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1945年8月3日 真岡町の乙女達

この作品はフィクションです、実在の人物や団体などとは関係ありません。

◇◇◇

黄金の代償

◇◇◇


1945年8月3日、午後5時00分。


現代の自室にいる浩平のパソコンのゲーム画面に、鮮やかな緑色の光とともに新たなシステム通知がポップアップした。


【条件(配給開始)が満たされたため、以下のマップが解放されました】


・小田原市、鎌倉市、横浜市、川崎市広域

・大宮市、浦和市、川口市広域

・柏市、千葉市、市川市、船橋市広域

・土浦市、水戸市、大洗町広域

・宇都宮市広域、前橋市、高崎市広域


鈴木首相が徹夜で組織した特使官僚たちの決死の移動により、浩平の発行した「大口物資引換手形」が関東圏の主要都市の倉庫で次々と発効されたのだ。

それと同時に、浩平のコンソール画面に表示された所持金メーターが、目まぐるしい勢いで乱高下を繰り返していた。


浩平はあらかじめ、手持ちのクレジット残額が5億ゼニを下回ると、皇居・御文庫附属室に積まれた2.4トンの金塊(20kg=5億ゼニ相当)を自動的に1本ずつシステム買取に出すバックグラウンドスクリプトを稼働させていた。


精米: 20kg = 5,000ゼニ

小麦粉: 25kg = 2,500ゼニ

上白糖: 20kg = 6,000ゼニ


横浜・川崎・千葉・大宮・宇都宮・高崎といった関東の主要都市の人口はおよそ350万人。一人一日2,000キロカロリーの一週間分食糧パックを配給した結果、総購入額は約17億5,000万ゼニに達していた。


浩平はゲーム内のFPVカメラを御文庫附属室に映って確認すると、綺麗に積み上げられていた金塊の山から、合計4本(80kg/20億ゼニ分)が光の粒子となって消滅し、システムへと吸収されていた。


「知っているとはいえ……ものすごいスピードで金塊が溶けていくな……」


浩平はモニターを見つめ、息を呑んだ。


「だけど、これは何百万人もの命を繋ぐ糧だ。無駄遣いは論外だが、出し惜しみなんて絶対にしない」


その大規模配給の成果は、即座に数値となって現れた。

画面の「ゲーム内で関わった人数」は、約140,000人から一気に5万人近く跳ね上がり、【約190,000人】へと到達していた。


◇◇◇

ちひろの決意

◇◇◇


同刻

西樺太山脈を越える豊真線の客車内。


ガタゴトと揺れる列車の中で、ちひろは浩平経由で転送・印刷された数枚の資料を食い入るように見つめていた。


そこに記されていたのは、未来の歴史において語り継がれる悲劇——『真岡郵便局事件(九人の乙女)』の記録であった。


昭和二十年八月二十日、ソ連軍が真岡港へ不意打ちの上陸作戦を敢行した際、真岡郵便局の電信電話室に勤務していた若い女性電話交換手たちが、砲弾飛び交う中で最後まで本土や豊原への通信連絡を死守し、局内に侵入するソ連兵の足音を聞きながら、青酸カリを仰いで命を絶った悲劇。


『皆さん、これが最後です。さようなら、さようなら……』


資料に記された最後の通信記録を目にした瞬間、ちひろの瞳からボロボロと涙がこぼれ落ちた。


「こんな……こんな若い女の人たちが……最後まで通信を守って、毒を飲んで死んでしまうなんて……」


ちひろの手が震えていた。

自分と同じ年頃の、あるいは自分よりも若い少女たちが、間もなく訪れるソ連軍の脅威を前に「死」を唯一の誇りとして選ばざるを得なかった過酷な現実。


浩平からのメッセージにはこう書かれていた。


『ちひろへ。真岡郵便局の彼女たちを救えるのは、軍人でも官僚でもない。同じ女性として心を通わせられる、あなたしかいない。どうか、彼女たちの命を守ってあげてください。 ――監視者 浩平』


