1945年8月2日 「見返り」と「生き残り」
この作品はフィクションです、実在の人物や団体などとは関係ありません
加筆修正がありましたので、よかったら後半をもう一度読んでいただけたら幸いです
【現在のクレジット残額:1,131,082,180ゼニ】
【ゲーム内で関わった人数:約133,000人】
◇◇◇
未来の処方箋
◇◇◇
1945年8月2日、午前10時00分。皇居・御文庫附属室。
重々しい鉄の扉が閉ざされ、地下の作戦室は不気味なほどの静寂に包まれていた。
極秘の御前会議につき、随行員や側近の入室は一切許されていない。部屋の作戦机を囲むように座っていたのは、昭和天皇、木戸幸一内大臣、畑俊六元帥、そして日本の経済を握る四大財閥の総帥――三井八郎左衛門、住友吉右衛門、安田三、そして車椅子の岩崎大弥太の四人であった。
身体を動かすのも苦しい岩崎の介助は、立場を超えて三井や住友の総帥たちが交代で引き受けていた。
その緊張感漂う室内において、突如として作戦机の上に光の粒子が走り、四本の束となったA4用紙の資料が出現した。
それは、浩平がWikipedia等の史実データを基に編纂した、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)による財閥解体の全容と、各財閥の戦後数十年の辿る運命をまとめたA4用紙十枚ほどの報告書であった。
それぞれの表紙には「三井向け」「住友向け」「安田向け」と明確に記されていた。しかし、車椅子の岩崎の前に置かれた書類の表紙だけには、異彩を放つ朱書きでこう印字されていた。
『三菱向け――※指示がある前に読むな』
画面越しの浩平は、ゲーム画面上で岩崎大弥太のステータスウィンドウを注視していた。
【ターゲット:岩崎大弥太(66歳)/三菱財閥4代目総帥・男爵】
【状態:高血圧症/重度動脈硬化症/神経症/腹部大動脈瘤(中期型)】
「やっぱり、高血圧どころか命に関わる持病を山ほど抱えているな……。この状態で衝撃的な未来の資料を読ませたら、興奮で一気に血管が破裂しかねないぞ」
浩平はすぐさまショップを開き、岩崎の身体を繋ぎ止めるための器具と医薬品を一括で購入した。
オムロン上腕式全自動血圧計(HEM-1026):26,000ゼニ
ニトロペン舌下錠(1シート/10錠):500ゼニ
ノルバスク錠5mg(10シート/100錠):3,000ゼニ
ロサルタン錠50mg(10シート/100錠):3,500ゼニ
ロスバスタチン錠5mg(10シート/100錠):3,000ゼニ
カプリンHI(トリカプリン/180粒):20,000ゼニ
【総支出:56,000ゼニ】
セットアップを済ませた可動式アームの血圧計と、小さな箱にまとめられた薬の一式、そして一枚の案内文が岩崎のすぐ隣の机上へ転送された。
『岩崎大弥太さんへ
はじめまして。私はこの世界の理の外側に生きる未来の日本人、監視者・浩平と申します。
私の存在については、すでに陛下や木戸内大臣、陸軍の方々が十分にご理解されていますので、不明な点があれば後ほどお尋ねください。
私がいた世界の史実では、あなたは1945年12月2日に、腹部大動脈瘤の破裂によりお亡くなりになります。
しかし、80年後の未来の薬を用いれば、あなたの病状をコントロールし、少なくともあと数年は命を持たせることができます。根本治療には手術が必要ですが、薬で稼いだこの数年の間に、あなた方財閥の力で未来の医療技術を理解し、日本に新たな医療体制や病院を設立していただきたいのです。
長くなりましたが、まずは目の前にある筒状の機械に腕を通し、現在の血圧を測定してください。結果次第で、すぐに最初の薬を服用していただきます。それまでは、目の前の資料を開くことは厳禁です。万が一にも、この場で体調が急変するおそれがあります。
※測定方法:筒の中に左腕を肘の近くまで深く通し、手のひらを上に向けてリラックスした状態で、緑色の「測定」ボタンを一度だけ押してください。筒が自動で締まりますが、動かずにお待ちください。
――監視者 浩平』
岩崎は、青白い顔で手紙を読み終えると、荒い息を吐きながら隣の白い奇妙な機械を見つめた。
「……12月2日に、死ぬ……だと?」
