1945年7月31日 玉姿放送
この作品はフィクションです、実在の人物や団体などとは関係ありません
【現在のクレジット残額:789,245,280ゼニ】
【ゲーム内で関わった人数:約123,900人】
◇◇◇
神と、未来の技師
◇◇◇
1945年7月31日、午後6時00分。
浩平はまず、マウスでインベントリ中のタブレットの文字盤を叩き、『録画用の特製端末で陛下のお声と御姿を記録すること』を畑元帥に伝えた。市ヶ谷の地下壕にいる畑元帥は、六十秒ごとの入れ替えの、次の通信シーケンスで宮中の昭和天皇へその旨を言上した。
「陛下、天の監視者殿が、これからその光る板でお姿と御声を記録されるとのこと。私も今日が初めてのことでございますが、板の上部にある小さなレンズの穴を真っ直ぐに見据えてお話しくだされば、確実に地上の兵たちへ届きます」
通信用の安価な端末とは異なり、浩平が急遽調達した録画用の最新鋭端末は、最高峰の光学レンズと強力なオートフォーカス機能を備えていた。薄暗い執務室の光量を自動で補正し、陛下の輪郭を鮮明に浮き上がらせる。
約十分間の緊迫した時間。一度のリテイクを経て、昭和天皇はスタンドに固定されたレンズへ向け、市ヶ谷の造反部隊に対する「お言葉」を静かに、しかし毅然とした調子で述べられた。スピーチそのものは三分ほど。だが、そこに込められた国家元首としての絶対的な重みは、「映像」として完全に焼き付けられた。
モニターの前でその録画データを引き込みながら、浩平はふと腕を組んで呟いた。
「……待てよ。よく考えてみたら、当時の日本人は学校や軍隊で陛下の写真である『御真影』を毎日のように拝んでいる。前線の下士官や若い兵隊だって、陛下の『お顔』は白黒の写真として完全に頭に焼き付いているはずだ。
だけど、だからこそ問題だな。彼らが知っているのは、あくまで静止した厳かな白黒の姿だけだ。そこに、現代の最新鋭カメラで撮影した色鮮やかなカラー動画で、生き生きと動いて語りかけてくる陛下の映像をいきなり突きつけたらどうなる?
あまりの解像度の高さと生々しさに、当時の人たちの常識が追いつかなくて、反乱軍の連中が『これは国賊が幻灯機を改造して作った偽物だ! 精巧な役者を使った騙し絵だ!』って、かえって逆上して暴走し始めたらどうしよう?」
戦時中の情報統制と当時の世相を考えれば、その懸念は極めて可能性があった。
だが、今は立ち止まっている時間はない。録画の終了を確認した浩平は、すぐさまインベントリ内の仮想プリンターを走らせ、上質なA4用紙を一枚刷り上げた。
『天皇陛下、御姿の録画本当にありがとうございました。これをもって市ヶ谷庁舎に籠る近衛の兵士に大きな映写画面で見せます ――監視者』
文字が印字された紙は、昭和天皇の目の前、漆塗りの執務机の上へと音もなく出現した。同時に、役目を終えた録画用のタブレット端末が、突如空間から消えてなくなるようにして浩平のインベントリ空間へ回収された。
消えた光る板、突如として机の上に舞い降りた紙片。そこに記された「大きな映写画面で見せる」という文言を見つめながら、昭和天皇は小さく息を吐き、傍らに立つ内大臣に静かに語りかけられた。
「木戸。あの姿なき監視者は、一瞬にして私の姿を収め、物を隠し、紙を宙から降らせてみせた。……姿を見せず、時空を操り、噂では飢える民に米を降らせる。これは、天が我が国に遣わした『神』の仕業としか、私には思えんのだが…」
お言葉の中で、陛下は浩平という現代の存在を、人智を超えた絶対的な神として誤認されていた。
◇◇◇
八十二年後の拝謁
◇◇◇
「いやいや陛下、待ってください! 神様なんてそんな大層なもんじゃないですって!」
