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1945年7月27日 未来からの救済

この作品はフィクションです、実在の人物や団体などとは関係ありません

1945年7月27日、午後1時

浩平はモニターの前で、ネットスーパーと提携している家電量販店の時計コーナーを物色していた


「軍高官への賄賂……目立ちすぎず、だが圧倒的な性能を見せつけるもの」


浩平が選んだのは、いわゆる「チープカシオ」やセイコー系の、金属バンドでシンプルなアナログクォーツ時計だった。

文字盤のみ(2000ゼニ)、日付カレンダー付き(3000ゼニ)、日付・曜日窓付き(4000ゼニ)をそれぞれ一つずつ購入。専用のクッションと化粧箱に入ったそれは、昭和の軍人から見れば最高級の舶来品にしか見えないはずだ。

さらに、門番や下級役人の口を塞ぐための「わかりやすい現物」として、贈答用の高級バナナ(1房500ゼニ)を3房購入した。


浩平はそれらを黒田の机へ転送し、メモを添えた。


『腕時計は1ヶ月で数秒しかズレません。説明書は隠すこと』


黒田は出現した時計の秒針を見て、息を呑んだ。「……チクタクという音がしない。滑るように動き、しかも寸分の狂いもないのか」


黒田はすぐさま現代語で書かれた説明書を読み込み、時刻合わせの方法を理解すると、その紙を破いて自身の枕の奥深くに隠した。


「曜日窓まであるものは豪奢すぎる。藤堂中将には、この日付窓があるもの(3000ゼニ)が丁度良いだろう」


そこへ、病室のドアをノックする音が響いた。


「あなた、入りますよ」


入室してきたのは、黒田の妻・けいこだった。戦乱の世にあっても身なりを整えた質の良い洋装だが、その顔には深い疲労が刻まれている。口元には白い布マスクをあてていた。

そして彼女の後ろには、陸軍病院の院長・及川おいかわが控えていた。


及川院長は、ベッドの上に背筋を伸ばして座る黒田を見て、驚愕に目を見開いた。


(三日前までは死に体だったというのに、なんだこの顔色は……! やはり、軍上層部の特殊ルートから得たという特効薬と、あの金属パックの栄養剤の力か!)


及川の視線が、机の上の見慣れぬ箱や黄色い果実に釘付けになる。


黒田は鋭い視線で及川を制した。


「院長先生。後ほど貴官に話がある。だが、まずは妻と二人だけで話し合いたい。人払いをお願いできるか」


「は、はい。承知いたしました」


及川は渋々といった様子で退室した。浩平がFPVカメラでドアの向こうを確認すると、及川は聞き耳を立てることもなく、一旦廊下の奥へと去っていった。


「あなた、お加減は……まあ、なんて顔色が良いの」


けいこが安堵の涙を浮かべて歩み寄ろうとした瞬間、浩平はハッとした。


(やばい、黒田はまだ排菌してるかもしれない。奥さんに結核がうつったら大変だ!)


浩平はすぐさま『75%エタノールスプレー 300ml(300ゼニ)』と『FFP2マスク 2枚入り(100ゼニ)』を購入。


『奥様を守る為、エタノールスプレーで手を消毒し、二人ともこのマスクを着用するように』というメモと共に転送した。


トン、と机に小さな音が鳴る。

黒田はすぐさまそれを察知し、けいこを手で制し、すぐに紙片を拾って読みました。


「けいこ、そこにある透明な瓶の水を手に吹きかけろ。そして、布マスクを外し、その白い覆い(FFP2マスク)をつけるんだ」


「えっ……? これは……」


けいこは困惑しながらも、夫のただならぬ気迫に従い、スプレーのノズルを押した。プシュッという音と共に、冷たく鋭いアルコールの匂いが広がる。そして、紙と布の中間のような、立体的で顔に密着する奇妙なマスクを装着した。息苦しさはあるが、外の空気を完全に遮断しているのがわかる。


