1945年8月4日 長崎避難作戦
この作品はフィクションです、実在の人物や団体などとは関係ありません。
【現在のクレジット残額:1,508,159,180ゼニ】
◇◇◇
坂の街の夜明け
◇◇◇
1945年8月4日、午前7時00分。長崎地区司令部・司令官室。
南山手の高台(現在の長崎地方気象台周辺)に位置する長崎地区司令部。窓の外には、すり鉢状に広がる長崎港と、朝日に照らされ始めた入り組んだ坂の街並みが一望できていた。
黒田中将の手元で、浩平から預けられていた通信タブレットが淡い光を放ち、メッセージを表示した。
『黒田中将。広島と同じく、本日より長崎全市二十万人の避難を開始してください。史実の投下日は八月九日ですが、広島の防衛が成功した場合、米軍が即座に第二目標である長崎へ原爆を振り替えてくる危険があります。
ただいま、司令部北側の広場へ、水筒二十万本、ORS給水タンク四百セット、冷水用タオル二十万枚、そして軍用トラックを動かすバイオディーゼルとガソリン各1万リットルを転送しました。
また、午前十時には重篤な患者や歩行困難者を運ぶための「最新式大型人員輸送車」五台を長崎へ配備します。運転兵を選抜し、操縦訓練を行わせてください。 ――監視者 浩平』
プラスチック製500ml水筒(100ゼニ)× 200,000本 = 20,000,000ゼニ
ハンドタオル(業務用、単価70ゼニ) x 200,000枚 = 14,000,000ゼニ
業務用500L特大ウォータータンク(単価12,000ゼニ)× 400セット = 4,800,000ゼニ
500L ORS経口補水液(1℃保冷設定・4,500ゼニ相当)× 400セット = 1,800,000ゼニ
B100バイオディーゼル燃料(20L/10,000ゼニ)× 500缶(10,000L)= 5,000,000ゼニ
ホワイトガソリン(18L/9,000ゼニ)× 550缶(10,000L)= 4,950,000ゼニ
【総支出:50,550,000ゼニ】
「……来たか!」
黒田中将は身を震わせ、窓から北側広場を見下ろした。
何もない広大な土煙の広場に、地鳴りとともに突如として出現した無数の段ボール箱、鮮やかなオレンジ色の特大給水タンク、そして緑色の燃料缶の山。
「天の監視者殿……相変わらず途方もないお力だ」
黒田は息を呑んだが、すぐにメッセージの後半を読み返して苦い顔をし、腕を組んだ。
(……最新式の大型バスだと? 広島のような平坦な太田川デルタと違い、この長崎は平地が極端に狭く、急峻な坂道と狭隘な路地ばかりだ。そんな巨大な未来の車を、どこで事前に操縦訓練させればよいのだ……?)
長崎の独特な地形が、黒田の前に大きな課題として立ち塞がっていた。
◇◇◇
二大避難ルート
◇◇◇
午前8時00分。長崎地区司令部・中庭。
整列した約六千名の陸軍将兵を前に、黒田中将、谷口元治郎要塞司令官、松浦豊一地区司令官の三将官が壇上に立った。
黒田は鋭い眼光で整列する兵士たちを見渡し、腹の底から響く大声で訓示を放った。
「全軍に告ぐ! 本日、長崎市街二十万の全軍民を、敵の新兵器の脅威から救うための大疎開作戦を発動する! 浦上天主堂を境界線とし、長崎の地勢を活かした二大ルートにて全市民を安全圏へと脱出させる!」
黒田は傍らの谷口中将と松浦少将へ視線を向けた。
「谷口要塞司令官! 貴官は三千名の兵を率い、浦上天主堂以北の住民を指揮して北上せよ! 目指すは時津港を擁する『時津・長与地区』だ! 工場や住宅地が多い地域ゆえ、各施設の協力を仰ぎ、秩序ある収容を行え!」
「ハッ! 谷口、命を賭して北上ルートを完遂いたします!」
「松浦地区司令官! 貴官は三千名の兵を率い、浦上天主堂以南の住民を誘導せよ! 旧長崎街道(日見峠越え)を突破し、東側の『東長崎地区(矢上・日見)』へ避難させる! 矢上や古賀の農村地帯、橘湾の戸石の漁村に広大な畑地がある。天の監視者殿から支給された天幕を張り、一大野営地を築け!」
「ハッ! 松浦、長崎南部市民を日見峠の向こうへ送り届けてみせます!」
二人の将官が力強く敬礼を捧げ、六千名の将兵が二手に分かれて、朝の長崎市街地へと怒涛の勢いで繰り出していった。
◇◇◇