自らの死期をあまりにも具体的に突きつけられた岩崎は、震える手で血圧計の可動アームへと左腕を差し入れた。手のひらを上に向ける体勢を取り、肘の奥まで深く腕を通すと、恐る恐る緑色のボタンを押し込んだ。
ウィーン……、シューーーッ。
機械が低い駆動音を立て、腕帯が岩崎の太い上腕をぎゅっと力強く締め上げていく。周囲の総帥たちが生唾を飲み込んで見守る中、数十秒の加圧と減圧が繰り返され、やがて電子音がピピッと鳴った。
画面に表示された数字は――【最高血圧 220 / 最低血圧 160】。
モニター前の浩平は、表示された恐ろしい数値を見て息を呑んだ。
「最高220に最低160……!? 完全に重度の高血圧じゃないか! よく脳卒中や動脈瘤破裂を起こさずに立っていられたな……。この時代にはまともな降圧剤すらないのに、どうやって生き延びろっていうんだ」
浩平はすぐさま、赤字で警告の文章を転送した。
『岩崎さん、極めて危険な状態です! 今すぐ箱から緑のシートの小さな薬(ニトロペン舌下錠)を1錠取り出し、噛まずに「舌の下」に挟んでじっと溶かしてください。冠血管を広げ、血圧の急上昇を抑えます。薬効が出て血圧が下がるまで、絶対に資料を開かず、車椅子で安静にしてください!』
作戦机の上に置かれた紙に書かれた浩平の切迫した警告に、隣にいた三井八郎左衛門が慌てて薬品箱を開け、緑色のシートから小さな一錠を取り出して岩崎の手元へと渡した。
岩崎は恨めしげな強い視線を空中に向けたが、死への恐怖と浩平の真剣な警告に抗うことはできなかった。彼は指示通りに小さな錠剤を舌の下に挟み込み、車椅子の背もたれに深く体重を預けて静かに目を閉じた。
◇◇◇
突きつけられた解体と絶望
◇◇◇
岩崎が安静を余儀なくされる傍らで、残る三人の総帥――三井八郎右衛門、住友吉右衛門、安田三は、示された自社の未来が記された「怪文書」を一斉に読み進めていた。
静まり返った地下室に、紙をめくるカサカサという音だけが響く。
しかし、数分と経たないうちに、三人の顔からは急速に血の気が引き、驚愕、不快、そして激しい怒りと不信の表情が交互に浮かび上がった。
そこに書かれていたのは、彼らにとって悪夢以外の何物でもない「近未来の歴史」であった。
終戦後に日本へ乗り込んでくる「GHQ」という米軍を中心とした占領軍の手により、自分たちが丹精込めて築き上げてきた財閥が「戦争協力者」として指弾され、財閥家族の財産が強制没収され、持株会社が解体され、トップが一斉に公職追放されるという、悲惨極まりない未来の全容だった。
・連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)による「財閥解体」の全貌
・三井・三菱・住友・安田の四大持株会社の強制解散
・財閥家族の全財産凍結および関連企業からの追放
・企業名の変更命令(安田銀行の解体と改称、三井・三菱の商号使用禁止)
・傘下企業の徹底的な分割と分散
資料を読み進めるにつれ、控室には紙をめくる乾いた音と、総帥たちの荒い息遣いだけが響き渡るようになった。これまで数十年、あるいは何百年をかけて築き上げてきた日本の経済の根幹が、終戦と同時に外国の占領軍によって木っ端微塵に破壊される未来が、無機質な客観的データとして克明に記されていたのだ。
特に、自らの名を冠した「安田財閥」が解体され、関連会社からその名が完全に消滅して分散させられた歴史を読み通した安田は、顔を真っ赤に沸騰させ、猛然と資料を机に叩きつけた。
「ふざけるな……! なんだこのふざけた怪文書は! 我々が国に尽くしてきた結果が、このような財産の没収と名号の抹消だと!? こんな出鱈目な未来、到底信用できるか!」
「戯れ言も大概にしろ!!」
ついに耐えかねた安田財閥の総帥・安田三が、激昂して書類を叩きつけた。
報告書によれば、安田財閥は金融主導であったがゆえに占領軍から真っ先に標的にされ、財閥解体の直撃を受けて「安田」という歴史ある名そのものが解体・再編の渦の中で消滅していく運命にあると克明に記されていたのだ。
「我が安田が……名も残らず消えてなくなるだと!? ええい、陛下や木戸大臣の御前で不敬とは存じますが、このような出鱈目な怪文書、到底信用できるか! 誰かの悪質な嫌がらせに決まっている!」
怒りに肩を上下させ、呼吸を荒らげる安田に対し、木戸内大臣は静かに、しかし冷徹な眼差しを向けた。