「よし。けいこ、よく聞け」


黒田は自分の手にもエタノールスプレを消毒してからFFP2マスクを装着し、くぐもった声で妻に告げた。


「これからお前に、重大な任務を頼む。藤堂中将閣下の元へ行き、この手紙を『今日中に、絶対に誰にも見られずに』渡してほしい」


黒田は、封がされた手紙と、箱に入った腕時計、そして芳醇な甘い匂いを放つバナナ3房をけいこに押し込んだ。さらに、浩平が先ほど落とした板チョコレート5枚も渡す。


「知人から見舞いにもらったが、甘いものはわしは好かん。お前が食べるか、よしなに使え」


「あなた……これは、まさか遺言書なのですか?」


けいこの目から涙が溢れた。夫は無理をして、最後の力を振り絞って軍の不始末でも被ろうとしているのではないか。


「違う」黒田は妻の手を力強く握りしめた。


「私は、神様の使いに助けられている。もう大丈夫だ。信じられないだろうが、事実だ。……この手紙は、私の命よりも重い。広島の、何十万という命がかかっているのだ」


夫の目に宿る、かつての精悍な光。そして、手元にある時代錯誤なほど立派な品々。

けいこは涙を拭うと、深く頷いた。


「……分かりました。藤堂閣下なら、今はおそらく西区の将校倶楽部か、司令部におられるはず。必ず、お渡ししてまいります」


けいこは大事そうにバッグを抱きかかえ、決意に満ちた足取りで病室を後にした。


◇◇◇

悪魔の取引

◇◇◇


けいこの足音が遠ざかって数分後。

まるで入れ替わるように、及川院長が血相を変えて病室に飛び込んできた。

彼はドアの鍵を内側からカチャリと閉め、黒田のベッドの前に文字通り「這いつくばった」。


「黒田閣下……! お願いであります! その、特殊ルートの薬を……どうか、どうか私にもお譲りいただけないでしょうか!」


プライドの高い陸軍病院の院長が、床に額を擦り付けている。


「……どういうことか、説明してもらおうか」


「恥を忍んで申し上げます。実は、私の妻が……二週間前から血痰を吐き始めました。初期の結核であります。医者でありながら、妻一人救う薬が手に入らぬ己の無力に絶望しておりました。閣下、どうか……っ!」


黒田の目が、鷹のように細められた。


(使える……!)


黒田は、枕元に隠しておいた『ニューキノロン系抗生物質』の100錠パックから、1シート(10錠)だけを持ち出し、及川の目の前に突き出した。


「及川院長。これはただの薬ではない。飲めば確実に治る、『未来の特効薬』だ」


「み、未来……?」


「そうだ。……これをやる。食後に一日1錠。飲み切る頃には、初期の結核など跡形もなく消え去っているだろう」


及川は震える両手で、その銀色のシートを受け取った。見たこともない完璧な包装と、均一な白い錠剤。


「ただし、条件がある」


黒田の低く凄みのある声に、及川はビクッと肩を震わせた。


「これから私が動かす『仕事』を、全力で手伝ってもらう。さらに、この秘密の薬を使って、他の高官や、財界の有力者の治療を貴官に仲介させる。……私の手足となり、広島の権力者たちに『恩』を売るための窓口になれ。もっと薬が欲しければ、私の指示を必ず従うように」


それは、悪魔の契約だった。しかし、妻の命がかかっている及川に、否やはない。


「は、はいっ……! この及川、黒田閣下の手足となって粉骨砕身、働かせていただきます!」


「よろしい」黒田は頷いた。


「閣下、あの……昨日拝見した、あの金属パックも、やはり特殊な薬なのでしょうか?」


「あれか。あれはただの栄養品だ。軽症なら、薬と共に栄養のあるものをたっぷりと摂取させればよい。さあ、すぐに行って妻に薬を飲ませてやれ」


「ありがとうございます! ありがとうございます……っ!」


及川院長は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら立ち上がり、病院の職務など完全に放り出して、妻の待つ自宅へと猛烈な勢いで走り去っていった。


モニターの向こうでその一部始終を見ていた浩平は、思わずため息をついた。


「……すごいな、黒田のおっさん。俺が送った薬と情報を武器にして、たった数時間で陸軍病院のトップを自分の手駒にしちまった」


歴史の歯車を強引に回すための「将軍の権謀術数」が、今、浩平の課金アイテムを燃料にして猛烈な勢いで駆動し始めていた。


◇◇◇

司令部への特攻と、奇妙な賄賂

◇◇◇


黒田の特命を帯びたけいこは、一度自宅へ戻ると、竹で編まれた上品な手提げ籠を用意した。

その中に、浩平から転送された贈答用のバナナ3房を丁寧に収め、さらに浩平が用意した白い箱入りのアナログクォーツ時計と、夫からの手紙を革のハンドバッグに深く忍ばせた。


