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第7話 価格破壊という名の天罰

第7話 価格破壊という名の天罰


秋の終わりだった。


王都では紅葉した街路樹が風に揺れ、貴族たちは冬支度を始めていた。


その日。


王城の大会議室は珍しく明るい空気に包まれていた。


長い楕円形の会議机。


豪華なシャンデリア。


赤い絨毯。


その中央でレナードは満足そうに腕を組んでいた。


「ついにだ」


財務大臣も笑顔だった。


ここ数か月で初めてである。


「はい、殿下」


「これで全て解決する」


机の上には大量の資料が並んでいた。


買収した鉱山。


採掘権。


輸送契約。


販売計画。


莫大な金額が並んでいる。


レナードは得意げだった。


「我が国が世界最大の魔鉱石国家となる」


誰も拍手しない。


だが反対もできない。


国家予算。


王家資産。


王室所有地。


宝物庫。


あらゆるものを担保にした巨大投資だった。


今さら後戻りはできない。


レナードは椅子にもたれかかった。


「アニエス商会も終わりだな」


その名前を口にすると少し機嫌が悪くなる。


最近どこへ行っても聞く名前だった。


道路整備。


給湯事業。


暖房設備。


農業改革。


物流。


商業。


すべてが成功している。


だが。


魔鉱石を押さえた今なら勝てる。


そう信じていた。


その頃。


遠く離れた山村では。


アニエスが焼き栗を食べていた。


ぱきっ。


殻を割る。


湯気が立つ。


甘い香りが鼻をくすぐる。


縁側では村の子供達が宿題をしている。


「アニエス様ー」


「なあに?」


「字が分からない」


「どれどれ」


平和だった。


本当に平和だった。


そこへギルバートが走ってくる。


息を切らしていた。


「アニエス!」


「栗食べる?」


「今じゃねぇ!」


「おいしいよ?」


「そういう問題じゃねぇ!」


いつものやり取りだった。


ギルバートは机の上に新聞を広げる。


「見ろ!」


「うん?」


「魔鉱石が高すぎる!」


アニエスは新聞を見る。


確かに高かった。


高級貴族しか買えない。


地方の職人は手が出ない。


農家など夢のまた夢。


「高いね」


「高いだろ!」


「困るね」


「困るんだ!」


アニエスはしばらく考えた。


そして首を傾げる。


「なんで高いんだろう」


「希少だからだ」


「いっぱいあるのに?」


「お前の山だけだ!」


ギルバートが叫ぶ。


アニエスは納得したようなしていないような顔をした。


「でも」


「なんだ」


「みんなが安く魔法を使えた方が便利だよね」


嫌な予感がした。


ギルバートは知っている。


アニエスがこういう顔をした時はろくなことにならない。


「何を考えてる」


「増産しよう」


「やめろ」


即答だった。


「なんで?」


「絶対やばい!」


「大丈夫だよ」


「お前の大丈夫は信用ならん!」


だが。


アニエスはもう立ち上がっていた。


翌日。


裏山。


巨大な魔鉱石鉱脈が青白く輝いている。


朝露を浴びた草が風に揺れ、冷たい空気が肺を満たした。


アニエスは地面に手を置く。


地脈操作。


大地が応える。


ごごごごごご。


山が震えた。


鳥たちが一斉に飛び立つ。


地下深くから巨大な結晶群が持ち上がってくる。


太陽光を浴びて七色に輝いた。


まるで山そのものが宝石になったようだった。


「わあ」


アニエスは感動した。


綺麗だった。


ギルバートは頭を抱えた。


「終わった……」


それから一か月。


市場がおかしくなり始めた。


まず地方の価格が下がる。


次に王都。


そして隣国。


さらに帝国。


商人たちは困惑した。


「なぜだ?」


「供給が増えている」


「どこからだ!」


誰も分からない。


分かるのは一つだけ。


市場に魔鉱石が溢れている。


しかも高品質。


しかも安い。


ありえないほど安い。


職人たちは歓喜した。


「買える!」


農家も喜んだ。


「暖房が付けられる!」


学校も。


病院も。


工房も。


みんな喜んだ。


だが。


一部の人間だけは違った。


王城。


大会議室。


財務大臣が震えていた。


「殿下……」


「なんだ」


「価格が」


「上がったか!」


「下がりました」


「どれくらいだ」


「半額です」


沈黙。


レナードが固まる。


「……半額?」


「はい」


「問題ない」


強がった。


まだ大丈夫。


まだ勝てる。


だが翌週。


「殿下」


「なんだ」


「さらに半額です」


「は?」


さらに翌週。


「殿下」


「なんだ」


「また半額です」


レナードの顔から血の気が引いた。


計算する。


数字を並べる。


何度も計算する。


結果は変わらない。


赤字だった。


絶望的な赤字だった。


その時。


鉱山責任者が飛び込んでくる。


「大変です!」


「今度は何だ!」


「我が鉱山の採掘コストの方が高くなりました!」


「なに?」


「掘れば掘るほど赤字です!」


会議室が静まり返った。


窓の外では風が吹いている。


誰も言葉を発しない。


財務大臣が震える声で呟いた。


「終わりました……」


「まだだ!」


レナードが叫ぶ。


「まだ終わっていない!」


だが。


誰の目にも明らかだった。


王国が全財産を賭けた鉱山。


それはもはや資産ではない。


巨大な負債だった。


その頃。


アニエスは村の食堂で夕飯を食べていた。


かぼちゃのポタージュ。


焼きたてのパン。


鶏肉の香草焼き。


採れたての野菜サラダ。


「おいしい」


幸せそうに微笑む。


隣では村人たちが話していた。


「魔道具が安くなったなあ」


「助かるよ」


「冬が楽になる」


アニエスも嬉しくなった。


「良かった」


ただそれだけだった。


誰かを困らせるつもりなど一度もない。


復讐心もない。


悪意もない。


ただ。


みんなが便利になるといいなと思っただけだった。


その善意が。


王国最大の投資計画を木っ端微塵に吹き飛ばしたとも知らずに。


レナードが全財産を注ぎ込んだ鉱山は。


今や誰も欲しがらない。


ただの石だらけの山になっていた。



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