1945年8月4日 流言蜚語と、それを打ち破る希望
この作品はフィクションです、実在の人物や団体などとは関係ありません。
【現在のクレジット残額:1,821,259,180ゼニ】
【ゲーム内で関わった人数:約250,000人】
◇◇◇
病院前の怒声と黒い噂
◇◇◇
1945年8月4日、午前10時00分。広島陸軍病院。
広島陸軍病院――そこは、現代の自室にいる浩平が初めて「1945年の広島」へ本格的な介入を果たした原点の場所であった。
七月二十五日に重度の結核の黒田少将(現中将)の命を救ったことに始まり、七月二十八日夜の呉軍港空襲で重度の火傷を負った遭難者たちを多数受け入れ、治療を行ってきた野戦拠点である。
病院長の及川をはじめ、医師や看護婦たちは、浩平から届けられる抗生物質や火傷用軟膏、鎮痛剤、清潔な滅菌ガーゼ、そして日々の炊き出し用米の出所が「未来の日本」からもたらされたオーパーツであることを、パッケージの精緻な印刷や説明書の文言から薄々察知していた。
しかし、及川院長も現場の医療陣も、決して騒ぎ立てることはなかった。出所を詮索する暇があるなら、目の前でうめき声を上げる患者を一人でも多く救う――その医療者としての誇りと誠実さだけで、未来の特効薬を振るい続けていたのだ。
さらに、浩平による「東京大配給」を契機として全国の医療機関へ医薬品が届けられて以降、この広島陸軍病院や呉海軍病院には、帝都の大病院から「この特効薬の適正な用法用量を教えてほしい」という問い合わせ電報や電話が殺到していた。広島と呉の医師たちは、自らの臨床経験をもとにその使い方を惜しみなく教え込み、命を救う医療ネットワークの指導拠点としての役割を果たしていたのである。
この日の朝、広島陸軍病院の病棟では、トラックの荷台の揺れに耐えられる軽症・中等症の患者たちが、第二総軍の軍用トラックへと順次乗り込み、受け入れ先である呉市の施設へ向けて搬送されていた。
患者たちが互いに支え合いながら荷物をまとめていたその時――。
病院の正面玄関から、甲高い怒声が響き渡った。
「人殺し! あんたたち軍医は、人殺しよっ!!」
玄関の土間に、髪を振り乱した一人の主婦が飛び込んできた。入院している歩兵伍長の妻・キヨ(34歳)であった。
「奥さん、落ち着いてください! 診療の邪魔になります!」
看護婦たちが止めに入ったが、キヨは鬼のような形相で及川院長や軍医たちを指差し、叫び散らした。
「落ち着いてなんかいられるもんですか! あんたたち、特効薬を軍の偉いさんだけに独り占めさせるために、後ろ盾のないうちの人や平民の兵隊を『姥捨て山』へ連れて行って、見殺しにする気でしょう!?」
「な……何を仰るのですか!?」及川院長が眉をひそめた。
キヨは息を荒らげ、周囲に響き渡る声でまくし立てた。
「全部知ってるんだから! あの魔法の特効薬はもう底を突いて残り少ないって! だから軍の高級将校に優先して使って、重病人は山奥へ捨てて厄介払いするつもりなんでしょう!? お米だってそうだわ! 呉の街には山ほど白米が配られたのに、なぜ広島には大した配給がないのよ!? 私たち広島の民は見捨てられたのよ!」
広島市街でこれまで大々的な食糧放出を行わなかったのは、原爆投下時の焼失を防ぎ、今日の武田山・呉への疎開を促す「吊り下げニンジン」として機能させるための藤堂中将の深謀遠慮であった。
だが、極限状態に置かれた市民の目には、呉の豊かな配給が羨望と疑念の対象に映っていた。そこに――数日前、名古屋から逃亡中の柳瀬中佐が放った『軍による偽りの強制連行・姥捨ての風説を流布せよ』という電信が、尾ひれをつけて市井の主婦の耳へと届いてしまったのだ。
「お、おい……キヨ、やめろ……! やめてくれ!」
トラックに乗ろうとしていた夫の伍長が、包帯を巻いた足を引きずりながら必死に妻の腕を引いた。
「そんなデタラメを言うもんじゃない! 先生方は俺たちに毎日あの貴重な白い錠剤を飲ませてくれて、毎食ご飯まで食わせてくださったんだぞ! 今回の移動だって、全広島市民の安全のための疎開なんだ! 分かってくれ!」