画面のログから、昭和天皇が自分を「神」として解釈しているのを知った浩平は、椅子の上で大慌てで頭を抱えた。
他人からの誤解なら笑って流せるが、ゲーム内とは言え、歴史上の天皇陛下から神扱いされるのは、現代のしがないフリーランスエンジニアとしては荷が重すぎる。何より、この誤解を解いておかないと、今後の歴史のタイムラインが変な方向へ歪んでしまう危険があった。
「ちゃんと自分の身元を明記しておこう。俺は神じゃない、ただの未来の人間だ」
浩平は内心の焦りを抑えながら、パソコンの前に静かにタイピングし、インベントリのプリンターからもう一枚のA4用紙に、極めて丁寧で誠実な説明をプリントアウトした。
『陛下、私は神などではありません。私は今から82年後、西暦2027年、つまり昭和102年の未来に生きる、ただの人間です。立場も決して偉くはなく、未来で技師のような仕事に従事しております。
偶然の機会により、私は82年も前の陛下がおられる世界を覗き込む方法を手に入れました。万能ではありませんが、こちらの世界の食料品や医薬品、あるいは未来の機器を、陛下のおられる現世へと届けることができ、今のように手紙を経由してやり取りを行うことができます。
詳しい事情は、期日を改めて畑元帥が詳しく御説明いたします故、今は東京での内紛を一刻も早く鎮めるべく、私は陛下のお姿を近衛兵士たちの前に放送することに急ぎます。 ――監視者 浩平』
「よし、これでよし。……あ」
インベントリ空間のプリンターから出力された手紙を転送しようとした時、浩平はふと胸に後ろめたさを覚えた。
相手は天皇陛下である。それなのに、さっきから不躾に未来のタブレットを送りつけたり、紙切れだけを宙から落としたりして、一切の「手土産」を用意していなかったことに気づいたのだ。ゲーム内の出来事とは言え、これは礼儀として致命的な不作法だ。
「何か、当時の陛下が喜んでくれそうな手土産はないか?」
浩平は急いで現実世界のブラウザで昭和天皇の好物を検索した。すると、『昭和天皇は鰻が大の好物であった』という確実な歴史情報がヒットした。
「よし、うなぎだ。それも最高の一品を」
浩平はすぐさまゲーム内のショップ画面を開き、現代の高級老舗「宮内庁御用達 鰻割烹 伊豆繁」の炭火焼鰻蒲焼(松)セットを検索でヒット。艶やかなタレが絡み、炭火の香ばしい匂いが漂う肉厚の蒲焼が3匹入った漆調の重箱(12,000ゼニ)を即座で購入した。
本当であれば、浩平自身がWEBカメラで自分の喋る姿を録画し、ゲーム内VPN経由でインベントリ内のタブレットへ動画ファイルを転送して、映像で直接意思疎通を図ることも技術的には可能だった。しかし、浩平の内心には「未来の生身の人間の姿を当時の最高権力者に見せるのは、歴史の不可逆な一線を超える」という強いエンジニアとしての倫理観があった。だからこそ、あえて今まで手紙というテキスト形式にこだわっていたのだ。
「これなら失礼に当たらないはず。手紙と一緒に、転送!」
ストン。
薄暗い執務室。昭和天皇と木戸内大臣の目の前の机の上に、先ほどの手紙と共に、まだ出来立てのようにホカホカと湯気を立て、得も言われぬ芳醇な醤油と炭火の香りを放つ漆塗りの高級な重箱が、突如として出現した。
「……おや」
木戸内大臣がその手紙を拾い上げ、陛下と共に目を凝らして内容を読み進めた。
文字を追うごとに、二人の表情は「神への畏怖」から、「82年後の未来の日本人への、深い驚愕と親しみ」へと変化していった。
「西暦2027年……昭和102年の、未来の日本の技師、ですか」
木戸内大臣は手紙を読み終え、信じられないといった様子で呟いた。
「陛下、我が国は……82年後も、昭和の御代の先まで、確かに存続しているようでございます。それも、このような奇跡の機材を作るほどの国として」
