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1945年7月26日 空襲の爪痕

この作品はフィクションです、実在の人物や団体などとは関係ありません

ゲーム内クレジット残額:35310ゼニ - (利用分)11100ゼニ = 24210ゼニ


1945年7月26日、午後4時。

浩平はモニターに張り付き、FPVカメラの視点をすずの家のちゃぶ台へと限界まで近づけていた。

画面に大写しになったメモ用紙は、粗悪な再生紙特有の毛羽立ちや、不揃いな繊維のうねりまでが恐ろしいほど緻密に描写されていた。どう見ても、ポリゴンやテクスチャで作られたCGには見えない。


浩平はそのメモに書かれた、すずの震えるような鉛筆の文字を追った。

『魚』という注文の横に、小さな文字で切実な願いが添えられていた。


『監視者さま、できれば薬もほしい。知り合いの家まで、隣の呉市から逃げてきた家族が居て、広島市内の病院は満杯で入って貰えないと聞いている』


呉市。東洋一の軍港であるあの街は、昨日から今日にかけて米軍艦載機による苛烈な大空襲を受けているはずだ。広島市内にはまだ爆弾は落ちていないが、火の海となった呉からの避難民が押し寄せているのだろう。


浩平はすぐさまショップを開き、『アラスカ産銀鮭の切り身 5切れ(800ゼニ)』を購入した。そして、メッセージ欄に素早く打ち込む。

『ケガした家族の状況を詳しく教えてください』


転送された鮭の切り身とメモを見たであろうすずは、すぐさまちゃぶ台で鉛筆を走らせた。カメラ越しに、リアルタイムで文字が綴られていく。

『主にやけど、外傷と打撲、熱を出している子もいると聞く』


「要は、広範囲のやけどと細菌感染症か……」

浩平は呻いた。やけどは皮膚のバリア機能を失わせるため、当時の不衛生な環境では致命的な感染症を引き起こす。浩平は薬のカテゴリーを猛スピードで検索し、10人が2週間使えるだけの分量を見繕ってカートに放り込んだ。


ペニシリン系抗生物質(アモキシシリン等)ジェネリック 10箱:4000ゼニ


NSAIDs解熱鎮痛剤(イブプロフェン等) 10箱:3000ゼニ


抗生物質配合の化膿止め軟膏(ゲンタマイシン等) 10本:2000ゼニ


患部保護用の白色ワセリン(大容量ボトル) 2個:1000ゼニ

(合計:10000ゼニ)


浩平は薬と共に、AIに要約させた『やけどと外傷の簡易処置マニュアル』の紙片を作成し、そこに強い警告文を書き添えて転送した。


『薬だ。しかし、これらの存在がばれると政府や特高警察が必ず嗅ぎ回る。どのタイミングで使うか、誰に渡すかは慎重にすべし。お前の命も危なくなる』


ポン、という音と共に、ちゃぶ台の上に現代の医薬品の山が出現した。

すずは、その異様な光景と警告文に息を呑んだ。ただの栄養剤ではない。「命を救う薬」という、この時代において金塊以上の価値を持つ代物だ。もしこれを持っていることが憲兵に知れれば、間違いなく拷問を受けてでも出処を吐かされる。

すずは震える手で薬の箱を撫でながら、事の重大さに唇を噛み締め、それらを床下の最も奥深い場所へと隠した。


一方、浩平はモニターの前で深い徒労感に襲われていた。


「……重度のやけどなんて、現代のICU(集中治療室)で全身管理したって助かるか分からないのに。素人が薬を塗ってどうにかなるのか?」


浩平はキーボードから手を離し、自嘲気味に呟いた。


「ゲームのポーションみたいに、飲んだら一瞬で治ればいいのにな……。このゲーム、リアルすぎるだろ。そもそもこれ、本当に『ゲーム』なのか……?」


◇◇◇

燃える脂とマングローブ炭

◇◇◇


浩平がFPVカメラで土間を視察していると、重大な問題に気がついた。


「薪が……もうほとんどないぞ」


連日の「豪勢な炊き出し」により、すずの家で備蓄していた貴重な薪が底を突きかけていたのだ。


安いカセットコンロとカセットガスを送るのが一番手っ取り早いが、使い終わった「金属の空き缶」を安全に処分する手段がすずたちにはない。不燃ゴミは時代を超えたオーパーツとして、致命的な証拠になり得る。