長崎街頭の警鐘と命の銀シャリ
◇◇◇
午前9時00分。長崎市街地各所。
黒田から支給されたバイオディーゼルとガソリンを満タンに注ぎ込まれた長崎要塞司令部の九四式トラックや軍用乗用車が、轟音を響かせて市街地を巡回し始めた。
「市民の皆さんに告ぐ! 大本営および要塞司令部の命令である! 直ちに火の元を始末し、貴重品を持って指定の避難地へ向かわれたし!」
「北部の住民は時津・長与へ! 南部の住民は日見峠を越えて東長崎へ移動せよ!」
拡声器を持った兵士たちの叫び声が、すり鉢状の街の路地に反響する。
長崎駅前、浜町、思案橋、浦上駅前といった主要な辻々には、巨大な500LのORS(経口補水液)給水タンクとおにぎりの配給所が開設されていた。
「奥さん、冷たい甘いお水だ! この水筒を首から下げて持って行け!」
「熱中症にならんよう、濡れタオルを首に巻いて歩くんだ!」
兵士たちが一人ひとりに手渡したのは、透明なプラスチック水筒、冷たい冷水に浸したハンドタオル、そして白米で握られたばかりの塩むすびであった。
「冷たい……! こんなに冷たいお水が飲めるなんて!」
「お母ちゃん、おにぎりだよ! 真っ白いお米のおにぎりだ!」
突然の避難命令に戸惑っていた市民たちも、手渡された冷たいORSと温かいおにぎりを口にした瞬間、軍が本気で市民たちを守ろうとしていることを悟り、背負子や風呂敷包みを抱えて力強く歩き始めた。
◇◇◇
運転訓練
◇◇◇
午前10時00分。長崎港・大波止大通り。
一方、現代の自室にいる浩平は、広島の東洋工業で得られた貴重な走行データと問題点を即座にまとめていた。
(長崎は、広島以上に平坦な道はない。ぶっつけ本番で事故を起こされたら終わりだ)
浩平は現実世界の生成AIを活用し、A4用紙一枚にまとめた『ランプバス基本操作の手引き(始動手順・ATボタン操作・ホイールパークブレーキ・ニーリング機能の図解)』を作成。五冊の車両取扱説明書の重要ページにしおりを挟み運転席の上に置いて、準備を整えた。
長崎市内には、広島のような広大なテストコースを持つ工場敷地は存在しない。
黒田中将と協議した結果、海沿いで道幅が最も広い「大波止東側の大通り」へ直接バスを転送し、そこから10キロ以下の徐行運転で長崎駅東側の広場へ移動させて訓練を行う作戦が採られた。
「よし……頼んだぞ、長崎の運転兵たち!」
浩平は転送ボタンをクリックした。
ズズズズズ―――――ッ!!
大波止の広いアスファルト道路の上に、突如として空間が歪み、五台の銀色の大型ランプバス(いすゞ・エルガ)が出現した。
中古ランプバス(いすゞ・エルガ/AT仕様 給油済)x 5台 = 50,112,500ゼニ
待機していた長崎要塞自動車隊の熟練運転兵十名と整備将校が、息を呑んで立ち尽くす。
運転席には、浩平がプリントアウトした『基本操作の手引き』が置いてあった。
「これが……未来の大型車両か……!」
運転兵の主任である曹長が、手引きを握りしめて先頭車両の運転席へ飛び乗った。
『一、メインスイッチを右へ回す』
『二、足踏みブレーキを強く踏み込みながら、キーをSTART位置へ回す』
キュルルル……ブロロオォォォォン……!!
静粛で滑らかなエンジン音が響き、車内に冷房の風が吹き抜けた。
「か……かかった! 本当に手引きの通りだ!」
『三、ホイールパークレバーを引き下げ、駐車ブレーキを解除』
『四、左手のボタン『1』を押し、ブレーキを緩める』
プシュウウウッ……スゥゥゥ…………。
クラッチ操作の一切ない、滑らかすぎる発進。
五台の銀色の巨体は、手引きの指示通りに時速10キロメートルの超徐行で大波止を抜け、長崎駅東側の広い敷地へと整然と移動していった。
広場に到着した運転兵たちは、前扉・中扉の開閉、車高を沈めるニーリング操作、そしてカーブの車幅感覚を猛烈な勢いで体に叩き込んでいった。
「よし! これなら行けるぞ!」
「この車があれば、坂の下まで降りてきた病院の重病人を、時津まで一気にピストン輸送できる!」
昭和二十年八月四日。
原爆投下の悪夢を未然に打ち砕くため、長崎の街でもまた、人々の命を賭けた総力戦の歯車が力強く回り始めたのであった。
◇◇◇
松浦少将の苦悩
◇◇◇