「騙されてるのよ、あんたは! 連れて行かれたら最後、二度と帰ってこられないんだから……!」
二人の激しい言い争いに、周囲で待機していた他の患者や避難民たちの間に、動揺がさざ波のように広がった。
「姥捨て山って……本当なのか……?」
「そういえば、なんで急に全員疎開なんだ……? 薬がなくなったからなのか……?」
不安と不信の空気が、玄関ホールを重く包み込もうとしていた。
◇◇◇
良心の証言と暴かれた流言
◇◇◇
その重苦しい空気を切り裂いたのは、地鳴りのような怒号であった。
「何をくだらんデタラメをほざいとるんじゃあッ!!」
待合ベンチから、一人の男が立ち上がった。
頑強な体躯、上半身を分厚いガーゼで覆い、頭部から右目にかけて包帯を巻いた海軍の一等水兵であった。
男は包帯の奥の左目を鋭く光らせ、キヨを睨みつけた。
「俺は呉の人間だ! 一週間前、呉軍港の空襲で全身を焼かれ、意識不明のまま大八車でこの広島陸軍病院へ運び込まれた! ……陸軍の先生方はな、海軍の、それもたかが下っ端の水兵に過ぎん俺に対しても、一切の差別なくあの貴重な特効薬と軟膏を惜しみなく注ぎ込み、夜通し看病して命を繋ぎ止めてくれたんじゃ!」
男は胸を叩き、叫んだ。
「俺のどこが『軍の偉いさん』に見えるか!? 先生方は命を救うことしか考えておられん! その先生たちを『人殺し』呼ばわりするとは、恩知らずにも程があるぞ!!」
その気迫に気圧されたキヨが後ずさりした。
すると、今度は別の一般市民の青年患者が声を上げた。
「そうだ! 俺は召集前のただの工員だが、高熱で倒れた時、ここでただの一銭も取られずにあのよく効く薬を飲ませてもらった! ご飯だって、腹いっぱい食べさせてもらえたんだ!」
さらに、松葉杖をついた初老の男性が続く。
「呉の海軍病院にも、ここと同じ特効薬と白米が山ほどあると聞いているぞ! 呉へ移送されるのは、あちらの方が設備が整っていて安全だからだ! 捨てられるどころか、より手厚い治療を受けさせてもらえるんじゃないか!」
次々と上がる患者たちの切実な証言。
誰一人として見捨てられてなどいなかった。自分たちが直接肌で感じた医師や看護婦たちの真心の記憶が、悪意ある流言を粉々に打ち砕いていく。
「あ……う……」
キヨは顔から血の気を引かせ、完全に萎縮してその場に立ちすくんだ。
及川院長が静かに歩み寄り、穏やかながらも威厳のある声で問いかけた。
「奥さん。……その『特効薬が尽きた』『患者を山へ捨てて見殺しにする』という話は、一体誰から聞いたのですか?」
「そ、それは……近所のおばさんたちが……井戸端でそう話していて……みんな、軍に騙されるなって……」
及川院長は深く溜息をついた。
具体的な発信源までは辿り得ないが、何者かが意図的に市民の恐怖心を煽り、避難作戦を妨害しようとしているのは明白であった。
「奥さん。私たちは誰一人として患者を見捨てたりはしません。どうか、軍と私たち医療陣を信じてください」
及川院長がそう語りかけた、まさにその時であった。
ブロロオォォォォン…………。
病院前の大通りから、これまで聞いたこともないような滑らかで重厚なエンジン音が響いてきた。
正門を見張っていた衛兵が目を丸くして叫んだ。
「き、巨大な車両が来ます! 五台……見たこともない大きい車です!」
病院の正面通りに滑り込んできたのは、東洋工業のテストドライバーたちが操縦する五台の銀色の大型ランプバス(いすゞ・エルガ)であった。
あまりにも車幅が広く車体が長いため、狭い病院の中庭広場へは進入せず、正門前の大通りに整然と縦列停車した。
先頭車両の前扉が開き、降り立った東洋工業専務・松田恒一が、軍服姿の相沢少佐とともに及川院長の元へと駆け寄った。
「東洋工業専務・松田恒一にございます! 第二総軍・藤堂中将閣下の特命を受け、広島陸軍病院の重症患者様方を呉の海軍施設まで安全に移送すべく、新型人員輸送車五台を率いて参上いたしました!」