浩平は燃え尽きれば灰になる燃料を選んだ。『業務用マングローブ炭 10kg(1500ゼニ)』。着火しやすく、火力が安定し、何より煙が少ない。浩平はそれを土間の隅へ転送した。


夕方。いつものように、さちがふみこを連れて帰ってきた。

すずは突如現れた見慣れぬ黒い炭(マングローブ炭)に驚きながらも、それが監視者からの気遣いだとすぐに察した。木炭はパチパチと心地よい音を立てておこり、土間を強い熱気で満たした。


すずは網を乗せ、支給された『アラスカ産銀鮭』を焼き始めた。


「お母ちゃん……すごい匂いじゃね」


さちとふみこは、かまどの前にしゃがみ込み、恍惚とした表情で網の上を見つめていた。

現代の養殖や冷凍技術に支えられたアラスカ産の銀鮭は、当時の細々と獲られていた鮭とは比べ物にならないほど分厚く、そして異常なほどに脂が乗っていた。

ジュゥゥゥ、と皮の裏から溶け出した黄金色の脂が炭火に落ち、暴力的なまでに香ばしい煙が立ち昇る。


「さあ、焼けたよ。熱いうちに食べんさい」


ちゃぶ台に並べられた、艶やかな白米と、表面が脂でジュージューと泡立っている分厚い焼き鮭。

箸を入れると、パリッとした皮の下から、ホロホロと柔らかい身が崩れた。口に入れた瞬間、強烈な塩気と、鮭特有の濃厚な旨味、そして何より「圧倒的な脂」が舌の上で弾けた。


「……っ!! 美味しい……お魚って、こんなに味が濃かったん……?」


ふみこは目を丸くし、鮭の身をご飯にバウンドさせて、無我夢中で掻き込んだ。さちもまた、骨の周りの身までしゃぶり尽くすようにして食べている。

これほどの脂質とタンパク質を同時に摂取したのは、彼女たちの人生で初めてのことだった。


食後、すずは残りの二切れの鮭も丁寧に焼き上げ、六個の塩結びと共に風呂敷に包み、ふみこに持たせた。


「今日もありがとう、おばちゃん……弟も、お母ちゃんも、絶対喜ぶけえ」


ふみこは何度も何度も頭を下げ、月明かりの中を帰っていった。


◇◇◇

母の嘘と、燃える隣街

◇◇◇


ふみこを見送った後、土間の片付けをしていたさちの顔が、ふと暗く沈んだ。

「お母ちゃん……今日ね、工場で聞いたんじゃけど。呉の街が、昨日からずっと焼かれとるって……」

さちの声は微かに震えていた。


「空が真っ赤になるくらい、ぎょうさん飛行機が来て、爆弾落としとるって。……広島にも、いつかあんなのが来るんじゃろうか」


すずは手を止め、暗い顔で俯く娘の肩を優しく抱き寄せた。


「大丈夫よ。私たちには……ほら、見守ってくれとる人がおるじゃろう?」


すずはそう言って微笑んでみせたが、その胸の内は鉛のように重かった。監視者からの『8月6日の災難』という予言が、現実味を帯びた恐ろしい足音となって近づいてきているのを感じていたからだ。


そしてすずは、床下に隠した大量の「薬」のことを、あえてさちには一言も話さなかった。


(この薬のことは、私一人で背負わんといけん。……もし見つかれば、特高に何をされるか分からんのだから)


呉から逃げてきたという火傷を負った人々に、どうやって怪しまれずにこの薬を届けるべきか。すずは暗い茶の間で、誰にも言えない重圧に一人耐えながら、静かに考えを巡らせていた。