身支度を整え、広島市西区にある陸軍司令部へと急ぐ。

アポなしの訪問である。物々しい警戒が敷かれた正門で、けいこは直立不動の門番に引き止められた。


「申し訳ありませんが、急な面会は……」


「夫の、黒田少将の命に関わる急報なのです。どうか、藤堂閣下の居場所だけでも」


けいこは周囲の目を盗み、竹籠の中からバナナを1房取り出し、門番の手にそっと握らせた。


「なっ……!?」


門番は息を呑んだ。南方の果実であるバナナなど、開戦して以来、庶民はおろか下士官ですら拝んだことのない幻の品だ。その強烈に甘い香りと、ずっしりとした重みに門番の軍人としての堅い規律が一瞬で瓦解した。


「……閣下は現在、二階の司令官室におられます」


門番の案内に従い、司令官室の前までたどり着くと、そこにはけいことも面識のある藤堂中将の副官が待機していた。


「黒田夫人? アポもなしにどうされました。閣下はお忙しい身で……」


「わかっております。ですが、療養中の夫の、大事な言い伝えが……」


けいこは切羽詰まった声で言い、竹籠から2房目のバナナを取り出して副官に差し出した。


副官は、その鮮やかな黄色の果実を見てハッとした。


(黒田少将は結核の末期だと聞く。夫人がわざわざこんな貴重な品を持参して直訴に来るということは……まさか、少将の最期の言葉、あるいは訃報を伝えに来たのではないか?)


不憫に思った副官は、バナナをそっと受け取ると、重々しく頷いた。


「……少々お待ちください。閣下にお伺いを立ててまいります」


数分後、けいこは重厚な扉の向こう、司令官室へと招き入れられた。


◇◇◇

未来からの密書

◇◇◇


藤堂中将は、執務机から顔を上げ、悲痛な面持ちでけいこを迎え入れた。かつての優秀な部下と同僚のよしみだ。夫の死が近いのだろうと思い、労いの言葉をかけようと口を開きかけた。


「藤堂閣下。大変無礼ながら、まずは人払いをお願いできますでしょうか」


けいこの毅然とした声に、藤堂は少し驚きながらも副官に退出を命じた。


二人きりになった司令官室。

けいこはハンドバッグを開け、一通の分厚い封筒と、真っ白な化粧箱を取り出して机の上に置いた。

そして、化粧箱の蓋を開ける。


「……ほう」


藤堂の目が僅かに見開かれた。そこには、純白のクッションに巻かれた、見たこともないほど洗練されたデザインのアナログ腕時計が鎮座していた。鈍く光る銀色のメタルバンド、無駄のない文字盤。大日本帝国のどこを探しても、同盟国のドイツにすら、これほどスタイリッシュな時計は存在しない。


「主人の言い伝えです。……この手紙を、『今日中に必ずお読みになり、読み終わったら必ず燃やしてください』と」


けいこは深く一礼した。


「私からの要件は以上です。お騒がせして申し訳ありませんでした」


けいこはそれだけ言い残すと、藤堂が問い詰める隙も与えず、そそくさと退室してしまった。残された藤堂は、ポツンと机の上に置かれた手紙と時計を見比べ、眉間を深く寄せた。


「黒田の奴、死に際に一体何の冗談だ……いや、あいつがこんな意味のない真似をするはずがない」


藤堂は封筒を手に取り、ペーパーナイフで封を切った。


◇◇◇

予言とその証明

◇◇◇


便箋を引き出すと、一枚の奇妙な「写真」がパラリと机の上に落ちた。

藤堂はまず、手紙の本文に目を通した。


『藤堂閣下、ご無沙汰しております。黒田です。

単刀直入に申し上げます。明日、7月28日。呉軍港に米軍機による大規模な空襲があります。戦艦「榛名」「伊勢」、巡洋艦「青葉」等に致命的な爆撃が下り、大破着底、あるいは沈没。市街地も甚大な延焼被害を受けます。』


