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鳥敷隧道  作者: 青橋憧憬
第一章 人見 陽太

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二

「はぁ、マジでしつこかった……え、何してんの?」

 白石の問いが、ベッドの縁に寄りかかり、天を仰いでいる俺の耳に届いた。

「疲れた。飯食おうぜ。何か適当に作るよ」

 白石とすれ違い、キッチンへと移動する。

「お、いいね。それじゃ飯のときにさ、もっと鳥敷の話を聞かせてくれよ」

「……それって、民俗学のレポートだっけ? 適当に書いておけよ。どうせ必修じゃないだろ」

 そうやっていなしながら、俺は冷凍庫から豚肉を取り出し、電子レンジに放り込む。

「やるからにはちゃんとしたいんだよ。『犬鳴村』ほどのインパクトはないけどさ、人形を祀る集落、それに、形焚き祭って響きが面白そうじゃないか」

「何も面白くない。日本人形を大事にする人が多くて、それ相応の慣習があるだけなんだって」

 白石が遠慮してくれることを、少しばかり願っていた。

「そう言うなよ。俺の好物だって何度も言っているだろ」

「まあね」

 ここだけは理解できない。彼はなぜか恐怖という感情を娯楽に変換できてしまうのだ。

「流行りの『呪いのメール』なんかと違ってさ、陽太の話からは年月が感じられるんだ。逸話や祭事なんかの資料を集めていったら、歴史と文化っていう奥行きに触れられるし、そこに隠された土着のオカルトからしか得られないゾクゾクっとした高揚感がたまらないのさ。そして、その背景を自分で解明していく……気持ちいいじゃないか」

「俺の出身地をオカルト扱いするなよ」

 彼は「このメールを共有しなければ死ぬ」といった脈絡のないチェーンメールでは「冷める」らしい。なんでも、ホラーにもホラーなりの論理性が求められるとのこと。

 非業の死を遂げた人間に祟られる、狂信者が生贄と魔法陣を用いて悪魔を呼び出す……もちろん、それも荒唐無稽なのだが、未解明の理屈が介在しているという「らしさ」が必要なのだという。

 そして、それに留まらず、「らしさ」を堪能してから正体を解明し、白日の下に晒し上げたいという……なんというか、厄介なタチだ。

「うん、やっぱり理解できねぇわ」

「なんでだよ」

 白石が腕組みをして、考え込むような素振りを見せる。

「何て言うんだろうなぁ。ある種の後味というか、読後感というか……。そうだ、陽太はルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』って読んだことがあるか?」

「ある。流石に有名だからな」

「俺はさ、本当に理解したいなら、アリスの姉じゃなくて──アリスになるべきだと思うんだ」

「アリスに?」

 アリスとアリスの姉の違い。それは実際に不思議の国を探索したかどうか、だろう。

 アリスが不思議な体験をしている間、姉はただ本を読んでいた。帰ってきたアリスから冒険譚を聞くと、姉も同じく不思議の国の夢を見るのだが、すぐに現実の雑音に邪魔されてしまう。不思議の国にいると思い込もうとしても、やはりアリスにはなれないのだ。

 話を聞けば体験したつもりになれるが、あくまで他人の物語。

 つまり──。

「傍観者じゃなくて当事者になりたいってわけ?」

「物分かりがいいな。映画を見たり、本を読んだりするだけじゃ物足りなくなってきちゃってさ」

「それって何の意味があんの?」

「意味?」

「それをして、何か意味があるのか?」

 無粋な奴だな、と白石は呟いた。

「人間の存在意義とか考えちゃうタイプか? 趣味に意味を求めるなよ。孔子だって肉の味が分からなくなるほど芸術に……」

「あー、分かった、分かった! 蘊蓄はお腹いっぱいだから」

 呆れてものも言えないといった態度の白石だが、閉口するのはむしろこちらだった。

 つまり、動機なんて知的好奇心を満たしたいだけなのだ。

 好奇心は猫をも殺すという言葉を知らないのだろうか。アミューズメントパークのジェットコースターやお化け屋敷のように管理されたスリルとは性質が違う。援用したアリスの例だって、不思議の国という名の異世界から帰れない未来があったかもしれない。

 もちろん、鳥敷はかの有名な『犬鳴村』のように忌まわしき集落というわけではないと思っている。だから「鳥敷について聞きたい」と言われたときには、二つ返事で承諾した。

 それなのに、そんな小さな話題がポトンと落ちるとゆっくりと波紋を広げ、俺の記憶に細波を引き起こしたのだ。

 あながち否定しきれないんじゃないか?

 数センチの芋虫を踏み潰したときを思わせる不快感と拒否感。理由も分からぬまま、そういった感情に支配されるのだ。

 過去の映像が断片的に浮かび、判然としないまま消えていく。それにわざわざ言及し、散らばった記憶を結い合わせてしまう行為がはっきり言って嫌になっていた。

 知る必要はないのだから知らなくていい。一度知ってしまったら、知らない自分には戻れないのだから。

「お前、そんなに鳥敷の話を聞きたいの?」

 解凍された豚肉から赤いドリップが流れ出る。粘ついたそれを垂らしつつ尋ねると、白石はニヤニヤと頷いた。

お読みいただきありがとうございます。

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