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炉開き・椿

「お棗、お茶杓の拝見を」

 最後に鑑賞できていない茶道具を見せてもらうように乞うのは、必須ではないがある意味マナーだ。理由もなく見たいと言わないのは、相手の茶会にケチをつけるに等しい。

 部長は客側に向き直ると、棗を清めなおす。茶道具も見慣れてくると説明されなくてもわかることが増えてくる。棗は根来塗と言われるもので、黒漆の上から赤漆を重ね塗りしたものだ。赤漆が擦れることで段々と下の黒色が見えてくるのが特色である。ただ、最近は故意に赤色を落として下地の黒を見えるようにしたものも多い。茶杓の方は黒柿という珍しいものだ。一部が変色してまだら模様になった柿の木から作られるもので、今回のように変色していない部分も茶色が濃くなっているものは珍しい。

「棗は根来塗で、茶道部創立の際に初代校長先生よりご寄贈いただいたものです。茶杓は先代家元の作で、銘は月影でございます」

 部長は棗と茶杓を出し終えると、茶碗などを茶室の外へ順番に下げていく。その後水指に水が足されると、副部長も連なって退出した。最後に部長が再度入室し、道具をお点前の直前の状態に整え直してから入口に戻った。全員で総礼して部長が襖を閉めると、茶会は終わりだ。1年生にはさらに弛緩した空気が流れる。


「やっぱり2年生の先輩のお点前はうまいよね」

「指先までピンと張り詰めてる感じがする。炉になったばっかりなのに」

「これから炉か…。柄杓の扱いが全然違うからまた練習しないと」

 女子達の茶会の感想を聞きながら茶室を出ると、隣の部屋から石上たちが出てきた。ちょうど華道部も活動を終えた所だったようだ。部室に残っている2年生に声をかけたのを見てから、茶道部で唯一同じクラスの女子が話しかけに行った。そのまま一緒に昇降口に向かう流れらしい。

「波音ちゃん、そっちも部活終わり?」

「ええ、華道部は1年生が解散したばかりです」

「波音ちゃんって華道部だったんだ。意外。華道部はどう?」

「火曜日に入部してまだ2回目ですし、特に話してもいませんでしたね。まだ3種類の秋の花を紅白のめりはりをつけて組み合わせた程度です。ただ、今日は部員全員に見られて恥ずかしかったです」

 茶道部からすると、花を3種類組み合わせるのは応用技術に感じる。比較的複雑な構造で色鮮やかな立体物を3種類も花入に入れると、侘びた雰囲気を好む茶道ではどうしても浮いてしまう。夏場に広い和室で、小ぶりな花を選んだり、大きく質素な陶器、切られたままの青竹の花入を使うのであればできなくはないが、花入や用意できた花の都合でなるものであって、始めから積極的にやろうとするものではない。少ない本数で自然の様子を表す技術が賞賛される。

 一方の華道では、花が中心なので少しの花を際立たせることも、多くの花を華やかに入れることもできる。ならば、多くの花を使って表現する技術を持っていることは望まれることだろう。いきなり3種類から創作するものだと考えると、普段から華やかな雰囲気を纏う石上には合っているのかもしれない。


「そういえば、今日の花は椿じゃなくて山茶花だったな」

 日下部にぽつりと言われて、考えにふけっていた俺は我に返った。椿は秋から春にかけて炉の期間中は品種を変えて使われる花だ。炉開きで使われていた山茶花が茶室で使われるのは初めて見たが、椿の知らない品種だと思った。やはり花の判別は陶器の産地と比べると格段に難しい。

「経験者として他の道具組についてはどう思った?」

「個人的にはほどほどな感じ。炉開きは炉の点前が始まる時期にするものだし、文化祭直後だから道具組みをするにも忙しいのだろうと思った。特に花材の割に花入が大きめなのと、紅葉や七草の絵付けの茶碗が侘びた道具の中で攻めてるように感じた。まあ、部室の茶室が広いから侘びたものばかりなのも変かもだし難しいな。ただ、棗と茶杓はいいもので驚いた。この部にはあんなにいいものがあったんだな」

「ああ、あの茶杓は確かに良かったな」


 そんな話をしていると校門までついた。

「それじゃあ私はこちら側ですから」

「じゃあね、また明日」

 解散した女子達の中で、石上以外は地下鉄駅へ向かうらしく、連れ立って行った。ふと、石上の鞄から開きかけの白い花が飛び出しているのが見えた。

「あの花は椿…?」

 もしかすると、今日は華道部が予定通りの花を用意できなかったのかもしれない。急遽茶道部の花を渡したせいで少し不自然な花だったのなら、悪いことを言ったと思った。


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