表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

1945年7月27日 日々の食卓と黄金の果実

この作品はフィクションです、実在の人物や団体などとは関係ありません

ゲーム内クレジット残額:17010ゼニ

ゲーム内で関わった人数:21人 + 5人(呉市避難家族) + 5人(黒田の謀略関係) = 31人


1945年7月27日、午後5時。

浩平はモニターの前で、FPVカメラの視点を陸軍司令部から桜ヶ丘町のすずの家へと移動させた。

画面の中では、呉からの避難民がいる井上家から帰還したばかりのすずが、土間で一息ついているところだった。


「やはり、一番負担が大きいのはすずさん家だな」


浩平は、画面の向こうの過酷な現実を思って独りごちた。

現在すずは、自分と娘のさち(2人)、ふみこ一家(3人)、そして避難してきた佐藤一家と井上家のサポート(5人以上)と、実に10人以上の生計と命をたった一人で、浩平の物資を頼りに支えているのだ。


浩平はちゃぶ台に置かれた注文票をズームした。


『魚、豚肉、できれば保存が効くもの』


「よし、夕方の買い出し(ルーチン)といこうか」


浩平はゲーム内のネットスーパーのUIを開き、3家族分の消費量を見込んでカートに品物を放り込んでいく。

魚は定番の『アラスカ産銀鮭8切れパック(1200ゼニ)』。ずっと鮭だと飽きるだろうと配慮し、『冷凍・骨取りタラ 500g(500ゼニ)』を2箱購入。これは小さな発泡スチロール箱に入っているため、氷が溶けるまでの保冷剤代わりにもなる。

肉類は、特売の『国産豚バラ肉スライス 500g(500ゼニ)』。さらに、浩平はゲーマーらしい目ざとさで、消費期限間近で50%オフになっている『真空パック焼豚ブロック 250g(200ゼニ)』を4パック、大人買いした(計800ゼニ)。真空パックなら常温でも腐敗に強く、調理なしですぐに食べられる最高の保存食だ。


さらに、味気ない食生活を劇的に変えるための調味料として『ごま油 300g(300ゼニ)』と、常温保存可能な『焼肉のたれ 170g(100ゼニ)』を追加。

最後に浩平は、すずの控えめな性格を思い返した。


(すずさんは、絶対に自分から「果物が食べたい」なんて贅沢は言わないだろうな……)


浩平はフルーツコーナーから『バナナ1房・4本(150ゼニ)』をカートに追加し、決済ボタンを押した。


そして、添えるメッセージにこう打ち込んだ。


『冷凍タラが入った箱は保冷の効果があり、涼しい場所に置くと二日くらい持つ。透明のパックに入った調理済の豚肉の塊(焼豚)はより保存が効くが、三日以内を目処に使い切るように。

こっちの世界ではバナナは安い。食べたい時は遠慮せずに注文してください』


◇◇◇

魅惑の茶色い液体

◇◇◇


ちゃぶ台の上に、突如として食材の山が現れた。

すずは、ひんやりと冷たい白い箱(発泡スチロール)や、カチカチに硬い透明な袋に入った茶色い肉の塊(焼豚)を不思議そうに撫でた。そして、浩平からのメッセージを読み、ふっと目を潤ませた。


「……バナナは安いから、遠慮するな、か…」


戦前は高級品、今はどんなにお金を積んでも手に入らない幻の黄色い果実が、そこには無造作に置かれていた。監視者の、まるで親戚の世話でも焼くような不器用な優しさが、すずの冷え切った心を温かく溶かしていく。


「よし。さちたちが帰ってくる前に、ご飯を作りにしようね」


すずは気を引き締め、土間へ向かった。


今夜のメインは、豚バラ肉だ。

すずはマングローブ炭に火をおこし、支給されたごま油を少しだけ鍋に引いた。そこに豚バラ肉を投入する。香ばしいごまの香りと、豚の脂が溶け合う暴力的な匂いが立ち昇る。

肉の色が変わったところで、すずは未知の調味料『焼肉のたれ』のボトルを開けた。


「……! なにこれ、すごい匂い……」


リンゴや桃などの果実の甘み、醤油の焦げる匂い、ニンニク、ごま。戦時中の日本のどこにも存在しない、複雑極まりない「旨味の塊」の匂いだった。それを鍋に回し入れた瞬間、ジュワァァッ!という凄まじい音と共に、暴力的な食欲を刺激する香りが家中に爆発した。


