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1945年8月1日 それぞれの旅路

この作品はフィクションです、実在の人物や団体などとは関係ありません

【現在のクレジット残額:907,847,380ゼニ】

【ゲーム内で関わった人数:約123,900人】


◇◇◇

超法規的人事

◇◇◇


1945年8月1日、午後4時30分。


50インチの巨大な画面に映し出された100分間の黙示録――日本が辿るはずだった悲惨な結末と、それを乗り越えた先の奇跡的な繁栄の姿を観終えた昭和天皇と4人の将官たちは、現代の観客のようにただ余韻に浸るようなことはしなかった。歴史の真実をデータとして叩き込まれた彼らは、未曾有の危機を回避すべく、直ちに次なる行動へと舵を切った。


まず全員の脳裏に最優先の課題として突きつけられたのは、六日後に迫る広島、そしてその三日後に予定されている「長崎への原子爆弾投下」の完全なる回避と住民避難であった。


「陛下。長崎を救うためには、現地を管轄する第十六方面軍司令官の横山勇中将や、長崎県知事を一瞬で従わせ、一糸乱れぬ強制避難を行わせるだけの絶対的な権威が必要にございます」


畑元帥の推薦を受け、東部軍管区司令官の田中静壱大将が、鋭い視線で阿南陸相と畑元帥を見据えて声を張った。


「黒田少将は監視者殿の奇跡を広島で誰よりも目撃している適任者ですが、いかんせん『少将』という階級では、百戦錬磨の横山中将らを相手にするには少々言葉が軽うございます。幸い、今の宮中には統帥の最高権威が揃っております。この機に、黒田少将を『陸軍中将』へと即日昇進させてはいかがでしょうか? 所詮、あと数週間で用済みとなる帝国陸軍の肩書きにございます!」


戦後の軍解体を知ったからこその、田中大将の冷徹かつ合理的な建言。


「うむ、田中の言う通りだ。形式にこだわっている時間はない」と畑元帥が即座に同意し、昭和天皇もまた、黒田少将が未来の技師である浩平と直接接触した極めて貴重な存在であることを高く評価され、深く頷かれた。


「朕も同意する。阿南、ただちに黒田を中将へ進級させるための『進級調書』を用意せよ」


「ハッ、直ちに!」


阿南陸相が応じるが、ここは地下防空壕である。公文書を執筆するためのまともな筆記具も手元にはなかった。


その刹那、現代の自室でモニターを見つめていた浩平の指先が動いた。


「宮中最高首脳陣による超スピード決裁か、熱いな。よし、筆記用具一式を用意しよう!」


浩平はゲーム内ショップから、咄嗟の執務に最適な「万年毛筆(500ゼニ)」と、公文書に相応しい上質な厚手の和紙(200ゼニ)を購入。阿南陸相のすぐ目の前の作戦机の上へと滑り込ませた。用紙の端には、浩平からのテキストメッセージが添えられていた。


『階級章や委任状などの現物を広島の黒田少将へ届ける役目は、私の空間転送の権能を使えば一瞬で完了させます。書類が完成しましたら、いつでも私にお知らせください。 ――監視者 浩平』


【総支出:700ゼニ】


「な……ッ!?」


突如として目の前の空間から、墨汁のいらない未来の毛筆と極上の用紙、そして「一瞬で広島へ届ける」というメッセージが出現したのを見て、阿南陸相は太い眉を跳ね上げて驚愕した。


「文字通り、一瞬で……。東京のこの地下壕から、数百キロ離れた広島の黒田の元へ物品を直接送り届けるというのか。天の監視者殿の兵站能力、まさに神速、いや……怪異という他ないな」


