま石上の所へ向かう。
「……何か消耗品を探してる?」
当然話しかけられて石上は驚いたようだったが、すぐにほっとした様子でこちらに振り向いた。
「針金のような消耗品は部で購入するため用意する必要はないそうです。ただ、花の長さを調整するためのはさみは共用品ではなく個人用を持つ生徒の方が多いので、購入したいです」
石上が指さす方を見ると、2種類の形の見本が展示されていた。一方は8の字の結び目を横に大きく引っ張って歪ませた持ち手に、結びめ部分へ刃を2本付けたような構造で、他方はペンチのようなX字型でありつつ持ち手側が湾曲した形をしている。
「2種類あるけど、どう違うの?」
石上に訊くと、先ほどまでレジにいたスタッフが説明してくれた。
「この歪んだ輪のようなはさみはつる手と言い、一般園芸用と同じ形です。多くの流派で使われる他、ガーデニングをされるお客様にもつる手をお勧めしています。こちらの交差したものはわらび手と言って、流派によっては柄の先端の丸みで繊維を潰し、花の吸水をよくするために使われます。どちらも左利き用、右利き用があり、手の大きさに応じたサイズがあります」
華道で使うはさみは新鮮だった。茶道部では枝の長さの調整は小刀でするのが正式だ。慣れるときれいに切断できるが、はさみと比べると初心者向けではない。
「どちらを使うかは流派によります。」
「つまり、流派の目指す生け花の理念によるということですか?」
俺が質問すると、スタッフは苦笑して教えてくれる。
「どの流派もそこまで考えてはさみを使っているわけではないと思いますよ。流派ごとに何通りかの生け方がありますが、生け方ではさみを変えたりはしませんから」
石上が長陽高校の華道部であることを伝えると、スタッフはわらび手を勧めてくれた。
「お客様は華道を始められたばかりですか?実は先ほどまで本館の上階で生け花体験があり花材が余っておりますので、よろしければ試し切りされますか?」