「東洋工業殿……! これが、藤堂閣下の仰っていた新型車両ですか……!」
及川院長と軍医たちが目を見張る中、チーフドライバーの杉山が運転席のスイッチを操作した。
プシュウウウゥゥゥ――――――ッ。
エアサスペンションの空気が抜け、バスの左側車高がスーッと十数センチ沈み込んだ。
「ニーリング機能」によって、乗降口の段差が地面すれすれまで下がったのだ。さらに中央の扉からは、緩やかなスロープ板がカチャリと歩道へ引き出された。
「な……車体が沈んだ……!? 段差がないぞ!」
衛生兵や看護婦たちから驚愕の声が上がった。
これならば、足腰の立たない重症患者であっても、担架のまま無理なく水平に車内へ運び込むことができる。
「よし、重症患者の搬送を開始せよ!」
及川院長の号令のもと、看護婦たちが付き添いながら、担架に乗せられた重篤な火傷患者や、高熱にうなされる結核患者たちが次々と車内へ運び込まれた。
一台のバスにつき、シートを跳ね上げたフリースペースと座席を巧みに使い、横たわる重症患者と付き添いの看護婦、合わせて約十八名の重症患者が収容されていく。
車内に足を踏み入れた看護婦の主任は、思わず息を呑んだ。
「きゃっ……! な、何この涼しさ……!?」
天井の吹き出し口から、初冬の清流のような冷たいエアコンの風が、車内を満遍なく冷やしていた。炎天下の熱気に晒され、汗だくでうめいていた火傷の患者たちの表情が、冷気に包まれた瞬間にスーッと安らぎへと変わっていく。
「あぁ……涼しい……痛みが……引いていくようだ……」
「揺れも……まったくありません、師長さん……!」
五台のバスへ、合計で約百名弱の重症患者たちが、誰一人として苦痛の声を上げることなく、極めてスムーズに収容されていった。
◇◇◇
証明と、涙の悔悛
◇◇◇
すべての患者の収容が完了し、広々とした車内で安らかに横たわる患者たちの姿を見守っていた及川院長は、先ほど玄関で立ち尽くしていた主婦・キヨの元へと歩み寄った。
付き添っていた若い看護婦が、キヨの肩に優しく手を置き、静かに語りかけた。
「奥さん、見てください。……もし軍や私たちが本当に患者さんたちを見捨てるつもりなら、こんな真新しくて、中には涼しい立派な車をわざわざ用意するでしょうか?」
キヨは窓越しにバスの内部を見つめた。
そこには、軍用トラックの荷台のような泥や埃にまみれることもなく、柔らかなシートと涼風に守られ、看護婦の手厚い看病を受けながら穏やかに息をつく患者たちの姿があった。
「あ……あぁ……」
キヨの目から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。
己の浅ましさと、流言に踊らされて命の恩人たちを罵倒してしまった罪悪感が、津波のように胸を締め付けた。
キヨはその場に膝をつき、土間に額を擦り付けて号泣した。
「ごめんなさい……! ごめんなさい……!! 私……馬鹿でした……! 恐ろしくて、取り乱して……先生や看護婦さんたちに、あんな酷いことを……!!」
及川院長は静かにキヨの肩に手を置いた。
「顔を上げてください、奥さん。戦時下の不安な世の中で、ご家族を心配するあまり取り乱してしまうお気持ちは分かります。……ですが、どうか信じてください。私たちは命ある限り、患者さん一人ひとりを守り抜きます」
伍長の夫も、キヨの背中に手を添えて涙ぐんだ。
「キヨ……分かってくれたら、それでいいんだ。お前も早く、近所の人たちと一緒に武田山へ逃げるんだぞ」
「はい……! はい……! あなた、どうかご無事で……!」
キヨは何度も頭を下げ、涙を拭いながら、避難民の列へ加わるために駆け出していった。
プシューッ、ガラガラガラ……。
五台の大型バスの前後の扉が静かに閉まり、松田恒一が助手席から及川院長へ力強く敬礼を捧げた。
「及川院長! 東洋工業輸送部隊、これより呉海軍病院へ向けて出発いたします!」
「頼みましたぞ、松田専務!」
ブロロオォォォォン……!!