ちょうどその時、さちとふみこが連れ立って帰ってきた。


「お母ちゃん! ただいま!……って、すっごくええ匂い!」


「おばちゃん、これ、なんの匂い……!? お腹が鳴って倒れそうじゃ……」


「ふふ、すぐ出来るから、手ぇ洗ってきんさい」


ちゃぶ台に並べられたのは、山盛りの銀シャリと、焼肉のたれで黄金色に照り輝く豚バラ肉の炒め物。

さちとふみこは、一口食べた瞬間に目を丸くして固まった。


「……お母ちゃん、この茶色いお汁、なに!? 甘くて、しょっぱくて、お肉の味がして……っ!」


「ご飯が……ご飯が止まらんよぉ


現代の「焼肉のたれ」は、旨味に飢えた少女たちの理性を一瞬で吹き飛ばした。二人は会話すら忘れ、タレが染み込んだ白米を一粒残らず胃袋へと掻き込んだ。


食後、すずはふみこの持ち帰り用に、真空パックの『焼豚』を一つ薄くスライスし、焼いた銀鮭二切れ、そして塩むすびと共に風呂敷に包んだ。


「おばちゃん、いつも本当にありがとう……」


◇◇◇

金の果実と、小さな約束

◇◇◇


「ふみこちゃん、待って。食後に、もう一つあるんよ」


すずは立ち上がり、戸棚の奥から『それ』を取り出してちゃぶ台に置いた。


「「……あっ!!」」


さちとふみこが、同時に息を飲んだ。

裸電球の薄暗い光の下でも、それは鮮やかな黄色を放っていた。バナナだ。


「えっ、ばなな……? 嘘じゃろ、なんでこんなもんが……」


さちは幼い頃に一度だけ食べた記憶があるが、ふみこに至っては絵本や新聞でしか見たことがない。

房には、立派なバナナが4本ついている。すずはそれを丁寧に一本ずつもぎ取り、さちとふみこ、そして自分の前に置いた。


「監視者……いえ、神様がね、こっちでは安いから遠慮するなって、送ってくださったんよ。さあ、食べてみんさい」


ふみこは震える手で、黄色い皮の先端を剥いた。

途端に、南国のむせ返るような甘い香りが広がる。白い果肉を一口かじると、ねっとりとした極上の甘さが口いっぱいに溶けていった。


「……あまっ……。お菓子みたい……」


ふみこは目を閉じ、その柔らかさと甘さを細胞の一つ一つに刻み込むようにゆっくりと咀嚼した。さちもまた、皮についた果肉まで歯で削ぎ落とすようにして夢中で食べている。


「……ふみこちゃん。それ、弟くんに持って帰ってあげなさい」


すずは、房に残った最後の一本のバナナを、そっとふみこの前に差し出した。


「えっ……でも、これはおばちゃんたちの大事な……」


「ええのよ。うちの分は、まだあるから。弟くん、甘いもの食べたいじゃろう?」


すずが優しく微笑むと、ふみこはポロポロと大粒の涙をこぼした。


「……はいっ。あの子、きっと、ひっくり返って喜ぶと思います……っ」


ふみこは、風呂敷の中の冷めないおにぎりの横に、その黄金の果実を宝物のようにそっと、大切にしまい込んだ。


(モニターの向こうでその光景を見ていた浩平は、たった150円のバナナがもたらしたあまりにも純粋な喜びに、思わず目頭を熱くして画面から目を逸らした。……この平和な夕食の時間を、絶対に8月6日で終わらせるわけにはいかない。浩平はそう、改めて強く心に誓ったのだった)


◇◇◇

昭和ブラック上司との板挟み

◇◇◇


1945年7月27日、午後5時30分。

すず家の食卓が無事に整ったことを見届けた浩平は、黒田少将からの「明日、病室に来るように」という橘への無茶な伝言を思い出し、FPVカメラの視点を急ぎ足で曙町の橘中尉家へと移動させた。