「安田殿。監視者殿のお言葉によれば、未来とは決して固定されたものではありません。現に我々は、監視者殿の叡智と物資を借り、広島や長崎の悲劇を回避し、帝都の民を飢餓から救うために全力で動いております。……しかし、もしあなたがこの警告を単なる怪文書と跳ね除け、何らの対策も講じずに従来通りの道を歩むのであれば――間違いなく、あなたの手元にある資料通りの未来が我が国と安田財閥を襲うことでしょう」
「……っ!?」
木戸の淀みのない、そして絶対の事実を孕んだ言葉が、安田の胸を深く穿った。
冷や汗が安田の額から噴き出し、ガタガタと膝が震え始める。目の前で起きた「消えた金塊」と「出現した数千トンの米」、そして岩崎に与えられた「未来の医療」。それらすべてが、この資料に書かれた恐ろしい未来の真実性を裏付けていた。
安田は力なく椅子に崩れ落ち、頭を抱えて絶望の呻きを漏らした。
「そんな……。我が安田が、私が守ってきた全てが……アメリカの理不尽な命令一つで潰されるというのか……」
三井や住友の総帥たちも、自社の解体と追放の記述を前に青ざめ、息を詰まらせていた。
その重苦しい絶望の空気の中、畑元帥が静かに立ち上がり、御文庫附属室の壁際に設置された未来のテレビのリモコンを手に取り、ボタンを押した。
「総帥方。言葉や文字だけでは実感が湧きますまい。……これが、我々が降伏した後に訪れる、現実の日本の姿でございます」
画面が明るく発光し、浩平が提供した歴史ドキュメンタリー映画DVD『アメリカ占領下の日本 GHQ全記録』の映像が、音声と共に静かに再生され始めた。
厚木飛行場に降り立つダグラス・マッカーサーの姿、日比谷の第一生命ビルに掲げられた巨大な星条旗、そして「財閥解体」を告げる米軍のニュース映画の白黒映像が、日本の頂点に立つ総帥たちの瞳に、残酷なまでの真実として焼き付けられていった。
◇◇◇
身分なき平等な昼食
◇◇◇
1945年8月2日、正午。
一時間半にも及ぶ歴史ドキュメンタリー映画『アメリカ占領下の日本 GHQ全記録』の再生が終わると、防音の地下室には重苦しい沈黙と、それを上回る深い衝撃が漂っていた。そのまま時計の針は12時を指し、昼食の時間となっていた。
激怒と絶望のドキュメンタリー映像を見せられたにもかかわらず、車椅子の岩崎大弥太の表情にはどこかすっきりとした色が戻っていた。
舌の下に含んだニトロペンの即効性と安静の指示により、浩平が二度目の血圧測定を指示して行ったところ、数値は【最高150 mmHg / 最低110 mmHg】へと大幅に低下していたのだ。
(体が……軽い。あの締め付けられるような頭重感と息苦しさが、まるで嘘のように引いていく……)
長年彼を苦しめてきた高血圧の圧迫感から解放され、岩崎は脳裏を吹き抜ける爽快感に驚いていた。映像の中のGHQに対する激動を胸に秘めつつも、肉体そのものはこれまでに経験したことがないほど楽になっていた。
ここで、現代の自室にいる浩平は、昨日も使ったあの「弁当注文表」をプリンターから7枚印刷し、一同の目の前へと転送した。
画面に並ぶ600ゼニから800ゼニまでの手頃な弁当ラインナップ。ただし、前回の教訓を生かし、今回は写真と説明のみで価格の表示は一切なかった。昭和天皇より高いものを選ばないという宮中ならではの「暗黙の了解」を排除し、全員が本当に食べたいものを遠慮なく選べるようにするための浩平の気配りだった。
用紙に並んでいたのは、以下の品書きである。
・ローストチキンと蒸し野菜弁当(塩分控えめ・岩崎専用)
・カツ丼
・チキン南蛮弁当
・肉野菜炒め弁当
・ハンバーグ弁当
・幕の内弁当
・牛焼肉弁当
前回とよく似た品書きを受け取った昭和天皇は、数字が消されている意味を即座に察せられた。柔らかな笑みを浮かべられると、前回は遠慮された元の価格で最も高い「牛焼肉弁当」を指差された。
それを見た木戸内大臣も、すかさず「私も陛下と同じ牛焼肉弁当をいただきます」と声を上げた。これは周囲の財閥総帥たちに対し、「陛下と同じ品を選んでも何ら不敬には当たらない」という無言の配慮でもあった。
畑元帥は笑顔で「私はチキン南蛮にしよう」と言い、困惑する総帥たちに向けて「この用紙から注文すれば、未来の温かい食事がそのまま届くのです」と丁寧に説明した。