阿南陸相は未来の技術への底知れぬ畏怖を肌に感じながらも、差し出された万年毛筆を力強く握りしめ、届けられた和紙へと一気に筆を走らせた。


『特旨による、広島陸軍病院での監視者殿と協力して民を救助した多大なる功績に鑑み、第二総軍参謀長・黒田重徳少将を陸軍中将へと即日進級せしむ』


流麗かつ力強い達筆で文面が書き込まれ、陸軍大臣としての署名と捺印がなされる。


それを見た木戸内大臣もまた、自身の政治的頭脳をフル回転させて立ち上がった。


「阿南大臣、見事な決断です。ならば私の方からは、長崎の全軍知事を総統括するための『全権委任状』を直ちに作成してまいりましょう。少々席を外します」

木戸は眼鏡の奥の目を光らせ、宮内省の正式な文書を整えるべく、足早に附属室の重厚な扉から退出していった。


◇◇◇

広島への前報

◇◇◇


しかし、宮中がどれほど超法規的なスピードで動こうとも、当事者である広島の黒田少将本人が何も知らないままでは、作戦が成立しない。


モニター前の浩平は、すぐさまFPVカメラの座標を広島の第二総軍司令部へとジャンプさせた。

長官室の机の上には、三日後の八月四日から開始される予定の「広島全住民の武田山強制避難計画」の膨大な詳細資料が広がっており、参謀長の黒田少将は、藤堂中将と共に最後の物資や人員配置的な調整に追われていた。


「黒田さんのタブレットは……よし、手元にあるな」


浩平は黒田のデスクの上に置かれていたAndroidタブレットを一度インベントリ空間へと回収。内蔵タイマーで、着信音「新しいメッセージを受信しました」をセットし、テキストエディタで状況を説明する文面を入力した。


『黒田さん、驚かないで聞いてください。現在、皇居の地下で行われている非公式御前会議において、あなたは長崎へ派遣される『全権特使』に抜擢されました。現在、宮城で急遽手続きが進められておりますが、後ほど、その手元にある光るタブレットを通して、阿南陸相、あるいは天皇陛下ご自身からの直接のお言葉があると考えられます。非常に急な話で申し訳ありませんが、どうか心の準備だけはしておいてください。

なお、通信方法は昨日畑閣下が行ったのと同様の往復書簡方式です。六十秒間、向こうから掛けられた言葉と映像をじっと見た後、今度はあなたが板の正面に向かって六十秒間喋る。そして六十秒待ち、相手の返事を受け取る……というサイクルになります。この運用は今後の長崎防衛でも多用しますので、まずはあなたと藤堂中将がそれぞれ持っている二台の板で、応答の練習をしてみてください。 ――監視者 浩平』


浩平は隣にいた藤堂中将のタブレットも同時に回収してペアリングのバックグラウンド処理を設定すると、瞬時に二人の手元へと再転送した。


ピンポーン。♪

「新しいメッセージを受信しました」


「ぬおっ!? な、なんだ、突然この板が鳴り出したぞ……!」


黒田少将は跳び上がるようにしてタブレットを手に取り、画面に浮かび上がった浩平からの長文のテキストを凝視した。文字を読み進めるにつれ、その頑強な顔面から完全に余裕が消え去り、見る見るうちに驚愕と戦慄で真っ青に染まっていく。


「ど、藤堂閣下……! 大変なことになりました……!」


「どうした、黒田。監視者殿から何か不穏な情報でも届いたか」


藤堂中将が眉をひそめて覗き込むと、黒田は震える手で画面を差し出した。


「私が……陸軍中将に即日昇進、かつ、長崎へ原子爆弾を回避させるための『全権特使』として赴けとの、陛下からの直々の大命が下るとのことです……! ほどなく、この板を通して陛下への拝謁が始まります……!」


「何だと……っ!?」


藤堂中将もその破格のメッセージ内容に息を呑んだが、すぐにその豪胆な笑みを浮かべ、黒田の逞しい両肩をバンと力強く叩いた。


「ハハハ! そうか、黒田! とうとうお前も出世したな! 陸軍の官僚どもを全員すっ飛ばしての中将進級だ、これほど痛快な人事はない。……だが、陛下から直接お言葉を賜るとなれば、一言の不敬も許されんぞ。黒田、お前のその確かな機転で、慎重かつ大胆に対応せよ!」


「ハ、ハッ……! 命に代えても!」


黒田少将は、藤堂の励ましに突き動かされるようにして直立不動の姿勢をとり、手にした光る板を、まるで壊れやすい宝物のように真っ直ぐに構え、その時を待った。


◇◇◇

勅使の覚悟

◇◇◇


午後5時00分。皇居内・御文庫附属室。


木戸内大臣が執念で完成させたばかりの、格調高い墨痕鮮やかな「全権委任状」の書面が、昭和天皇の前に広げられた。天皇陛下は傍らに立つ畑元帥と阿南陸相に向けて「これで相違ないか」と意見を求められ、二人が「一点の過不足もございません」と平伏するのを確認すると、静かに、しかし重みを以て、書類への裁可を下された。