五台のいすゞ・エルガは、極上の静粛性と冷気を湛えながら、重症患者たちを乗せて、安全な呉の地へと滑るように走り出していった。
悪意ある流言の嵐を乗り越え、広島の命を繋ぐ救護の輪は、さらに強固な絆となって結ばれていったのであった。
◇◇◇
都市規模の武田山北麓キャンプ場
◇◇◇
1945年8月4日、午前11時00分。広島市郊外・武田山北麓。
太田川の支流である安川がさらさらと流れる武田山の北麓——現在の安佐南区相田、古市、長楽寺周辺に広がる一帯は、近代的な住宅街や団地など影も形もない、水田と畑が広がるのどかな農村地帯であった。
平安時代創建と伝わる古刹・正伝寺や、点在する茅葺きの農家が静かに佇むこの広大な平坦地に、今、前代未聞の巨大な「避難キャンプ」が出現していた。
現代の自室にいる浩平は、マルチモニターに映し出された樺太、長崎、そして広島の三画面を、FPVカメラで順番に見守っていた。
「田んぼを潰すわけにはいかないが、二十万人規模を収容するとなると、収穫前の段々畑や平坦な休耕地をキャンプ地として借り切るしかないな……。農家さんへの補填や畑の復旧費用は、後で藤堂中将と相談して、ゲーム内ショップから肥料や現代の改良種でも手配して埋め合わせをしよう」
避難開始から約4時間が経過したこの時刻、市中心部から歩いてきた避難民の第一陣が、次々と武田山北麓の受付地点へと到着していた。その数、およそ6万人。
「避難民の皆さん、ご苦労さまでした! ここが目的地、武田山野営地です!」
第二総軍から派遣された約三千名の将兵が、汗だくになりながら市民を誘導していた。
山裾に並ぶ巨大な鋼鉄コンテナの横では、百名の炊き出し調理班がフル稼働していた。コンテナから運び出された無数のカセットガスコンロの上に、5リットルの大鍋がズラリと並び、白米が次々と炊き上げられていく。
「さあ、到着の特別配給だ! 家族の人数分、受け取ってくれ!」
兵士たちから手渡されたのは、出来立ての塩むすび、冷たいORSの追加補給、そして「ゴールボーナス」として用意された一人一個の茹で卵であった。さらに子供たちには、手のひらサイズの常温保存用ミルクパック(200ml)が手渡された。
「お母ちゃん! 卵だよ、真っ白な茹で卵だ!」
「牛乳まで……! こんなに甘くて濃い牛乳、いつ以来だろう……!」
空腹と喉の渇きを潤した市民たちへ、兵士たちは続けて大きな四角い段ボール箱と、10m×10mの巨大なブルーシートを手渡していった。中身は、浩平が支給した「四人用ワンタッチ組み立てテント」である。
「お父さん、この青い敷物を地面に広げて、その上にこの骨組みを開くんだ! 傘みたいに中央の紐を引けば、一瞬で四人部屋の家ができるぞ!」
兵士の手慣れた実演に、市民たちから歓声が上がる。
青々とした畑地や河川敷の上に、鮮やかなブルーシートとドーム型テントが、まるで巨大な花が咲き乱れるように次々と立ち並んでいった。
◇◇◇
安川のほとりと乙女たちの沈黙
◇◇◇
しかし、6万人もの人々が一堂に集まり、腰を落ち着けてから1時間ほどが経過した頃——
野営地のあちこちで、極めて深刻かつ切実な問題が表面化し始めた。
「トイレ問題」である。
武田山北麓には安川が流れている。最初に到着した身軽な市民たちは、それを見越して安川の河川敷にテントを張り、草むらや土手へ行って手早く用を足していた。