三井八郎左衛門、住友吉右衛門、安田三の三人は、会席料理を思わせる華やかな彩りの「幕の内弁当」をそれぞれ選択した。
そしてただ一人、三菱の岩崎大弥太だけには選ぶ権利がなかった。他の総帥たちの幕の内や牛焼肉がどれほど美味そうに見えようとも、浩平の指示通り、塩分が極力抑えられた「ローストチキンと蒸し野菜弁当」を受け入れるしかなかった。
好みが揃うと、浩平はゲーム内ショップで7食分の弁当を一括購入し、それぞれの卓上へと転送した。
【支出:5,100ゼニ】
ストン。
香ばしいタレの匂いと温かい湯気が一気に地下室を満たした。
昭和天皇はタレの染み込んだ甘辛い牛焼肉を、どこか満足そうに口へと運ばれた。三井や住友の総帥たちは、ふっくらとした白米と、細やかな出汁で煮付けられた煮物や焼き魚のクオリティに、「これが……未来の『普通のお弁当』なのですか」と感動の吐息を漏らしながら箸を進めた。
岩崎もまた、塩分控えめとはいえ、柔らかなチキンの旨味と甘みのある蒸し野菜を噛み締め、久しぶりのまともな食事に生き返る心地を味わっていた。
◇◇◇
見返りと生存への条件
◇◇◇
食事が終わり、一同がお茶で一息ついたところで、浩平は畑元帥のタブレット経由で岩崎への服薬指示を出した。
『岩崎さん。今日から毎日、以下の常用薬を飲むようにしてください。
・ノルバスク錠5mg(降圧剤)/1日1回
・ロサルタン錠50mg(降圧剤)/1日1回
・ロスバスタチン錠5mg(脂質異常症治療薬)/1日1回
・カプリンHI/1日3回(毎食後)
これらを継続することで、あなたの血管の破裂を防ぎます』
三井の総帥に手伝ってもらいながら今日の分の薬を飲み終えた岩崎に対し、浩平はようやく次の指示を送った。
『これで血圧は安定しました。岩崎さん、目の前の資料を読むことを許可します』
岩崎は震える手で、表紙に「三菱向け」と書かれたA4の資料を手に取った。
ページをめくると、そこには終戦後、三菱の総帥としてGHQの解体圧力に対して頑強に抵抗し、理念を守り抜いた自らの闘争の記録が刻まれていた。そして何より、財閥そのものは解体されたものの、分割された会社群が戦後に再結集し、「三菱重工」「三菱自動車」、そして「三菱東京銀行」として日本経済の頂点に君臨し続けている事実が記されていた。
(三菱の血脈は……消えぬ。我らが護り抜いた事業は、未来の日本でも堂々と生き残っておるのだ……!)
岩崎は込み上げる熱いものを抑えきれず、深く、深く安堵の息を吐き出した。
その様子を見届けた木戸内大臣が、座卓の横から静かに口を開いた。
「総帥方。皆様から金塊や財産をご供出いただく以上、我々が提供できる『見返り』は至極単純でございます。まずは監視者・浩平殿がもたらす未来の技術――石油化学、新素材、高効率エンジン、製薬、そして最新の医療技術でございます」
木戸内大臣は四人の総帥の顔を順に見つめ、言葉を強めた。
「そしてもう一つ。先ほどご覧いただいた絶望的な映像……あの『財閥解体』を回避することこそが、最大の交渉条件となります。我々が大日本帝国としてアメリカと終戦の交渉に臨む際、最大の条件の一つとして『既存財閥の解体阻止』を盛り込みます。財閥が解体されてしまっては、せっかくの未来の技術も宝の持ち腐れとなってしまいますからな」
「む……っ」
安田三や三井八郎右衛門が身を乗り出した。
「ただし」と木戸内大臣は厳しい表情で付け加えた。
「一切の損害なしとは参りません。軍需に偏重しすぎた産業や、アメリカに目付けられかねない一部の部門は手放していただく可能性が十分にございます。痛みを伴う再編は避けられませぬ」
その言葉に、総帥たちは互いに顔を見合わせ、苦い苦笑いを浮かべた。
「……痛い、痛すぎるが……。先ほど見せられた、骨までしゃぶり尽くされる全解体の末路に比べれば、はるかにマシというものだ」
「既存の産業をいくつか手放す程度で、未来の技術と会社の骨格が残るのならば……これ以上の取引はあるまい」
渋々ではあったが、四人の総帥たちの目は「生存」という共通の目的に向けて、力強く据え直されていた。
◇◇◇
首相と外相の参内
◇◇◇
午後12時30分。
木戸内大臣による見返りの提示が終わり、四大財閥の総帥たちとの「生存への道筋」が完全に妥協点を見出した、まさにその時だった。
ジリリリリリン―――……!
