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1945年8月4日 生きるための行軍

この作品はフィクションです、実在の人物や団体などとは関係ありません。

【現在のクレジット残額:1,826,371,680ゼニ】

【ゲーム内で関わった人数:約190,000人】


◇◇◇

真夜中のレベルアップと「産業用車両」の抜け道

◇◇◇


1945年8月4日、午前0時00分。


日付が8月4日へと切り替わった瞬間、現代の自室でモニターを凝視していた浩平の視界に、目も眩むような光のシャワーとともに膨大なシステムログが雪崩れ込んできた。


【おめでとうございます。ゲーム内で関わった人数が19万人を超えました。これに伴い、プレイヤーレベルが『47』へと上昇しました】


連続して画面を埋め尽くすボーナス獲得通知。


LV43ボーナス(150,000人達成): 150,000,000ゼニ

LV44ボーナス(160,000人達成): 160,000,000ゼニ

LV45ボーナス(170,000人達成): 170,000,000ゼニ

LV46ボーナス(180,000人達成): 180,000,000ゼニ

LV47ボーナス(190,000人達成): 190,000,000ゼニ

デイリーログインボーナス: 190,000,000ゼニ

【ボーナス獲得総計:1,040,000,000ゼニ】


関東一円での鈴木首相の電撃配給、そして樺太での物資投入が合算され、一挙に10億ゼニを超える巨大なボーナスが転がり込んできた。だが、浩平の目を釘付けにしたのは、資金の増加以上にその下へ表示された「新機能解放」のポップアップであった。


【プレイヤーレベル45到達に伴い、スキルおよびショップカテゴリーが拡張されました】


『産業・特殊用途用運搬車両、器具』カテゴリーの解放

インベントリ内『給油(ディーゼル/ガソリン 150ゼニ/L)』機能の実装


「――っ、よっしゃあぁぁぁ!!」


浩平は深夜の部屋で思わず立ち上がり、ガッツポーズを突き上げた。


「ようやく……ようやく大規模避難に不可欠な『車両』が手に入るぞ……!」


これまで浩平は、画面のネットスーパーや通販サイトで「自動車」「トラック」「大型バス」を血眼になって検索してきた。しかし、ヒットするのは電動アシスト自転車やシニアカーばかり。

『公道走行用のナンバープレート登録が必要な自動車は、通販の規約上購入できない』というゲーム内の謎ルールに阻まれ続けていたのだ。苦肉の策として、割高なB100バイオディーゼルやホワイトガソリンを購入し、昭和二十年当時のボロボロの軍用トラックを騙し騙し走らせるしかなかった。


浩平は逸る心を抑えながら、新設された『産業用運搬設備』のカテゴリーをクリックした。


画面に並んだのは、一般的な乗用車とは一線を画す、無骨で巨大な業務用車両の数々であった。


・電動カート(6人乗り/ゴルフ場・空港用)

・トーイングトラクタ(空港のコンテナ牽引車)

・油圧ショベルカー・ホイールローダー

・ラフテレーンクレーン車・高所作業車

…など


「うーん……確かに産業用車両だな。役に立たないとは言わないが、重機なんて特殊免許と訓練がいるし、私自身も動かし方を知らない。もっと誰でも使えて、人を大量に運べる乗り物は……」


どうやらこのカテゴリーの基準は、「公道ナンバーを前提とせず、私有地や制限区域内での運用が認可されている事業者向け車両」ということらしい。浩平は写真をスクロールし、膨大なカタログを必死に漁った。


そして――ある二つの車両の前で、マウスをピタリと止めた。


・空港制限区域内専用ランプバス(いすゞ・エルガ/ノンステップ仕様)

・空港用2,000Lタンクローリー(アブガス/航空用高オクタンガソリン積載)


「……これだ!!」


浩平の瞳に歓喜の光が宿った。


「ランプバス! 見た目も中身もほぼ最新の大型路線バスじゃないか! 全幅が広くて車内スペースは広大、床が低いノンステップだからお年寄りや怪我人も乗り降りしやすい。何より強力なクーラー完備だ! 炎天下の避難作戦で、動く熱中症避難所としても使える!」


