四
早朝、名古屋駅から電車、そしてバスと乗り継いで、お目当てのプラザ水桶が見えてきた。両隣には北桶人権文化センターと北桶ホールと呼ばれる建物があり、公共施設が密集している。
プラザ水桶に図書館があるとの情報を得たのだが、会議室や体育館のある公民館の一角に図書コーナーが設置されていると形容する方が正しそうだ。
職員を除いて人の気配はない。灰色の絨毯には零した飲料らしき跡が残っている。
掲示板には『第四十四回形焚き祭』というA3判のポスターが貼られていた。
そして、それを見た白石は、目を丸くした。
夜を背景に、火の画像がプリントされていた。下調べどおり、開催は明日……そういう予定であったのだろう。下部に商店街の出店一覧、北塚太鼓団、北塚中学校吹奏楽部の演奏、キャンプファイヤーといったスケジュールが虚しく載っている。
広場で行われる予定だったらしいキャンプファイヤーが「形焚き」の名残なのだろうか。
それは陽太の話していた「形焚き」とは、まるで異なる。当然、そこも疑問なのだが、それすら些事であった。
なんとポスターの上にセロハンテープで紙が貼られており、『中止』の二文字が手書きされていたのだ。
せっかくここまで来たのに、なぜなのか。
白石は思わず声を掛けた。
「あの、すみません。形焚き祭って中止になってしまったんですか?」
「ええ、そうですね、残念ながら」
受付の女性は頷いた。
「どうしてですか?」
「ご存知ありませんか? もしかして旅行ですか?」
よほど意外だったのか、質問に質問で返されてしまった。
「あ、はい」
「でしたら、お帰りになった方が良いですよ。ちょっと、病気が流行っていまして」
それを裏付けるように、彼女はマスクを着けていた。
「こんな真夏に、ですか。それで中止に?」
「ええ、ここ最近は感染が殊に酷く……」
どういうことか訊いてみると、発熱を訴える人が爆発的に増加しており、夏休みに入る前の学校は学級閉鎖どころか学校閉鎖となるほどに蔓延したとのこと。
彼女の友人は強い腹部痛を訴えて入院したが、そのときには急性腹膜炎を併発していたらしい。幸いにも治癒したものの、同室の主婦は性器からの出血、意識障害、日和見感染症を発症し、なんと敗血症性ショックにまで深刻化してしまったという。
当然ながら、経路不明の感染拡大を危惧し、実行委員会によって形焚き祭中止の判断が下されてしまった。
絶対数の少ない病床を逼迫させてしまえば田舎の総合病院では医療崩壊に至る可能性がある。残念だが仕方ない。
気持ちを切り替え、棚の上から下まで背表紙を確認していると丁度良い資料が見つかった。
『北桶市史』と『北塚村誌』だ。紙はひどく劣化している。この本を読めるのは、もしかしたら今日が最後かもしれない。
白石は北桶市史から閲覧を始めた。
市長の挨拶に続き、北桶市の合併前後の地図と地名一覧が載っている。
プラザ水桶は北桶市水桶町に存在するが、昔は蓼山郡水桶町であった。近隣の蓼山郡北塚村と一町一村で合併し、現在の北桶市水桶町、北桶市北塚、そして、北桶市鳥敷が成立した。
つまり、かつて鳥敷は北塚村の一部だったというわけだ。
よほど著名な地域でもない限り、地域間で揉めないために双方から一字ずつ採り、市名とするのが通例だ。その例に漏れず、「桶」と「北」を採り「北桶市」となった。
降車した駅を基準に、北へ向かって水桶町、北塚の順に並んでいる。
地区別人口表を見ると、合併時の水桶町と北塚村の人口比は、おおよそ八対二の開きがあった。北塚村が倍以上の面積を有している一方で、そのほとんどが山林であるためだろう。
陽太の出身である鳥敷を地図から探してみるも、なかなか見つからない。視線を左右に振りながら、上へ上へと辿っていくと、北塚の中でも最北に──それは、もはや陸の孤島のような場所だったのだが──鳥敷の二文字があった。
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