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第4話 その頃、王都では

第4話 その頃、王都では


アニエスが裏山で大根の間引きをしていた頃。


王都では静かに異変が始まっていた。


いや。


正確には静かではない。


かなり派手に始まっていた。


王城の執務室。


分厚いカーテンの向こうでは初夏の陽光が降り注いでいる。


だが室内の空気は重かった。


「殿下!」


財務大臣が叫んだ。


「またです!」


「今度は何だ!」


レナードが苛立たしげに机を叩く。


婚約破棄から一か月。


本来ならば真実の愛を手に入れ、幸せな毎日を送っているはずだった。


しかし現実は違った。


とにかく忙しい。


異常なくらい忙しい。


「南部の灌漑施設が停止しました!」


「修理しろ!」


「予算がありません!」


「なぜだ!」


「去年までルヴェール公爵家が負担していたからです!」


レナードが固まった。


「は?」


「毎年です」


「聞いてないぞ!」


「殿下が聞いていなかっただけです!」


財務大臣の声は半分泣いていた。


さらに別の文官が飛び込んでくる。


「大変です!」


「今度は何だ!」


「西部の魔力中継塔が停止しました!」


「修理しろ!」


「維持管理の責任者が辞職しました!」


「なぜ!」


「アニエス様が推薦していた技術者達だったからです!」


レナードは頭を抱えた。


またアニエス。


またアニエスだった。


最近どこへ行ってもその名前を聞く。


税制改革。


物流調整。


水路整備。


鉱山管理。


魔力供給。


王宮予算。


地方行政。


調べれば調べるほど出てくる。


そして恐ろしい事実が判明した。


アニエスは王妃教育を受けながら、実際には半分以上の内政に関わっていたのだ。


しかも無報酬で。


「なぜ誰も教えなかった!」


「殿下が興味を持たれなかったからです」


老宰相が静かに言った。


ぐうの音も出ない。


その時だった。


執務室の扉が勢いよく開いた。


「レナード様!」


明るい声が響く。


シャロンだった。


金色の髪を結い上げ、真紅のドレスを身にまとっている。


胸元には巨大な宝石。


耳には高級魔石の耳飾り。


腕輪。


指輪。


首飾り。


歩く宝石箱だった。


「見てくださいませ!」


くるりと回る。


ドレスの裾が花のように広がった。


「新作ですの!」


「……いくらだ」


「金貨三百枚ですわ」


執務室が静まり返る。


財務大臣が白目を剥きかけた。


「三百?」


「安かったんですの!」


「安くない!」


思わず叫んだ。


シャロンは頬を膨らませる。


「でも婚約者でしょう?」


「そういう問題ではない!」


「だってアニエス様はもっと豪華な物を持っていましたわ」


「持っていない!」


レナードは断言した。


実際持っていなかった。


アニエスは質素だった。


ドレスも最低限。


宝石にも興味がない。


むしろ畑の方が好きだった。


今になって気付く。


あれは倹約していたのだ。


王家のために。


シャロンは不満そうに腕を組んだ。


「来月の夜会はどうしますの?」


「どうもしない」


「え?」


「中止だ」


「ええっ!?」


悲鳴が上がる。


「新しいドレスを注文したのに!」


「いくらだ」


「金貨五百枚ですわ」


「取り消せ!」


「嫌です!」


執務室の空気がさらに重くなる。


その頃。


王宮の厨房でも異変が起きていた。


「予算削減?」


料理長が目を丸くする。


「はい」


会計官が申し訳なさそうに頷いた。


「今後は高級食材を半分に」


「なんだと!?」


夕食。


王族用の食卓。


以前なら山海の珍味が並んだ。


香辛料たっぷりの肉料理。


巨大な魚。


高級ワイン。


果物の盛り合わせ。


だが今夜は違う。


ローストチキン。


スープ。


パン。


普通である。


十分豪華だが普通だった。


シャロンは皿を見て固まった。


「これだけ?」


「十分だろう」


「前はもっとありましたわ!」


レナードは無言になった。


確かにそうだった。


前はもっとあった。


しかし今ならわかる。


あれは勝手に湧いていたわけではない。


誰かが予算を調整し。


仕入れを管理し。


無駄を削り。


維持していたのだ。


そしてその誰かは。


もういない。


数日後。


さらに悪い知らせが届く。


「殿下!」


財務大臣が駆け込んできた。


顔色が真っ青だった。


「今度は何だ!」


「魔鉱石です!」


「魔鉱石?」


「歴史上最高品質の魔鉱石が市場に出回りました!」


会議室がざわつく。


「どこの鉱山だ?」


「不明です!」


「不明?」


「ですが各国が争奪戦を始めています!」


レナードは机を叩いた。


「調査しろ!」


「既にしております!」


「結果は!」


「わかりません!」


頭痛がしてきた。


一方。


シャロンはまったく違うことを考えていた。


「レナード様」


「なんだ」


「その魔鉱石を買えば良いのでは?」


「買う?」


「高く売れるのでしょう?」


レナードは少し考えた。


確かにその通りだ。


財政再建の切り札になるかもしれない。


「詳しく調べろ」


「はい」


財務大臣が頷く。


その時だった。


窓の外で鐘が鳴った。


夕暮れだった。


赤い光が王都を染めている。


レナードは窓辺に立った。


かつてアニエスがよく見ていた景色だ。


その時。


ふと老宰相が呟いた。


「失ってから気付くものですな」


「何がだ」


「本当に価値のあるものは」


レナードは答えなかった。


答えられなかった。


そして遥か遠く。


裏山では。


当のアニエスが。


泥だらけになりながら大根を引き抜いていた。


「わあ!」


白くて立派な大根だった。


「今年は豊作!」


彼女は満面の笑みで喜ぶ。


王都で何が起きているかなど知らない。


知る気もない。


夕飯の献立を考える方が大事だった。


その無邪気な笑顔が。


後に王国をさらに混乱させることになるとは。


まだ誰も知らなかった。




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