価格は新車で一千五百万〜三千万円クラスだが、中古良品なら一台あたり一千万ゼニ。

さらに目を引いたのはタンクローリーだ。


「積んでいるのは『アブガス(航空用ガソリン)』……! もしこれをインベントリ内で給油・補充できれば、今までショップで手に入らなかった航空燃料を無限に供給できる。大泊や千歳にいる輸送機を、燃料の心配なく本土とピストン輸送させられるぞ!」


◇◇◇

給油テストと配備計画

◇◇◇


浩平は即座に決断を下した。

広島、長崎、東京、呉、そして樺太――

これから迎える決戦と大避難に向け、まずは運転訓練および先行配備用として中古のランプバス(いすゞ・エルガ/AT仕様)5台を一括購入した。


【購入総額:50,000,000ゼニ】


コンソールのインベントリ画面に、現代的なデザインの巨大な大型バスが五台、整然と並んだ。

浩平はそのうちの一台を選択し、新たに追加された『給油』ボタンをクリックしてみた。


『この車両(いすゞ・エルガ 2TG-LV290N3)に給油しますか? 燃料:軽油150L(22,500ゼニ) [YES]/[NO]』


「YES!」


ピピッ!


軽快な電子音とともに、車両ステータスの燃料ゲージが一瞬で「FULL(満タン)」へと跳ね上がった。浩平は五台すべてに連続で給油を実行した。


【給油費用総額:112,500ゼニ】


「す、すごい……! 現代のガソリンスタンド価格(リッター150ゼニ)で満タンにできるのか! これならもう、リッター500ゼニもする割高なバイオディーゼル缶を手作業で給油する必要すらない。燃料が減ったらインベントリに回収して給油ボタンを押すだけで済む!」


圧倒的な兵站革命に身震いする浩平だったが、すぐに技術者としての冷静さを取り戻した。


「……だが、問題は運転手だ。このバスはオートマチック(AT)車だから、昭和二十年のダブルクラッチが必要なマニュアル軍用トラックより運転自体は遥かに簡単でエンストもしない。だけど、現代のエアブレーキの効き具合や、車幅感覚、パワーステアリングの軽さに慣れていない運転手がぶっつけ本番で公道を走れば、大事故を起こしかねない」


浩平はPCのテキストエディターに、明朝の配備先と計画を素早く書き出した。


広島(第二総軍・藤堂中将): 市内から武田山への重症者・高齢者ピストン輸送用(1台)

呉(呉鎮守府・金沢中将): 医療物資・重病人の救護搬送用(1台)

長崎(長崎要塞・黒田中将): 浦上から東長崎・時津への避難訓練用(1台)

東京(東部軍・田中大将): 皇居・都内連絡および要人・傷病兵移送用(1台)

樺太(第88師団・峯木中将): 豊原〜大泊間の緊急ピストン輸送用(1台)


「朝になったら、車両の取扱説明書を添えて各拠点の司令官へ一台ずつ転送しよう。腕利きの自動車兵を選抜させて、午前中にみっちり構内で試運転をさせてもらえば昼には実戦投入できるはずだ」


時計の針は午前一時を回っていた。

浩平はモニターの広島マップを見つめた。今日――八月四日から、広島市街二十万人の本格的な大移動が始まる。史実の原爆投下予定日(八月六日)まで、残された猶予はあと四十八時間しかない。


「時間がない……。少し仮眠をとって、朝一番から全力で動くぞ」


画面の向こうで眠る八十二年前の日本へ思いを馳せながら、浩平はベッドへと倒れ込み、短い休息の中へと意識を沈めたのだった。


◇◇◇

二十万人の大行軍

◇◇◇


1945年8月4日、午前7時00分。


朝日がじりじりと照りつけ始めた早朝、現代の自室で仮眠をとっていた浩平の枕元に、PCから連絡用の電子音が「ピピッ、ピピッ」と鋭く鳴り響いた。


跳ね起きるようにモニターへ視線を走らせると、広島の第二総軍代理司令・藤堂中将、そして長崎に滞在中の黒田中将から、ほぼ同時に手帳による連絡メッセージが届いていた。


文面こそ異なるものの、そこに記された決断は同一であった。


『本日現在時刻を期して、全市民の避難作戦を開始する』


史実において長崎へ原爆が投下されたのは8月9日であったが、もし広島への投下が浩平の手によって阻止された場合、米軍が動揺して長崎への投下スケジュールを急遽前倒ししてくる可能性は極めて高い。浩平は藤堂、黒田の二人はそのリスクをあらかじめ共有していた。