ちひろは涙を拭い、ギュッと資料を胸に抱きしめた。

隣に座る誠一郎が、心配そうに妹の肩に手を置いた。


「ちひろ……大丈夫か? 気が進まないなら、私が郵便局へ……」


「ううん、お兄ちゃん。私、行くわ」


ちひろは力強い瞳で兄を見つめ返した。


「私だからこそ、彼女たちの気持ちが痛いほど分かるの。女性として、同じ時代を生きる仲間として……絶対に死なせたりしないわ」


◇◇◇

真岡町の乙女達

◇◇◇


午後5時50分。樺太西海岸・真岡駅。


日本海からの冷たい海風が吹き抜ける真岡駅に、臨時貨物列車が滑り込んだ。

駅頭には、豊原からの電報を受けて待機していた真岡警備隊や港湾関係者が詰めかけていた。


浩平の指示に基づき、一行は二手に分かれて行動を開始した。

峯木中将と誠一郎は、日没前の明るいうちに防衛拠点となる真岡港の沿岸陣地を視察へ。

そしてちひろは、峯木中将の副官である工藤剛くどう ごう陸軍大尉とともに、真岡町市街の坂の上にある「真岡郵便局」へと向かった。


午後6時10分。真岡郵便局。


「第88師団長・峯木中将閣下の副官、工藤大尉である! 局長並びに当直・非番の電話交換手を全員、直ちに講堂へ集められたし!」


工藤副官が軍靴を鳴らして庁舎へ踏み込み、師団長の令状を提示した。

張り詰めた空気の中、現場責任者の男性幹部数名と、交換手や事務員を含む十四名の若い女性局員たちが、不安げな面持ちで講堂に集められた。


そこへ、工藤大尉にエスコートされてちひろが歩み出た。

ちひろの両手には、浩平がゲーム内ショップから転送した、ずっしりと重いふたつの大きな白い箱が抱えられていた。


ちひろは姿勢を正し、澄んだ声で堂々と名乗りを上げた。


「皆様、急なお呼び出しをいただき感謝いたします。私は、大本営ならびに阿南陸軍大臣より北方防衛の特使として派遣された、橘誠一郎少佐の妻・ちひろと申します」


少女のような可憐さと、凛とした気品を漂わせるちひろの姿に、女性局員たちは息を呑んだ。


「本題に入る前に……皆様、日々の過酷な通信勤務、本当にお疲れ様です。……天の監視者様より、皆様への慰労として甘いお菓子をお預かりしてまいりました」


ちひろが白い箱の留め金を外すと、ふわりと甘く芳醇な香りが講堂いっぱいに広がった。


箱の中に現れたのは、現代のパティスリーで作られた直径24センチ(八号)の巨大な生クリーム苺ホールケーキと、艶やかなグラサージュが輝く濃厚チョコレートケーキであった。(計16,000ゼニ)


