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文化祭茶会・最初の疑問

「私は茶道部には入りません。いえ、入れません」

 彼女のそんな言葉があったから、茶道を続けられたのだと思う。自分にとって茶道が何かを振り返るきっかけになったから。


 それは長陽高校文化祭の最終日、茶道部茶会でのことだった。茶道文化の中心地である古都であっても、文化祭の終わり際に茶を飲みに来るような生徒は2人しかいなかった。9月に転校してきたクラスメートの石上波音はきっちりと整えたブロンドヘアを結び、紅色の瞳で茶室を眺めていた。

「茶道部茶会へようこそ。石上さんは楓月と2人で入られますか?」

「ええ、それと勧められて私が正客というものをすることになりました」

「え?本当に?」

 正客とは茶席での客の代表者だ。高校の文化祭というそれほど固い場ではないとはいえ、初心者であろう石上を正客にするというのは一般的ではない。それに、楓月家はいわゆる古都の名家だ。茶道への造詣で言えば石上とは比較にならないだろう。しかし楓月曰く、「どうせ閑古鳥が鳴いているなら、上手い正客より、波音の正客体験の方が有意義でしょう?」とのことらしい。

「私が正客で茶道部は困りませんか?」

「大丈夫ですよ。念のため客が少なくて暇している部員の日下部にも客として入ってもらいます」

 こうしてクラスメート3人を客とした茶会が始まった。


 用意した茶碗を襖の前に置いて正座し、一息つく。それから両手でゆっくり襖を開け、客と礼を交わす。石上も正座のまま手を膝の前について頭を下げているのが見えた。部員側と客側の意識の違いか、それとも緊張感ある場面に強いのか、石上は普段通りの感情を読ませない穏やかな表情をしていた。

 赤茶碗を手に取り、点前座へ進む。目前にはよく湯が沸いた釜と、水が入った水指。茶碗を一度置きつつ、ちらりと客の方を見てみる。石上は茶碗を持つ俺の手を観察するように見ていたが、こちらの視線に気が付いたのかふいと目をそらされてしまった。転校から今日までの間で、何となく注目を集めることに苦手そうな印象を持っていたが、見返しただけで避けられるとまでは思わなかった。

「本日はお越しいただきありがとうございます。亭主を務めます永海守琉です」

「ご丁寧にありがとうございます。石上波音です」

 亭主側が名乗るのは自然だが、客側は普通は名乗らない。正座したたたずまいに何となく勝手に日本人らしさを感じていたから、石上も茶道に詳しいわけではないことに何故か少し安心した。


 そんなことを考えている間にも茶会は進んでいく。客に見えるように抹茶を入れる容器である棗、抹茶をすくうのに使う茶杓を順に清めていく。

「文化祭の気楽な場ですから、どうぞリラックスしてお過ごしください」

「お茶会なのにそのようなことはできません」

 石上の生真面目な返事に思わず苦笑してしまいそうになる。真剣な初心者を笑うなど間違ってもしてはならないことだと気を引き締める。それに茶道具を清める過程は心を整える過程だという指導者もいるくらいだ。我ながらまだまだ修行不足だと感じる。

 しかし、客側がかしこまるとこちらとしてはどうしてもそれ以上にかしこまらないといけない。本来なら客は客で亭主を含めた場の空気を読まないといけないから難しい。このままでは気まずい茶会となり、石上の茶道への印象も悪くなるだろう。

……そろそろ話しかけてみようか。

「文化祭の最後にクラスメートだけが集まるとは思いませんでした。ちなみに皆さんは茶道の経験はありますか?」

 茶道部の日下部はもちろん、楓月も由緒ある家系の人間として当然のように頷いた。しかし、石上だけは茶道は初めてだそうだ。

「実際に見るのは初めてです、日本に戻ってまだ一ヶ月ですから」


 石上が長陽高校に転校してきたのは夏休みが明けた直後だった。日本では一年生の途中だが、元の国ではちょうど一年生が終わった所だったらしい。それでも入試よりはるかに難しいと言われる転入試験に合格し、ブロンドの長髪に紅の瞳といういかにも外国人な容姿をした石上は、良くも悪くも1日で学内の有名人になった。

 そんな中、ある日の石上の一言で学校中に激震が走った。

「所属する部活は文化祭で決めるつもりです」


 杓立から柄杓を抜きながら石上に話しかける。

「茶道では美味しい抹茶を出すことが一番大事ですけど、その過程も大事なのですよ」

「動画では見たことがありましたが、実際に体験してみると長いですね」

「確かに。たとえば抹茶を点てる前にこうして一度お湯を入れて茶碗を温めます。どの動作も客を思いやるものです」

 その説明に石上は顔をしかめた。

「客を思いやって、ですか?それなら準備を整えてすぐに抹茶を出した方が良いのでは?」

 茶道の根幹を否定するような石上の言葉に、俺だけでなく楓月や日下部もはっとしたようだ。我々にはなじみすぎた過程で、動作の意味を知っていても無駄だからと省く発想はなかった。もしくは、初心者の中でも形から入り心を学ぶ日本文化に染まっていない帰国子女の視点だろうか。

「歴史的には、茶碗を温めるだけではなく客の目の前で洗うことで清潔さを示しています。茶道が成立した400年以上前には洗剤もアルコール除菌もありません。そんな中、人から出された食器で人から出された飲食物を口にするのは恐ろしいことです。当時茶道をたしなんだのは地域の有力者層が中心です。令和の衛生観念には合いませんが、当時としては最大限の配慮でしょう」

「確かに、この文化祭でも校庭の模擬店は厳しく調べられていますね。飲食の安全はいつの時代でも大事なことでしょう。しかし、令和の衛生観念で必要なことでしょうか?」

 石上に釈然としないような表情で追及されると、俺としても困ってしまう。物理的な意味だけでなく、穢れを払うような側面も持つ清めであるが、石上はまず納得しないだろう。

「……話しているうちに抹茶ができましたよ。どうぞお召し上がりください」


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