しかし、後から到着した家族連れは、川から遠く離れた山側の畑地にテントを張らざるを得ず、用を足すために何百メートルも歩かなければならない。
さらに深刻だったのは、女性たちであった。
高齢の女性たちは、数人でグループを組んで周囲に見張りを立て、川沿いの物陰で恥を忍んで用を足していたが、若い女性や少女たちにとって、白昼の野外で肌を晒すことは耐え難い屈辱であった。
「……あの、すみません。お手洗いを貸していただけないでしょうか……」
正伝寺の周辺に点在するわずか数軒の農家の前には、用を足したい若い女性たちが、汗を流して恥ずかしそうに下を向きながら、百人以上の絶望的な大行列を作っていたのだ。
画面越しにその光景をズームアップした浩平は、思わずデスクで頭を抱えた。
「……しまった!!」
浩平は己の致命的な見落としを激しく悔やんだ。
(食べ物、飲み水、テントの寝床ばかりに頭が行って、トイレという一番基本的で尊厳に関わるインフラを完全に失念していた……! 工事用の仮設トイレはショップで売っているが、一基十万円もする上に、何万人もが使えば汲み取りや清掃が追いつかず、あっという間に悪臭と汚物で地獄絵図になるぞ……!)
浩平は血眼になってゲーム内ショップの検索バーを叩いた。
そして、キャンピング用品のカテゴリーで目的のアイテムを見つけ出した。
ポータブル水洗トイレ(容量10L/密閉消臭式): 6,000ゼニ
トイレットペーパー(8ロールパック): 250ゼニ
高密度ポリエチレンゴミ袋(40L/防臭仕様): 3ゼニ(1枚あたり)
「これだ……! キャンピングカーや介護用のポータブル水洗トイレ! 手動ピストンポンプで綺麗な水が流れ、汚水タンクは密閉弁で臭いを完全に遮断できる。これならテントの中に置けて、プライバシーも完璧に守れるぞ!」
広島の避難対象二十万人を約五万世帯と仮定し、浩平は迷わず購入ボタンを連打した。
ポータブル水洗トイレ(6,000ゼニ)× 50,000基 = 300,000,000ゼニ
トイレットペーパー8ロール(250ゼニ)× 50,000パック = 12,500,000ゼニ
40L防臭ゴミ袋(3ゼニ)× 200,000枚 = 600,000ゼニ
【購入総額:313,100,000ゼニ】
三億円を超える巨額の出費であったが、浩平に躊躇はなかった。人の尊厳を守れぬ避難作戦など、真の救済とは言えないからだ。
しかし、五万個もの段ボール箱をテント村のど真ん中にいきなり転送すれば大パニックになる。
浩平は、すでに物資が運び出されて空になっていた武田山北麓の20ft金属コンテナ100基に目をつけた。一基のコンテナにつき、約45個のトイレと備品が隙間なく収納できる。
浩平は第一陣として、4,500個のポータブルトイレとペーパーをコンテナ内へ一括転送した。
◇◇◇
司令官の苦笑い
◇◇◇
午前11時20分。第二総軍司令部・作戦室。
机の上で待機していた藤堂中将の通信タブレットが光り、浩平からの緊急メッセージが表示された。
『藤堂中将。武田山の避難所を視察しましたが、女性や子供のトイレ問題が深刻化しています。一家庭に一台ずつ配備できるよう、密閉水洗式のポータブルトイレを手配しました。現在、北麓の金属コンテナ内に第一陣の四千五百個を格納してあります。直ちに現地の部隊へ連絡し、全家族へ一個ずつ支給を開始してください。 ――監視者 浩平』
タブレットを読んだ藤堂中将は、驚きとともに思わず苦笑いを漏らした。