「よし、体裁は整った。畑元帥、まずはあなたから、広島の黒田へ声をかけてやりなさい」


昭和天皇のお言葉を受け、浩平はすぐさまゲーム世界のシステムコードを走らせた。宮中の畑元帥が持つ端末と、広島の黒田少将が構える端末の二台を「往復通信ペアリングモード」へと同期させる。画面には『録画開始まで:3、2、1』の秒数が走り、六十秒間の往復書簡の幕が上がった。


地下室の畑元帥が、画面の向こうで直立不動で待機するかつての部下の姿を見つめ、優しく、しかし威厳に満ちた声で語りかけた。


『――黒田か。畑である。突然の大命に驚いたであろうな。だが、お前を即日中将に据え、長崎へと遣わすのは、他ならぬわしと阿南大臣、そして陛下の直々の聖断である。お前は広島で、監視者殿が餓えたる民に米を降らせる奇跡をその目で見た。あの爆弾から長崎の同胞を救えるのは、未来の存在を理解しているお前しかおらんのだ。横山(中将)らへは、この後届く絶対の権限を以て指図せよ。……頼んだぞ、黒田』


六十秒の録画が終了し、浩平のコードが走って両者の映像が瞬時に入れ替わる。

広島の長官室。画面の中で動き出した畑元帥の生々しいカラー映像と、直々に下された大命の重さを五感で受け止めた黒田少将は、画面に向かって深々と一礼し、張り裂けんばかりの声で応じた。


『第二総軍・黒田重徳! 元帥閣下のお言葉、五臓六腑に染み渡りました! 不肖黒田、この命が燃え尽きようとも必ずや長崎に馳せ参じ、新型爆弾の地獄からすべての同胞を救い出してみせまする! 監視者殿の御力、必ずや現地の軍を動かす絶対の盾といたしましょう!』


その黒田の凄まじい覚悟の映像が、次の六十秒で宮中の地下室へと届く。画面を覗き込んでいた阿南陸相は、その頼もしい愛将の姿に満足そうに頷くと、自ら端末の前へと進み出、太い声を吹き込んだ。


『黒田中将、阿南である。見事な覚悟だ。もはや陸軍の面目やこれまでの因習など、未来の繁栄の前には塵芥ちりあくたに過ぎん。お前にはこれより、軍の枠組みすら超越した絶対の権限が授けられる。横山中将らが不服を唱えれば、この阿南が許さんと言え。一人の同胞の命をも、無駄に落とすことは断じて許さんぞ』


大臣からの直々の激励が広島へと送られる。

そして、3往復目のシークエンス。木戸内大臣が画面の前に立ち、完成したばかりの「全権委任状」の文面を、凛とした声で厳かに読み上げた。


『――よって、陸軍中将・黒田重徳を、長崎方面における「軍事全権勅使ちょくし」に補任せしむ』


勅使。それは、天皇の代理人として、そのお言葉を現地へ伝える絶対的な身分であった。

読み上げが終わると、画面の奥から、昭和天皇ご自身が端末のレンズへと真っ直ぐに御尊顔を向けられ、広島の黒田に向けて、静かに、しかし厳かなお言葉を直接掛けられた。


『黒田。――長崎の民の命、すべてをお前に託す。頼んだぞ』


『は、ははぁあッ……!!!』


広島の司令部で、画面から流れる本物の天皇陛下の御声とお姿を拝した黒田中将は、もはや直立を保つこともできず、その場に激しく畳へと平伏し、男泣きに涙を流しながらその大命を全霊で拝受した。


◇◇◇

戦友パートナー

◇◇◇


黒田への「お言葉」を掛け終えられた直後、昭和天皇はふと画面の向こうの背景を御覧になり、優しく問いかけられた。


「黒田。お前の隣にいるのは……もしや、藤堂中将か? そこにおるなら、顔を見せなさい」


「ハッ! 直ちに代わります!」


黒田から端末を受け取った第二総軍司令官・藤堂中将は、一瞬にして居住まいを正すと、画面の向こうの主に向けて、軍人としての最高敬礼を捧げた。


次のシークエンスで藤堂の姿を確認された昭和天皇は、深く感じ入ったように微笑まれた。


「藤堂中将。木戸や畑から、お前の働きはすべて聞いている。呉の壊滅に際し、監視者殿と瞬時に連携して万の民を救い、さらに今、広島の数十万の民を救うための避難計画を進めているそうだな。国に代わって、お前のその忠義と差配に、心から感謝の意を表する。実に見事であるぞ」


