1945年7月27日 呉市からの遭難者達
この作品はフィクションです、実在の人物や団体などとは関係ありません
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命のサブスクリプション
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1945年7月27日、午前7時。
現代の日本。朝のトイレに立った浩平は、寝ぼけ眼でスマホのゲーム画面を開き、息を呑んだ。
画面の向こうのすずは、すでに土間で大量の白米を炊き、浩平が送った食材を惜しげもなく使い切って、山のようなおにぎりを作っていた。卵6個を使った黄金色の分厚い卵焼きに、サバの水煮缶をほぐした具。
「……あれじゃ、おかずが足りないな」
浩平は急いでPCの前に座り、追加の支援として『シーチキン 70g×6缶(900ゼニ)』『味付け海苔 8切100枚(300ゼニ)』『卵10個パック(300ゼニ)』を購入し、「おかずにどうぞ」というメモと共にすずの家の土間へ転送した。
すずが感謝の祈りを捧げながら、娘のさちに具入りおにぎりを持たせて見送るのを見届け、浩平は二度寝しようと伸びをした。その時、画面右上の「お知らせ」アイコンに赤い【!】マークが点滅しているのに気がついた。
『おめでとうございます。ゲーム内で関わった人数が20人を超えました。
LV2拡張:デイリーボーナスが20,000ゼニに増額。1日の課金上限も20,000円に拡張されました。』
「……は?」
浩平の眠気は一瞬で吹き飛んだ。関わった人数――すず、ゆみこ、ふみこ、近所の家族たちで17人。そこに黒田少将と橘中尉の一家3人が加わり、ちょうど21人。
浩平は頭を抱え、早朝の静かな部屋で一人、リアルな絶望感に襲われた。
フリーランスエンジニアである浩平の月商は約60万円。税金や保険料、経費を引いた手取りは月50万円ほどだ。持ち家で家賃はかからず、インドア派のため生活費は15万円で収まっている。
これまでは「1日1万円の課金」で月30万円。なんとか収支はプラスだった。
「でも、もし毎日上限の2万円を課金したら……月60万円だぞ。完全に赤字じゃないか」
貯金は1,000万円ほどある。だが、ゲーム内(過去のパラレルワールド)の人間たちのために、自分の老後資金を取り崩すのか? これは明らかに「健全なゲームプレイ」の範疇を超えている。
(いや、でも……あの画面の向こうには、俺の課金で命を繋いでる21人の人間がいるんだぞ。俺が課金を止めれば、あいつらは死ぬかもしれない)
重すぎる命の定額課金。
浩平は小一時間モニターの前で葛藤し、マウスを握る手を震わせながら、結局この日も「10,000円」の課金ボタンを押した。
【ゲーム内クレジット残額:24,210ゼニ - 21,800ゼニ(前日利用分) - 1500ゼニ(先ほどの買い物) + 20,000ゼニ(デイリーボーナス) + 10,000ゼニ(課金分) = 30,910ゼニ】
「……まあ、ボーナスが増えた分、買えるものは増えたんだ。冷静になれ、俺」
浩平は深い溜息をつき、すずの追跡ブックマークをクリックした。
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呉からの避難民と、奇跡の握り飯
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すずが大きな籠を背負って到着したのは、広島市内の少し外れにある、役所職員の井上家だった。
主人の井上と妻のよしこ、中学生の子供二人が暮らすこの家は、戦時下でも比較的安定した生活を送っていたが、突如転がり込んできた「5人の避難民」を長期間養う余裕などあるはずもなかった。
茶の間の隅で、薄汚れた布団に身を寄せ合っているのは、呉の海軍工廠で働いていた佐藤一家だった。
主人の佐藤修造(40歳)は無数の切り傷を負い、妻のきよこ(35歳)は子供たちを火の粉から庇ったため、顔の右半分と両腕、指先に痛々しい水ぶくれと火傷を負っている。
そして何より悲惨なのは、10歳の末っ子・浩だった。右腕に10cm×30cmほどの広範囲な火傷を負い、熱を出してうわ言を繰り返している。12歳の長男と13歳の長女も小さな火傷を負い、疲労と微熱でぐったりとしていた。
呉の大空襲で家も財産もすべて焼け落ち、命からがら逃げてきたのだ。
「よしこさん、遅うなってごめんね。これ、少しじゃけど……」
すずが背負っていた籠を下ろし、風呂敷を開いた瞬間、家中に暴力的なほど豊かな匂いが広がった。
