茶道部の魅力・波音の選択
「お点前ちょうだいします」
抹茶の点った茶碗を受け取った石上はそう言うと、左手に茶碗を載せ、右手で二度に分けて回して正面を避けた。茶道は他の伝統文化部と比べるとどうしても来客側の理解が必要になる。どうやら楓月が事前に説明してくれていたらしい。
茶碗に口付けて抹茶を飲む石上を見ると、ブロンドの髪がわずかに揺れた。石上は特徴的な髪と瞳を除けば、顔立ちはむしろ日本人らしい。整った顔立ちではあるが、それだけならここまで目立つこともなかっただろう。しかし、茶碗で顔が隠れると途端に日本人とは思えなくなった。それでも古都の名産である赤茶碗と柔らかい金色の髪という組み合わせは、不思議と茶室に馴染んで見えた。
正客である石上が飲み終えると、続けて楓月、日下部へ順に抹茶を点てる。その間石上は手持ち無沙汰なので、改めてこちらから声をかける。
「初めての抹茶の味はどうでしたか?」
「初めて飲む味なので驚きました。その、分かってはいましたが紅茶とは全然違いますね。深煎りのコーヒーに近いと思います。」
「コーヒーはあまり飲まないのでピンときませんが、コーヒーの中でも深煎りですか?」
「……ええ。コクがあり味わい深い煎れ方です」
残念ながらコーヒーはおいしいと思ったことがない。まだまだ子供ということかもしれないが、抹茶ばかり飲んでいるとコーヒーを飲む気にならないのだ。だが、味わい深いコーヒーにたとえられるなら気に入ってもらえたのだろう。そう考えているとちょうど抹茶を飲み終えた楓月が鼻で笑うのが見えた。
「もう文化祭も終わりですが、長陽高校の文化祭はどうでした?」
「文化部活動が盛んな高校とは知っていましたが、本当ですね。3日間で書道、華道、香道、百人一首、舞、楽器。存在しない伝統文化部はない、と言われるだけのことはあります。どこでも熱心に展示や演奏を見せてもらいました」
本人は気づいていないだろうが、この1ヶ月間文化部では水面下で石上争奪戦が起こっていた。長陽高校は古都でも屈指の伝統文化系部活動が盛んな高校である。高校内でも伝統文化部同士は明確な対立こそしていないが、常に競い合っているところがある。茶道部を始め華道部から果ては弓道部などの体育系も含めて、校内での立場は次年度の部員数、ひいては予算にも関わるらしい。そんな中、今や学校内で一番有名な石上が選んだとなれば、今年度の部としての注目度は間違いなく一段上がる。そうして本人の望むと望まないとに関わらず、石上波音争奪戦が繰り広げられていた。
「茶道部も熱心ですよ。茶道部は団体行動があったり全国優勝を目指したりするような部活ではありません。しかし、技術習得を通じて日本の歴史や文化への理解を深めるという点では他の部にも負けません。もし部活が決まっていないなら茶道部はいかがですか?茶道は陶芸、和菓子、花、書などが関わるので日本文化の総合芸術とも言われますし、点前は個人技の面が強いので途中からでも入りやすいです。伝統文化部の中では女子率が高い部でもあるので、居心地は悪くないと思いますよ」
「……永海くん自身はどうですか?なぜ茶道部に?」
「私は両親が茶道教室を開いているのです。茶道自体を始めたきっかけは覚えていませんが、親のすることを真似てみたかったのだと思います。茶道部はその延長です」
「日下部くんも今は客をしているだけで茶道部でしょう?茶道部に入ったのはどうして?」
「俺?深い理由はないよ。文化部の中で茶道部だと菓子と茶が出るから。それだけ」
自分の分の抹茶を飲み終えた日下部は、あっけらかんと答えた。日下部の理由は茶道部としては珍しくない。とは言え、少数派の男子生徒の理由としては少し珍しい。どんな入部理由であれ、日下部は日下部でそれなりに真面目に活動しているから他の部員にとっても文句はない。
「お仕舞いいたします」
全員に抹茶を出し終えた後は順番に茶道具を片付けていく。石上の方を見ると、苦悶の表情をしていた。そんなに茶道部が悩ましかっただろうかと思った直後、気が付いた。
……あれ、正座がつらいのでは?
この茶会でも正座慣れしていない客はほぼ来ないので気づかなかった。もしかすると、途中のしかめっ面も足のしびれを我慢していたのかもしれない。おそらく石上は性格的に言い出せなかったのだろう。客が外国生活が長いことを忘れていたのは亭主の落ち度だ。
「足が痛いなら正座を崩してもいいですよ」
「でも、まだ茶会の途中ですから」
「正座のせいで茶会が楽しめないなら、私たちの茶会の不備になります。私たちのためだと思って楽な姿勢にしてください」
そこまで言えば、石上は不承不承ながらわずかに足を横に崩した。それでも、日本での生活が短い石上にはあまり楽な姿勢ではないだろう。俺は茶碗を元通り仕舞いつつ、続ける。
「誰だって最初は正座に苦労します。続ければ1、2時間は平気になるものです。日下部だってそうです。4月には茶を点てるところまでで精一杯でした」
茶会は使った道具を客に見せて終わりになる。棗を少し急ぎめに清めなおすと、客側に向けて茶杓と共に置いた。最後に茶碗を持って立ち上がり、茶室入口に座りなおして客と礼を交わして茶会、そして高校一年生の文化祭が終わった。
「ああ、石上さん。文化祭で所属する部活を決めるという話でしたね。茶道部はどうでしたか?」
茶道部の教室の外は、茶道部顧問で俺たちの担任教師でもある北条先生がいた。文化祭後の片付けの様子見に来たようだ。
「とても楽しかったです。ですが、私は茶道部には入りません。いえ、入れません。申し訳ございません」
「私が顧問で担任だからと言って謝ることではありませんよ。それで、何部かは決まりましたか」
「華道部にしようと思います」
「……そういうことですか。石上さんには良い部ですね」
石上は北条先生に一礼して去っていった。一瞬言葉を失った俺を見て、北条先生は「永海君、茶会の様子を見ていましたが君に悪い所はありませんでした。ただ、石上さんに茶道部が合わなかっただけです。気に病むことはありません」とだけ言い残して、校内の巡視に戻っていった。