昭和天皇は静かに目を細め、未来の技師「浩平」の誠実な文面を何度も見つめ直された。神の奇跡ではなく、未来の同胞が自分たちを救うために手を伸ばしてくれている。その事実は、敗戦の淵にあった元首の心に、何よりも温かい救いを与えていた。
「そうか。未来の我が臣民が、時空を越えて助けてくれているのだな……。ありがたいことだ」
陛下がそう仰って優しく微笑まれた時、木戸内大臣の肌を、重箱から漏れ出す強烈に香ばしい香りがくすぐった。
木戸が慎重にその蓋を少しだけ開けると、中には見事な炭火焼きのうなぎの蒲焼が、湯気を立てて陣取っていた。重箱の裏には、確かに「伊豆繁」の文字が刻まれている。
「陛下、これは……驚いたことに、陛下の大好物の鰻の蒲焼にございます。しかも、まだ焼き上がったばかりのように温かい」
木戸内大臣は、未来の技師の粋な手土産に思わず顔を綻ばせ、重箱を恭しく持ち上げた。
「監視者――いえ、浩平殿からの、心憎いばかりの献上品でございますな。私が責任を持って毒見をいたしました後、今夜の陛下の御夕食のおかずに添え付けさせていただきます」
「うむ。楽しみにしよう」
昭和天皇は満足そうに頷かれ、未来の技師へ向けて、心の中で深く感謝の言葉を述べられた。
宮中での絶対的な信頼を勝ち取ったその頃、現代のモニターの前では、浩平が両手の指をパチパチと鳴らし、市ヶ谷の反乱軍を完全に解体するための次なる大仕掛け――市ヶ谷台庁舎前の空間へ巨大な「未来のプロジェクタースクリーン」を出現させるための展開を、猛烈な勢いで開始していた。
【現在のクレジット残額:789,232,280ゼニ】
【ゲーム内で関わった人数:約123,900人】
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◇◇◇
敵は敵にあらず
◇◇◇
PM 6:30
七月末の東京、市ヶ谷台。
空は茜色から次第に濃紺へと変わり始めていたが、まだ周囲の兵たちの表情がはっきりと読み取れる明るさは残っていた。
市ヶ谷庁舎の正面玄関前には、機関銃や自動小銃、爆薬といった重装備を固めた近衛造反部隊の兵士たちが、首謀者である柳瀬一真中佐を中心に、ギラギラとした殺気を放ちながら立てこもっていた。
だが、彼らの状況は、その威勢とは裏腹に限界に達しつつあった。
柳瀬たちは決起に際し武器弾薬は十分に持ち込んだものの、水や食料品といった補給の確保を完全に見落としていたのだ。庁舎内の食堂には米や麦の備蓄はあったが、畑元帥たちを地下壕から誘き寄せるために自ら庁舎内の水道を爆破してしまったため、米を炊くことすらできない。
事実上、彼らはこの炎天下、飲み水も食事も殆ど口にできないまま、既に四時間近くが経過していた。唇は乾き、集中力は確実に削がれ始めていた。
対する外周は、東部軍司令官・田中静壱大将の命令を受けた不破大佐率いる正規部隊が、何重にも包囲網を固めていた。
現代の自室。
モニターの前に張り付いた浩平は、FPVカメラの視点を駆使して、土嚢の陰に潜む造反部隊の正確な配置を確認しつつ、次なる仕掛け――昭和天皇の「玉姿放送」を行うためのプロジェクタースクリーンの最適配置位置を探していた。
「……ここだな」
浩平が目を付けたのは、市ヶ谷庁舎正面玄関の真上、三階部分の屋上だった。
ここから車寄せの上にあるバルコニーへ向けてスクリーンを垂らせば、庁舎前広場全体を見渡すことができ、立てこもる造反部隊も、外を包囲する東部軍も、双方が同時に映像を視認できる。
位置が確定した浩平は、すぐさまゲーム内ショップを開き、現代の映像機材を次々と購入した。
200インチ 手動ロールスクリーン:100,000ゼニ