ゆえに、長崎も広島と歩調を合わせ、本日8月4日から一斉疎開へ踏み切ったのだ。


広島市街では、第二総軍管轄下の全将兵が総動員されていた。

爆心地(産業奨励館=原爆ドーム)を中心とした半径7キロメートル圏内の全住民二十万人以上を、北方の安全地帯である武田山北麓の野営地へと脱出させる、人類史上例を見ない都市規模の大移動である。


藤堂中将は浩平から授かった「大口物資引換手形」を惜しみなく配下に託し、総軍司令部の広場をはじめ、市内の主要工場、国民学校の校庭、市役所や各区役所、主要寺社の境内に設置された野外かまどで、怒涛の大規模炊き出しを開始させていた。


「さあ受け取れ! 炊きたての銀シャリ(白米)のおにぎりだ!」


「熱中症予防の冷たい手ぬぐいも一人一枚持って行け!」


立ち上る純白の湯気とともに、ふっくらと握られた塩むすびの香ばしい匂いが漂う。

兵士たちは清潔なハンドタオルを冷水に浸して市民へ手渡し、前日全市民へ配備された透明なプラスチック水筒へ、オレンジ色の500Lタンクから冷え切った1℃のORS(経口補水液)を惜しみなく注ぎ込んでいった。


「うわあ……冷たい! 生き返るようだ……!」


「お母ちゃん、お水が甘くて美味しいよ!」


朝とはいえ、真夏の太陽が容赦なく照りつける広島の街路は、すでに熱気で陽炎が揺らめいていた。二十万人もの老若男女が家財をまとめた風呂敷を背負って歩く様は、まるで終わりの見えない巨大なマラソン大会のようであった。


市中心部の各辻々には給水所が設けられ、武田山へ向かう北上ルート沿いには、約2キロメートルおきに炊き出し所が配置されていた。

避難民が拠点へ立ち寄っておにぎりを受け取るたび、兵士は支給された黒の油性マーカーを手に取り、市民が首から下げたプラスチック水筒の側面に、キュッキュッと「正」の字の一画を書き足していく。


「お父さん、これで二個目だな。重複受領はできんが、一人一日五個までなら確実に配給される! 慌てず武田山を目指せ!」


画線法による受領管理により、混乱した雑踏での奪い合いや不正受領は未然に防がれていた。その一方で、水筒へのORS給水だけは「熱中症で倒れる者を一人も出すな」という浩平のアドバイスのもと、何度でも無制限に注ぎ足された。


その頃、市街中心部の木造長屋が密集する住宅街路地では、第二総軍の捜索分隊が砂埃を上げて駆け回っていた。


「陸軍だ! 取り残されている者はおらんか! 一軒も漏らさず確認せよ!」


兵士たちは平屋の引き戸を一軒一軒開け放ち、薄暗い奥の部屋まで声を張り上げた。


「お、おい……ここに寝たきりのばあさんがおるぞ!」


薄暗い蚊帳の中で、足腰を痛めて起き上がれなくなっていた高齢の女性を見つけると、若い兵士が迷わず背中を差し出した。


「おばあさん、背中に捕まって! 家財は後で兵隊が運ぶから、命だけ持って逃げるんだ!」


「す、すんません……兵隊さん、すんません……」


涙を流す老婆を背負った兵士は、通りに待機させていた九四式六輪トラックの荷台へと慎重に抱え上げた。浩平から供給されたバイオディーゼル燃料で満タンになったトラックの荷台には、近隣から集められた足の不自由な高齢者や幼子を抱えた家族が身を寄せ合っていた。