「わあぁ……ッ!?」


「な、何これ……真っ白なクリームに、真っ赤な苺……!?」


戦時下の配給停止で、砂糖の味すら忘れていた女性局員たちから、悲鳴に近い歓声が上がった。

ちひろは工藤副官に手伝ってもらいながら、十四名の女性たち一人ひとりの皿へ、分厚く切り分けたケーキを笑顔で手渡していった。


フォークを口に運んだ瞬間、局員たちの目から涙が溢れ出した。


「おいしい……! こんなに甘くて柔らかいお菓子、生まれて初めて食べました……!」


「夢みたい……本当に夢じゃないのかしら……!」


講堂を包んでいた重苦しい緊張が、甘いケーキの魔法によって一瞬で温かな空気へと解きほぐされていった。


◇◇◇

命を懸けの説得

◇◇◇


全員がケーキを食べ終え、穏やかな吐息が漏れたその時――ちひろの表情が引き締まった。


「皆様。……ここからが、私が本日参上した本当の理由です」


ちひろは真剣な眼差しで、十四名の女性局員たちを一人ひとり見つめた。


「近い将来、ソ連軍が日ソ中立条約を破棄してこの樺太へ攻め込んできます。そして……極めて高い確率で、この真岡の港から上陸してまいります」


「……っ!!」


局員たちの顔から一気に血の気が引いた。男性幹部たちも息を呑む。

市内に流れていた不穏な噂が、大本営特使の妻の口から公然と肯定されたのだ。


ちひろは言葉を重ねた。


「現在、私の夫である橘少佐と峯木中将閣下、そして天の監視者様が総力を挙げ、ソ連軍の侵略を水際で粉砕するための防衛線を構築しております。……ですが! 万が一、万が一ソ連兵がこの街に雪崩れ込み、この郵便局を包囲するような事態になったとしても……皆様に、絶対に守っていただきたい約束がございます」


ちひろは一歩前へ進み出た。


「どんなことがあっても、決して自ら命を絶たないでください。生きることを、決して諦めないでください」


静まり返った講堂の中で、女性局員たちはハッと肩を震わせ、一様に視線を畳へと落とした。

図星を指されたのだ。彼女たちの多くは、ソ連兵に蹂躙されるくらいなら、誇り高く自決しようと、密かに覚悟を決めていたからであった。


ちひろは胸を押さえ、声を震わせながら語りかけた。


「……私の夫は、かつて重い結核を患い、一度は死の淵を彷徨いました。その時、私は神仏に祈り、夫の命が助かるなら自分の命などどうなってもいいと泣き叫びました。幸いにも未来の特効薬によって夫は一命を取り留めましたが……今回の北方特使の任務を聞いた時、私は危険な戦地へ向かう夫を止めるため、必死で反対しました」


ちひろの瞳から、大粒の涙が頬を伝って零れ落ちた。


「でも、夫の傍にいたい一心でここまでついてきて……道中で飢えに苦しむ人々や、必死で生きようとする多くの家族の姿を見ました。そこで思い知ったのです。……命より尊いものなど、この世のどこにもないのだと! 辱めを受ける恐怖も、戦う誇りも分かります。でも……生きてさえいれば、必ず家族に会える! 生きてさえいれば、この戦争が終わった後の平和な未来を見届けることができるのです……!」


ちひろは十四名の少女たちの前に進み、深々と頭を下げた。


「お願いです……! 誇りのために死なないでください! 私たちと一緒に……生きてください……!」


特使の妻が涙を流して自分たちの命乞いをする姿に、一人の若い交換手が耐えきれずに嗚咽を漏らした。


「う……うわあああん……! 怖かった……! 本当は、死ぬのが怖かったの……!」


「私もです……! ソ連兵が来たら、辱めを受ける前に青酸カリを飲んで死のうって……みんなで約束していたんです……!」


次々と泣き崩れる少女たちを、ちひろは優しく抱きしめ、その背中を何度もさすった。


その後、説得より女性局員たちの手荷物や机の引き出しから、隠し持たれていた自決用の青酸カリの小瓶をすべて回収した。さらに、局内の医務棚に保管されていた医療用モルヒネについても、工藤大尉は男性責任者へ厳しく言い渡した。


「このモルヒネは負傷者の救急救命用である! 万が一にも自決用途に使用することは、第88師団司令部の名において厳禁とする!」


「ハッ……! 畏まりました……!」


最後にちひろは、浩平から支給されていた『女性用スポーツ下着(吸汗速乾・伸縮性抜群)』を、少女たち一人ひとりに2セットずつ手渡した。


「これ……すごく肌触りが良くて、動きやすそう……」

「ありがとうございます、ちひろ様……!」


涙を拭い、下着を胸に抱いて微笑む少女たちに見送られ、ちひろが真岡郵便局の玄関を出た時、時計の針は午後8時過ぎを指していた。


北国の短い夏、夕暮れの淡い茜色の光が、真岡の港と静かな海を優しく照らし出していた。


未来の『九人の乙女の悲劇』という呪われた歴史の鎖は、一人の少女の真摯な祈りと勇気によって、今、完全に断ち切られたのであった。


◇◇◇

夕暮れの真岡港

◇◇◇


1945年8月3日、午後6時10分。樺太西海岸・真岡港。


オホーツク海とは異なる日本海の冷涼な風が吹き抜ける真岡の埠頭で、峯木十一郎中将と橘誠一郎少佐の二人は、軍用の測量地図と浩平から授かった五十枚に及ぶ資料の束を広げていた。