防音の施された御文庫附属室の隅に設置されている、宮内省直通の黒電話が甲高いベル音を鳴らした。
室内にいた全員の視線が集中する中、木戸内大臣が静かに立ち上がり、受話器を取り上げた。
「木戸である。……なに?」
電話の向こうからの緊急報告に、木戸内大臣の眉が跳ね上がった。数秒の沈黙の後、木戸は受話器を置き、作戦机の昭和天皇と将官、総帥たちに向けて向き直った。
「陛下。……只今、坂下門に鈴木貫太郎内閣総理大臣、ならびに東郷茂徳外務大臣の両名が到着されたとのことです。おそらく事態を察知し、緊急の参内を求めております」
「鈴木と……東郷か」
昭和天皇は深く頷かれ、どこかすがすがしい表情を浮かべられた。
今朝都内で行われた「純白の精米の全域配給」と、昨夜からの阿南陸相による「軍部からの金塊回収」、さらには四大財閥総帥の「深夜の召集」。政権のトップである鈴木首相と、外交のトップである東郷外相が、この異常事態に気づかぬはずがなかったのだ。
「木戸。すぐにお通ししなさい」
「ハッ」
モニターの前でそのやり取りを見ていた浩平は、キーボードの上で指を鳴らした。
「ついに総理大臣と外務大臣まで乗り込んできたか。これで『行政』と『外交』のトップも揃う。昭和の怪物たちが勢揃いだ……!」
日本の運命を左右する御前会議は、いよいよ国家の全権を握る政治家たちを巻き込み、新たな旋風の渦へと突入しようとしていた。
【現在のクレジット残額:1,131,021,080ゼニ】
【ゲーム内で関わった人数:約133,000人】
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官邸の驚愕(回想)
◇◇◇
1945年8月2日、午前9時00分。首相官邸。
「長官、正気か……? 白米の配給だと……?」
老宰相・鈴木貫太郎は、眼鏡の奥の目を丸くし、デスクの前に立つ内閣書記官長の迫水久常を見上げた。迫水の手にある報告書は、憲兵司令部および農商省から叩きつけられたばかりの、前代未聞の緊急電報だった。
「はい、総理。今朝五時より、都内各地の配給所にて『恩賜』の名のもとに、純白の精米が一人あたり二合という破格の量で配給されております。そればかりか、上白糖や小麦粉まで……。現場には近衛兵と東部軍のトラックが総出で立ち会い、混乱を防ぎながら全域へ配給を完了させつつあります」
迫水は震える声で報告を続けた。
「農商省の蔵から出たものではありません。宮内省の指示のもと、皇居から直接運び出された物資です。あまりにも唐突であり、都民の間では『陛下が救ってくださった』と歓喜の渦が巻き起こっております」
「宮内省が……白米を隠し持っていたとでも言うのか? いや、それだけの物量を溜め込めるはずがない……」
鈴木首相は白髪の頭を抱えた。海軍大将として、また侍従長として昭和天皇の側近を務めた彼にとっても、まったく理屈の通らない事態だった。
午前10時00分。
疑惑が深まる中、鈴木首相は外務大臣の東郷茂徳へ直通電話を入れた。
『東郷君か。今朝の配給の件、聞いているかね』
『はい、総理。ちょうど今、懇意にしている財閥関係者から極秘の連絡が入ったところです』
電話の向こうで、東郷外相の冷徹な声が低く響いた。
『昨夜遅く、木戸内大臣から三井、三菱、住友、安田の四財閥総帥へ直接電話があり、全財産を糧食に変えるため金塊を携えて今朝出頭せよと、陛下直々の召集があったとのこと。さらに、陸軍の阿南大臣も昨夜から都内の陸軍組織から『裏の金塊』を片端から掻き集めている模様です』
『阿南まで……? 陛下と陸軍、そして宮内省が動いているというのか』
鈴木首相の眉間に深いシワが刻まれた。