「全員乗ったな! 武田山のテントへ直行するぞ! 掴まっていろ!」


乾いた排気音とともにトラックが砂煙を上げて走り去り、路地からは次々と市民が救出されていった。


午前7時30分。第二総軍司令部・作戦室。


司令部内には、怒号のような伝令の声と電話のベルが絶え間なく鳴り響いていた。

机の上に広げられた巨大な広島市街地図には、避難完了を示す赤線が刻一刻と武田山方面へ伸びていく。


「報告! 西観音町、十日市町周辺の住民、約四割が北上ルートへ合流!」


「第一配給所のおにぎり、予定通り三万個の配布を完了!」


矢継ぎ早に届く報告を捌く藤堂中将の元へ、軍医部長が血相を変えて駆け込んできた。


「中将閣下! 広島陸軍病院の患者および医師、看護婦、職員ら約二千名の避難についてであります!」


「どうした、軍医部長。呉の金沢中将より『呉鎮守府および海軍病院周辺の施設を開放し、重症者・病弱者を最大一万人規模で受け入れる』との打電があったはずだが!」


「ハッ! 受け入れ先は確保できておりますが……搬送手段がパンクしております! 現在、軍のトラックと人員輸送車を総動員してピストン輸送を行っておりますが、台数が絶対的に不足しております。何より……重度の戦傷者や高熱の結核患者は、サスペンションの硬い軍用トラックの荷台の激しい振動に耐えられません! 呉までの二十数キロの悪路をトラックで運べば、途中で命を落とす患者が続出いたします!」


「何だと……!」


藤堂中将が苦悶の表情で机を叩いた、まさにその瞬間であった。


藤堂のポケットに入っていた通信用タブレットが淡く発光し、浩平からのテキストメッセージが表示された。


『藤堂中将。いまから未来の大型人員輸送車(いすゞ・エルガ/大型バス)を、取扱説明書と一緒に司令部広場へ転送します。低床で揺れが少なく、冷房完備のクラッチ操作が不要の車です。まず司令部敷地内で熟練の運転兵に試運転させ、慣れ次第、患者の救護搬送に投入してください。 ――監視者 浩平』


藤堂の目が輝いた。だが、次の瞬間、藤堂は窓の外の中庭広場を見下ろして顔を曇らせた。


広場は現在、二十万人分継続提供用のORSタンク、山積みのおにぎり用米袋、行き交う給水車やトラック、避難民の誘導部隊で足の踏み場もないほど埋め尽くされていたのだ。


藤堂は直ちに手帳を開き、ペンを走らせた。


『浩平殿。誠に申し訳ないが、現在司令部の敷地内は配給物資と将兵で完全に埋まっており、巨大な車両を受け入れる余裕がない。代わりに、この車を預け、即座に動かせる最適な技術者集団を至急呼び寄せる。受け入れ態勢が整うまで、その未来の車の搬入をしばし待たれたい ――藤堂』


◇◇◇

歴史を越える技術者魂

◇◇◇


午前7時45分。広島市安芸郡府中町・東洋工業本社事務所。


爆心地から東へ約5.3キロメートル。比治山や黄金山の山影に位置する東洋工業の工場敷地には、朝から異様な静けさと緊張が漂っていた。


社長室の窓際で、創業者である松田重太郎まつだ じゅうたろう社長(七十歳)は、今朝がた軍から配られたばかりの「透明なプラスチック水筒」を窓の光に透かし、食い入るように観察していた。


爪で弾くと、コツコツと軽やかな音が響く。


「……ガラスではない。陶器でも、セルロイドでも、エボナイトでもない。極めて薄く、羽のように軽く、それでいて落としても割れぬほどの弾力と透明度を持っておる……」


重太郎は技術者としての鋭い眼光をギラつかせ、唸り声を上げた。


「恒一。……今の日本国内のいかなる化学工場、いかなる成形技術をもってしても、これほどの高分子素材を一発でムラなく成形加工できる設備など存在せんぞ。一体……大本営はどこからこれを調達してきたのだ?」


机の向こうで書類をまとめていた息子の専務・松田恒一まつだ つねかずが、たまらず頭を抱えて声を張り上げた。


「父上! 今はそんな未知の筒を研究している場合ではありません! 第二総軍から全市民への即時疎開命令が下されたのですよ! 早く会社の工員たちを指揮して、武田山へ避難する手はずを整えてください!」


「何を言うか。未知の技術を前にして目を輝かせぬ男が、技術者を名乗れるか」


重太郎が頑固そうに眉をひそめた、その時であった。


ジリリリリリリリ――――――ンッ!!