「すずさん、これ……っ!?」
よしこが息を呑んだ。そこには、純白の銀シャリで作られた50個もの巨大なおにぎりと、黄金色の卵焼き、そして艶やかな味付け海苔と、たっぷりのシーチキンが並んでいたのだ。
「佐藤さん、さあ、遠慮せんと食べて。子供たちにも」
すずの言葉に、佐藤一家は幽鬼のような目で這い寄り、震える手でおにぎりを掴んだ。
「……うまい。うまい……っ!」
主人の修造が、ボロボロと涙をこぼしながら白米とツナマヨネーズの強烈な旨味を胃袋に流し込む。火傷で手が痛むきよこも、娘に食べさせてもらいながら「こんな美味しいもの、何年ぶりじゃろうか」と嗚咽した。
すずはすぐさま、よしこに1キロの精米を渡し、「浩くんのために、これで柔らかいお粥を作ってあげて」と頼んだ。
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未来の処方箋
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食事が落ち着いた後、すずは井上夫妻と佐藤夫妻の大人4人を奥の部屋へ集めた。
すずは風呂敷の底から、浩平から受け取った「現代の医薬品」の箱を取り出し、畳の上に並べた。
「すずさん、これは……薬? 見たこともないような……」
「亡くなった主人の、海軍の繋がりで……ごく一部の人しか手に入らん、特別な薬を分けてもろうたんよ」
すずは、浩平からの警告を思い出し、低い声で鋭く念を押した。
「絶対に、誰にも言わん約束で持ってきました。特高や警察に知れたら、私も、皆さんも無事では済みません。絶対に、他言無用です」
大人たちは、その薬の異様な精巧さと、すずのただならぬ気迫に圧倒され、深く頷いた。
すずは、浩平が作ってくれた『簡易処置マニュアル』の紙片を広げた。
「きよこさん、まずはこのピンクの薬(NSAIDs)を飲んで。痛みと熱が引くから」
すずは、微熱を出している長女と長男にも抗生物質の錠剤を飲ませた。
そして、最も重傷である10歳の浩の横に座った。
「浩くん、ちょっと我慢してね」
すずは、浩の右腕の痛々しい火傷の傷口に、化膿止めの抗生物質入り軟膏をたっぷりと塗り込み、その上から患部を空気に触れさせないよう、白色ワセリンを分厚く塗布した。現代の湿潤療法に近い、痛みを劇的に和らげる処置だ。
「……あ……」
ワセリンの保護膜によって傷口が外気から遮断された瞬間、浩の強張っていた表情がスッと緩んだ。さらに、すり潰して飲ませた解熱鎮痛剤が効き始めると、あれほど苦しそうにうわ言を言っていた浩は、嘘のように穏やかな寝息を立て始めた。
「熱が……下がってきとる。痛みも引いたみたいじゃ……!」
きよこが、信じられないものを見る目で浩の寝顔を見つめ、すずの手にすがりついて泣き崩れた。
「すずさん、ありがとうございます……! 本当に、命の恩人です……!」
午後4時。
すずは、二日分の薬とワセリンをよしこに預け、立ち上がった。
「明後日、また必ず様子を見に来るから。浩くんの包帯は勝手に替えないで、ワセリンを切らさないように塗ってあげてね」
夕暮れの道を一人歩きながら、すずは胸に湧き上がる奇妙な感情を持て余していた。
自分の背後には、間違いなく人智を超えた「神様」のような存在がいる。その力を使えば、こうして目の前の命を確実に救うことができる。しかし同時に、自分がとてつもなく恐ろしい力の渦の中心に引きずり込まれているような、得体の知れない恐怖がすずを包み込んでいた。
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1945年7月27日 PM 12:00 予言の手紙
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1945年7月27日、正午。
浩平はモニター越しに、陸軍病院の特別室へカメラを滑り込ませた。
「……嘘だろ。もう歩いてるのか」
画面の中では、二日前までベッドで死を待つのみだった黒田少将が、パジャマ姿で病室内をゆっくりと、しかし確かな足取りで散歩していた。ステロイドの強制的な活力と抗生物質の殺菌力、そして高栄養ゼリーのコンボとはいえ、現代医学の暴力的なまでの効能に浩平は戦慄した。
ふと、机の上に新たな封筒が置かれているのを見つけた。浩平がクリックすると、詳細画面が開く。
『手紙には残せない話もある。御使いさまがいらっしゃれば、何らかの形で知らせてくれ』
浩平はショップを開き、『板チョコレート5枚セット(500ゼニ)』を購入して、机の上の少し高い位置から落下させた。
パァンッ!