「……ふっ。監視者殿は、どこまで細やかに人の心に寄り添われるのか。我ら軍人は『川があれば兵も民も垂れ流せばよい』などと無骨に考えがちだが……なるほど、若い婦女子の羞恥心と尊厳までは頭が回らんかったわ」
藤堂中将は深く感服すると、以前、広島⇔東京の緊急連絡用として浩平が設置した、執務室の棚に据え付けられていた現代のアマチュア無線機「IC-7300MK2(100W仕様)」に向けた。今回の作戦では、この現代の無線機を使って周辺の部隊(同じく現代のハンディHFトランシーバー)に連絡することになっている。
大型カラー液晶パネルに鮮やかなウォーターフォールが揺らめき、藤堂はダイヤルを回して武田山現地の通信隊が持つハンディトランシーバーの周波数へと合わせた。
ハンドマイクを握り、プレストークスイッチを押し込む。
「こちら総軍司令部・藤堂! 武田山警備隊、応答せよ!」
『ザザッ……! ハッ! こちら武田山警備隊・本部! 藤堂閣下、感度明瞭であります!』
「武田山北麓に並ぶ金属コンテナの扉を直ちに開けよ! 天の監視者殿より、婦女子の衛生と尊厳を守るための『家庭用可搬式水洗便所』が四千五百基、緊急支給された! 一家族に一台ずつ、トイレットペーパーとともに至急配布せよ! 使い方を教え、決して野外で女性に恥をかかせるな!」
『は……家庭用の、水洗便所でありますか!? ハッ! 直ちに全隊員を動員し、配布を開始いたします!』
◇◇◇
魔法の便座
◇◇◇
午前11時40分。武田山北麓・テント村。
コンテナから運び出された真っ白なダンボール箱が、各家庭のテントへと次々と配られていった。
広島市中区から娘と息子ら3人を連れて避難してきた一家5人、母親の松永フミ(38歳)は、兵士から渡された真新しい箱を受け取り、目を丸くした。
「兵隊さん、これは一体……?」
「奥さん、天の監視者様の特別支給だ! テントの中で使える『水洗式の洋式便所』だよ! 娘さんたちに使わせてやってくれ!」
「えっ……お便所ですって!?」
テントの中で箱を開けると、そこから現れたのは、滑らかな純白の高密度ポリエチレンで成形された、清潔そのもののポータブルトイレであった。
中学生の長女が同封されていた図解説明書を広げ、声を弾ませた。
「お母ちゃん、見て! 上のタンクに綺麗な水を入れて、レバーを引くだけで水が流れるって書いてあるわ! 下のタンクは蓋が密閉されるから、匂いも外に出ない仕組みになってるの!」
「まあ……! なんて清潔で綺麗な形なのかしら……!」
父親が近くの500L給水タンクから汲んできた清水を上部タンクに注ぎ込み、セッティングはわずか数分で完了した。さらに箱の底からは、ふんわりと柔らかく、ほのかに良い香りのするロール状の紙——現代の高級トイレットペーパーが取り出された。
「……さあ、できたわよ!」
母親のフミが振り返り、テントの入り口に立っていた夫と二人の息子に向かって、ピシャリと言い放った。
「お父さん、あんたたち男衆は全員、今すぐテントの外に出てなさい! 私と娘が使い終わるまで、絶対に中を覗くんじゃないよ!」
「お、おいおい、俺たちだって外で並ぶのは大変なんだぞ……」
苦笑いしながら追い出された父親と息子たちは、テントの入り口を背にして直立不動で見張りに就いた。
締め切られたテントの中で、長女が恐る恐る便座に腰を下ろし、用を足した後に手元のピストンレバーを引いた。
シュコッ、サアァァァ――――ッ……!