6500ルーメン LED スマートポータブルプロジェクター(ACER QF23s):25,000ゼニ
200W Bluetooth接続付き ステレオアクティブスピーカー:40,000ゼニ
2000Wh 大容量ポータブル電源:100,000ゼニ
Type-C to HDMI ケーブル 3m:1,500ゼニ
「プロジェクターだけ、大手メーカー品なのにやけに安いな……。まあ、あるものは買うまでだ。背に腹は代えられない」
浩平はゲーム内のインベントリ空間を開き、手際よくプロジェクターシステムを組み立て始めた。仮想空間の中で、200インチの巨大なロールスクリーンを最大まで下ろし、その正面にプロジェクターを配置。
2000Whのポータブル電源を、画面上の『雷アイコン』で一瞬にして満充電状態にすると、プロジェクターとステレオスピーカーの電源ケーブルを繋ぐ。プロジェクターを起動させ、画面越しのボタン操作でスピーカーとBluetoothでペアリング。
そして、Type-C to HDMIケーブルを、陛下のお声を録画した「最新鋭のタブレット(100,000ゼニ)」とプロジェクターに接続した。
浩平があえて高価なタブレット(100,000ゼニ)を選んでいた理由は、カメラ性能の高さだけではない。USB Type-C端子からの「直接の映像出力(DisplayPort Alt Mode)」を標準でサポートしているからだ。安価なタブレットでは、そもそもこの映像出力機能を搭載していない機種が多い。
「よし。映像再生OK。音出しOK。……あとは、転送のみだ」
浩平はまず、インベントリの中で200インチに展開したままのロールスクリーンを指定。市ヶ谷庁舎正面から見て三階の屋上にある、コンクリートの出っ張りの座標へと、スクリーン備え付けの固定用フックが引っかかるようにして転送した。
ストン。
薄暗くなり始めた市ヶ谷台の空に、突如として幅4メートルを越える巨大な白い布が出現し、庁舎の三階から二階バルコニーに向けて垂れ下がった。
「よし、固定は正常だな。……まあ、十万ゼニの高級スクリーンだ、風があっても10分持てば大丈夫だろう」
浩平は続けて、作戦机の上に残されたプロジェクター、アクティブスピーカー、電源一式を、スクリーンから約5メートル離れた車寄せの上の2階バルコニーへと、電源ON、自動ループ再生のままで転送した。
そして。
真夏の夜の市ヶ谷庁舎で、歴史上存在しない、前代未聞の「玉姿放送」のライブ上映が、今まさに始まろうとしていた。
◇◇◇
玉姿放送
◇◇◇
市ヶ谷庁舎を外周から包囲していた東部軍の不破大佐は、突如として庁舎の正面に巨大な白い布が出現したのを見て、暗殺か爆破の予兆かと、腰の軍刀へ手をかけた。
だが、その直後。
布の表面へ向けて、二階バルコニーから強烈な光が投射された。
「――ッ!? な、何だ、あれは……ッ!!」
不破大佐は、我が目を疑い、絶句した。
投射された光は、巨大な白い布の上に、この世の何よりも尊い、天皇陛下の「御姿」を、生々しい色彩のカラー映像で映し出していたのだ。
同時。
ステレオスピーカーから、大音量で、昭和天皇の「玉音(お言葉)」が、市ヶ谷の静寂を切り裂いて響き渡った。
『――宮城にある、木戸内大臣から、市ヶ谷での事体の顛末を聞いた』
そのお声が流れた瞬間。
庁舎外に立てこもっていた近衛造反部隊の兵士たちは、背後の出来事に気づき、一斉に振り返った。彼らの目の前、広場の白い闇の中に、自分たちが守るべき絶対の存在――天皇陛下の御姿が、巨大な光の像となって、自分たちを見つめていた。
首謀者の柳瀬中佐は、銃を握ったまま、その光景を信じられないといった表情で見つめ、硬直した。当時の日本人の常識において、陛下の御姿や御声を、このような形で拝見することなど、絶対にあり得ないことだったからだ。
