第3話 元令嬢、うっかり大富豪になる
第3話 元令嬢、うっかり大富豪になる
裏山で巨大な魔鉱石鉱脈を発見してから三日後。
アニエスは畑でじゃがいもの苗を植えていた。
春の陽射しは柔らかく、山から吹き下ろしてくる風には若葉の香りが混じっている。
土はふかふかだった。
鍬を入れるたびに黒々とした良い土が顔を出す。
「今年は豊作かも」
鼻歌まで出る。
王妃教育中には絶対に許されなかった行為である。
だが今は誰も叱らない。
自由だった。
最高だった。
足元には作業着姿のアニエス。
麻のシャツの袖をまくり、古びた麦わら帽子を被っている。
公爵令嬢時代の姿を知る者が見たら卒倒するだろう。
その時だった。
遠くから馬車の音が聞こえた。
ごとごとごと。
山道を登ってくる。
アニエスは顔を上げた。
「あ」
見覚えがある。
頑丈な鉄張りの荷馬車。
そして御者席に座る赤茶色の髭。
「ギルバート!」
「おう!」
大きな声が返ってくる。
ドワーフの行商人ギルバートだった。
背は低いが肩幅は樽みたいに広い。
太い腕には無数の傷跡。
豪快で陽気な男である。
子供の頃から付き合いがあった。
「久しぶりだな嬢ちゃん!」
「久しぶり!」
「元気そうじゃねぇか!」
「自由になったから!」
「はっはっは!」
ギルバートは腹を抱えて笑った。
事情は既に聞いていたらしい。
荷台から木箱を降ろす。
「村長から頼まれた塩と鉄釘を持ってきたぞ」
「助かる!」
「で?」
ギルバートはにやりと笑った。
「山が光ってるって噂だが?」
アニエスは思い出した。
そういえば魔鉱石があった。
「見てみる?」
「ほう?」
二人は裏山へ向かった。
鳥の声が響く森。
木漏れ日が揺れる小道。
十分ほど歩く。
そして。
ギルバートは固まった。
「……」
穴の中を覗く。
「……」
もう一度覗く。
「……」
さらに覗く。
顔色が変わった。
「嬢ちゃん」
「なに?」
「これ、どこで拾った?」
「そこ」
「そこ?」
「そこ」
ギルバートの顔が引きつる。
「掘ったら出てきた」
「掘ったら?」
「うん」
「出てきた?」
「うん」
沈黙。
山鳥の鳴き声だけが響く。
「嬢ちゃん」
「なに?」
「俺を騙してるか?」
「なんで?」
「これが普通に出るわけねぇだろうが!」
叫び声が山に響いた。
アニエスは首を傾げる。
やはりよくわからない。
確かに珍しい石なのだろう。
だがそれだけではないのか。
「そんなに凄いの?」
「凄いなんてもんじゃねぇ!」
ギルバートは頭を抱えた。
「王都の魔術師が見たら卒倒するぞ!」
「へぇ」
「へぇじゃねぇ!」
「綺麗だよね」
「綺麗で済む話じゃねぇ!」
怒鳴られた。
理不尽だった。
昼になった。
二人は家へ戻る。
昼食は野菜スープと黒パン。
燻製肉。
庭で採れたばかりの葉野菜。
湯気と一緒に優しい香りが立ち上る。
ギルバートは三杯おかわりした。
「うめぇ」
「でしょ」
「王都より美味いな」
「だよね」
二人は意気投合した。
食後。
ギルバートは再び魔鉱石を見つめる。
そして言った。
「売る気はあるか?」
「あるよ」
即答だった。
「そんな簡単にか?」
「だっていっぱいあるし」
山全体にある。
正直持て余している。
「いくらで売る?」
「うーん」
アニエスは考えた。
価値がわからない。
本当にわからない。
だから。
「金貨五枚くらい?」
ぶふっ。
ギルバートが飲んでいたお茶を吹いた。
「ごほっ!」
「高すぎた?」
「安すぎるわ!」
「え?」
「え?」
お互い固まる。
結局。
ギルバートがかなり上乗せして金貨五十枚で買い取ることになった。
アニエスは大喜びした。
「五十枚!?」
「おう」
「すごい!」
「……」
ギルバートは複雑な顔をしていた。
それでも取引は成立した。
翌日。
ギルバートは王都へ向かう。
荷馬車の奥には魔鉱石。
たった拳大の欠片が一つ。
それだけだった。
王都到着。
商業ギルド。
鑑定士が魔鉱石を手に取る。
そして。
落とした。
「なっ!?」
悲鳴。
周囲が振り返る。
「どうした!」
「こ、これをどこで!」
鑑定士の顔が真っ青だった。
さらに高位鑑定士が呼ばれる。
さらに学者。
さらに魔術師。
騒ぎはどんどん大きくなる。
そして。
鑑定結果が出た。
超高純度魔鉱石。
歴史上最高品質。
前例なし。
記録なし。
王国史上初。
市場は爆発した。
「買わせろ!」
「我が商会が!」
「いや我々が!」
「値段は十倍出す!」
「二十倍だ!」
「百倍!」
王都中が大混乱になる。
その噂は国境を越えた。
帝国。
連邦。
魔導国家。
砂漠王国。
ありとあらゆる国が動き出す。
一方その頃。
当のアニエスは。
裏山で大根を植えていた。
「よいしょ」
平和だった。
その日の夕方。
再び馬車がやってくる。
今度は十台。
二十台。
三十台。
村人たちは目を丸くした。
「何事だ?」
「戦争か?」
先頭の馬車から飛び降りたギルバートは叫んだ。
「アニエスーーーっ!!」
「なに?」
「大変だ!」
「熊?」
「違う!」
「猪?」
「違う!」
「山火事?」
「違う!」
ギルバートは叫んだ。
「お前、大富豪になったぞ!」
沈黙。
風が吹く。
鳥が鳴く。
アニエスはしばらく考えた。
そして。
「え?」
間抜けな声を出した。
ギルバートは頭を抱えた。
「だから!」
「うん」
「お前の石が!」
「うん」
「国を買える値段になった!」
「えええええっ!?」
今度はアニエスが叫ぶ番だった。
こうして。
婚約破棄されて田舎へ追放された元公爵令嬢は。
本人が畑の心配をしている間に。
知らないところで。
世界有数の資産家への第一歩を踏み出していたのである。