清らかな水が便器内を渦巻いて流れ、汚水はカチャリと密閉弁の向こう側へと吸い込まれていった。悪臭は一切漂わず、手元には羽のように柔らかいトイレットペーパーがある。
「……すごい……! お母ちゃん、本当にお水で流れたわ……! 外の草むらで恥ずかしい思いをしなくて済んだのね……!」
長女は安堵のあまり、フミの胸に顔を埋めて涙をこぼした。
フミもまた、娘の肩を抱きしめ、天を仰いで深々と手を合わせた。
「ありがたいねぇ……。こんな山奥に逃げてきても、女の恥まで気遣ってくださるなんて……監視者様は、本当に生きた神仏のようなお方だねぇ……」
青空の下、何千ものテントの隙間から、安堵と感謝の声が静かに、そして温かく広がっていった。
照りつける真夏の太陽の下、二十万人の大移動という過酷な試練の只中で、人々の命だけでなく「人間の尊厳」までもが、確かに守られていたのであった。
◇◇◇
紙屋町の佐藤一家
◇◇◇
1945年8月4日、午前9時00分。広島市紙屋町。
爆心地となる島病院から目と鼻の先、広島市街の中心街・紙屋町にある木造二階建ての町屋から、佐藤健司36歳の一家が姿を現した。
市内の文具卸問屋で帳簿方を務める健司は、いわゆる中流の町民であった。妻の節子(32歳)、国民学校初等科一年生の長男・勇、そしてまだ幼い長女の幸子。家財の戸締まりや貴重品の選別に手間取ったため、近隣の住民よりもやや遅れての出発となった。
「お父ちゃん、みんなあっちへ歩いていくよ!」
勇が指差す相生通りには、風呂敷包みや大八車を引いた無数の市民たちが、まるでひとつの巨大な生き物のように西へと流れていた。
健司は幸子の小さな手を握り締めながら、前を行く群衆の背中を見つめた。
(……広島にはこれまで、東京や大阪のような本格的な大空襲は一度もなかった。それなのに、なぜ軍はこれほどまでに大規模な全市民の疎開を命じたのだ? まさか……軍の上層部に『いよいよ広島が標的になる』という確証情報でも入ったのか……?)
胸の内に拭いきれぬ不安を抱えつつも、健司は家族を促して歩みを進めた。
一家は相生通りから横川方面へ抜け、太田川(本川)に架かる「三篠橋」を渡った。三篠町を抜けてさらに北上し、旧河川に架かる「新庄橋」を渡ると、そこから先は旧安佐郡長束村——古くからの主要道である「可部街道」の始まりであった。
右手に国鉄可部線の単線線路、左手に青々とそびえる武田山の稜線を仰ぎ見ながら、緑豊かな田畑の間を貫く一本道を、数万の避難民がひたすら北上していく。
真夏の陽射しは容赦なく照りつけていたが、道中約2キロおきに設置された給水所では、第二総軍の兵士たちが元気な声を張り上げていた。
「さあ、冷たい飲み水だ! 水筒を出してくれ!」
家族四人が首から下げた透明なプラスチック水筒に、冷たいオレンジ色のORS(経口補水液)が注ぎ込まれ、竹の皮に包まれた真っ白なおにぎりが手渡された。
「うわあ……! お父ちゃん、冷たくて甘いよ!」
「本当ね……少し酸っぱくて、身体に染み渡るようだわ」
道端には、日陰に腰を下ろして息を整える高齢者や、配られたおにぎりを頬張って涙ぐむ家族連れの姿があった。
健司はおにぎりを一口かじった。
ふっくらとした米粒の確かな甘みと、程よい塩気が口いっぱいに広がる。
(……美味い。なんて美味い銀シャリだ……)
佐藤家は中流家庭とはいえ、ここ数ヶ月は配給の遅配が続き、食卓に並ぶのは水っぽい雑穀粥や芋のツルばかりだった。隣町の呉で毎日のような白米や砂糖が配給されているという噂を聞くたび、健司は心底呉の市民を羨ましく思っていたのだ。
しかし――この冷たいORSとおにぎりを喉に通した瞬間、健司の脳裏に電幕が下りるような閃きが走った。
(そうか……! 広島は今日この日のために、砂糖や米をあえて配らず、軍の倉庫に温存していたのだ……! 出し惜しみしていたのではない。全市民をこの炎天下で無事に歩き切らせるため、この決死の移動にすべてを注ぎ込む計算だったのか……!)