1945年8月4日、午前11時00分。長崎・浦上天主堂。
東洋一の規模を誇る双塔の赤レンガ聖堂――浦上天主堂。
その荘厳な聖堂の正面扉の前で、避難誘導にあたっていた陸軍の分隊と、黒いスータンを身にまとった西田三郎神父、そして百名を超えるカトリック信徒たちが激しく対峙していた。
「神父さん、頼むから言うことを聞いてくれ! 要塞司令部からの絶対命令なんだ! 今すぐ教会を出て、日見峠か時津へ避難してくれ!」
現場の小隊長が声を枯らして説得するが、信徒たちは胸の前で固く十字架を握りしめ、一歩も動こうとしない。
信徒総代の初老の男性が進み出て、毅然と言い放った。
「兵隊さん、いくら軍の命令でもこればかりは従えません。来週八月十五日は、私たちにとって何より大切な『聖母被昇天の大祝日』です。今まさに西田神父様より、信徒一同が一年間の罪を清める『告解(ゆるしの秘跡)』を受けている最中なのです」
「祝日だか何だか知らんが、命より大事な儀式があるか!」
「私たちにとっては、命よりも主の御前での祈りが重いのです!」
そこへ、南部の避難指揮を執っていた長崎地区司令官・松浦豊一 陸軍少将が軍用車を乗り付けて駆けつけてきた。
「どうした、何事だ!」
「松浦閣下! 天主堂の信徒たちが、頑として教会の退去に応じません!」
松浦少将は軍靴を鳴らして西田神父の前へ進み出た。
「西田神父とお見受けする。私は長崎地区司令官の松浦である。軍は決して貴殿らを弾圧するつもりはない。間もなく長崎に敵の想像を絶する新兵器が投下される危険があるのだ。市民を救うための全軍退避である、どうか理解していただきたい」
しかし、西田神父は静かに、だが鋼のように揺るぎない眼差しで松浦を見つめ返した。
「松浦将軍……お言葉ですが、承服しかねます。これまで私たちキリスト教徒が、特高警察や軍から『非国民』『敵国のスパイ』と蔑まれ、いかに不当な監視と弾圧を受けてきたか、ご存じのはずです」
西田神父は背後の赤レンガの壁を愛おしそうに手で撫でた。
「この浦上天主堂は、幕末から明治の弾圧(浦上四番崩れ)を耐え抜いた私たちの先祖が、三十年以上の歳月をかけ、爪に火を灯す思いで自らの手で煉瓦を積み上げた『信仰の城』です。軍が突然やってきて全員立ち退けと仰る……これを教会の接収や聖具供出のための口実ではないと、どうして信じられましょうか」
「な……接収など断じてせん!」
「仮に本当に爆弾が落ちてくるとしても同じことです」
西田神父は穏やかに微笑み、祭壇を仰ぎ見た。
「先祖の血と祈りが染み込んだこの聖堂と運命を共にすること……主の御前で命を捧げることこそ、私たち浦上信徒の本望にございます」
取り囲む信徒たちも一斉に「アーメン」と呟き、祈りの姿勢に入ってしまった。
力づくで引きずり出せば暴動になりかねない。松浦少将は脂汗を流し、その場から長崎地区司令部へ緊急連絡を入れるしかなかった。
◇◇◇
第338章:約束された未来の奇跡
◇◇◇
午前11時20分。長崎地区司令部。
松浦少将からの緊急連絡を受けた黒田中将は、直ちに手元の手帳を開き、万年筆で静かに文字を書き始め、事態を浩平へ連絡した。
『1945年8月4日 AM 11:25 BLAK>FTKH 浩平殿。浦上天主堂の西田神父ならびに信徒数百名が、信仰の儀式と教会の死守を理由に避難を完全拒否しておる。力づくの排除は信仰への冒涜となり、かえって頑なになるばかりだ。何か……彼らを納得させられる知恵はないだろうか ――黒田』
現代の自室でモニターを見ていた浩平は、思わず頭を抱えた。
「うわ……宗教絡みの事案か……一番デリケートで難しい問題だぞ……」
下手に原爆で吹き飛んだ未来の浦上天主堂の写真など見せれば、「ならば教会と運命を共にするのが信仰者の誇りだ」と、かえって殉教の決意を固めさせてしまう危険性がある。
「なら、彼らが本当に求めているのは何だ? 破滅の予言じゃない……『自分たちの信仰が正しかったという確信』と、『生き延びることこそが神の御心であるという絶対的な根拠』だ……!」
浩平はゲーム内ショップとリアルの通販サイトを猛烈な勢いで検索した。
「これだ……!!」
浩平が即座に購入したのは以下のセットであった。