『我々閣僚を完全に飛ばし、宮中と軍部、経済界が極秘に結託して動いている。一日限りの見切り発車の恩賜かと思ったが……これはただ事ではないな』
午前11時30分。
『東郷君、今すぐ官邸に来てくれたまえ。宮城へ直行する』
鈴木首相は東郷外相を合流させると、アポイントメントなしの「緊急参内」を決意した。車に同乗した迫水書記官長と共に、黒塗りの公用車は警戒が続く都内の道路を猛スピードで駆け抜けた。
「総理、陛下をお引き止めし、陸軍の暴走を抑えねばなりませぬ。もし軍部が怪しげな手段で国民を懐柔し、本土決戦へ向けて暴走しているとすれば……」
東郷外相が険しい表情で口を開く。
「いや……阿南君が主導しているにしては、手際が良すぎる」
鈴木首相は窓の外を見つめながら、静かに首を振った。
「あの頑固な阿南君が、財閥から金を奪って民に米を配るなどという柔軟な発想ができると思うかね? 宮城の地下で、一体何が起きているのだ……」
◇◇◇
東庭の山と老宰相の疑惑
◇◇◇
午後12時30分。皇居・坂下門。
アポなしの参内であったにもかかわらず、坂下門の警備兵は鈴木首相たちの車を制止することなく、深く敬礼して中へと通した。すでに木戸内大臣から「総理らが来たらすぐにお通しせよ」との指示が回っていたからだ。
車を降りた鈴木首相、東郷外相、そして迫水書記官長の三人は、近衛兵の先導のもと、長和殿の廊下へと足を踏み入れた。
そして、その広い廊下に立ち出でた瞬間、三人は申し合わせたようにピタリと足を止めた。
目の前に広がる長和殿の東庭。
そこに広がっていたのは、真夏の強い日差しを浴びて鈍い光を放つ、見上げるような「巨大な物資の山」であった。
数万袋の麻袋に入った純白の精米、白い紙袋に包まれた小麦粉、そして山積みにされた砂糖の段ボール箱。先ほどまで配給で運び出されて空になっていたはずの広場に、千トンの米、七百五十トンの小麦粉、六百トンの砂糖という、明日配給されるべき膨大な物資が、どこまでも整然と積み上げられていたのだ。
「な……っ、なんだこれは……!?」
迫水書記官長が思わず声を上げ、眼鏡を押し直してその圧倒的な物量を見上げる。
東郷外相もまた、言葉を失って絶句していた。外交官として世界を見てきた彼にとっても、日本国内のどこを探しても存在しないはずの食料の山が、皇居の真ん中に鎮座している光景は理解の許容量を超えていた。
「……軍の力を借りて、倉庫の奥から掻き集めた一日限りの恩賜かと思ったが……」
鈴木首相は杖を握りしめ、ぽつりと呟いた。その目は、東庭の山と、そこに残るかすかな甘い米の香りをじっと捉えていた。
「一日や二日の量ではない。これほどの精米と砂糖が……一体どこからやってきたものか。海外からの密輸など不可能。陸軍の隠匿物資にしても桁が違いすぎる。まさか、天から湧いて出たとでもいうのか……?」
宮内省の職員が恭しく頭を下げ、三人へ向けて促した。
「総理、東郷閣下、迫水様。陛下ならびに木戸大臣、各財閥の皆様が御文庫附属室にてお待ちでございます。どうぞこちらへ」
「……うむ」
鈴木首相は深く、重い息を吐き出すと、東郷外相と視線を交わした。
「東郷君、どうやら我々が考えている以上に、事態は奇妙な方向へ動いているようだぞ」
「はい……。覚悟を決めて、宮城の奥底の真実を確かめねばなりませぬな」
三人は宮内省職員の先導に従い、重い防音扉の先にある、日本の運命が塗り替えられようとしている地下壕――御文庫附属室への階段を、一歩一歩踏みしめるようにして下りていった。
おまたせしました
もうちょっと書きたかったですが、1万5000字を超える恐れがあるので分割させていただきます
一貫性のある話なので、次の投稿はなるべき間隔を短めにします