軍が本気で自分たち市民の命を守ろうとしている。その確信を得た健司の足取りは、先ほどまでの重苦しい不安から打って変わり、力強く確かなものへと変わっていった。
◇◇◇
八万人の青き海とテントの我が家
◇◇◇
長束から祇園、古市を抜け、右手に大町の農村風景を見ながら、一家は武田山北麓へ向かう西寄りの農道へと折れた。
午後1時00分。武田山北麓(長楽寺・相田周辺)。
約四時間、10キロを超える道のりを踏破した佐藤一家の視界が開けた瞬間、健司は思わず足を止め、息を呑んだ。
「な……なんじゃ、こりゃあ……!?」
目の前の広大な平坦地——安川の河川敷から山裾の段々畑に至る一面に、鮮やかなブルーシートと、色とりどりのドーム型テントが地平を埋め尽くすように立ち並んでいた。その数、数万張り。すでに到着した八万人を超える避難民と、立ち上る炊き出しの煙、飛び交う子供たちの声が重なり合い、山あいにひとつの巨大な「都市」が出現していたのだ。
「す、すごい……! お父ちゃん、まるでお祭りだよ!」
勇と幸子は大喜びで飛び跳ねた。
受付の広場へ進むと、兵士から労いの言葉とともに、到着ボーナスとして家族四人分のおにぎり、殻のツルリと剥ける茹で卵四個、そして子供たち二人には常温保存用のミルクパックが手渡された。
さらに手渡された四人用のワンタッチテントと、ダンボールに入った例の「ポータブル水洗トイレ」。
指定された区画の草地にブルーシートを広げ、健司は息子の一郎と悪戦苦闘しながらテントの紐を引き上げた。
カシャッ!と傘のように骨組みが広がり、あっという間に四人が悠々と足を伸ばせる快適な布の家が完成した。
テントの隅に清潔なポータブルトイレを設置し、家族全員が靴を脱いでテントの中へ転がり込めたのは、午後3時00分を回った頃であった。
「ふぅ……! やっと落ち着いたわね……」
妻の節子は、テントのメッシュ窓から吹き抜ける山風に髪を揺らしながら、感心したように室内を見渡した。
「それにしても、あの水洗のお便所といい、この丈夫な天幕といい……軍の方々も、本当によく考えて準備してくださったのね。外の草むらで用を足すのかと、道中ずっと不安でしたのに」
「ああ、本当に大したもんだよ」
健司は腕を組み、ゴロリとテントの床に寝転がった。
長旅の疲労はもちろんあったが、美味しいおにぎりと茹で卵で腹を満たし、冷たいORSで喉を潤した身体は、不思議と充実感に満ちていた。見渡せば、隣のテントからも家族の笑い声や子供のはしゃぐ声が聞こえてくる。
それは戦時下の悲壮な「強制疎開」というよりも、まるで何十年ぶりかに家族で出かけた大規模な野外ピクニックのような、どこか浮き立つような高揚感であった。
健司はニヤリと口元を緩め、妻と子供たちを見上げた。
「さて……お昼にこれだけの白米と卵が出たんだ。晩ご飯には一体どんなご馳走が出るんだろうな? ここはひとつ、陸軍の旦那方に大いに誠意を見せてもらおうじゃないか」
「まあ、お父さんったら気が早いこと!」
節子の楽しげな笑い声が、武田山の爽やかな青空へと溶け込んでいった。
二十万人の市民を呑み込んだ武田山の大避難所は、浩平が画面の向こうから注ぎ込み続ける無数の物資と細やかな気配りによって、絶望の避難地ではなく、明日への希望を育む巨大なオアシスへと変貌を遂げていたのであった。
【現在のクレジット残額:1,508,159,180ゼニ】
【ゲーム内で関わった人数:約270,000人 [new]広島避難市民が3km以上移動した約20000人】
もう後書きを書く気力も残っていないのでご了承ください。