### 7/26 PM 5:00 助け人と神の使い


1945年7月26日、午後5時。

浩平は再び陸軍病院の特別室へとFPVカメラを滑り込ませた。

黒田少将は、酸素マスクのようなものを外し、穏やかな寝息を立てていた。苦悶の表情は消え、結核が急激に抑え込まれているのがわかる。


ふと、ベッドの脇の机に視線をやると、一枚の茶色い封筒が置かれているのに気がついた。表には震える万年筆の字で『神の使いさまへ』と書かれている。


「やばい、手紙は封筒の中か……。物理的に干渉できないのに、どうやって中身を見るんだ?」


浩平はマウスを慎重に操作し、カメラの角度をミリ単位でいじり始めた。封筒の隙間からビューポート(視点)を無理やり潜り込ませようと、10分ほど悪戦苦闘する。


「だめだ。隙間には入ったけど、暗すぎるし近すぎて文字が読める視野じゃない」


浩平が諦めかけ、何か物を落として黒田を起こそうとしたその時だった。マウスカーソルが封筒に重なった瞬間、画面に【詳細表示】という小さなポップアップが出現したのだ。


「……なんだこれ」


クリックすると、画面の中央に見慣れたゲームのUIウィンドウが開き、便箋の内容がスキャンされた画像のように表示された。


「こんなところは思いっきりゲームっぽいんだな。どれどれ……」


手紙には、黒田の乱れた、しかし教養を感じさせる筆致でこう記されていた。


『神の使いさま。貴殿の命じられた大任を果たすには、私一人では物理的に不可能だ。私にはたちばな 誠一郎せいいちろうという中尉の副官がいる。彼は私の看病のせいで結核をうつされ、今は軍務を外れ、自宅で苦しんでいる。どうか、彼にも私と同じ薬を。彼の機動力と頭脳が必ず必要になる。住所は曙町一丁目、妙覚寺の近くの平屋だ』


浩平は呆れ気味に息を吐いた。


「助けてほしいなら、番地や番まで最後まで書けよ……まあ、この時代の地図なんて曖昧だし、『町や字』単位の住所表記はもともと分かりにくいから仕方ないか」


確かに、寝たきりからようやく回復の兆しを見せたばかりの黒田一人に、街の避難計画をすべて丸投げするのは無理がある。実働部隊は絶対に必要だ。

浩平は、黒田が橘に「自分が本物であること」を証明するための証拠が必要だと考えた。ショップで『無地金色のジッポライター(2200ゼニ)』を購入し、机の上に転送した。


『橘の所へ行ってくる。信用してもらうために、彼と貴殿しか知らない情報をいくつか次のメモに残すように。このライターは自分用か、他人に頼み事をする時の賄賂にでも使え』


そう書いた紙片を添えて。


◇◇◇

曙町の没落将校

◇◇◇


浩平はブラウザの別タブで「広島市 旧市街地 地図」と検索し、昭和初期の古地図とゲーム内の地形を照らし合わせた。


「曙町一丁目……妙覚寺、あった」


カメラを大きく移動させ、指定されたエリアへ飛ぶ。しかし、そこからが長かった。表札を一つ一つ確認しながら路地を這い回ること約20分。ようやく、古びた平屋の門に『橘』と書かれた木札を見つけた。


「ちょっと一旦、様子を見ようか」


浩平はFPVカメラを操作し、玄関の戸をすり抜けて家の中へ侵入した。


(生身の人間なら立派な不法侵入だが、ここは壁すら抜けるゲーム内だしな……)と、奇妙な罪悪感を誤魔化す。


家の中は、黒田の特別室とは打って変わって、酷く冷え冷えとして貧しかった。

奥の六畳間で、橘誠一郎が布団の上に上体を起こし、激しい咳き込みとともに血痰を吐き出していた。寝たきりではないが、頬はこけ、目には疲労と絶望の色が濃い。


「お兄ちゃん、お水。ゆっくり飲んで」


背中をさすっているのは、若い妹のちひろだった。彼女のモンペも擦り切れており、酷く痩せている。隣の部屋からは、高齢の母親が力なく咳をする音が聞こえてきた。

橘は本来、エリートである帝国陸軍中尉だ。しかし、結核で軍務を外れて長期療養に入ったため、給与の支払いは滞り、軍からの特権的な配給も止められてしまっている。働き手もいない橘家は、医者にかかることすらできない深刻な貧困状態に陥っていたのだ。