『バチカン公式・ローマ教皇長崎訪問 フルカラー記念写真集』(教皇庁紋章入り特別装丁版)10,000ゼニ
『ヨハネ・パウロ2世&フランシスコ教皇 長崎・浦上平和大ミサ 記録映像DVD』 3,000ゼニ
ポータブルDVDプレイヤー(9.5インチ液晶/単三乾電池駆動仕様): 6,000ゼニ
アルカリ単三乾電池(24本パック): 1,000ゼニ
【購入総額:20,000ゼニ】
さらに浩平は、現実世界の生成AIツールを開き、プロンプトを打ち込んだ。
『1945年の長崎・浦上天主堂のカトリック司祭に対し、聖書の教えに基づき、教会の建物への執着を手放し、生ける信徒の命を守るために避難することが真の信仰であると説く、最も感動的で格調高い説得文を作成して』
わずか十秒で出力された極めて感動的な説得台本を、浩平はゲームインベントリ内のプリンターでA4用紙に素早くプリントアウトした。
「黒田さん! まずは説得の台本を渡します! あとDVDは以前終戦映像の時と同じく、画面を開いて電源入れて再生ボタンを押すだけです。映像再生の後、この台本を神父の前で読み上げてください!」
黒田中将の手元に、電池が装着されたポータブルDVDプレイヤー、豪華な写真集、そしてA4用紙の説得台本が転送された。
いままで何回もポータブルDVDプレイヤーを操作した事ある黒田は操作方法を一通り再確認すると、立ち上がった。
「よし……私が自ら浦上へ向かう!」
◇◇◇
聖堂に響く御声と生ける神殿の行軍
◇◇◇
午前11時45分。浦上天主堂・大聖堂内。
ステンドグラスから神秘的な光が差し込む静寂の聖堂内。
松浦少将が見守る中、足音高く正面扉を開けて入ってきたのは、長崎全権勅使・黒田中将であった。
「黒田閣下……!」松浦が敬礼する。
黒田中将は祭壇の前に立つ西田神父の前まで歩み寄ると、厳かに頭を下げた。
「西田神父。私は陛下から長崎全権勅使を拝命した黒田である。……貴殿らの信仰への誇り、そしてこの聖堂にかける先祖代々の血の滲む想い、痛いほど理解した」
西田神父が警戒の眼差しを向ける中、黒田は脇に抱えていた一冊の重厚な本を差し出した。
金箔で縁取られた豪奢な布張りの表紙には、燦然と輝くバチカン市国(ローマ教皇庁)の公式紋章(三重冠と交差する鍵)が刻印されていた。
「な……これは……!?」
西田神父の目が釘付けになった。
「開いて見られるがよい。天の監視者殿より授かった、未来の聖なる記録である」
震える手でページをめくった西田神父の喉から、掠れた悲鳴が漏れた。
そこに印刷されていたのは、現代の最高峰の印刷技術で刷られた、フルカラーの写真であった。
白い法衣をまとったローマ教皇(ヨハネ・パウロ2世、ならびにフランシスコ教皇)が、長崎の地を踏み、十字架を掲げ、何万人もの日本の信徒たちを前に涙を流して祝福を与えている姿。
写真のキャプションには、ラテン語と格調高い日本語で明確に記されていた。
『教皇聖下、平和の街・長崎浦上を御訪問』
「きょ……教皇聖下……!? バチカンの教皇様が将来……この長崎へおいでになられるというのか……!?」
西田神父はその場に膝をつき、写真を抱きしめて号泣した。周囲の信徒たちも息を呑み、胸の前で激しく十字を切った。
そこへ、黒田中将がポータブルプレイヤーの画面を開き、再生ボタンを押した。
『――長崎の愛する兄弟姉妹の皆さん。平和を、キリストの平安が皆さんと共にあるように……』
9.5インチの鮮やかな液晶画面から、柔らかな光とともに、世界中の信徒を包み込むような教皇の慈愛に満ちた肉声が、聖堂のドーム天井に朗々と響き渡った。
「ああ……主よ……! これは未来の教皇様の御声なのか……! 本当に、教皇様が私たち日本の信徒に語りかけておられる……!」
信徒たちは床に額を擦り付け、聖堂内は嵐のような感動の涙と祈りに包まれた。
その圧倒的な静けさの中、黒田中将は浩平から託されたA4の説得台本を広げ、威厳と深い慈愛を込めて読み上げた。
「西田神父。聖書にこう記されております。
『あなたがたは神の神殿であり、神の霊があなたがたの内に宿っていることを知らないのですか』(コリントの信徒への手紙一 3章16節)」
黒田の声が、涙に濡れる神父の心へ深く染み込んでいく。