西に傾いた太陽が水平線を茜色に染め上げる中、誠一郎が抱える通信用タブレットの画面に、現代の自室にいる浩平からのテキストメッセージが同期された。


『峯木中将、誠一郎。

私の世界の史実では、8月20日早朝、ソ連軍艦艇が真岡港沖に突如現れ、艦砲射撃を開始して上陸しました。港湾や市街地で激しい戦闘となり、多くの一般市民や守備隊に甚大な犠牲が出ました。

しかし、陛下の御聖断や終戦工作が早まれば、ソ連の侵攻スケジュール自体も前倒しされる可能性が極めて高いです。私の方でもソ連艦艇を無力化する手段は用意しますが、万が一の事態に備え、沿岸部に常時即応できる砲兵部隊を配置・待機させておくことを強く推奨します。 ――監視者 浩平』


タブレットの画面を見つめた峯木中将の眉間が、険しく引き結ばれた。


史実の真岡には、歩兵第25連隊の連隊砲(九二式歩兵砲など)一個分隊と機関銃一個分隊が形式的な監視哨として残されているに過ぎなかった。

本来この港を守るべき歩兵第25連隊の主力部隊は、8月16日の時点で海岸陣地や市街地から兵を引き払い、内陸の逢坂方面へ移動・待機していたため、港の正面に敵艦を撃ち据える強力な火力が存在しなかったのだ。その一部始終の経緯も、浩平が渡した資料の中に余すところなく記されていた。


「……なるほど。未来の我が軍は、敵の上陸正面をがら空きにして民を見殺しにしたというわけか」


峯木中将は拳を固く握りしめ、水平線の彼方を睨み据えた。


「よく分かった。歩兵第25連隊は、本当の意味で戦いが終わるその瞬間まで、この真岡の海岸線から一歩も引き離さん! この未来の記録を教訓とし、たとえ本州でいかなる御聖断が下されようと、火事場泥棒のごとく侵略してくるソ連兵は、我らの手で容赦なく叩き潰す!」


峯木中将は直ちに真岡港を管轄する歩兵第25連隊の現地指揮所へ足を向け、連隊長である山沢長平 陸軍大佐を呼び出した。


「山沢連隊長! 大本営からの極秘情報によれば、近い将来、ソ連軍の艦艇がこの真岡港沖へ奇襲を仕掛け、強行上陸を試みる公算が極めて大である!」


「ソ連軍が……この真岡へ、でありますか!?」


突然の中将親閲と電撃的な警報に、山沢連隊長は直立不動のまま目を見開いた。


「そうだ! 貴連隊は直ちに沿岸のトーチカ陣地へ連隊砲および速射砲を展開せよ。昼夜を問わず全隊員が交代で海上の監視哨に就き、敵艦艇が領海を侵犯した瞬間、即座に砲撃を叩き込めるよう実弾装填の即応態勢を維持せよ! 砲弾の不足は心配するな、間もなく大本営および豊原より大量の物資が届く!」


「ハッ! 直ちに全沿岸陣地に配備を敷き、鉄壁の警戒態勢を確立いたします!」


山沢連隊長は力強く敬礼を返し、暮れなずむ真岡の海岸線へ向けて怒号のような命令を発令していった。


◇◇◇

不可視の境界線

◇◇◇


同じ頃、現代の自室にいる浩平は、デスクの前で腕を組み、ゲーム内ショップの画面を睨んでいた。


(真岡の守備隊に、現代のデジタル暗視スコープや熱源暗視ゴーグルを配備すべきか……?)