社長室の黒電話が、けたたましい金属音を上げて鳴り響いた。


恒一が慌てて受話器を取る。


「はい、東洋工業でございます!」


『第二総軍代理司令・藤堂である! 松田重太郎社長はおられるか!』


受話器の向こうから響いた威圧感のある怒号に、恒一は直立不動となった。


「は……ハッ! 総軍司令官閣下! ただいま父に代わります!」


重太郎が怪訝な顔で受話器を受け取った。


「松田でございます。閣下、避難の件でございましょうか?」


『松田社長! 単刀直入に申す! 貴社の技術力と、三輪トラックを自在に操る優秀なテストドライバーたちの腕を見込んで、国家最高機密の特命を下したい!』


藤堂中将の声は極めて切迫していた。


『我が軍の極秘ルートにより、これまでにない「新型大型人員輸送車」を数台、貴社の府中工場敷地内へ直接配備する! 直ちに貴社の熟練工員とドライバーを集め、その車両の構造把握と試運転を行っていただきたい! 操縦に慣れ次第、広島陸軍病院の重症患者および医師、看護師二千名を、呉の海軍施設まで迅速に搬送する任務に就いてほしいのだ!』


重太郎の目がカッと見開かれた。


「新型の……大型人員輸送車……!」


先ほどのプラスチック水筒の衝撃が、重太郎の脳裏を一瞬で駆け巡った。あの異次元の素材を生み出した技術体系が作った「自動車」が、今から自社の工場へやってくるのだ。


重太郎の老いた胸の奥で、眠っていた自動車技術者としての血が、猛烈な勢いで沸騰した。


「藤堂閣下! 東洋工業にお任せあれ! 直ちに全工場の腕利きドライバーと主任技師を第一広場へ集結させます! いかなる未知の車両であろうと、我が社の技術陣が必ず乗りこなし、陸軍病院の患者様方を一人残らず呉へ送り届けてみせましょう!」


「頼んだぞ、松田社長!」


受話器を叩きつけるように置いた重太郎は、驚愕する息子の恒一に向き直り、雷のような大声で怒鳴りつけた。


「恒一ッ! 全工場のベルを鳴らせ! テストドライバー、試作技師、整備工の主任を全員、第一テストコースへ集めろ! 日本の自動車づくりの意地を見せる時が来たぞ!!」


広島の命運を賭けた大避難作戦の歯車に、東洋工業の技術者たちが力強く噛み合わさった瞬間であった。


◇◇◇

未来のバスと、未来を目のあたりした技術者たち

◇◇◇


1945年8月4日、午前8時10分。広島市安芸郡府中町・東洋工業本社。


もうもうと砂埃を巻き上げながら、一台の九五式小型乗用車(くろがね四起)が東洋工業の正門を潜り抜け、本社事務所の前へと滑り込んだ。


車から降り立ったのは、第二総軍司令部・相沢正樹あいざわ まさき陸軍少佐であった。

相沢少佐はこれまで呉市での大規模救護や宮原浄水場の復旧、そして司令部広場での物資集積など、幾度となく浩平の「超常の補給」を現場の最前線で目撃してきた、藤堂中将が最も厚い信頼を寄せる腹心の一人であった。


相沢少佐は軍靴を響かせて社長室へと直行し、待機していた松田重太郎まつだ じゅうたろう社長(七十歳)と、息子の専務・松田恒一まつだ つねかずと対面した。


「東洋工業社長・松田重太郎殿とお見受けする。第二総軍代理司令・藤堂中将閣下の命により参上した、相沢少佐である」


重太郎は立ち上がり、深々と頭を下げた。


「相沢少佐殿、遠路ご苦労に存じます。藤堂閣下からのお電話を受け、腕利きのテストドライバーと試作主任技師をすでに第一広場へ集めております。……しかし、少佐殿。閣下が仰っていた『新型大型人員輸送車』なるものは、一体どこにあるのでございますか? 門前を見張らせておりますが、それらしき大型車が到着した形跡はございませんが……」


重太郎が怪訝な眼差しで外を指差すと、相沢少佐は表情ひとつ変えずに頷いた。


「松田社長、ご懸念には及ばん。車はこの後すぐ、『尋常ならざる方法』によって貴社の第一広場へ直接運び込まれる」


「……尋常ならざる方法、でございますか?」


恒一が思わず眉をひそめた。


相沢少佐は鋭い眼光で二人を射すくめ、低く重い声で告げた。


「そうだ。これから貴殿らが目にするものは、大日本帝国の命運を握る最高機密の中の最高機密である。……松田社長、ならびに恒一専務。本日ここで見聞きした一切の事象、車両の構造、出現の経緯について、外部の者へ漏洩することは何人たりとも許されぬ。東洋工業全社員の名にかけて、絶対の守秘義務を誓っていただけるか」