浩平は橘のステータスをクリックした。


【橘 誠一郎 / 状態:肺結核(中等症)】


「中等症か。黒田よりはマシだが、これじゃ歩けないな」


浩平はすぐさまショップのカートにアイテムを放り込んでいった。

薬は黒田と同じフルセット(約2800ゼニ)。そして、病人の体力を一気に回復させるための「カロリーの暴力」たる食材だ。


『5kgのコシヒカリ古米(2000ゼニ)』『砂糖1kg(260ゼニ)』『小麦粉1kg(240ゼニ)』『バター200g(400ゼニ)』『キャノーラ油1000ml(250ゼニ)』『牛乳1000ml(250ゼニ)』『卵10個パック(300ゼニ)』、そしてすずの家でも大好評だった『アラスカ産銀鮭の切り身5切れ(800ゼニ)』。


総額7300ゼニ。浩平はちひろが台所へ向かったタイミングを見計らい、茶の間のちゃぶ台の上にすべてを一気に転送した。


土間から茶の間へ戻ってきたちひろは、そこに積まれた異様な物資の山を見て、短い悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。


「な、なにこれ……!?」


真っ白な米、透明な油、見たこともない四角い紙パック(牛乳)。そして、夥しい数の薬のシート。

震える手で、一番上に乗っていた紙片を手に取る。


『橘 誠一郎 中尉。

黒田少将からの極秘の命により、特効薬と糧食を届ける。将官は順調に回復している。

貴殿もこの薬で一刻も早く病を治し、数日後の極秘任務に備えよ。食事は妹に作らせ、必ず全て平らげること。』


「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」


ちひろは紙片と薬のシートを握りしめ、転がるように誠一郎の部屋へ駆け込んだ。


「黒田閣下から……お使いの人が来て、これを置いていったの!」


「なんだと……?」


誠一郎は紙片を受け取り、そこに書かれた『黒田少将は順調に回復している』という一文に目を剥いた。あんな末期の状態から回復するなど、医学的にあり得ない。しかし、目の前にある見たこともない精巧な薬の錠剤と、部屋の外から漂ってくるほのかな鮭とバターの匂いは、紛れもない現実だった。


「……閣下が、私を見捨てずに……!」


誠一郎の目から、大粒の涙が溢れ落ちた。彼はもはや疑うことなく、処方箋通りに錠剤を口に放り込み、妹が持ってきた水で一気に飲み下した。


「ちひろ、すぐに食事を作ってくれ。母上にも食べさせてやってくれ……っ!」


◇◇◇

別々の食卓、同じ涙

◇◇◇


ちひろは土間へ駆け込み、夢中で火を起こした。

浩平から支給された「バター」を鍋に落とす。途端に、戦前の日本人が嗅いだことのないような、濃厚で芳醇な乳脂肪の香りが家中に弾けた。そこにアラスカ産の分厚い銀鮭を投入し、ムニエルのように焼き上げる。

炊きたての銀シャリと、たっぷりの砂糖を入れた甘い卵焼き。そして、冷たい牛乳。


結核の感染を防ぐため、家族は同じ食卓を囲むことはできない。

ちひろはお盆に山盛りの食事を乗せ、兄の部屋と、高齢の母の部屋へとそれぞれ運んだ。


「お母さん、起きて。ご飯よ。黒田閣下が届けてくださったの」


母は起き上がり、バターで焼かれた鮭と真っ白なご飯を見て、言葉にならない嗚咽を漏らした。震える手でご飯を口に運び、「ああ、もったいない……美味しい、美味しいねえ」と涙を流しながら咀嚼した。

ちひろ自身も台所の隅にしゃがみ込み、鮭の脂とバターが染み込んだご飯をかき込みながら、明日への希望に声を殺して泣いた。


そして隔離された六畳間。

誠一郎は、出された食事を猛然とした勢いで胃袋に流し込んでいた。バターと鮭の圧倒的なカロリーが、中等症の結核で痩せ細った細胞の隅々にまで染み渡り、燃えるような熱量を生み出していく。


(閣下……! この橘、必ずやすぐに回復し、再び貴方様の盾となってみせます!)


口の周りを油でテカらせながら、若き中尉の瞳に、かつての鋭い軍人としての光が宿り始めていた。

お待たせしました

今回は長めです(『地球の管理者』から全然学んでないスタンス…)

主人公の浩平が何かやろうとしたらあっという間に資金が底をつくですね

これは、この世界(ゲーム)の制約です

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