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文化祭の終わり・新しい日常の始まり

 夕方ごろに終わった文化祭も、クラスと部の両方の片づけが終わるころにはすっかり暗くなっていた。雨に濡れた道路を15分ほど歩くと、長陽高校学生寮が見えてきた。学生寮は家族の引っ越しなどで自宅から通えない事情がある生徒だけが入れる。そのため、寮生は夏休みの終わりまで3年生2人と1年生1人のわずか3人だった。

 俺が帰宅した時に、9月からの新しい寮生がちょうど階段を降りてきた。

「こんばんは。奇遇ですね」

「今日は茶道部に来てくれてありがとう。華道部に入るって?」

「ええ。ただ、永海くんも茶道部も悪くありません。私が個人的に茶道部に向かないだけです」

 それだけ言い残すと、新しい寮生こと石上波音は去っていった。石上は2階建ての学生寮で俺のちょうど真上の部屋に住んでいる。もっとも、学生寮とは言え共用部分はなく、普通のアパートと同じように各部屋の出入口が建物の外にある。そのため、上下階の関係とは言えこの1ヶ月寮の敷地で顔を合わせる機会はほとんどなかったが。


「おはよう」

 文化祭後の休校期間が過ぎた火曜日、教室に着くや否や声をかけられた。

「ああ、日下部か。おはよう」

「そういえば聞いたか?石上さん、華道部に入部するらしいぞ」

 目線だけ石上の方に向けながら、日下部が教えてくれる。教室の反対側では石上と楓月が話しているのが見えた。

「北条先生に話してたのを偶然聞いた。そっちこそどこで知ったんだよ」

「文化祭が終わった所で華道部に来て、そのまま顧問に入部を伝えたらしい。書道部から聞いた。」

 まったく変なところから情報を集めてくるやつだ。それはそれとして、石上はどうして華道部にしたのだろう。

「華道部は文化祭で何をやってたんだ?」

「別に変ったことは何も。普通に部員の作品を展示して、あとはちょっとした生け花体験くらい」

「生け花体験か。茶道部じゃあ真似できそうにないな」

 華道部の展示と違って茶道部の茶会はどうしても数人の裏方がいる。シフト制で部員を分けると、茶会以外に人員を割く余裕はない。

「茶道部も飲む方だけじゃなくて抹茶を点てる体験くらいあった方がいいのかな」

「なんだ、お前も石上さんに入部してほしかったのか?」

 日下部が物珍しそうな顔をしながらこそこそと言ってくるが、石上個人への感想じゃない。

「いや、単純に茶道部が他の部より劣っていたのかと心配で」

「うーん、外部のお客さんならともかく、生徒が点てる体験をしたがるとは思えないな。石上さんも週1回の古都学の授業でそのうちまた茶道をするのは知ってるし、点てる体験では意味なかっただろうよ」

 古都学はこの学校の特色の一つだ。毎週別の日本文化に簡単に触れる特別授業で、1学期にも茶道で抹茶を点てた。ちなみに文化祭前最後の授業は琴だった。

「やっぱり茶会が琴線に触れなかったんじゃないか。それに今更考えても仕方ないさ」

 そこで担任の北条先生が入室してきたので、話は打ち切りになった。


「皆さん文化祭は楽しかったですか?もう疲れは取れましたか?……元気そうで何よりです。先生は歳なので昨日までかかりました。さて、早速ですが今日は席替えをします。石上さんの机が転入日のままなので、ちょうどいいでしょう。」

 そう言いながら北条先生は教卓の上にお手製の紙箱を置く。その中から1人ずつ紙を引き、書かれた番号へ机を移動させていく。

 俺が引き当てた場所は教室窓側最後列。誰もがうらやむ最高の席だ。

「お隣ですね。よろしくお願いします」

 そう言いながら石上が右隣に机を並べた。それだけでなく、日下部が1つ前に、楓月が右斜め前に机を運んできた。

「永海、いい席を引いたな。変わってくれないか」

「あら?文化祭のお茶会のメンバーがそろうなんて奇遇ね。驚きの確率の偶然だわ。」

「でも、私はこの並びで授業を受けられてうれしいですよ」

 石上はそう言ってほほ笑んだ。


「それでは石上さん、問3の解法を説明してください」

「はい、まずはこの、このquartic functionをfactorizeします」

「四次関数の因数分解ですね」

 海外での生活が長かった石上は、数学などの用語を覚えきれていない。授業中もよく先生に翻訳してもらっている。それでも英語は当然として数学と理科も明らかに優秀だ。

「正解です。ただ、転入試験の頃よりは良くなっていますが引き続き日本語の数学用語は頑張りましょう」

 この4人の中では、石上と日下部は理系科目に強く、楓月と俺とが文系科目に強い傾向にある。


「この『かは』は反語表現で直前の内容が本心ではないことを示しています。つまり、美しい満月や満開の桜だけが見るべきものではない、というのが作者の考えです。」

「その通りです。次を石上さん」

「雨に対ひて月を恋ひ、は雨を眺めていると月が見たくなる、ということです」

 ここで言う雨は降っている方ではなく、雨天、雨雲の方が近い。月を隠すのは雨そのものではなく雨雲だからだ。やはり慣れない言葉では文を理解できても文意を汲み取ることは難しいのだろうか。


 休み時間になると、ふと思い出したように日下部が石上に訊いた。

「そういえば石上さんは華道部に入ることにしたって?どうして?」

「一番の理由は入れられた花の美しさです。それと花瓶の形も気になりました。特に、ほぼ皿のような形の花瓶に、花ではなく葉や草を中心にしたものに感動しました。」

「確かにあれは変わってるよね。茶道では花器を花入と言うけど、季節の花を中心に枝葉を多くても2、3本だから、真似できないよ。」

「茶道は色々な日本文化をカバーしているとは知っていますが、できないこともあるのですね」

「やっぱり総合芸術は専門芸術に敵わないところはあるね」

 すると石上の前の席の楓月が振り返って、笑いながら言った。

「茶道は道が付くものの中でも日本文化の格段に広い範囲のものを扱っているわ。でも、茶道を学べば華道も十分に知れるものかは。」

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