画面の中の昭和天皇は、カメラを見つめられ、市ヶ谷の叛乱軍に向けて、静かに、しかし毅然としたお言葉を続けられた。
『ここにいるみんなは、皇国の為、日本の為に必死になっている。その忠義は朕も理解している。誰もか我が国民であり、決して敵ではない。……しかし、市ヶ谷庁舎に立てこもるのは、大きな間違いであり、誤解であった。阿南も畑も、国を売る奸臣などではない』
陛下の御声が、飢えと渇きに苦しむ兵士たちの心へと直接染み渡っていく。
『朕のこの言葉を以て、市ヶ谷の近衛の兵士は速やかに解散し、武器を捨てて田中大将の軍に投降せよ。動員された兵士や将校たちに、これ以上の責任を追及することはありません。……朕の思いを、汲み取ってほしい』
三分間に及ぶ、陛下からの直接の聖断。
現場にいる将兵たちはみな、学校や軍隊において、白黒の『御真影』を毎日のように拝んできた者たちばかりだ。だからこそ、目の前のスクリーンに映し出された、鮮烈な色彩を纏って生々しく動き、自らに直接語りかけてくる陛下の御姿は、彼らの常識を根底から覆すほどの凄まじい衝撃だった。
写真で知るお顔が、あまりにも高い解像度と圧倒的な存在感で目の前に現れたのだ。それは偽物だと疑うことすら忘れてしまうほどの、計り知れない現実の重みとなって彼らを打ちのめしていた。
「……陛下。陛下ッ……!」
柳瀬の背後にいた若い近衛の兵士たちが、一人、また一人と手にしていた自動小銃や機関銃を床へ落とし、崩れ落ちるようにしてスクリーンの御姿に向けて土下座を捧げた。
コンクリートの床に額を擦り付け、自らの誤ちと陛下の慈愛に、何百人もの兵士たちが一斉に号泣を始めた。柳瀬中佐もまた、銃を落とし、その場へ力なく膝を突き、震えていた。
不破大佐は、モニター越しにこの光景を確認すると、深く胸を撫でおろした。
「田中大将の仰った通りだ。……天の監視者殿の奇跡が、一滴の血も流さずに、数百人の狂信を解いた」
気の利く不破大佐は、すぐさま包囲部隊の兵士たちに向けて命令を飛ばした。
「良く聞け! 投降した近衛の兵たちへ、我が東部軍の飲み水と、携帯口糧(乾パン)を分け与えよ! 敵ではない、騙されていた我が同胞である! 彼らを、飢えと渇きから救うのだ!」
「ハッ!」
東部軍の兵士たちが銃を置き、水タンクや乾パンの入った袋を抱えて、号泣する造反部隊の元へ駆け寄っていく。先ほどまで殺し合おうとしていた兵士たちが、互いに水を回し飲みし、乾パンを噛み締める、信じられない和解の光景が広がった。
◇◇◇
人心の掌握と、首謀者の逃亡
◇◇◇
現代の自室。
モニター越しに、市ヶ谷庁舎前で繰り広げられる「和解の宴会」の様子を見つめていた浩平は、パチパチとこわばった指を鳴らした。
「これじゃ、まるで宴会だな。……だけど、東部軍が分け与えているのは乾パンか。水が流された地下壕でもそうだけど、飢えている時に乾パンじゃ、喉が詰まるだけだ」
浩平は、東京の内紛を完全に収束させるための、最後の「人心の掌握」を決意した。
現場の総人数は、包囲していた東部軍が約二千人、近衛歩兵連隊の兵士が三百人強。……合わせて二千五百人。
「出費は嵩むけど、ここは俺の力で、全員を腹いっぱいにしてやる。……よし、全員に『のり弁』を与えよう」
浩平はゲーム内ショップ画面から、現代の日本人が馴染みやすい『のり弁(400ゼニ)』を検索。中身は白身魚フライ、ちくわの磯辺揚げ、きんぴらごぼう、玉子焼き、おかかご飯。現代では定番だが、戦時中の市ヶ谷の兵士たちからすれば、宮廷料理並みの豪華な食事だ。
「2500人前購入。合計1,000,000ゼニ(100万ゼニ)。……よし、転送!」
ドスッ! ドスッ! ドスサァアアンッ!!!