「天主堂の赤レンガは確かに尊い。しかし、神が真に愛し、その霊を宿らせておられる神殿とは、レンガの建物ではなく、いま目の前にいる信徒たち一人ひとりの『命』そのものです。
かつて聖ヨセフが、幼子イエスを守るためにエジプトへ逃れたように……いま信徒を連れて山へ避難することは、信仰の敗北でも逃亡でもありません。神から託された生ける羊たちを守る、司祭としての崇高なる神聖な義務です」
黒田は台本から目を上げ、西田神父を真っ直ぐに見据えた。
「神父よ。あなた方が生き延びて血と祈りを繋がなければ……未来において、あの画面の教皇聖下を笑顔でお迎えする浦上の子孫たちは、この世から一人もいなくなってしまうのだ!」
「…………っ!!」
西田神父の胸の奥で、すべての迷いと頑ななこだわりが音を立てて崩れ去った。
神父は立ち上がり、祭壇のキリスト像に向かって深々と十字を切ると、涙を拭い、聖堂を埋め尽くす信徒たちに向き直った。
その瞳には、もはや悲壮な殉教の影はなく、未来を切り拓く羊飼いの力強い光が宿っていた。
「皆さん……! 聖堂の十字架、祭壇布、そして聖具を胸に抱きなさい! 私たちは逃げるのではありません! 未来の教皇様をお迎えするため、私たちの命という『真の神殿』を守るため……山へ向けて、聖なる行軍(出エジプト)に出発するのです!!」
「「「アーメン……!!」」」
信徒たちの歓喜の祈りが聖堂を揺るがした。
数分後、西田神父を先頭に、十字架と聖具を大切に掲げた浦上の信徒数百名が、誇らしげに日見峠へ向かう避難の大列へと合流していった。
不条理な原爆の劫火によって灰燼に帰すはずだった浦上の信仰と無数の命は、八十二年の時を超えて届いた教皇の祈りと一人の青年の機転によって、完全に救い出されたのであった。
◇◇◇
坂の街の病院の患者疎開作戦
◇◇◇
1945年8月4日、午前11時00分。長崎市街地。
大波止での操縦訓練を終えた長崎要塞自動車隊の運転兵たちが駆る五台の大型ランプバス(いすゞ・エルガ)は、長崎市内に点在する三大病院へと急行していた。
長崎医科大学附属医院(坂本町/爆心地予定地からわずか約700メートル)
三菱長崎造船所病院(飽の浦町/爆心地から約3.3キロメートル)
浦上第一病院(本原町/爆心地から約1.4キロメートル)
三病院に収容されている重症患者の総数は約五百名。
軽症患者については軍用トラックの荷台に乗せられ、時津港の港湾施設へと順次運ばれていたが、脊椎損傷者、重度の結核患者、戦傷患者といった自力歩行が不可能な重篤患者百名が、医師や看護婦の手によって第一陣のバスへと慎重に収容された。
患者の乗降を含め、市街地から北方の避難先へのピストン輸送に要する時間は往復で約一時間。
午前12時00分。時津国民学校・校庭。
時津港を望む高台に位置する時津国民学校の校庭に、砂埃を上げて五台の銀色のバスが滑り込んだ。
車外へ一歩足を踏み出した瞬間、じっとりと肌を焼く三十度近い真夏の熱風が吹きつけた。
目の前に立つのは、老朽化が進んだ木造二階建ての校舎。窓ガラスの一部は割れ、水道の蛇口は数えるほどしかなく、電力インフラも極めて脆弱であった。
元の病院に冷房こそなかったものの、日陰の石造病棟、清潔な消毒環境、充実した処置室と水回りがあった。それに対し、この埃っぽい木造校舎は、真夏の直射日光でまるで巨大な蒸し風呂のようであった。
バスの車内から校舎を見上げた長崎医科大の同伴医者が、顔を青ざめさせて運転兵に詰め寄った。
「運転手さん! まさか、この極度の熱気と埃が充満する校舎へ患者を下ろすつもりなのか!? この涼しく清潔な車内からあんな蒸し風呂へ移せば、弱り切った重症者は脱水と感染症でたちまち命を落とすぞ!」
看護婦長も必死の形相で訴え出た。
「お願いです! 患者さんたちの命のためにも、このまま冷房の効いた車内にとどまらせてください! ここにいれば、点滴も手当ての処置も安全に行えます!」
「し、しかし……! 我々は次の患者四百名を迎えに戻らねばならんのです!」
困り果てた運転兵は、校庭で陣頭指揮を執っていた北上ルート指揮官・谷口要塞司令官へ報告。谷口中将から長崎地区司令部の黒田中将へ、直ちに直通の電話が入った。