「……っ!!」


一国の元首から、これ以上ない最高のご褒美を賜った藤堂中将は、その強靭な胸を激しく震わせ、涙で視界を滲ませながらも、毅然とした声で虚空へと叫んだ。


「もったいなきお言葉、恐れ多くて身の縮む思いにございます! 我ら軍人が民を守るのは当然の任務。すべては、道を指し示してくださる天の監視者殿のインフラ、そして陛下の御心のままにございます! 広島の避難、必ずや完全なる成功を以て、陛下へ復命いたしまする!」


通信が完全に完了したその瞬間だった。


現代の自室のモニター前で「よし、これで長崎のルートも完全に開通したな」と確信した浩平は、間髪入れずにキーボードを叩いた。


「書類の決裁は終わった。約束通り、その現物を今すぐ広島へ転送する!」


皇居の地下室の作戦机の上。昭和天皇が今まさにサインを終え、阿南陸相の進級調書と共に置かれていた「全権委任状」の現物の和紙が、次の瞬間、フッと光の粒子となって空間から完全に消滅(回収)した。


そして同時に、数百キロ離れた広島の第二総軍司令部長官室。

涙を拭って立ち上がった黒田中将と藤堂中将の目の前の作戦机の上へと、まだ阿南陸相の墨の匂いがかすかに漂う、本物の「進級調書」と「軍事全権勅使委任状」の現物の和紙が、空間をこじ開けるようにしてストンと出現した。


「おおお……! 委任状の現物が、本当に、一瞬にして東京から届いた……!」


黒田中将はその極上の和紙を両手で恐る恐る持ち上げ、そこに記された陛下の直筆の裁可と、自らの名が『陸軍中将』として記されている事実に、ただただ身体を震わせて震えた。


隣にいた藤堂中将は、その規格外の物理転送に感嘆しつつも、親友の胸元を見てニヤリと笑った。


「黒田。全権勅使の書類は届いたが、中将の『階級章』の現物までは、監視者殿もまだ用意が間に合っていないようだな。……よし、ならば、俺のこの肩に付いている中将の階級章の予備を、今すぐお前にくれてやる!」


藤堂は自らの軍服の襟から、輝かしい中将の階級章をむしり取ると、黒田の胸へと力強く押し付けた。


「黒田。これからは、俺とお前は上司と部下の関係ではない。この世界の地獄を打ち破り、日本の豊かな未来をここに手繰り寄せるための……共に戦う、唯一無二の戦友パートナーだ。長崎を、頼んだぞ!」


「……藤堂閣下。いや、藤堂。――行ってまいる!」


胸に友の階級章を抱きしめた黒田中将は、覚悟を決め臨戦態勢へと切り替わっていた。


◇◇◇

北方の火事場泥棒

◇◇◇


1945年8月1日、午後5時20分。


長崎全権勅使として黒田中将を派遣することが決まった直後のことだった。陸軍大臣の阿南惟幾は、手元に残された未来の日本地図をじっと見つめ、険しい表情のまま静かに問いかけた。


「畑元帥、木戸大臣。……そして陛下。先ほどの映像に、一瞬ではありますが『日ソの戦い』という言葉が映り込んでおりました。しかし、我が国は今、ソビエト連邦とは交戦状態にありません。何より、この未来の地図でロシア領として塗り潰されている南樺太や千島群島、北方の島々は、正当な条約によって平和裏に画定された我が国固有の領土であります。戦争で奪い取った地ではないこれらが、なぜ未来において奪われているのでしょうか」


阿南陸相のその実直な疑問に、地下室の面々は一様に深く考え込んでしまった。


現代の自室。モニターの向こうでその会話を聞いていた浩平は、自身の不手際に気がついた。


「さっきの終戦特番の映像は、あまりにも日本とアメリカの戦いに比重を置きすぎていたな。終戦のドサクサに紛れて北方から襲いかかってきた、ソ連のあの動きについてはほとんど解説されていなかった」