「先日送ったおかずはもう使い切っただろうから、今日は体力をつけるために肉中心にするか」


浩平はネットスーパーのUIを開き、橘一家のための食材をカートに入れた。

セール中の『国産豚バラ肉スライス 500g(500ゼニ)』、50%オフの『真空パック焼豚 250g×2(400ゼニ)』、栄養満点の『牛乳 1000ml(250ゼニ)』、そして『バナナ 1房(150ゼニ)』。すず家で大好評だった『ごま油 300g(300ゼニ)』と『焼肉のたれ 170g(100ゼニ)』も忘れずに追加する。


橘一家にはまだメニュー表を与えていなかったため、浩平はメモを作成し、食材と共に居間のちゃぶ台へ転送した。


『黒田少将の使いより。毎日の献立を以下のリストから希望を紙に書いて夕方ちゃぶ台へ。

【注文表】肉(豚・牛、合挽、保存肉)、魚(塩鮭・タラ)、野菜果物(リンゴ・トマト・バナナ他)、缶詰(果物、肉、魚)、調味料全般、白米、小麦粉、うどんや麺等、他は希望に応じて。』


次いで、浩平はカメラを奥の六畳間へ移動させた。

布団の上に身を起こしている橘誠一郎をクリックし、ステータスを確認する。


【橘 誠一郎 / 状態:肺結核(中等症から回復中)】


「……回復し始めてるとはいえ、まだ思いっきり病人じゃん。黒田のやつ、マジで昭和のブラック上司だな」


浩平は呆れ果てた。特効薬で劇的に熱が下がったとはいえ、昨日まで苦しまれていた人間に「明日出頭しろ」とは恐ろしい組織だ。


療養中の病人をいきなり働かせることを不憫に思った浩平は、ゲーム内のゼニは大事だが、せめてものプレゼント(労い)を渡したくなった。

ショップで、昼に買った金属バンドのものより少し落ち着いた『カレンダー窓付きアナログクオーツ腕時計(革ベルト・2500ゼニ)』を見つけ、感染対策の『FFP2マスク 2枚入り(100ゼニ)』と共に、橘の枕元へ転送した。


コトッ。

静かな六畳間に、小さな物音が響いた。


「……っ!」


うたた寝から覚めた橘誠一郎は、何もない空間から突如として自分の枕元に「白い箱」と「奇妙な形の白いマスク」、そして紙片が出現したのを目の当たりにし、息を呑んで後ずさった。

震える手で紙片を手に取る。


『橘 誠一郎 中尉。

黒田少将からの使いだ。体調がまだ完璧ではない事を承知した上で、少将の指示を伝える。明日、黒田少将が療養中の陸軍病院へ一旦出頭せよ。室内や電車で移動する際に、添付した白い覆い(マスク)を必ず着用すること。腕時計は、少将から回復の祝いだ。』


橘は信じられない思いで、白い箱を開けた。

中には、上質な革バンドがあしらわれた、見たこともないほど精巧な腕時計が収まっていた。チクタクという音ひとつ立てず、秒針が滑るように動いている。さらに文字盤の小窓には、今日の日付が正確に表示されていた。


「閣下が、私に……これほどの名品を……」


中尉という階級の自分には到底手の届かない、未来の技術の結晶。

それは「回復の祝い」という名の、絶対に失敗が許されない任務への「召集令状」だった。橘の目から、病の恐怖とは違う、武者震いの涙が溢れた。


「……承知いたしました。この命に代えても、必ずや」


橘は、同封されていた立体的なFFP2マスクを手に取り、その圧倒的な密閉性と機能美に驚嘆しながら、明日の出頭へ向けて深く静かに闘志を燃やした。


◇◇◇

竜宮城の注文表と、焼肉の匂い

◇◇◇


同じ頃。台所へお茶を淹れに行こうと居間に入った妹のちひろは、ちゃぶ台の上にうず高く積まれた物資を見て、短い悲鳴を上げてその場にへたり込んでいた。


「お、お母さん……! また、黒田閣下のお使いが……っ!」


真っ白な牛乳の紙パック、昨日よりもさらに大量の豚肉、そして真空パックされた茶色い肉の塊。極めつけは、黄色く輝く南国の果実・バナナだ。

ちひろは添えられた『注文表』のメモを読み、手が震えるのを止められなかった。


(お肉やお魚、果物まで……私たちが、好きなものを選んでいいの……?)