静かな病室に、硬い板チョコが机に叩きつけられる音が響いた。
黒田はビクッと肩を震わせながら振り返り、虚空に向かって深く一礼した。机に出現したチョコレートの上には、浩平からのメッセージが乗っている。
『橘中尉一家に薬と食糧を与えた。彼の様子では三日ほどで活動できると期待する。私は声が聞こえるので、喋って大丈夫だ』
黒田は驚きの表情を浮かべた。自分だけでなく、見捨てていた部下の命まで救ってくれたのか。彼はベッドに腰掛け、姿勢を正すと、何もない空中に向かって口を開いた。
「……御使いさま。感謝の言葉もありません。ですが、時間が惜しい。現状の私の考えを申し上げます」
黒田は真剣な面持ちで語り始めた。しかし、浩平はスピーカーに耳を近づけて眉をひそめた。
「うーん……当時の軍隊用語と、微妙な広島弁の訛りが混ざってて、8割くらいしか聞き取れないぞ」
リアルなら「もう一回言って」と頼めば済むが、ゲーム内でそれを伝えるにはまた数百ゼニの買い物をしなければならない。
浩平が困惑しながらマウスを動かしていると、画面内の黒田の頭上に表示されている、セリフ中を示す「……」という吹き出しアイコンにカーソルが合った。試しにクリックしてみる。
ピロリン、と軽いシステム音が鳴り、画面の右端に半透明のウィンドウが現れた。
『自動文字起こし(翻訳済)ログ』
そこには、黒田が今しゃべった内容が、完璧な現代日本語の漢字変換済テキストとしてスルスルと出力されていた。
「……こんなところは、めちゃくちゃ親切なゲーム仕様なんだな」
浩平は苦笑しながら、そのテキストログを読んだ。
【黒田少将の報告と提案】
1. 広島市内の陸軍全体(第二総軍など)を動かすには、かつて私を抜擢してくれた元上官、藤堂中将の力が必要不可欠だ。
2. いただいた本にあった「明日(7月28日)の呉市の大空襲」という未来の情報を利用し、彼を信じさせる。そのために、私が書いた予言の密書を『本日中』に藤堂中将の手元へ届ける必要がある。
3. この後、私の看病のために妻が病院へやってくる。彼女に密書の配達を頼みたいが、私が療養中で任を解かれている現状、妻が藤堂中将の面会を融通してもらうには、門番や副官の口を塞ぐ「先立つもの(賄賂)」が必要だ。物資欠乏の折、御使いさまに頼るしかない。
4. 実は今朝、陸軍病院の院長にあの『金属パックの流動食(ゼリー飲料)』の空容器を見られた。薬の存在は隠したが、院長はあれを「軍上層部の特殊ルートから得た極秘の栄養剤」だと思い込んでいる。彼はゴミ清掃だと言い張って空パックを持ち帰った。今後、彼を味方に引き入れる方が得策かもしれない。
5. 明日、橘中尉をこの病室に来るように伝えてほしい。
「……おいおい」
ログを読み終えた浩平は、思わずツッコミを入れた。
「橘は昨日薬を飲んで好転し始めたばかりだぞ!? 俺も急いではいるけど、いくらなんでも人使いが荒すぎる! まさに昭和のブラック上司だな……!」
とはいえ、黒田の戦略は理にかなっている。軍の中枢を動かすには、今日中に「明日(28日)の予言」を仕込んでおく必要がある。
浩平はショップの検索窓で薬を探した。
「まずは、賄賂や交渉の切り札になる『薬』だ」
1錠90ゼニで買ったニューキノロン系抗生物質のジェネリック。まとめ買いのバルク品を探すと、『10シート(100錠)/ 2500ゼニ』という業務用に近いパッケージを見つけた。浩平はこれを購入し、黒田の机へ転送した。残高は27,910ゼニ。
さらに、黒田が求めた「門番や副官を通すための賄賂」について、浩平はテキストを打ち込んだ。
『100錠の薬だ。結核やあらゆる感染症を治療できる。用量からして軽症なら20人、中等症なら10人を死の淵から救える。
「先立つもの(賄賂の品)」についてだが、未来のアナログ腕時計、雑音のないラジオ、百発百中で火がつくライター、極上の洋酒、どれが良いか指南してほしい』
黒田は、どさりと出現した100錠もの奇跡の薬に息を呑んだ後、添えられたメモを読み、一瞬の迷いもなく虚空に向かって言い切った。
「時計、であります。軍人にとって、狂わぬ時間は命よりも重い。それが最高の切り札になります」
正直この作品を書く際に、あまり主人公を旧日本軍に関わりたくないが
はやり当時の情勢では軍抜きで歴史を動かすことができなさそうね
ただジパングのような物語を書くわけではないので、この辺の話加減は頑張って考えてみます
軍の偉い人の名前は適当です、リアルの歴史的と関連はありません