歴戦の将校が放つ異様な威圧感に、重太郎は背筋を正し、拳を固く握りしめた。


「相沢閣下。我が社は三輪トラックを作り、日本の産業を支えてきた誇りある技術者集団でございます。国家の危機を救うための軍機、命に代えても墓場まで持っていくことをお約束いたします」


「うむ。……では、第一広場へ案内されたし」


◇◇◇

銀色の巨体と「ISUZU」の刻印

◇◇◇


午前8時20分。東洋工業・第一広場(テストコース前)。


重太郎、恒一、相沢少佐の三人が広場へ足を踏み入れると、そこには選抜された五名の熟練テストドライバーと、試作主任技師の岡本が、緊張した面持ちで待機していた。


現代の自室でモニターを見つめていた浩平は、カメラ越しに全員が広場の端へ退避したのを確認した。


「よし……! 広島陸軍病院の患者さんたちを運ぶには、まずは手持ちの5台のバスをすべて投入しよう。頼んだぞ、東洋工業の皆さん……!」


浩平はコンソール画面の『転送』ボタンを力強くクリックした。


ドス、ズズズズズ―――――ッ!!


真夏の青空を切り裂くような重厚な大気の振動とともに、広大だった第一広場の中央に、突如として五台の巨大な車体が影を落とした。


「う……うわあああっ!?」


「な、なんだこれは……!? 空から車が降ってきたぞ!?」


工員たちから悲鳴が上がった。何もない路面の上に、前扉を開け放ち、キーシリンダーに鍵が差し込まれた状態の五台の巨大な大型バス(いすゞ・エルガ)が、寸分の狂いもなく整然と並び立っていたのだ。


つややかな車体、継ぎ目のない滑らかな巨大フロントガラス、そして見たこともない流線型のモダンなフォルム。


重太郎と息子の恒一は、息を呑んで立ち尽くした。

重太郎はおそるおそる先頭の車両へと歩み寄り、その白銀に輝くフロントグリルの中央に刻まれたエンブレムを指先でなぞった。


そこに誇らしげに刻まれていたのは――『ISUZU』の立体ロゴであった。


「い……ISUZU……!? いすゞだと……!?」


重太郎の目が飛び出さんばかりに見開かれた。


「恒一、見ろ! これは……あの東京自動車工業(いすゞの旧社名)の商標ではないか!?」


「東京自動車工業……!? ば、馬鹿な! あそこがこれほど巨大で、未来的な意匠の大型車を秘密裏に開発していたというのですか!?」


重太郎は車体を撫で回しながら、歯を食いしばって唸り声を上げた。


「おのれ……東京の連中め、いつの間にここまで先を行く技術を完成させていたのだ……! 三輪トラックで日本一を目指していた我が社が、これほどまでに水をあけられていたとは……技術者として、正直……悔しくてたまらんぞ!」


未知のオーパーツを前にして、重太郎の職人魂と対抗心が激しく燃え上がっていた。


◇◇◇

テストドライバーの格闘と目覚める巨獣

◇◇◇


「社長! 悔しがっている場合ではありません、中を改めましょう!」


岡本主任技師に促され、重太郎、恒一、相沢少佐、岡本主任、そしてチーフテストドライバーの杉山の五人が、前方の乗降ドアから車内へと足を踏み入れた。


「な……なんという広さだ……!」


車内に足を踏み入れた瞬間、全員が絶句した。

段差がまったくない完全なノンステップのフラットな床、明るい大型窓、車椅子や担架をそのまま固定できる跳ね上げ式の座席スペース。軍用トラックの荷台のような粗末な板張りとは根本的に異なる、人間工学に基づいた圧倒的な空間設計であった。