浩平はすぐさまゲーム内ショップを開き、『日ソ戦争-帝国日本最後の戦い』という歴史解説書を購入し、作戦机の上へと転送しようとした。だが、すぐに考え直す。


「いや、文字ばかりの本を今からこの人たちに読ませていたら、全容を把握するのに時間がかかりすぎる。やはり、ここも映像を見せるべきだ」


しかし、ショップの映像ライブラリを検索しても、ソ連の参戦のみを詳細に扱うDVDは見当たらなかった。


「仕方ない。無いなら、現代の動画共有サイトにある解説映像をそのままテレビに流し込んでやるか」


幸い、附属室に配置した50インチの液晶テレビには、USBメモリーに保存された動画ファイルを直接再生する機能が備わっている。

浩平は現実のパソコンを操作し、現代のネット上にある「日ソ中立条約と満洲・北方の悲劇」に関する詳細な歴史解説動画をダウンロードした。さらにゲーム内ショップでUSBメモリーを購入すると、ゲームインベントリ内へ繋ぐVPNで動画データをそのメモリ内へと転送した。


「だけど、これを現地のテレビに差し込んで、さらにリモコンの外部入力設定をやらせるのも時間がかかるな。俺が設定して戻そう」


浩平はまず、畑元帥の手元にあるタブレットの画面を操作し、短いテキストを表示させた。


『畑閣下、これよりソ連との戦いの全容を説明する新たな映像を準備します。一瞬だけ、正面の映写機が目の前から消えますが、驚かないでください。 ――監視者』


畑元帥がその内容を周囲に伝えて頷き合うのを確認すると、浩平は室内にあった大型テレビ一式をインベントリへと一時的に回収した。

空間内で、動画データの詰まったUSBメモリーをテレビに差し込み、リモコンの外部入力を操作して、動画ファイルの再生が始まったのを確認する。


浩平は、再生状態のままのテレビセットを、再び皇居内・御文庫附属室の元の位置へと静かに戻した。


◇◇◇

暴かれる甘き幻影

◇◇◇


テレビが再び姿を現した瞬間、その画面には、先ほどとは異なる解像度の高い洗練された映像と共に、日ソ戦争の全容を伝える解説動画が流れ始めていた。


『一九四五年八月、大戦の最終盤。日本が最も信頼を寄せていた大国ソビエト連邦が、突如として牙を剥いた。これこそが、戦後まで続く北方の悲劇の始まりである』


ナレーションの声が響く中、昭和天皇や木戸内大臣、長官たちは息を呑んで画面を見つめた。

映像の前半は、ソ連の誕生と一九三二年の満洲国建国に伴う日ソ両国の激しい国境の緊張、そしてノモンハン事件などの衝突の歴史が淡々と語られた。


「これは、未来の学校で、のちの世の学生たちに向けて行われている講義のようなものでしょうか?」


木戸内大臣が眼鏡の位置を直しながら呟きを漏らす。


しかし、映像が中盤、一九四一年の『日ソ中立条約』の締結から、一九四五年二月の『ヤルタ会談における対日参戦の秘密協定』の場面へと差し掛かると、室内の空気は急速に悔しさと困惑へと塗り替えられていった。

画面の向こうの解説は、ドイツ降伏後、追い詰められた日本政府がソ連をアメリカとの和平交渉の仲介役として信じ込み、どれほど楽観的な状況解釈に縋り付いていたかを、冷酷なまでに克明に映し出していたのだ。


外交工作の全容、そしてそれが最初からソ連参戦の時間稼ぎの道具として扱われていた事実。未来の歴史の客観的な視点によって、その致命的な大失敗を目の前に突きつけられた陸軍の面々は、悔しさで顔を赤黒く染めて拳を握りしめていた。


そして、映像は八月八日の宣戦布告、その直後の満洲国境へのソ連軍の一斉侵攻の場面へと突入した。


画面には、関東軍の主力が南方へ引き抜かれて手薄になった満洲の広大な大地へ、怒濤の如く押し寄せるソ連軍の戦車部隊の映像が流れる。そして、軍の後退に伴い、ソ連兵の暴虐や略奪の犠牲となって荒野を逃げ惑う、数万人の日本の民間人の悲劇が、赤裸々に描き出された。


「――おのれッ!! 不可侵の中立条約を一方的に踏みにじり、我が国が力尽きる寸前の背後から牙を剥くとは……ッ! 骨の髄まで卑劣な火事場泥棒ではないか!!」


あまりの理不尽と民間人の惨状に、阿南陸相が怒りを抑えきれずに激昂し、壁を凄まじい音を立てて殴りつけた。その巨体から放たれる殺気は、地下室の空気を震わせるほどだった。


