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第6話 見栄と誤算の投資話

第6話 見栄と誤算の投資話


秋が近づいていた。


王都の街路樹は少しずつ色づき始め、朝夕には涼しい風が吹くようになっている。


だが王城の財務会議室には冷たい空気しか流れていなかった。


長い会議机の上には書類の山。


赤字。


赤字。


赤字。


どこを開いても赤字だった。


レナードは額を押さえた。


「また不足か……」


財務大臣が青い顔で頷く。


「はい」


「どれくらいだ」


「かなりです」


「かなりでは分からん!」


「説明したくありません」


「説明しろ!」


悲鳴に近い声だった。


財務大臣は震える手で帳簿を差し出す。


レナードは目を通した。


そして固まった。


「なんだこれは」


「現実です」


「見間違いだろう」


「現実です」


「計算ミスだ」


「現実です」


三回続いた。


誰も笑わない。


笑えない。


南部の水路修理。


西部の魔力塔補修。


北方街道整備。


災害支援。


農業補助。


全部赤字だった。


アニエスがいなくなった後始末が今になって押し寄せている。


「なぜこんなことになる」


老宰相が静かに答えた。


「今まで誰かが支えていたからです」


レナードは聞こえないふりをした。


その時だった。


会議室の扉が勢いよく開く。


「レナード様!」


シャロンだった。


今日は鮮やかな紫色のドレスを着ている。


胸元には巨大な魔石。


耳には金細工。


指には宝石の指輪。


相変わらず派手だった。


「見てくださいませ!」


「今は忙しい」


「新しい馬車ですの!」


「馬車?」


「特注ですわ!」


窓の外を見る。


金色だった。


全部金色だった。


扉も。


車輪も。


装飾も。


全部金色。


財務大臣が倒れそうになった。


「いくらした」


「金貨八百枚ですわ」


沈黙。


レナードは空を見た。


現実逃避だった。


「返品しろ」


「嫌です」


「返品しろ」


「嫌です」


「返品しろ!」


「嫌ですわ!」


いつものやり取りである。


老宰相が遠い目をしていた。


その日の夕方。


会議はさらに悪い方向へ進む。


商務大臣が慌てて駆け込んできた。


「殿下!」


「なんだ!」


「また例の商会です!」


「アニエス商会か」


「はい!」


最近その名前ばかり聞いている。


給湯事業。


暖房事業。


農業改革。


道路整備。


物流事業。


ありとあらゆる分野で急成長していた。


「今度は何をした」


「隣国へ進出しました」


「は?」


「さらに帝国でも販売開始です」


「は?」


「利益が前年比六倍です」


「六倍?」


会議室がざわめいた。


レナードの顔が引きつる。


「何者なんだ」


「正体は不明です」


それがさらに腹立たしかった。


誰なのか分からない。


顔も分からない。


だが王国中の金を吸い上げている。


そんな気がしてならなかった。


その時。


商務大臣が別の報告書を差し出した。


「ただ」


「なんだ」


「成功の理由は分かりました」


「言え」


「魔鉱石です」


その瞬間。


全員の目が変わった。


魔鉱石。


最近もっとも儲かる商品だった。


「つまり」


レナードが身を乗り出す。


「魔鉱石を押さえれば勝てるのか?」


商務大臣は慎重に答えた。


「可能性はあります」


その言葉がまずかった。


レナードの目が輝いた。


久しぶりだった。


完全に勘違いしている顔だった。


数日後。


王城に一人の男が現れる。


黒い礼服。


整えられた口髭。


高価な香水の香り。


海外投資家を名乗る男だった。


「お会いできて光栄です、殿下」


「話は聞いている」


男は微笑む。


蛇みたいな笑顔だった。


「魔鉱石市場は今後も拡大します」


「そうだろうな」


「実は私、極秘情報を持っております」


レナードの耳が動いた。


極秘情報。


大好きな言葉である。


男は机の上に地図を広げた。


「こちらです」


山岳地帯だった。


「未発見の巨大鉱脈です」


「本当か」


「もちろん」


嘘だった。


だが誰も知らない。


男は続ける。


「これを手に入れれば市場を支配できます」


レナードは地図を見つめた。


王国を救える。


あの商会に勝てる。


自分が英雄になれる。


そんな未来が見えた。


老宰相だけが眉をひそめる。


「調査は済んでいるのですかな」


投資家は笑った。


「もちろんです」


嘘だった。


「保証は?」


「私の名誉にかけて」


嘘だった。


だがレナードは完全に信じた。


翌週。


国家予算が動いた。


王室資産も動いた。


王家所有の別荘。


宝石。


美術品。


土地。


全部担保になった。


老宰相が最後まで反対した。


「殿下、危険です」


「臆病すぎる」


「投資とは違います」


「成功すれば全て解決する!」


誰も止められなかった。


契約書に署名される。


印章が押される。


莫大な金が動く。


投資家は深々と頭を下げた。


「賢明なご判断です」


心の中では笑いながら。


その頃。


当のアニエスは。


村の広場で焼き芋を食べていた。


ほくほくと湯気が立つ。


甘い香りが鼻をくすぐる。


隣では子供達が走り回っている。


「おいしい」


「アニエス様、今年の芋は出来がいいですよ!」


「本当だねえ」


平和だった。


商会の利益も知らない。


世界市場も知らない。


投資話などなおさら知らない。


だが遠い王都では。


レナードが人生最大の契約書へ署名していた。


そしてその契約が。


王国の財政に最後の一撃を叩き込むことになる。


まだ誰も。


その恐ろしい結末を知らなかった。





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