杉山ドライバーは吸い寄せられるように運転席のハイバックシートへと腰を下ろした。

左手のサイドポケットには、浩平が用意した日本語の『取扱説明書』が差し込まれている。


岡本技師がすぐさま説明書をひったくるように開き、ページをめくった。


「杉山! 鍵はすでに刺さっている! 試しにエンジンを始動させてみろ!」


「了解です、主任!」


杉山がキーを右へ回した。

しかし――カチリと音がするだけで、スターターモーターすら回らない。


「あれっ……? 主任、何も起きません! ウンともスンとも言わないぞ!」


杉山が焦ってコックピットの計器類を見回すと、ステアリングコラムの右下に、黒い回転式のダイヤルを発見した。そこには白文字で『MAIN SWITCH』と刻まれている。


「主任、これか!? これを右に回してみます!」


カチッ。


ダイヤルを右へ回した瞬間、インパネの液晶ディスプレイと無数の警告灯が鮮やかなオレンジ色に点灯し、メーターの針が一斉に振り切れて初期位置へと戻った。


「おおっ! 電気が通ったぞ!」


「よし、もう一度鍵を回せ!」

岡本技師が叫び、杉山が再びキーを『START』の位置へ捻り込んだ。


だが――やはりスターターはピクリとも反応しない。


「くそっ、なぜだ!? なぜエンジンがかからんのだ!?」


冷や汗を流す杉山の横で、岡本技師が猛烈な勢いで説明書をめくった。


「待て、杉山! ここに起動手順が書いてある! 『本車両は安全装置インターロックを搭載しているため、足踏みブレーキペダルを床までしっかりと踏み込んだ状態でなければセルモーターが回転しない』とあるぞ!」


「な……なんと! ブレーキを踏みながら鍵を回すのか!?」


杉山は右足で分厚いブレーキペダルを力いっぱい踏み込み、同時にキーをSTART位置までグッと回した。


キュルルルル……ブロロオォォォォン……!!


澄み渡るような軽快なセル音の直後、床下から極めて静粛で滑らかな重低音が響き渡り、六気筒ディーゼルエンジンが一発で息を吹き返した。


「か……かかったあぁぁぁっ!!」


車内に歓声が上がった。


◇◇◇

消えたクラッチペダルと未来の空調

◇◇◇


エンジンが始動し、いよいよテスト走行へと移ろうとしたが、次の関門が立ち塞がった。


「よし、杉山! 前進させてみろ!」


「はいっ!」


杉山がアクセルを軽く踏み込もうとするが、車体はビクともしない。メーターパネルには赤いブレーキ警告灯が点灯したままだ。


「動かんぞ!? 駐車ブレーキが効いたままだ! レバーはどこだ!?」


当時の軍用トラックにあるはずの、床から生えた巨大なハンドブレーキレバーが見当たらない。

説明書を目で追っていた岡本技師が、ダッシュボードの左端を指差した。


「杉山、それだ! その黄色い先端の丸い小さなレバーだ! 『ホイールパーク式駐車ブレーキ』というらしい! それを手前に引いて押し下げるんだ!」


杉山が指示通りに小さなレバーをカチリと押し下げると、『プシューーーッ!』という鋭いエア解放音が響き、警告灯が消灯した。


「解除できた! ……だが主任、クラッチペダルが……左足の踏み板がどこにもありません!」


杉山が足元を見つめて愕然とした。あるのはアクセルとブレーキの二枚のペダルだけ。

さらに、左手側のコンソールに鎮座していたのは、シフトノブではなく、縦に並んだ押しボタン式のスイッチボックスであった。


そこには上から『R・N・D・3・2・1』の文字が並んでいる。


「クラッチがない……? ボタンを押すだけで変速するのか……!?」


五分間にわたる格闘の末、岡本技師の「まずは『1』のボタンを押せ!」という指示に従い、杉山が『1』を押し込んでブレーキペダルから足を離した。


その瞬間――。


スゥッ……と、巨大な車体が滑るように、音もなく前進を始めたのだ。


「う……動いた……!!」


「なんという滑らかさだ……! クラッチを繋ぐ衝撃が一切ないぞ……!」


重太郎と恒一が手すりに掴まりながら感嘆の声を上げた。

だが、窓の外を見つめていた重太郎が、額の汗を拭いながら首を傾げた。


「しかし……素晴らしい静粛性だが、いささか暑いな。見渡したところ、運転席側の小窓以外は窓が開かない構造になっているようだが……これでは夏場の患者たちが蒸し風呂になってしまうぞ。どうやって風を通すのだ?」