「静かにせよ、阿南ッ! 画面が見えん!!」


その阿南の怒りを、畑元帥の鋭い一喝が遮った。


「激昂したところで、何も変わらん! 今は怒りに身を任せる時ではない。この未来の惨劇の記録を全て直視し、今この時において、それをいかにして防ぎ落とすかの解決策を導き出す時であろうがッ!」


「くっ……申し訳ございませぬ……」


元帥の凄まじい気迫の叱咤に、阿南陸相は荒い息を吐きながらも、畳の上に再び両膝を突き、悔し涙を流しながら画面へと目を戻した。


映像はその後も続き、降伏した日本兵が極寒のシベリア国内で過酷な強制労働を強いられる実態、そして八月十五日の日本の降伏後もなお攻撃を止めず、千島群島の占守しゅむしゅ島での激戦を経て、現在の北方領土問題へと繋がる占領の経緯、さらには朝鮮半島の分割占領による爪痕を、淡々と映し出していった。


映像が終了し、画面は再び静かな黒へと戻った。


地下室は、先ほどの長崎の議論とは比較にならないほどの、重く暗い静寂に包まれていた。

なぜなら、一発の爆弾の投下位置が分かっている原爆とは異なり、ソ連の参戦は、数千キロに及ぶ国境線から大軍が一斉に攻め込んでくる全面的な侵攻だからだ。これは単に民間人を事前に山へ避難させるだけで解決するような問題ではなかった。


◇◇◇

北緯五十度の防壁

◇◇◇


現代の自室。モニターの前で一同の沈痛な表情を見つめていた浩平は、力強くキーボードを打鍵した。


「原爆の悲劇を回避できても、北方のこの歴史を放置したままじゃ、本当の解決とは言えないよな。よし、俺が持っているすべての現代の知識と力を以て、ソビエトの野心を阻止してやる」


浩平は、今後の情報記録として残せるよう、新たなA4の用紙に自らの考えを印刷し、作戦机の上に転送した。


ストン。


「天の監視者殿からの、新たな防衛建言にございます!」


田中大将がその紙を素早く手に取り、昭和天皇の前へと広げた。一同が貪るようにして、その文字を読み進める。


『満洲国については、完全に諦めてください。あの広大な地は、将来的に中国の領土となる運命であり、今この終戦間際の日本が血を流してまで戦い続ける意味は一切ありません。現地の関東軍、および民間人のすべてを、今すぐ国境線から日本本土へ向けて大至急撤退させてください。


満洲からの撤退に際し、現地の民間人や軍が持つ家財道具、および物資の運搬について、明確な集積場所と送り先の座標を指定できるのであれば、私の権能で空間転送の協力を引き受けます。ただし、人間の身体そのものを転送することは私にはできません。移動手段は自力で確保してください。


南樺太や千島群島は、古来より日本にゆかりのある固有の領土です。ここは諦める必要はまったくありません。火事場泥棒の侵攻に対し、最後の瞬間まで徹底的に守り抜きましょう。私は私のやり方で、皆さんの防衛を全面的に支援します。北方の軍人たちを、絶対に無駄死にさせはしません。


長崎へ黒田中将を全権勅使として派遣したのと同様に、私の存在を完全に理解している者を、連絡官として大至急、南樺太の現地司令部へと派遣してください。適任者として、黒田中将の副官である【橘誠一郎中尉】の抜擢をお勧めします。彼には、現地で私との連絡や通達だけに専念させればよく、現地の指揮権などは一切与えなくて結構です。具体的なソ連軍の防衛作戦については、私に確実な考えがあります。』


「満洲を捨て、南樺太と千島に戦力を集中する、か……」


阿南陸相がその合理的な文面に深く頷きつつも、空を仰ぐようにして尋ねた。


「天の監視者殿。満洲の即時後退は心得ました。物資の転送協力、痛み入ります。……しかし、ソビエトのあの怒濤の如き大軍に対し、いかなる具体的な手段を以て、南樺太や千島の防衛を成し遂げるおつもりか。そのお考えをお聞かせ願いたい」


阿南の問いかけに応じるように、浩平は二枚目のA4用紙を作戦机の上へと転送した。


ストン。


そこには、現代の知識と権能を駆使した、具体的な防衛策の詳細が、簡潔な文字で記されていた。


『東京をはじめ、各都市の爆撃の後に至る所に積み上がっている、処理に困るほどの膨大なコンクリートの瓦礫や土砂を、私の権能ですべて回収し、ソ連軍の進路上にあたる北緯五十度線の狭い峠道や国境線へと一括で放り出し、簡単にどかすことのできない巨大な防壁を出現させて侵攻を物理的に阻止します。さらに、東京湾や呉の軍港の底に沈んでいる大破した艦艇の巨体も、障害物として国境線へ配置します。