一昨日までの、すいとんの汁すらない極貧生活から一転、竜宮城にでも迷い込んだかのような圧倒的な豊かさ。ちひろは神仏に祈るようにメモを胸に抱きしめた。


「ちひろ! 匂いが外に漏れないよう、戸を全部閉めるんだ!」


奥の部屋から、兄・誠一郎の力強い声が飛んだ。昨日のひ弱な咳き込みとは違う、軍人としての芯のある声だった。


「は、はいっ!」


ちひろは急いで戸締まりを確認し、かまどに火を入れた。

今日支給された『ごま油』を引き、豚バラ肉を炒め始める。そして、未知の調味料『焼肉のたれ』を流し込んだ瞬間。


ジュワァァァァッ!!

ニンニク、ごま、リンゴの果汁、そして焦げた醤油の匂いが、爆発的に土間から居間へと広がった。


「な、なんちゅう匂いじゃ……」


奥の部屋にいた高齢の母親が、あまりの香ばしさにフラフラと居間へ顔を出すほどだった。

ちひろはさらに、真空パックの『焼豚』の封を切り、包丁で分厚くスライスした。そのまま食べられる柔らかい豚肉の塊。


「お兄ちゃん、ご飯よ!」


感染を防ぐため、ちひろはお盆に山盛りの食事を乗せ、兄の六畳間へと運んだ。

お盆の上には、大盛りの銀シャリ、焼肉のたれが絡んだ豚バラ肉、分厚い焼豚、そして真っ白なコップ一杯の牛乳。


「いただきます……っ!」


誠一郎は箸を取り、豚バラ肉と一緒に白米を掻き込んだ。


「……美味い!!」


強烈なニンニクと果実の甘みが効いたタレの味が、豚の脂とともに口の中で弾ける。病で栄養を欲していた誠一郎の身体が、このカロリーの暴力を歓喜とともに吸収していくのがわかった。

冷たく濃厚な牛乳を一気に飲み干すと、失われていた筋肉の隅々にまで力がみなぎってくるようだった。


◇◇◇

明日のための決意

◇◇◇


食後、ちひろはお盆を下げに来た際、切り分けたバナナを一切れ、誠一郎の枕元に置いた。


「お兄ちゃん、これ。閣下の使いがくださったの。すっごく甘くて、お母さんも泣いて喜んどったよ」


「……ああ。ありがたい」


誠一郎は、柔らかく甘いバナナの果肉を噛み締めながら、腕に巻いた革ベルトの腕時計をじっと見つめた。

滑らかに動く秒針。明日、自分は広島市街へ出向かなければならない。まだ微熱はあるし、咳も完全には止まっていない。しかし、特効薬とこの圧倒的な食事のおかげで、足元は確かに力強さを取り戻していた。


「ちひろ。明日の朝、軍服のアイロンを頼む」


「えっ……お兄ちゃん、まさか外に出るの? まだお熱が……」


「大丈夫だ」誠一郎は、枕元のFFP2マスクを手に取り、妹に向かって力強く微笑んだ。


「閣下が、私を呼んでおられる。……私の病気は、もう治る。心配いらない」


モニターの向こうでその一部始終を見ていた浩平は、熱いお茶を啜りながら小さく息を吐いた。


「……よし。これで橘中尉も完全に戦力になった。明日は、黒田と橘の合流だ。いよいよ、あの特高警察への釘刺しと、司令部での工作が本格的に始まるな」


ゲーム内カレンダーは、残酷に「7月27日」の夜を告げている。

8月6日の朝まで、あと10日。破滅へのカウントダウンが迫る中、浩平と彼に救われた者たちによる、歴史に対する壮大な「反逆」の準備が整いつつあった

今回はほぼ食事回です、明日以降、Lv3になった主人公は、どうやって30万人の市民が住む広島市を救うのをご期待ください

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