そのツッコミに対し、岡本技師が勝ち誇ったような笑みを浮かべ、インパネ中央のエアコンパネルを指差した。


「社長、ご安心を! この車には『自動空気調和装置クーラー』が備わっております! ……いきますぞ!」


岡本技師が『A/C』のスイッチを押し、風量ダイヤルを最大へ回した。


ゴオオオオオオォォォォ…………。


次の瞬間、天井に張り巡らされた無数の吹き出し口から、まるで初冬の高原のようなキンキンに冷えた冷風が、車内全体へと勢いよく吹き下ろされた。


「ひゃあぁぁぁっ!?」


「つ……冷たい……!? 風が……氷のように冷たい風が出てきたぞ……!!」


汗だくになっていた男たちの肌を一瞬で冷気が包み込み、車内は一瞬にして極楽の涼しさへと塗り替えられた。


◇◇◇

技術者の誓いと一時間の猛特訓

◇◇◇


「す……素晴らしい……!」


杉山は1速から2速、3速、そして『D(自動変速)』へとボタンを切り替え、第一テストコースの周回路を軽快に流した。


大型バスとは思えないパワーステアリングの羽のような軽さ、エアサスペンションが路面の凹凸をすべて吸収する雲の上のよう乗り心地、そして踏み込めば吸い付くようにピタリと止まる強力なエアブレーキ。


テスト走行を終えて広場へ戻ってきた時、松田重太郎社長の瞳には、熱い涙が滲んでいた。


重太郎は車内を見渡し、拳を天井へ突き上げて叫んだ。


「静粛性、極上の乗り心地、完璧な冷房、そしてクラッチ不要の自動変速機構……! 我が社が、日本の自動車産業が未来において目指すべき理想の頂が、今、ここにはっきりと示されたぞ!!」


重太郎は振り返り、息子の恒一と工員たちを力強く見据えた。


「東京のいすゞに負けてはおれん! 我ら東洋工業の意地を見せるぞ! この素晴らしい未来の車を完璧に操り、広島陸軍病院の患者様方を一人残らず、安全に呉の海軍病院へ送り届けるのだ!!」


「「「おおおおおっっっっ!!!」」」


技術者たちの咆哮が広場に木霊した。


その後、杉山と岡本技師は、待機していた他の四名のテストドライバーたちへ、運転席の操作手順、ホイールパークブレーキの扱い、前扉・中扉の開閉スイッチ、さらには車外非常コックの位置に至るまで、徹底的に叩き込んだ。


約一時間の猛特訓の末の午前9時30分。

五名のドライバー全員が、現代の大型路線バスの車幅感覚と操作法を完全にマスターした。


「相沢少佐殿! 東洋工業の輸送特別部隊、準備完了いたしました! いつでも出動できます!」


重太郎の力強い申告を受け、相沢少佐は深々と敬礼を返した。


「感謝する、松田社長! これより五台の新型輸送車を率い、広島陸軍病院へ急行せよ! 二千名の患者救出作戦を開始する!」


ブロロオォォォォン……!!


五台のいすゞ・エルガが、清冽な冷気を車内に湛えながら、重症患者たちを救うため、府中工場から広島市街へと力強く走り出していった。


【現在のクレジット残額:1,821,259,180ゼニ】

【ゲーム内で関わった人数:約250,000人 [new]広島避難市民が3km以上移動した約60000人】


補足;

物語中の1945年8月4日の時点で「避難する意志があって、実際にある程度の距離(3km)を移動し始めた」避難市民数を全部【ゲーム内で関わった人数】としてカウントされる、この人達は既に浩平の影響で自分や親族の運命を大きく変えたとみられる

お待たせしました

今回は広島の本格的な大規模避難の話です、動き出したのは言いものの、武田山で何日間も寝泊りするのはまた大きなチャレンジかもしれません

浩平も一般人なので、たとえプロの藤堂中将が助言してもミスった所はいっぱいあるでしょう…


最近色々忙しくて感想を返信する時間を見つかるに苦労します

読者様の誠意には必ず応じますので、返信は少しお待ちになっていただければ幸いです

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― 新着の感想 ―
未知の技術に興奮してはしゃぐ技術者のおじさんたち好き。 ついに車両が解禁、航空燃料も解禁。 やれる事の幅がさらに大きくなりましたね。 このまま上手く行って欲しい。 地震災害の避難と違って、避難民たち…
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