また、もしソ連が軍艦や輸送船を用いて千島群島への上陸作戦を試みた場合、私は与えられた物理的な力を使い、ソ連のすべての軍艦の船底に直接大きな穴を開け、現地に到達する前にすべて航行不能にします。軍人諸氏が一発の銃弾を撃つまでもなく、敵の戦車部隊と艦隊は、その場に釘付けとなるでしょう。 ――監視者 浩平』


「帝都の悲惨な瓦礫を、そのまま敵を防ぐ巨大な防壁に変えるというのか……!」


田中大将がその逆転の発想に、鳥肌が立つのを抑えきれずに絶句した。


「敵の軍艦の船底に、直接大きな穴を開ける……。これ以上の絶対的な防御網はあるまい」


阿南陸相もまた、未来の技師が提示した容赦のない、しかし一滴の味方の血も流さない完璧な防衛策の内容に、驚愕の笑みを浮かべて感嘆していた。


「監視者殿のお考え、完全に理解した! これならば、北方の同胞を確実に守り抜くことができる!」


畑元帥が力強く作戦机を叩き、一同を見渡した。


「しかし、いくら指揮権を持たない連絡官とはいえ、現地の司令部に未来の神速の力を伝達する役目が『中尉』では、あまりにも階級が低すぎる。頑固な前線の将校どもを動かすには、最低でも特命の『少佐』でなければ話にならんぞ」


「元帥閣下の仰る通りです」と阿南陸相と田中大将も即座に同意した。

「少佐の肩書きと陛下の特命がなければ、北方の前線部隊は、中尉の持ってきた光る板の言葉などただの謀略だと疑いかねません」


「よし、ならばただちに手続きを行おう」

阿南陸相は、先ほど浩平から届けられた万年毛筆を再び走らせ、藤堂中将からの推薦という形式を整えた臨時の戦地進級調書をその場で執筆した。

『特旨による、広島での多大なる防衛貢献に鑑み、第二総軍参謀部・橘誠一郎中尉を陸軍少佐へ即日戦地進級せしむ』


阿南陸相がその場で承認の署名を行い、昭和天皇の前へと差し出す。昭和天皇は、一刻も早く北方の民と領土を守るため、迷うことなくその書類へ、厳かに『可』の文字を直筆で記入され、裁可を下された。


ここに、迅速な決定を以て、北方の運命を背負う若き特使――【陸軍少佐・橘誠一郎】が、宮城の最深部において誕生した。


現代の自室でその結果を確認した浩平は満足そうに頷き、画面を操作した。


「よし、北方の手続きも完了だ。それじゃ、今すぐこの情報を広島の藤堂中将、そして……これから北の最前線へ飛び込んでもらうことになる、あの橘兄妹の元へ届けてやるとするか!」


浩平の指先が、次なる移動手段の確保へ向けて、静かに行動を開始した。


【現在のクレジット残額:907,845,180ゼニ】

【ゲーム内で関わった人数:約123,900人】

お待たせしました

ソ連侵攻の話を入れる為、テンポが少し緩めてしまい恐縮です

次の話から加速できればいいな、と考えています

橘中尉(少佐)も重要なポジションとなり、あわよくばすずさんも、と思う所もありますが

彼女にとって平凡で地元に居続けるこそが幸せかもしれないので、浩平もそれを知っていて無理にはさせない

ただ、すべてが終わった頃に、すずさんとさちさんの未来を、心配した時もあるでしょう


最近、色んな読者から励みを頂き、本当にありがとうございました

大筋は一応決めているが、物語の進行は行ったり来たりの所もあるので

これからもを楽しんでいただけたら幸いです

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― 新着の感想 ―
主人公、『自重』辞めたってよ(どこかのタイトル風) まあ、広島にピンポイントで『避難訓練』をやらせる時点で怪しさ極まりなく 呉への救援で、『監視者』の存在を隠し切るのは、将来的に不可避だよな〜感はあ…
瓦礫や戦艦は購入した物では無いが、どうやって回収するんだろう?北方領土を守れる展開に胸熱。
感想一覧
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