のり弁が48個を詰められた特大のダンボール箱が、五十二箱も、市ヶ谷の敷地内へと突如として出現した。
浩平は、号泣していた近衛歩兵連隊(元造反部隊)のすぐ傍に七箱、そして東部軍の各陣地の目の前に、残りの四十五箱をピンポイントで転送した。
「な……なんだ、この箱は!? 水……いや、見たこともない飯が入っている!」
最初にダンボールを剥ぎ取った兵士が、中に詰まった温かい『のり弁』の存在に気づくと、市ヶ谷台は驚愕のどよめきに包まれた。
田中大将から「監視者殿からの配給が来る可能性がある」と聞かされていた不破大佐は、すぐさま兵たちへ「ありがたく頂け! これこそが同胞からの援助だ!」と指示を飛ばした。
「う……うまい。こんなうまい飯、生まれて初めてだ……」
東部軍も近衛の兵士たちも、突如として転送された『のり弁』を手に、涙を流しながら、温かい白米と白身魚フライを噛み締めた。その中には、不破大佐もまた、兵たちに混じってのり弁を頬張り、涙を流す姿があった。
未来ののり弁が、飢えと渇きに苦しんでいた二千五百人の兵士たちの胃と心を、完璧に満たす事ができていた。
食事を終えた午後7時過ぎ。
東部軍の「護衛」により、近衛歩兵連隊の三百人強の兵士たちは、陸軍のある詰所へと、武器を持たずに徒歩で静かに移動を開始した。事態はここに、完全なる無血解決へと至った。
しかし、その和解ムードの中に、首謀者である柳瀬一真中佐の姿は、いつの間にか消え失せていた。
柳瀬は、自らの狂信的な扇動によって兵を暴発させたにも拘わらず、陛下からの玉姿放送によって雲行きが怪しくなると、和解が始まるドサクサに紛れて、真っ先に闇へと潜んだのだ。
事後の現場検証では、柳瀬が着用していたはずの中佐の軍服らしきものが、庁舎の物陰で見つかった。
柳瀬は、和解の混乱に乗じて事前に用意していた一般兵士の軍服に着替え、闇に紛れて、市ヶ谷台から帝都の闇へと逃げ出すことに成功したらしい。
モニターの前の浩平は、柳瀬のステータスが「逃亡中」へ切り替わったのを確認し、暗闇の中で冷たく目を輝かせた。
「……逃げたか。上等だよ、柳瀬。東京の罠は解決した。だけど、お前のその執念深い主戦論は、まだ終わっちゃいないんだろ?」
浩平の指先は、広島原爆投下まであと一週間となったこの世界において、逃亡した柳瀬が広島で起こすであろう「ラストボスとしての最終足掻き」を完全に無力化するための、最終防衛コードの構築へと、静かに打鍵を開始していた。
【現在のクレジット残額:787,230,780ゼニ】
【ゲーム内で関わった人数:約123,900人】
おまたせしました
物語は一見、ジパングのような角松vs草加の構図が出来上がったように見えたか
浩平にとって柳瀬中佐はそもそも対等で戦うライバルですらない
『特定検索機能』を使えば一発でできるし、殺さなくても金属のコンテナの中に閉じ込めるとかいくらでもやりようがある
「できない」ではなくて、「しない」だけ、しかし、もし広島原爆への避難を柳瀬中佐が邪魔すると、人命救助のパフォーマンス最優先の浩平にとって、真っ先に排除する対象になり得る




