第2話 裏山を掘ったら、なんかすごいのが出た
第2話 裏山を掘ったら、なんかすごいのが出た
朝だった。
窓から差し込む光でアニエスは目を覚ました。
王宮では毎朝侍女が起こしに来たが、ここには誰もいない。
聞こえるのは鳥のさえずりだけだ。
ちゅんちゅん。
ぴぃぴぃ。
窓の外では朝日を浴びた若葉が揺れている。
「んーっ!」
アニエスは思い切り伸びをした。
羽毛布団の柔らかさではなく、少し固い藁入りの寝具。
だが不思議と気持ちいい。
好きな時間に起きられる。
それだけで幸せだった。
「今日は何しようかな」
誰も予定を決めない。
誰も勉強を命じない。
誰も礼法試験を課さない。
最高である。
台所へ行くと、昨夜村のおばあさんが持たせてくれた黒パンがあった。
少し厚めに切る。
山羊のチーズを乗せる。
干し肉も添える。
温めたミルクに蜂蜜を入れる。
質素な朝食だ。
だが一口食べた瞬間、アニエスは目を閉じた。
「おいしい……」
黒パンの香ばしさ。
チーズの塩気。
蜂蜜の甘さ。
王宮の豪華な朝食よりずっと好きだった。
食べ終わると革の作業手袋をはめる。
麻のシャツ。
丈夫なズボン。
長靴。
腰には小さな工具袋。
鏡を見た。
公爵令嬢には見えない。
どこからどう見ても農家の娘だった。
「よし!」
元気よく家を飛び出す。
目的地は裏山。
昨夜見た奇妙な地脈が気になって仕方がない。
春の風が頬を撫でた。
草の匂い。
土の匂い。
遠くで牛が鳴いている。
川の流れる音も聞こえる。
「帰ってきたなぁ」
しみじみ呟く。
十分ほど歩くと裏山へ到着した。
雑草だらけ。
木々も伸び放題。
正直かなり荒れている。
「まずは開墾かな」
アニエスは地面に手を置いた。
目を閉じる。
意識を地下へ沈める。
地脈操作。
彼女が昔から得意としている魔術だ。
普通の魔術師は魔力を使う。
アニエスは違う。
大地そのものの流れを読む。
地下を流れる魔力の川。
土の密度。
岩盤の位置。
植物の根。
全部わかる。
「……あれ?」
やはりおかしい。
地下深くに、とてつもない魔力が集まっている。
まるで巨大な湖だ。
「なんだろう?」
気になる。
だがまずは畑だ。
アニエスは魔術を発動した。
「耕して」
ごごごごご。
地面が震える。
土が柔らかくほぐれていく。
雑草が根ごと持ち上がる。
畝が綺麗に並ぶ。
普通なら数日かかる作業だった。
「便利ねぇ」
本人は呑気だった。
王妃教育では落第寸前だったが、こういう魔術だけは天才だった。
午前中いっぱい作業を続けた。
汗が額を流れる。
腕も少し疲れてきた。
「休憩しようかな」
木陰に座る。
昼食はゆで卵。
黒パン。
燻製肉。
冷たい井戸水。
青空を見上げながら食べる。
風が気持ちいい。
「幸せ……」
心の底からそう思った。
王妃になる未来より、こちらの方がずっと良い。
昼食後。
再び作業開始。
すると。
地下の魔力の塊がどうしても気になった。
「ちょっとだけ見てみよう」
軽い気持ちだった。
本当に軽い気持ちだった。
アニエスは地面に手を置く。
「持ち上がって」
ごごごごご。
土が割れた。
岩盤がずれる。
さらに深く。
さらに深く。
魔力の流れを追いかける。
その時だった。
ぱきん。
何かが割れる音がした。
次の瞬間。
まばゆい青白い光が地中から噴き上がった。
「きゃあっ!?」
アニエスは尻もちをつく。
眩しい。
目が痛い。
思わず腕で顔を庇う。
だが光は消えない。
むしろ強くなる。
青。
銀。
紫。
虹色。
無数の光が地面から溢れていた。
「な、なにこれ……」
恐る恐る近づく。
穴の中を覗く。
そして固まった。
巨大だった。
山そのものが宝石になったようだった。
透明な結晶。
内部を流れる魔力。
まるで星空が閉じ込められている。
「綺麗……」
思わず呟く。
指で触れる。
温かい。
生きているみたいだ。
魔力が流れている。
その瞬間。
アニエスの顔色が変わった。
ようやく思い出したのだ。
王妃教育の授業を。
経済学の授業を。
鉱物学の授業を。
「え?」
もう一度見る。
「え?」
さらに見る。
「えええええっ!?」
山中に叫び声が響いた。
魔鉱石。
しかも超高純度。
教科書でしか見たことがない。
王国最大の鉱山でも拳大の結晶が採れれば大騒ぎになる。
だが。
目の前の結晶は家ほど大きかった。
いや。
違う。
結晶が一本ではない。
全部だ。
全部が魔鉱石だ。
山の地下全体が魔鉱石で埋まっている。
「うそでしょう……」
足が震える。
国家予算。
王家の資産。
大商会。
そんなものが頭をよぎる。
計算してみる。
途中で諦めた。
桁が多すぎる。
わからない。
「これ……どうしよう」
沈黙。
風だけが吹いている。
鳥が鳴く。
遠くで山羊の声。
世界はいつも通りだった。
アニエスはしばらく考えた。
そして結論を出す。
「まあ、あとで考えよう」
考えてもわからない。
とりあえず畑を作ろう。
それがアニエスだった。
だが。
その夜。
地中から漏れた魔力の光は山全体を青く染めていた。
村人たちがざわつく。
旅の商人たちが噂を始める。
そして遠い王都では。
まだ誰も知らなかった。
婚約破棄された一人の元令嬢が。
王国の歴史そのものを書き換える宝を掘り当ててしまったことを。
そしてその本人が。
その価値を半分も理解していないことを。