受話器を置いた黒田中将は、執務室で重い溜息をついた。
「……医師たちの言い分はもっともだ。広島と違って、この長崎には患者を丸ごと受け入れてくれる呉海軍病院のような後背施設がないからな……」
学校の衛生環境を今すぐ改善するにせよ、新たな車両を手配するにせよ、頼るべき相手はただ一人。黒田は手帳を開き、万年筆を走らせた。
『1945年8月4日 AM 12:05 BLAK>FTKH 浩平殿。長崎市内の病院から避難する重症患者について、同伴医師と看護婦らは受け入れ先の国民学校の環境を見て「患者をそのまま空調の効いた車内にとどまらせたい」と申し出があった。大型人員輸送車の追加か、他の施策はありませんでしょうか ――黒田』
◇◇◇
五億ゼニの決断と「動く病室」
◇◇◇
現代――浩平の自室。
PCから鳴り響いた通知音とともに黒田からの要請を読んだ浩平は、デスクの前で腕を組み、深く考え込んだ。
「バスをそのまま『動く病室』として使うのか……。確かに現代でも、災害時の巡回診療車や移動ドックとしてバスは使われている。理にはかなっているな」
だが、問題はそのコストであった。
(ランプバスは中古でも一台一千万ゼニ。長崎の重症患者五百人を全員車内に収容し続けるなら、あと二十台以上は必要になる。……それに、広島だってこの先、呉海軍病院の病床がパンクすれば同じ問題に直面するはずだ)
国民学校にエアコンや発電機を無理やり設置する工事を行うより、完成されたパッケージであるバスをそのまま病室として送り込む方が、圧倒的に展開が早く、撤収も容易で即効性がある。
「よし……! 迷っている時間はない。広島と長崎、両方の前線で足りなくなるなら、いっそ一括で揃えてしまおう!」
浩平はゲーム内ショップの『産業用運搬設備』を開き、中古のいすゞ・エルガ(AT仕様)の購入数を「50」にセットした。
【購入総額:500,000,000ゼニ】
続けてインベントリ画面を開き、新設された『給油』コマンドで五十台全車の燃料タンクを一気に満タンにした。
軽油150L × 150ゼニ × 50台 = 1,125,000ゼニ
【総支出:501,125,000ゼニ】
デイリーログインボーナスの2倍以上、皇居の御文庫附属室に積み込まれている20キロ金塊丸々一本分(5億円相当)が一瞬で吹き飛んだ。
「広島のトイレに3億、バスに5億……他の資材購入もあって残額は6億ゼニ近くまで減ったが、何百人もの重症患者の命と安全な療養環境が買えるなら、安いものだ!」
浩平は即座に黒田中将、そして広島の藤堂中将へ向けて指示を打電した。
『黒田中将、藤堂中将。最新型人員輸送車を五十台追加購入しました。長崎に二十五台、広島に二十五台を順次割り当てます。長崎の重症患者は、バスをそのまま校庭に並べて「冷房付き病室」として運用してください。直ちに追加の運転兵を確保し、訓練を開始してください。 ――浩平』
午後12時15分。時津国民学校・校庭。
時津の校庭で、谷口中将と運転兵たちが電話口での黒田からの指示を待っていたその時――。
ドス、ズズズズズ―――――ッ!!
校庭の砂煙を巻き上げ、現在停車している5台のバスのすぐ真横のスペースに、空間が激しく歪み、真新しい五台のいすゞ・エルガが寸分の狂いもなく横付けで出現した。
「う、うわあああっ!?」
校庭にいた守備隊の兵士や、窓から見ていた避難民たちから悲鳴が上がった。
だが、通信で事情を知らされていた谷口中将は、目を丸くしながらも即座に号令を下した。
「騒ぐな! 天の監視者殿より賜った増援の人員輸送車である! 運転兵、直ちに新しい車両へ乗り換えよ!」
「ハッ!」
運転兵たちは、患者と看護婦を乗せた元の五台のバスのエンジンをアイドリング状態にし、冷房を効かせたまま運転席を降りた。
そして、隣に突如現れたピカピカの五台のバスの運転席へ滑り込み、手慣れた手つきでメインスイッチを入れ、ブレーキを踏みながらキーを回した。
キュルルル……ブロロオォォォォン……!!
五台の新品バスが一斉に軽快なエンジン音を響かせ、前後のドアを閉めた。
「よし! 時津校庭に患者を乗せた五台を病室として残し、我ら五台は第二陣の百名を迎えに長崎市内へ戻るぞ!」
プシュウウウッ……!