ショップのカートに高性能暗視装置を入れかけた浩平だったが、マウスから指を離した。


(いや、今はまだ明るいし、精密機械の取り扱いを前線の兵士にゼロから教え込むには時間が足りない。それに……夜間の砲撃戦で守備隊がソ連の軍艦を完膚なきまでに撃沈してしまえば、相手も意地になって大艦隊や爆撃機を送り込んでくる泥沼の流血戦になる……)


人を救うために介入している以上、可能な限り不必要な殺傷は避けたい。

浩平は思考を切り替え、コンソール上でPythonのコードエディタを開いた。


「ソ連艦が近寄ってきたら、船底の喫水線下に小さな貫通穴を大量に開けて、機関室を浸水させてやればいい。沈没する前に自力でウラジオストクへ引き返すよう仕向ければ、命を奪わずに上陸作戦だけを頓挫させられるはずだ」


浩平は真岡港を中心とした半径10キロメートルの海域に自動監視トリガーを設定した。

領海内へ侵入したソ連軍の軍艦や輸送船の航跡を常時監視用のスクリプトが検知した瞬間、現実世界のPCから警告アラートが鳴り響き、同時に誠一郎が持つタブレットへ座標と針路が即座に通知される迎撃プログラムである。


「よし……これで真岡の海は完全に網にかかる。史実の悲劇は絶対に繰り返させないぞ」


◇◇◇

真岡の和らぐ夜

◇◇◇


午後8時30分。真岡町市街地。


真岡郵便局での説得任務を完璧にやり遂げたちひろと工藤副官が、港の視察を終えた誠一郎、峯木中将と合流した。


この時間、すでに豊原へ戻る豊真線の最終列車は運行を終了していた。

西樺太山脈の急勾配とループ線を越える蒸気機関車は、安全確保と戦時下の燃料節減のため、すべてのダイヤを日没前の明るい時間帯に完了させる運用が徹底されていたからである。


「橘少佐、奥様。本夜は真岡の街でお休みいただき、明朝一番の始発列車(午前6時30分発)にて豊原へ戻りましょう」


峯木中将と工藤副官は、駅前通りにある将校集会所(偕行社)に投宿することとなり、誠一郎とちひろの二人は、真岡町栄町にある木造二階建ての老舗「すみれ旅館」へ案内された。


「橘閣下、奥様。本日は真岡の民のために誠にありがとうございました。どうか旅の疲れを癒やしてください」


「峯木閣下、工藤大尉も、夜の警備手配お疲れ様でございます。どうぞごゆっくりお休みください」


互いに敬礼とお辞儀を交わし、二人は暖簾をくぐって旅館の玄関へと足を踏み入れた。


「いらっしゃいませ……! 遠方よりようこそおいでくださいました」


出迎えた初老の女将は、身ぎれいな着物に割烹着をまとい、深々と畳に手をついた。


明朝早くの出発に備え、二人は早めに夕食を済ませて就寝する予定であった。千歳の宿での経験から、もし戦時下の粗食で量が足りなければ、自前の「弁当引換手形」で補おうと考えていた誠一郎であったが——運ばれてきたお膳を見て、良い意味で予想を裏切られることとなった。


「お米のご飯をお出しできず、本当に申し訳ございません……。ですが、浜で揚がったばかりの魚だけは、精一杯ご用意させていただきました」


お膳の上に並んでいたのは、ホクホクに蒸し上げられた大盛りの蒸しジャガイモ、甘辛い醤油の香りが立つカレイの煮付け、そして香ばしく焼き上げられた子持ちの焼きシシャモであった。