「……なんだと!?」


藤堂は思わず立ち上がった。軍の最高機密である艦船の停泊位置と、明日の未来を断言するような異常な文面。狂ったか。


『これは「神の使い」による未来からの報せです。

そして本題はここからです。来る8月6日の早朝、ここ広島市中心部に、街を一つ丸ごと消滅させるほどの恐るべき『新型爆弾』が投下されます。

閣下。どうか私のこの言葉を信じ、広島市中心部の人々を郊外へ疎開させるためのご協力を、切にお願い申し上げます。』


藤堂の視線が、机に落ちた「写真」へと移った。

それを見た瞬間、藤堂の全身の毛穴が粟立ち、呼吸が止まった。

写真(写真集から切り出したもの)の紙質自体が異常だ。表面がツルツルとしており、解像度が恐ろしく高い。そしてそこに写っていたのは、見慣れた広島の川の形と……見渡す限りの、灰燼に帰した平野だった。中心部には、かろうじて骨組みだけになった産業奨励館(原爆ドーム)の残骸が写っている。


藤堂の視線が、便箋の最後に鉛筆で殴り書きされた追記に引き寄せられた。


『同封した腕時計は、神の使いから賜った証です。一ヶ月で数秒しか狂わず、ネジを巻く必要すらありません。どうか、これでこの途方もない話を信じていただきたい。』


藤堂は震える手で、化粧箱の腕時計を手に取った。

耳を近づけても、機械式時計特有の「チクタク」という騒がしい音が全くしない。秒針は滑るように、しかし異常なほど正確に時を刻んでいる。側面に、ネジを巻くための竜頭リューズすら見当たらない。


「これが……未来の技術、だと……?」


藤堂は椅子に崩れ落ちた。もし、明日。この手紙の通りに呉軍港が燃え、戦艦が沈めば。

それはすなわち、8月6日の広島消滅という『黙示録』が事実であることを意味する。藤堂は冷や汗を拭い、ただ静かに、狂わぬ時計の秒針を見つめ続けた。


◇◇◇

安堵の紅茶と、現代のチョコレート

◇◇◇


しばらくして、けいこは再び司令官室に呼び込まれた。

先ほどまで威厳に満ちていた藤堂中将の顔には、隠しきれない動揺と深い疲労が滲んでいた。


「……黒田の件は、確かに預かった。明日、けいこ夫人はもう一度ここへ来るように」


「はい。ありがとうございます、閣下」


けいこは深く頭を下げ、司令部を後にした。


夕刻。大仕事を終えて自宅にたどり着いたけいこは、張り詰めていた糸が切れたようにソファに座り込んだ。


「……終わった。あとは、主人の言う通りになるのを待つだけ……」


けいこは戸棚から、戦前に買ったきり大切にしまっていた舶来品の紅茶の茶葉を取り出し、お湯を沸かした。そして、病院で夫から渡された『板チョコレート』の銀紙を剥がした。


「チョコレート……昔は、よくお茶会でいただいたけれど」


戦時下において、カカオは極めて貴重な軍需物資であり、庶民はもちろん、将官の妻であってもおいそれと口にできるものではなくなっていた。

けいこはパリッと小気味良い音を立てて一片を割り、口に含んだ。


「……えっ?」


けいこは目を丸くした。

口内の温度で滑らかに溶け出す、極めて微細な舌触り。かつて食べたどんな高級チョコレートよりも、雑味がなく、カカオの芳醇な香りとミルクの濃厚なコクが完璧なバランスで調和している。


(現代の『ミルクチョコレート』は、コンチング技術の向上により、戦前のチョコレートとは比較にならないほど滑らかで美味しいのだ)


「なんて……なんて美味しいの……」


温かい紅茶と共に極上の甘さが胃の腑に落ちていく。

夫の奇跡的な回復、そして未来からの不思議な品々。けいこはチョコレートの甘さに包まれながら、暗い絶望しかなかった自分たちの未来に、微かな、しかし確かな希望の光が差し込んでいるのを感じていた。


ゲーム内クレジット残額:17010ゼニ

ゲーム内で関わった人数:21人 + 5人(呉市避難家族) + 5人(黒田の謀略関係) = 31人

1945年7月27日には後少し続きがありますのですが文字数で次話に残します

実際マイコプラズマ肺炎になった経験がある著者の私から言うと、いくら現代の抗生物質があっても黒田の回復スピードは物語中の都合主義は否めない

まあ、薬という名の「ゲームアイテム」と捉えてもらえばいいかもしれませんね

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