五台のバスは再び砂煙を上げ、坂本町の医科大附属医院や三菱病院へ向けて力強く発進していった。
患者を乗せたまま校庭に残されたバスの車内では、医師と看護婦たちが涼やかな冷風の中で、安らかな息を立てる患者たちの包帯を交換し、点滴の針を整えていた。
「先生……本当に、夢のようです。こんな涼しいところで手当てができるなんて……」
「ああ……監視者殿の神恩に感謝せねばならんな」
校庭には、患者を乗せたバスが戻ってくるたびに新たな五台が転送され、最終的に二十五台のバスが整然と並ぶ「白銀の移動野戦病院群」が完成する手はずとなった。
◇◇◇
東洋工業テストコースの猛特訓
◇◇◇
同刻――広島市安芸郡府中町・東洋工業本社。
広島においても、浩平の電撃的な兵站支援が炸裂していた。
第二総軍の藤堂中将との協議により、呉海軍病院にすでに多数の火傷重症者が収容されている現状を鑑み、追加の重症者や感染リスクの高い結核患者を隔離・療養させるための「冷房病棟」として、広島側にも二十五台のバスが順次配備されることとなった。
東洋工業の第一広場には、浩平の転送によって二十台のいすゞ・エルガが威風堂々と並び立っていた。
そこへ、第二総軍司令部から急遽選抜された運転兵二十名とサポート要員二十名が、軍用トラックに分乗して怒涛の勢いで到着した。
松田重太郎社長と松田恒一専務、そして岡本主任技師が、整列した兵士たちを出迎えた。
重太郎は白髪を風になびかせ、兵士たちを力強く見据えた。
「第二総軍の勇士たちよ、よく来られた! これより我が東洋工業のテストドライバー陣が、貴殿らにこの未来の輸送車の操縦法を徹底的に叩き込む! クラッチペダルはなく、足踏みブレーキとボタン一つで動く極めて扱いやすい車だ! 一時間で全員にマスターしてもらうぞ!」
「「「よろしく頼みます!!」」」
東洋工業のテストコースには、次々とエンジンを始動させるバスの重低音と、タイヤを鳴らしてコーナリングを練習する二十台の巨体の列が連なった。
長崎と広島――二大都市を未曾有の災厄から救い出すための鋼鉄の車列が、人々の命を乗せて、東西で力強く大地を駆け巡っていた。
◇◇◇
黒田の「持参金」作戦
◇◇◇
1945年8月4日、正午。長崎県西彼杵郡時津村。
大村湾の南端に位置する時津港は、古くから長崎街道の宿場町・港町として栄えた地域であった。
だが、すり鉢状の地形に家々が密集し、海沿いに港湾倉庫や小さな造船所が立ち並ぶこの町には、武田山北麓のような「数万人分のテントを一面に張れる広大な平坦地」はどこにも存在しなかった。
港の施設や工場、そして時津国民学校の校舎といった屋根のある公的施設は、すでに長崎三大病院から搬送されてきた数百名の重症・軽症患者たちで完全に埋まり切っていた。
そこへ、浦上天主堂以北の長崎北部から、着の身着のままで10キロ以上の道のりを歩き通した一般市民約6万人の列が、続々と雪崩れ込んできたのだ。
この大混乱を未然に防ぐため、長崎地区司令部の黒田中将が事前に打ち出した奇策――それこそが、浩平の圧倒的な兵站補給力をテコにした『避難民受け入れ報奨制度』であった。
その仕組みは、極めて合理的かつ現金なインセンティブに基づいていた。
【自宅屋内での受け入れ】:
避難民一人を一週間自宅内に泊めて世話をするごとに、受入先の家庭へ「精米5kg、小麦粉2kg、上白糖2kg、鶏卵10個」を一括支給(十歳以下の子供は半量、乳幼児には粉ミルクを追加)。
避難民へ日々の食事を公平に提供した上で、余った分はすべて「受入家庭の備蓄用」として自由に消費・保管してよい。
【庭や畑への天幕敷地提供】:
家の中に入れず庭や畑をテント用地として貸し出す場合、避難民の食事は軍が炊き出しで面倒を見る。その代わり、受入家庭への場所代謝礼は一家族あたり「米2kg、小麦粉1kg、砂糖1kg」の一回きりの支給にとどまる(上限:米20kg、粉・砂糖各10kgまで)。
例えば、夫婦と子供二人の「四人家族(大人換算三名分)」を受け入れた場合、時津の地元民家には、その場で【精米15kg、小麦粉6kg、上白糖6kg、卵30個】というとてつもない量の食料が転がり込んでくる。
一週間、避難家族に腹八分目で食べさせたとしても、残りの半分近く——貴重極まりない銀シャリ数キロ、純白の砂糖、そして本物の生卵が、丸々自分の家の棚に残るのだ。
逆に、庭先を貸すだけでは米2キロ程度しか手に入らない。
誰がどう見ても、「どうぞどうぞ、奥の座敷へお上がりください!」と笑顔で家に招き入れる方が、圧倒的にお得になる仕掛けであった。
現代の自室でモニターを見つめていた浩平も、この黒田のアイデアに唸らされていた。
「ワンタッチテント(4000ゼニ)とポータブルトイレ(6000ゼニ)を買い与えると、一世帯あたり1万ゼニが消える。だけど、地元の民家に泊めてもらえれば、テントもトイレも要らなくなる……。その浮いた1万ゼニの予算を、米や砂糖の現物に変えて地元の人たちへ還元する方が、よっぽど快適で安上がりだし、町全体の経済と栄養状態も救えるな」
御文庫附属室の金塊を溶かして得た軍資金である以上、無駄遣いはできない。だが、命を守り、人心を融和させるための投資として、これ以上スマートな使い道はなかった。