本土のような飢餓状態とは異なり、海産物と農作物が豊富な樺太ならではの素朴で力強い郷土料理であり、大人の男性でも十分に腹を満たせるボリュームがあった。


「女将さん、素晴らしいお料理だ。美味しくいただきます」


誠一郎が箸を取ると、ふと思い出したように穏やかな笑みを浮かべ、女将に向き直った。


「そうだ、女将さん。明日からは豊原の師団司令部より、この真岡の街へも大量の純白米と上白糖の特別配給が届く手はずになっている。もう、お米の心配をする必要はありませんよ」


「えっ……!? お、お米とお砂糖が……ですか……!?」


女将は驚きのあまり目を見張り、両手を合わせて涙ぐんだ。


「本当でございますか……! 兵隊さんたちのために、少しでも良いものをと買い出しに苦労しておりましたので……本当に、夢のようでございます……! ありがとうございます、ありがとうございます……!」


感謝を繰り返す女将が下がった後、二人は美味しい魚とジャガイモに舌鼓を打ち、満足のいく夕食を終えた。


◇◇◇

ひとつの布団と背中の温もり

◇◇◇


交代で旅館の湯に浸かり、旅の汗を流した誠一郎とちひろ。

浴衣に着替えて案内された六畳の和室に戻った二人の視界に飛び込んできたのは――畳の中央に敷かれた、一組の敷布団であった。


「あ……」


誠一郎が思わず足を止め、耳まで真っ赤にして立ち尽くす。


千歳での初夜の動揺が再び蘇りかけたその時、ちひろが小さく吹き出し、恥ずかしそうに頬を染めながらも、いたずらっぽく微笑んだ。


「ふふっ……お兄ちゃん。これから任務が続く間は、きっとどこへ行ってもこの調子ですわ。もう、慣れてしまいましょう?」


「……そ、そうだな。夫婦という名目で動いている以上、怪しまれるわけにもいかんしな……」


誠一郎は観念したように小さく頷き、ぎこちない手つきで布団の端へと潜り込んだ。


部屋の電灯が消され、障子越しに差し込む月明かりが、静かな室内をぼんやりと照らし出す。

窓の外からは、夜の日本海が奏でる穏やかな波の音だけが、サー……サー……と低く響いていた。


初日の夜のような張り詰めた緊張感は、数々の試練と奇跡を共に乗り越えてきたことで、すでに心地よい安心感へと変わっていた。


ゴソ……と布団が擦れる音がして、ちひろの柔らかな温もりが、誠一郎の大きな背中へとそっと寄り添ってきた。

ちひろの細い腕が、誠一郎の腰へと優しく回される。


「ちひろ……?」


「お兄ちゃん、今日はお疲れ様でした。……真岡の女の子たち、みんな泣いて喜んでくれましたわ」


ちひろの吐息が、背中越しに温かく伝わってくる。


「ああ……お前のおかげだ。立派だったぞ、ちひろ」


「えへへ……。お兄ちゃんの背中、やっぱり大きくて温かいです……」


誠一郎の背中の温もりに包まれながら、ちひろは満足そうに瞳を閉じ、すやすやと小さな寝息を立て始めた。


誠一郎もまた、妹の温かな存在を全身に感じながら、深く息を吐いた。

北の大地に迫る戦火を食い止め、この愛しい日常を守り抜くのだという静かな決意を胸に抱きながら、誠一郎もまた、穏やかな眠りの海へと沈んでいったのだった。


【現在のクレジット残額:786,371,680ゼニ】

【ゲーム内で関わった人数:約190,000人】

お待たせしました

更新がしばらく休みになってしまい、本当に申し訳ございません。

毎日、終戦関連の番組が流される日常では、この小説の執筆はどうして「軽率ではないか」と自問自答してしまった

ついに現実逃避してしまい、お盆休みをさせていただきました

もう大丈夫ですので、空想SFと割り切って、浩平が手を伸ばした「あの時の日本」を、引き続き語りましょう


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― 新着の感想 ―
続きをまたこうして読むことが出来ることが嬉しいです。 どうかこのままハッピーエンドに連れて行ってください。
更新楽しみに待ってます!
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