◇◇◇
白米十五キロの説得力と開かれた座敷
◇◇◇
時津の町中では、軍の将兵たちがメガホンを片手に、避難民と地元住民の仲介に奔走していた。
「時津村の皆さん! 長崎要塞司令部より特別通達である! 避難民を屋敷内に受け入れてくださったお宅には、本日ただちに一週間分の白米、上白糖、小麦粉、そして生卵を軍より現物前渡しで全量支給する!」
長崎市山里町から、着替えを詰めた荷物を背負って妻と二人の娘の手を引いてやってきた印刷工の山下トモカズ(三十九歳)は、割り当てられた一軒の木造農家の門前で、恐縮しきりで立ち尽くしていた。
迎えたのは、野良着を着た頑固そうな初老の農夫・惣八であった。
「あの……お邪魔します。山里から逃げてまいりまして……数日間、どこか軒下でも貸していただければと……」
「うーむ……」
惣八は眉間に深い皺を刻み、腕を組んだ。
戦時下の物資不足は時津も同じである。見ず知らずの赤の他人を四人も家に上げれば、ただでさえ心もとない食糧が底を突いてしまうという警戒感が、顔にありありと浮かんでいた。
そこへ、付き添っていた長崎要塞の輜重兵軍曹が、ズシリと重い麻袋と木箱を抱えて割って入った。
「ご主人! こちらの山下さんご一家(大人二名、子供二名)の受入報奨物資であります! まずはこれをご確認いただきたい!」
軍曹が土間にドスンと降ろした麻袋の口を開けた。
「な……ッ!?」
惣八の目が飛び出さんばかりに見開かれた。
袋の中に詰まっていたのは、虫食い一つない、ダイヤモンドのように輝く純白の精米15キロであった。
さらに横から取り出されたのは、ずっしりと重い上白糖6キロの紙袋、特級小麦粉6キロ、そして藁に包まれた新鮮な生卵三十個の木箱であった。
「こ……これは……本物の銀シャリに……砂糖……!? 卵が三十個だと……!?」
奥の台所から顔を出した惣八の妻が、腰を抜かしかけて柱にしがみついた。
軍曹はニヤリと笑い、受領伝票を差し出した。
「ご主人、この食糧はご一家の滞在費として軍が全量前渡しするものです。山下さんたちに食事を振る舞っていただき、残った分はお宅で自由に使って構いません! どうか、このご一家を泊めてやっていただけないか!」
惣八の頑固な表情は一瞬で霧散し、顔中をくしゃくしゃにした満面の笑みへと変わった。
「泊めるも泊めんもあるかい! おい、ばあさん! 何をつったっておるか! 今すぐ一番奥の八畳の座敷を開けて、風を通さんか! 井戸水も汲んでこい!」
「はいっ! ただいま!!」
惣八は山下の両手を力いっぱいに握りしめた。
「山下さん! 遠いところをよう歩いて来られた! さあさあ、遠慮はいらん、上がって上がって! 娘さんたちも疲れただろう、足を洗って座敷で横になりなさい!」
「あ……ありがとうございます……! ありがとうございます……!!」
軒下どころか、風通しの良い日陰の座敷へと案内され、山下と妻は涙を流して畳に手をついた。
午後1時30分。
時津村のあちこちの民家から、ふわりと香ばしい炊きたての白米の匂いと、甘い砂糖醤油の香りが立ち上り始めた。
「ほら、お嬢ちゃんたち、卵焼きだよ! 砂糖をたっぷり入れたから甘いよ!」
「わあ……! おばちゃん、美味しい……!」
どこの家でも、受領した大量の砂糖と卵を惜しみなく使った甘い厚焼き卵や、ふっくら炊き上がった銀シャリのおにぎりが振る舞われ、避難民と地元住民の垣根は、浩平がもたらした「食の豊かさ」によって瞬く間に溶け去っていった。
軍の巧みな誘導と手厚い物資支給により、長崎北部から脱出してきた約六万人の避難民のほとんどが、野宿することなく、時津周辺の民家へと温かく迎え入れられていった。
原爆という不条理な滅びの光が降り注ぐはずだった長崎の民は、確固たる生活の温もりの中に守られ、運命の日を迎え撃つ準備を整えつつあった。
【現在のクレジット残額:906,351,680ゼニ】
【ゲーム内で関わった人数:約380,000人 [new]長崎市民が3km以上移動した約110,000人】
正直、浩平が毎日もらうデイリーボーナスに加え、鈴木首相主導の引換手形配給と皇居の金塊換金分もあって
現在所持ゼニをいちいち計算しても合わない気がする(特に時間を遡る描写…)
しかし、「食」と「金」は本作でとても重要な要素なので、しばらくはこうやって破綻しない程度で書きます
「浦上天主堂での説得描写は安直しぎないか?どうして神父は直ぐ『未来の教皇の映像』と信じるでしょうか?」というツッコミもあるでしょう
宗教、特に一神教、わりと作品の中でデリケートな話題だが、しかし長崎ではこれを合えて触らないにすると逆に違和感が強い
ちょっと中途半端な説得になっているかもしれないが、察してください…
元々日曜日で投稿するつもりだったか、書きたい物の終わりが見えなくて
今日の夕方、ようやく完成したら1.5万字超えの化け物になっていた
本当は著者の私は、この作品の原点のすずさんとさちさんの現況にも確認しにいきたいな
とずっと考えています
次は話を広島に戻すとともに、そちらも書きたいと思います




